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2007年12月31日

『奇妙な廃墟』 福田和也 (国書刊行会)

奇妙な廃墟 →bookwebで購入

 リュシアン・ルバテの『ふたつの旗』と『残骸』は、フランス文学史から抹殺された対独協力コラボ作家の作品を翻訳した「1945:もうひとつのフランス」というシリーズから刊行されたが、本書は同シリーズの別巻としてまとめられた本で、いわば総解説にあたる。シリーズに収録されたドリュ・ラ・ロシェル、ロベール・ブラジャック、リュシアン・ルバテ、ロジェ・ニミエの四人だけでなく、フランス右翼思想の淵源であるアルチュール・ド・ゴビノー、右翼思想を大成したモーリス・バレス、そして「アクション・フランセーズ」主宰者で戦前のフランス右翼の精神的支柱だったシャルル・モーラスが紹介されている。セリーヌは厳密には右翼とはいえないからだろうか、本書では取りあげられていない。

 セリーヌやルイ・マル監督の『ルシアンの青春』くらいしか知らなかったので、対独協力はルンペン・プロレタリアートの鬱憤晴らし程度にしか考えていなかったが、本書を読むとそんな単純ではなく、実にさまざまな立場があったことがわかる。対独協力の度合いもさまざまだ。多くはフランスの秩序を守るために消極的に協力したのにとどまるが、ルバテのように積極的に協力した者もすくなくはなく、絶望的なロシア戦線に自ら志願し、全滅した部隊もあった。

 立場がさまざまといっても、共通する思潮はある。著者はそれを反近代と反ヒューマニズムの二つに要約している。

 反近代と反ヒューマニズムというとアナクロニズムのように聞こえるかもしれないが、著者はアクチュアルな問題であることを示すためにハイデガーを補助線にする。戦後のフランス思想はブランショからデリダにいたるまでハイデガーを源泉として展開されているが、ハイデガーこそは反近代と反ヒューマニズムの大宗であり、ナチスとの関係もファリアスの『ハイデガーとナチズム』によって証明されている。

 ハイデガーはナチスに入党しフライブルク大学総長に就任したものの、わずか9ヶ月で辞任したが、それはナチスに利用されていたことに気がついたからではない。ナチスに利用されるどころか、ハイデガーはみずから進んでナチスに接近したのであり、なかんずく世直し志向の強い突撃隊に加担した。ハイデガーが総長の職を辞し、ナチスに距離をおくようになったのは、その突撃隊がヒトラーによって粛清されたからにほかならない。突撃隊粛清をクライマックスにしたヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』では粗暴でダサい乱暴者の集団のように描かれていたが、突撃隊には突撃隊の思想があり、ハイデガーはその思想に共感していたのである。

 著者はこう書いている。

 ハイデガーの哲学的立場は近代的な価値を相対化しようとしたシャルル・モーラスやコラボ作家たちの反近代主義とそれほど遠いものではなく、現在ではこのハイデガーを通して、コラボの文学者とブランショは、そして戦前フランスの反近代主義と戦後の思想はつながっていると考えられる。

 そして、もし、対独協力というスキャンダルによってフランス土着の反近代の系譜が表舞台から追放されることがなかったら、フランス現代思想は現在とは異なった様相になっていただろうとしている。

 セリーヌとルバテ以外は読んでいないので、対独協力作家がハイデガーの代わりになりえたかどうかの判断は保留するが、本書で紹介された作家が魅力的なのは確かである。ドリュ・ラ・ロシェルの『ジル〈上〉〈下〉』とブラジャックの『七彩』は読んでみたい。

 最後に「1945:もうひとつのフランス」のラインアップを紹介しておく。興味のある人はなくならないうちに買っておいた方がいい。

  1. ドリュ・ラ・ロシェル 『ジル』
  2. ドリュ・ラ・ロシェル 『秘められた物語
  3. ロベール・ブラジャック 『七彩
  4. ロベール・ブラジャック 『われらの戦前
  5. リュシアン・ルバテ 『残骸
  6. リュシアン・ルバテ 『ふたつの旗』
  7. ロジェ・ニミエ 『ぼくの剣
  8. ロジェ・ニミエ 『青い軽騎兵

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『残骸』 リュシアン・ルバテ (国書刊行会)

残骸 →bookwebで購入

 第二次大戦勃発前後の二年間のフランスを極右の立場から描いた年代記である。執筆したのは極右雑誌「ジュ・スィ・パルトゥ」の編集幹部であり、二十世紀文学の至宝というべき『ふたつの旗』を書いたリュシアン・ルバテである。

