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2008年03月29日

『神経文字学』 岩田誠&河村満編 (医学書院)

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 『神経文字学』という文字面からSF的な印象をもつかもしれないが、脳科学の視点から文字を考えようという最先端の論集である。

 編者の岩田誠氏は1983年に仮名文字と漢字では脳の処理過程が異なるという「二重回路仮説」を提唱した人で、2004年に日本神経学会の会長に就任したのを機に、長年追求してきた神経文字学のシンポジュウムを開き、その成果をまとめたのが本書ということである。

 脳における文字処理過程の研究は第二次大戦後にはじまっている。当時は脳の働きを画像化して見せてくれる MRIも PETもなかったが、脳卒中のような脳血管障害の後遺症としてあらわれる失読症や失書症を研究することで、文字の処理過程が推定できたのである。

 この方面では山鳥重氏が先駆的な研究をおこない、「二重回路仮説」の先駆となる発見をされているが、一般向けの本としては海保博之編『漢字を科学する』(有斐閣、一九八四)に収録された「脳損傷者にとって漢字とは」という文章しかなかった(ソフトカバーの安っぽい本で内容も古くなっているが、類書がないためか、古書店では法外な値段がついている)。

 わたしは『漢字を科学する』で「形態 → 音韻 → 意味」という処理過程とは別に「形態 → 意味」という処理過程があるのを知って大いに啓発された。その後の動きを知りたいと思っていたが、MRIを使った脳の言語処理過程の研究については酒井邦嘉氏の『言語の脳科学』(中公新書)のような概説書が出ているが、文字についてはそういう本がなかった。

 本書はその意味でも待望の本だったが、基本的には最新画像診断技術による「二重回路仮説」の確認であり、あっと驚くような新発見はなかった。

 しかし、「二重回路仮説」がハイテク機器によって確認された事実は大きいし、この分野にはじめて関心をもった人にとっては大変有意義な本であり、本書の出版の意義が大きいことは言うまでもない。

 文字処理過程とはすこし離れるが、「触覚読み」と「書字動作の神経科学」の二編にも啓発された。

 脳の言語処理過程については欧米が先行しているが、欧米人は文字に対しては関心が薄いので、日本が世界をリードする立場にある。中国人の漢字処理過程は日本人とはちがうのではないかと秘かに妄想しているが、今は脳の画像診断技術があるのだから、やるべきことはたくさんあるはずである。本書を基礎にして「神経文字学」の研究が進んでほしいものである。

 なお、版元のサイトに「文字の脳科学――過去・現在・未来」というインタビューが掲載されており、参考になる。

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