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2008年04月29日

『チベット入門 改訂新版』 ペマ・ギャルポ (日中出版)

チベット入門 改訂新版 →bookwebで購入

 長らくダライ・ラマ法王日本代表部事務所代表をつとめ、最近はTVでコメンテーターとしても活躍しておられるペマ・ギャルポ氏の最初の著書である。初版は1987年に出たが、1991年と1998年に内容を増補し、現在も店頭にならんでいる定評のある本である。

 刊行当初は反中国のプロパガンダ本あつかいされたらしいが(そういう時代だったのだ)、その後出た多くのチベット現代史の本と照らしても本書の内容に疑問はなく、信頼できる本といっていいだろう。

 本書は増補された部分を別にすると、三つの部分からなっている。チベット亡命政府代表団の一員として1980年に故国チベットにはいった際の報告である「チベット紀行」、チベットの地誌・国情・宗教・文化を解説した「チベットとは」、紀元前2世紀の建国から現在までの歴史を簡潔に記述した「チベット小史」である。

 「チベット紀行」と「チベット小史」はチベット人自身によるチベット早わかりであり、とてもコンパクトにまとまっている。類書が多く出ている現在でも価値を失っていないだろう。

 だが、本書の一番の読みどころは「チベット紀行」である。文化大革命の後、胡耀邦が総書記となって開放政策を進めた時代があった。チベットは文化大革命で壊滅的な傷を負ったが、胡耀邦はチベット政策の誤りを一部認め、制限つきながら宗教弾圧を緩和した。さらにチベット亡命政府と対話するために、1980年に亡命政府の代表団のチベット入国を3度受けいれた。ペマ氏は第二次代表団として香港、北京経由でチベット入りし、二ヶ月間調査旅行を許された。

 21年ぶりに訪れた故国は変わり果てていた。6000あった僧院は99%が破壊され、残った僧院も内部は荒らされ、経典は踏みにじられ、仏像や仏画は強奪され、ようやく修復がはじまった状態だった。

 街には中国語の標識や看板しかなく、ようやく見つけたチベット語の表示は男子トイレの表示だった。

 かつてチベットで最も肥沃だったダヤブ県の農地はチベットの気候を無視した農業政策のために荒れ、最も貧困な地域になっていた。

 チベット人の失業率は高く、商店を開こうとすると法外な税金をとられた。漢人はあらゆる面で優遇され、移民が奨励されていたので、ラサは漢人の街に変わっていた。チベット人は自分の国なのに、少数民族にされてしまっていたのである。

 子供の名前は僧侶につけてもらうのが伝統だったが、僧侶は多くが殺されたので、僧侶のいない地区では親が自分で名前をつけなければならなかった。そのため「七・五」とか「六・十三」のような変な名前の子供がすくなくなかった。

 教育現場も悲惨だった。チベット自治区では長らく禁止されていたチベット語教育は開放政策で解禁されたが、青海省や四川省、甘粛省に編入された地区では中国語の教育のみで、学校でチベット語を使うことは禁じられていた。学習内容の中心は共産主義で、教師にはチベット人もいたが、二年から三年の教育しか受けていないので小学校レベルの学力しかなかった。インテリを皆殺しにして、子供たちに洗脳教育をほどこすのは共産主義政権の常であるが、チベットではそれが固有文化破壊のために使われていたのである(チベット人がヒマラヤ越えの危険をおかしてまで、子供をインドに亡命させる背景には教育事情があったのだ)。

 これだけ虐待されているのに、民衆の信仰心は衰えておらず、僧侶が一人もいなかったにもかかわらず、代表団を拝み、祝福を受けようと殺到してきた。涙なくしては読めない条である。

 本書は改訂版刊行にあたって「中国の「チベット一二〇万人虐殺」」とダライ・ラマのノーベル平和賞受賞記念講演が追補されている。

 ダライ・ラマの講演は短い中にも意を尽くしたもので、ぜひ一読してほしいが、「中国の「チベット一二〇万人虐殺」」も重要な論文である。本篇の「チベット小史」はチベットの悲惨な状況がまったく知られていない時期に書かれたせいか、かなり遠慮した書き方になっていたが、こちらの文章ではその後に判明した事実をくわえて、中国の民族絶滅政策に対し真っ向から抗議している。まことに鬼気迫る文章であって、日本人に対する警鐘ともなっている。心ある人は、この部分だけでも読んでほしい。長野の五星紅旗の林立した聖火リレーの異様な光景に、チベットは明日の日本かもしれないと恐くなった。

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