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2008年05月30日

『「反日」解剖 歪んだ中国の「愛国」』 水谷尚子 (文藝春秋)

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 四川地震に日本が救援隊を派遣したことで中国ではにわかに親日ムードが盛り上がり、ふだんは日本を罵倒する発言だらけのネットの掲示板にも日本に感謝する書きこみがあふれたという(『大陸浪人のススメ』というblogに文体まで再現した紹介がある)。

 だが、一夜にして生まれた親日ムードは一夜にして反日に転じかねない。長野の聖火リレーに結集して五星紅旗を振りまわし、日本人を旗でくるんで袋叩きにする蛮行におよんだ中国人留学生の豹変ぶりがネットで伝えられるのを読むにつけ、中国の若者に刷りこまれた反日の根深さに暗澹たる思いをいだかざるをえない。

 本書は『中国を追われたウイグル人』の水谷尚子氏が反日の実態について現地の関係者に広く取材して書いたルポルタージュであり、やはり大変な労作である。

 反日活動家のみならず、次々と作られている反日ミュージアム、反日映画、その反日映画で日本兵を演じてきた悪役専門の俳優たち、反日をテーマにしたコンピュータ・ゲーム、さらには日本人が巻きこまれる中国麻薬事情まで、実に多彩な事例をとりあげているが、第一章で紹介される三つの反日事件には慄然とした。

 三つの反日事件とは西安寸劇事件、北京サッカーアジア杯決勝戦暴動事件、上海日本人留学生殺人未遂事件である。西安寸劇事件の日本人狩りやアジア杯決勝戦の暴動のすさまじさは日本の報道をはるかに超えるものだったらしい。だが、まだ話題になったからいい。三番目の上海日本人留学生殺人未遂事件の方は小さく報道されただけで、そんな事件があったことすらほとんど知られていないのではないか。

 事件は2005年4月9日に起こった。華南師範大学に留学していた白木優志さんが友人と大学近くの飲食店で食事をしていたところ、見知らぬ中国青年から「お前たちは韓国人か日本人か」と聞かれ、日本人だと答えると、突然ビール瓶で後頭部を殴打された。犯人はもう一人の仲間とともに、倒れた白木さんの頭をビール瓶が割れるまで執拗に殴りつづけ、止めにはいった白木さんの友人たちにも椅子を振りまわして暴力をふるった。

 公安がやって来て事件の当事者たちを派出所にワゴンで連れていたが、車中、警官は被害者を「小日本人」とか「日本人は殴られて当然だ」と罵倒しつづけた。

 事情聴取でも差別的なとりあつかいがあった。二人の犯人は逮捕もされず、すぐに返されたのに対し、吐き気や眩暈がすると訴える白木さんをなかなか病院に連れていかなかった。やっと連れていった病院も外国人向けの診療窓口のある病院ではなく、近場の一般病院で、病院のエレベータの中では日本人は精神病だと嘲った。派出所にもどる際は、車の振動で傷が痛むという訴えに対し、警官は数十分にわたって急発進、急ブレーキ、急旋回をくりかえしたという。

 その後、長時間の取調べがつづいた。白木さんは領事館に連絡したが、「一つに対応すると全ての事件に対応しなければならなくなるため、行くことができない」と断られた。白木さんたちは領事館の助けのないまま、難解な法律用語の出てくる中国語で調書をとられ、サインをさせられた。

 「一つに対応すると全ての事件に対応しなければならなくなる」という言葉からすると、白木さんたちが巻きこまれたような暴力事件はよく起こっていて、泣き寝入りしている被害者が他にもいるのかもしれない。

 公安側は飲食店の女性従業員と白木さんがつきあっていたことから、四人が二人に暴力を受けた傷害事件ではなく、一人対一人の色恋沙汰で片づけようとし、事件の二日後、ようやく面会した領事館員も、公安の筋書きでの決着を迫った。法人保護よりも「日中友好」を優先したのである。