 フランスは開戦後、あっけなく敗北して北半分をドイツに占領され、南仏に親ドイツのヴィシー政権がつくられるが、本書はフランス政界と言論界の情けない内情を暴き、痛罵している。「ジュ・スィ・パルトゥ」は右翼指導者シャルル・モーラスが主宰した「アクション・フランセーズ」傘下の雑誌であり、ルバテ自身、「アクション・フランセーズ」の音楽欄でジャーナリストとしての経歴をはじめたが、恩のあるモーラスに対しても内情暴露と容赦のない批判をおこなっている。キワモノといえばキワモノであるが、痛快にはちがいなく、ヒムラーの推薦文つきでドイツ占領下のパリで上梓されるや、たちまちベストセラーになったのも不思議ではない。ルバテはナチスに協力したのみならず、フランス右翼の精神的支柱だったモーラスのボケ老人ぶりを暴露したために、右翼の間でも呪われた人物になっているという。

 日本の右翼はアメリカとの関係でねじれているが、フランスの右翼もドイツとの関係では相当ねじれている。日本の右翼はもともとは反米だったが、アメリカ軍占領下でほとんどが親米に転向する。軸となったのは反共イデオロギーである。反共という共通点を大義名分に、右翼はアメリカ軍への協力を正当化したのである。

 フランスの右翼にも似たような事情があった。フランス右翼はもともとドイツに対する敵愾心が根強く、イタリアやスペインと結んでドイツの汎ゲルマン主義に対抗しようという方向性をもっていた。ルバテも例外ではなく、ムッソリーニの支持のもとにフランスでファシスト革命を起こし、イタリアとともにドイツに対抗しようとしていた。しかし、開戦一ヶ月であっけなくドイツの軍門にくだると、反ユダヤ主義を口実に親ドイツに転向する動きが出てきた。もっとも対独協力には温度差があり、中にはレジスタンスに参加する右翼もいた。

 ルバテは異色である。彼はフランスがドイツに敗れる前から、ドイツとの連繋を説いていたからだ。彼は反ユダヤ主義においてはナチス以上に過激であり、そのためにフランス解放後、死刑判決を下されることになる。

 本書の巻末に収録された「日曜日に銃殺はない」は恩赦後に発表された獄中記である。死刑判決を受け未決房から死刑囚の房に移された日から、減刑されて一般房に移るまでの140日間が描かれている。獄中記はおもしろいものが多いが、本篇も例外ではない。

 死刑囚の待遇は未決囚とは較べものにならないくらい厳しかった。就寝中も含めて足に鎖を24時間つけていなければならないし、一日の最後の点検時には上着とズボンを没収された。独房の中は霜が降りるほど寒く、春になって気温が上がると結露がはなはだしく、蒲団がびしょぬれになった。

 ルバテは弁護士から看守まで、みな減刑されるからと請け合ってくれたし、妻の尽力で多くの作家が、本書で罵倒された作家も含めて、減刑嘆願書を書いてくれたが、同じ罪で死刑判決を受けたロベール・ブラジャックは銃殺されており、安心できる状況にはなかった。特に第四共和政成立後、最初の司法評議会が開かれた後の二日間は銃殺を覚悟していた。

 ルバテは終身刑に減刑後、5年服役して恩赦で釈放されるが、その間に『ふたつの旗』を完成させている。

 『ふたつの旗』は文庫本に換算すると2000ページを越える大長編だが、出来事らしい出来事はほとんど起こらず、ケータイ小説流の書き方なら50ページかそこらでおさまってしまうだろう。あのような超時代的な小説を苛烈な現代史の当事者が書いたとは本当に驚きである。

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『ふたつの旗』 リュシアン・ルバテ (国書刊行会)

ふたつの旗 上
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ふたつの旗 下
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 『ふたつの旗』という作品もリュシアン・ルバテという作家も日本ではほとんど知られていないが、これはフランス最高の教養人によって書かれた至高の恋愛小説である。

 知られていないのには理由がある。作者のルバテは筋金入りの反ユダヤ主義者であり、ドイツ占領下のフランスでヒトラー讃美とユダヤ人告発の論陣を張った極右ジャーナリストだったからだ。ドイツ軍がフランスから撤退すると、ルバテは他の対独協力者とともにドイツに逃れるが、後に逮捕、死刑判決を下され、1952年に恩赦で釈放されるまで獄につながれていた。『ふたつの旗』はその獄中で完成されたのである。フランスではルバテは呪われた名前であり、文学事典の類では長らく存在が抹殺されてきた。

 日本でも敗戦後、軍国主義に協力した文学者が排撃されたが、ルバテの場合、協力した相手がナチスだけに庶民の間でも反感が根深いらしい。あえてたとえれば、オウム真理教の死刑宣告を受けた幹部のようなものか。

 わたしはこの作品を学生時代、ジョージ・スタイナーの「屠殺の使嗾」(『脱領域の知性』と『言語と沈黙』に収録)で知った。スタイナーはユダヤ系の批評家であり、両親を強制収容所で殺されているが、ユダヤ人狩りに積極的に加担した作家の作品を「創造力が成し遂げた不滅の業績」と評し、ヒロインのアンヌ=マリーを『戦争と平和』のナターシャに匹敵するとまで絶賛しているのである。

