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2008年06月29日

『中国 危うい超大国』 スーザン・シャーク (NHK出版)

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 中国は1971年、ニクソン訪中に先だって15人のアメリカの大学院生を招いたが、著者のスーザン・シャーク氏はその一人に選ばれ、周恩来と親しく言葉をかわした。今は下野して大学で教鞭をとっているが、アメリカ国務省で長らく中国を担当し、クリントン政権時代には国務次官補として東アジア政策を統括する立場にあった。もし民主党政権が誕生したら、初の女性中国大使になると見られているという。

 本書は中国の裏と表に通じた著者が、外部からはうかがい知れない中国の権力構造の内情を描いた本で、眼から鱗というか、発見に満ちている。本書を読んでいて、そういうことだったのかと膝を打つことがたびたびあった。中国に関心のある人にとっては必読といえる。

 毛沢東と鄧小平は文革と改革・解放をはじめるために北京を離れ、上海で烽火をあげなければならなかったが、それは共産党中央宣伝部が北京のマスコミを支配しているためなのだという。毛沢東や鄧小平であっても、中央宣伝部の決定はくつがえせない。実際、中央宣伝部は1966年には毛沢東名義の論文、1992年には鄧小平の論文が「人民日報」に掲載されることを阻止している。毛沢東や鄧小平のような独裁者であっても、地方のマスコミを使って党内世論を動かすしかなかったのだ。

 毛沢東や鄧小平ですらこうだったのだから、江沢民や胡錦濤は中央委員会の操縦に苦労することになる。もちろん、特権の廃止はおろか、汚職の摘発など本気でできるはずもない。

 中央委員会は200人ほどの中央委員から構成されるが、中央委員は5年に一度開かれる党大会で選出される。総書記は最大の武器である人事権を使って子分を増やし、中央委員会で自派を拡大していくしかないのである。著者は総書記と中央委員会の関係をローマ法王と枢機卿会議の関係になぞらえている。

 総書記が責任を負うのは中央委員会に対してであって、一般国民に対してではないが、江沢民も胡錦濤も自分にはカリスマがなく、マルクス主義も権威を失っていることを自覚しており、世論の動向に神経質になっている。

 江沢民は後ろ盾の鄧小平の健康悪化後、権威を高めようとしてナショナリズムと反日を煽り、成功をおさめたが、それは両刃の剣だった。

 もともと中国のナショナリズムは日本を鏡として誕生したという経緯があるが、台湾がからんで、より一層こじれている。台湾は日清戦争で日本に奪われた領土であり、台湾との統一が達成されるまでは列強から侵略を受けた国辱の一世紀が終わらないという教育を中国はしてきたのである。

 中国にとって台湾は国防上の脅威ではなく、統一しても特別な利益があるわけではないが、台湾統一に過度の意味をあたえてきたために、中国共産党は引くに引けなくなっていると著者は見ている。

 日本問題も似たようなものだ。中国の指導層は対日関係を改善させたいと考えているが、インターネットが普及してしまったために、対日強硬論を抑えこむことが不可能になっている。ある人民解放軍大佐は「まだ党が国内の情報の流れを完全に掌握していた十年前なら、できたかもしれないが、今ではもう無理だ

」と語ったということである。

 著者は国務副長官在任中に起きたベオグラードの中国大使館誤爆事件の顚末を詳しく語っているが、たまたま誤爆が法輪功による座りこみ事件の二週間後におきたために、江沢民は不安から過剰反応してしまい、対米関係でも、法輪功との関係でも、後戻りのできない誤りを犯したとしている。

 1995年の李登輝訪米問題と1999年の中国のWTO加盟問題も著者の次官補在任中に起きている。江沢民は中米関係を重視していたが、台湾に対して融和的な呼びかけをおこなった直後にアメリカが李登輝の訪米を認めたために、江沢民は面子を失った。1999年4月のWTO加盟問題では中国側が大幅に譲歩したにもかかわらず、アメリカ議会の賛同がえられなかっために、クリントンは中国の加盟に賛同する文書に署名しなかった。WTO交渉のために訪米した朱鎔基首相(当時)は手ぶらで帰ることになり、中国政府の特別機に同乗した著者は朱鎔基の気落ちした姿を目撃している。実際、北京にもどると朱鎔基は指導層はもちろん、農業団体、産業団体、インターネットの世論からも売国奴と集中砲火を浴び、事前に対米譲歩を承知していた江沢民からも裏切られて贖罪羊にされてしまった。

 結局、その年の11月にWTO加盟問題は解決するが、江沢民指導部とアメリカは手痛い代償を払うことになる。著者はこうした経験から、中国の現在の指導者は権力基盤が弱く、外国に対して過度に虚勢を張らなければならないという確信を固める。強い中国より弱い中国の方が危険だというのが著者の持論である。

 中国の指導者は民衆の反発を買わないように政治問題以外は放任しているが、それ以上に神経を使っているのは反体制指導者になりそうな人間を共産党利益集団に取りこむことだ。資本家の入党を認めたのもそうだが、学生の入党も奨励している。天安門事件直後の1990年の学生の入党率は1.2%にすぎなかったが、2003年には8%に達している。特にエリート大学では勧誘に熱心で、精華大では学部生の20%、院生の50%が共産党員だという。

 悩ましいのは中国が経済的に繁栄すればするほど、中国共産党指導層の権力基盤が脆弱になり、理性的な行動がとれなくなることだ。中国とつきあうには中国の指導者の弱さを理解すべきだというのが本書のとりあえずの結論である。

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