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2008年04月28日

『囚われのチベットの少女』 ブルサール&ラン (トランスビュー)

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 オリンピックの聖火をめぐる騒動で中国という国家の本質がはしなくも白日の下にさらされたが、聖火リレーに対する異議申し立ての口火を切ったのがフランスだったことに日本では戸惑いがあったようである。なぜフランスが遠く離れたチベットに関心をもつのかという疑問に、ある人は人権宣言の国だから人権問題に敏感なのだろうと答え、別の人は中国の経済的成功に嫉妬しているのだろうと答えていた。

 だが、フランスが最初に異議申し立てをしたのは不思議でもなんでもない。日本では人権を商売にする人たちが社会主義国の人権問題を隠そうとしているのであまり知られていないが、フランスは以前から一貫してチベット問題に強い関心を寄せていたのである。

 たとえば、本書の主人公であるガリ僧院の尼僧、ガワン・サンドルである。フランスでは彼女は「チベットのジャンヌ・ダルク」として広く知られ、何人ものミュージシャンが彼女をテーマにした歌を作っている。多くの文化人や百人以上の国会議員が彼女の釈放をもとめたアピールに署名し、中国大使館にもちこんでいる。1998年には時のヴェドリンヌ外相が社会党の国会議員宛書簡で次のように書いている。

「政府は、ガワン・サンドルの状況、そして彼女の長期にわたる拘留による、フランスでの反響の重大さを認識しております。この若いチベット人の囚人を含む政治犯の扱いに関して、両国間の会議ごとに、あるいはヨーロッパ・中国会議の折に、中国政府に質すことにします」

 本書もまた二人のフランス人によるもので、原著は2001年9月に出ている。ガワン・サンドルは1978年生まれなので、原著が出た時点では23歳だったが、13歳の時から10年間獄中にあった。当然、著者たちは彼女に会っていない。本書はインドに亡命してきた彼女を直接知る人々に取材して書かれている。

 13歳の少女を政治犯として刑務所にいれるとは唖然とするしかないが、彼女が最初に投獄されたのは10歳の時だった。この時は一年で釈放されているが、罪はノルブリンカの祭りで仲間の尼僧らとともに「チベット独立」と叫んだことだけである。その程度のことで10歳の少女をなぜ刑務所にいれる必要があるのか。中国共産党は何におびえているのか。

 彼女は、だが、刑務所の中で筋金入りの独立運動家になっていく。ダブチ刑務所に収監された翌年、彼女は同房の尼僧たちとともに秘かにカセットテープに独立歌を吹きこみ、それが外部に持ちだされ、欧米で彼女の存在が知られるようになった。

 まずは成功といえるが、代償は大きかった。3年だった刑期は6年延長され、9年になった。その後、1996年に看守に反抗したという理由で8年延長、1998年には5年延長され合計22年となり、次は死刑だと裁判官に警告された。13歳で下獄した少女は35歳にならなければ出獄できなくなったのだ。

 ジャン・バルジャンなみだが、ジャン・バルジャンはパンを盗むという罪を犯していたのに対し、ガワン・サンドルは「チベット独立」という言葉を口にしただけである。それが共産主義だといえば、それまでであるが。

 本書を読むと、チベット抵抗運動とチベットの僧院の置かれた状況、中国の監獄の状況がよくわかる。

 チベットの僧院には「再教育班」がたびたびやってきて、数日から数週間とどまり、共産主義の教義と中国の視点で再構成されたチベット史の洗脳教育をおこない、最後にテストをするという。僧院にとどまるためには、このテストに合格しなければならない。

 刑務所は政治犯の区画と一般囚の区画にわけられ、政治犯の監房には一般囚が一人まぜられる。もちろん、スパイさせるためだが、多くの一般囚は政治犯に感化され、めったなことでは密告しないという。

 しかし、まったく密告しないと処罰が待っている。尼僧たちを尊敬し、あくまで密告を拒否したツェヤンという17歳の娘は看守に追いこまれ首吊り自殺している。

 国際的な監視の眼があるので、獄中の尼僧を集団レイプするようなことはなくなったが、暴力は日常茶飯事で、何時間もぶっつづけに体操をさせるというような合法的な拷問もおこなわれた。食事や寝具が劣悪なことはいうまでもない。

 欧米の人権団体がダブチ刑務所を視察したことがあるが、もちろんすべては見せていない。独房や訊問室は隠したし、政治犯も見せていない。共産主義国のやりそうなことだ。

 ひどい話の連続で、神経がまいった。一日で読める程度の薄い本だが、ページをめくるのがつらくなり、一週間以上かかって何とか読みとおした。並の神経の人は読まない方がいい。それにしても、ガワン・サンドルをはじめとするチベットの尼僧たちはなんという強靭な精神力を持っているのだろう。

 唯一の救いは、本書の邦訳が出た5ヶ月後の2002年10月、江沢民訪米にあわせて彼女が釈放されたことだ(ダライラマ法王日本事務所の彼女のページによる)。10年の獄中生活で彼女の体はボロボロになっており、釈放から半年後、病気の治療のためにアメリカにわたり、現在はヨーロッパで活動しているということである(ロンドンの中国大使館前で抗議するガワン・サンドル)。

 彼女はたまたま国際的に有名になったから救われたが、チベットの監獄の中には多くの政治犯が虐待を耐え忍んでいる。日本のマスコミはなぜこうした事実を伝えようとしないのか。

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