 ずっと読みたいと思ってきたが、二段組で上下二巻1500ページ近い大冊なのでなかなかとりかかれなかった。今回、ようやく読むことをえたが、確かにこれは二十世紀を代表する傑作の一つである。スタイナーの絶賛は決して過褒ではない。一部でいわれているような政治的底意のある発言でもないだろう。

 ただ、長い上に、反時代的というか、アナクロニズムというか、十九世紀の大小説の形式をあえて踏襲して書かれているので、調子が出てくるまで時間がかかる。

 物語は一方の主人公、ミシェル・クローズの寄宿学校時代からはじまる。ミシェルは修道会の経営する学校の厳格な教育ですっかりカトリック嫌いになり、卒業後、リヨンに出て法律の勉強をはじめる。公証人である父の仕事を継ぐには法学をおさめる必要があるが、法律は性に合わないと早々に放棄し、親友のギョームの後を追って憧れのパリに出て、ソルボンヌで哲学の勉強をはじめる。仕送りは一年限りという約束だったので、二年目からは修道会の学校の住み込みの復習教師になり学業をつづける。

 クリスマス休暇で帰郷したミシェルはパリにもどる途中リヨンでレジスという遠縁の青年と再会する。ミシェルはレジスの音楽の才能は認めていたものの、田舎者と見下していたが、兵役を終えたらイエズス会で出家し、修道士となるという決意を打ちあけられ愕然とする。しかもレジスにはアンヌ=マリーという恋人がいたが、彼女も彼の感化で信仰を深めており、彼が出家したら彼女も出家し、修道尼となることを承知しているという。ミシェルはアンヌ=マリーに引きあわされるが、出家志願とはとても思えない溌剌とした姿に一目惚れしてしまう。

 ヒロインのアンヌ=マリーが登場するまで130ページ(今の文庫本なら200ページ相当)かかっているのである。つづく130ページはパリにもどったミシェルがアンヌ=マリーに対する片恋で悶々とする描写に費やされる。この合計260ページ――通常の小説一冊分の分量――を読みとおすのはつらいが、「ケルビーノの夜」と題された章までくれば、あとは一気呵成に読める。

 ケルビーノとは『フィガロの結婚』のケルビーノである。ミシェルは一人でパリに遊びに来たレジスをもてなし、最後の夜に大枚はたいて手にいれたチケットでベルリン・フィルの『フィガロの結婚』を見にいく。すばらしい演奏と可憐なケルビーノに気分の高揚したミシェルはアンヌ=マリーに会いたくてたまらなくなり、仕事を放りだしてレジスとともにリヨン行きの特急に乗ってしまう。

 ミシェルにとってレジスはギョーム以上に重要な存在となり、彼の生活すべてがレジストアンヌ=マリーを中心とするようになる。それを象徴するのがミシェルが妹とギョームの結婚を邪魔するエピソードだ。世俗的に考えればこの結婚にはなんの問題もないが、ミシェルはレジスにいわれるまま二人の仲を裂いてしまう。恋愛中も享楽生活をつづける世俗の知恵の代表者というべきギョームはミシェルに失望し離れていく。

 ミシェルはその後もパリとリヨンの間を往復するが、ついにアンヌ=マリーに引かれるあまり、学業を放棄してリヨンに移ってくる。ミシェルは信仰の仮面をかぶって彼女を誘惑しようとし、彼女もしだいに官能の世界に目覚めていくが、驚くべきことに禁欲は守ったままだ。息づまるような心理的駆引が展開されるが、それは今にも破裂しそうな禁欲の圧力の下の駆引だ。プラトニックラブとはこんなにも猥褻で残酷なものだったのだ。最後の最後に禁欲が破られる時、小説は新しい次元の精神性を暗示して終わる。

 この小説は決して信仰告白をおこなっているわけではなく、ましてカトリック小説であるはずもないが、信仰と禁欲によって開かれる精神の生活の深さ、恐ろしさをあますところなく描いている。精神生活への傾倒は世俗生活への嫌悪と表裏していて、オウム真理教信者の幼稚な出家志向と無関係とはいいきれないだろう。

 スタイナーはアンヌ=マリーを『戦争と平和』のナターシャにたとえたが、彼女はナターシャのような深窓の令嬢ではない。ケルビーノを演じる女優のような色気がある一方で生活力旺盛であり、恋愛においては相当な悪女である。ミシェルやレジスのような男は現代にはいないかもしれないが、アンヌ=マリーのような女性なら新橋の立ち飲みにあらわれてもおかしくない。『ふたつの旗』はあえて古風な意匠を選んでいるが、アンヌ=マリーを通してこれから来る時代につながっているのかもしれない。

→ 『ふたつの旗』〈上〉
→ 『ふたつの旗』〈下〉