 長野の聖火リレーでは長野県警は中国人留学生の道路交通法違反行為や、日本人に対してふるった暴力は黙認し、日本人とチベット人だけを逮捕したが、上海の日本領事館も「日中友好」のために日本人を見捨てたのである。「日中友好」といっても、所詮は経済進出にすぎないのだが。

 もっとも「日中友好」と称する実利のために国民を押さえつけているのは中国政府も同じだ。

 中国政府は「愛国主義教育」の名のもとに学童に反日ミュージアム詣でをさせ、反日映画をテレビでくりかえし流す一方、反日活動家に対しては活動を制限しようとしている。

 日本では反日活動家は中国当局に黙認されているとか、支援されているという見方があるが、実態は異なるようである。本書には反日活動家が多数登場するが、政府の支援を受けるどころか公安の監視下におかれ、多くは職を失い、不安定な生活をおくっている。

 当局が特に目を光らせているのは経済交流を妨害するような活動だ。日本から新幹線技術を導入しようという計画に反対するインターネット上の署名活動は、単なる署名の段階でつぶされた。この運動は日本に対する感情的な反発からではなく、国産技術を育てるべきだという建設的な動機から生まれたにもかかわらずである。

 支援しているのは下積み生活をしているような恵まれない人々のようだ。飲食店で著者がインタビューしていると、見知らぬ青年が「大哥アニキ、ぜひ飲んでください」と飲み物を差し入れにきて、日本人である著者に蔑みの目を向けてくることがあったと書いている。

 中国の一般民衆は政府が反日活動を抑えようとしているのを知っているので、反日活動家の釣魚島(尖閣諸島)上陸のニュースなどは喝采するが、自分の子供が反日活動にかかわろうとすると絶対に止めるという。

 中国の若者が日本に対して反感を持ったきっかけは、学校の校外学習でゆく反日ミュージアムで見た残虐な展示のようである。多くの反日活動家がそう答えているし、反日ミュージアムを運営する側の人間も子供たちが展示を恐がり、お化け屋敷になっているとぼやいているほどだ。

 「愛国主義教育基地」と呼ばれる反日ミュージアムは江沢民時代の「愛国主義教育」で急増した。全国級、省級、市級、地方政府(区・鎮)級と、さまざまな行政単位で設置していて、すべて合せると数千になるらしい。

 展示内容は行政単位が末端になればなるほど怪しくなるという。全国級の北京の中国人民抗日戦争記念館でも、同館が編纂した論文集には田中上奏文が偽文書であることを指摘した論文を載せているのに、展示の方では本物あつかいしているそうだ。全国級でこれでは、推して知るべしだろう。

 なぜ江沢民は反日教育を広めたのか。著者は江沢民が国家主席に出世するきっかけとなった1989年の天安門事件が影響していると述べている。

 確かに、「愛国教育」ならば中華民国時期にも存在していたし、「愛党教育」ならば中華人民共和国の建国初期の方が、いま以上に組織だって広範に行なわれていた。それらと「愛国主義教育」が異なる点は何なのか。それは一言でいえば、この時期の「愛国主義教育」は、共産党政権への信頼が揺らぎつつあるという深刻な危機感のもとで行なわれているという点である。つまり、教育の最大目的は、求心力の低下した共産党政権を延命させることにある。中国の明日を担う青年層に、「共産党がなければ中国はあり得ない」と、政権の「正統性」を認識させるには、ことさら抗日戦争における党の功績を強調せねばならなかった。

 現在の胡錦濤政権は四川大地震の外国救助隊の受けいれ第一号に日本を選び、日本隊に好意的な報道をさせるなど、反日の方針を転換しようとしているようである。

 週刊文春や週刊新潮の伝えるところによると、現地の人民解放軍は最新の装備をもって乗りこんだ日本隊を生存者の見こめない地区を転々とさせ、活動を陰に陽に妨害したという。テレビや大新聞は日本隊が中国の民衆に歓迎されているとしか報道しないが、実情はそんなところだろう。

 反日教育という負の遺産は日中関係に今後も喉に刺さったトゲのように、日中両国を悩ましつづけるにちがいない

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