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2007年11月28日

『宇宙をプログラムする宇宙』 セス・ロイド (早川書房)

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 目下、情報理論による科学の再編成が進んでいるようだが、本書は多分、その最前衛に位置する本である。

 著者のセス・ロイドはMITの機械工学科で量子コンピュータの開発にあたっている第一線の研究者である。機械工学科で量子コンピュータを作っているのは妙な感じがするが、農学部で遺伝子工学を研究するようなものなのかもしれない。

 ロイドは研究者としては優秀なのだろうが、一般向けの本を書くのに慣れているとはいえない。ロイドは宇宙はキュビット(量子ビット)の集合体であり、宇宙と量子コンピュータは区別できず、宇宙そのものが量子コンピュータだといきなり断定する。そして、その断定を本書のそこかしこでくりかえすのであるが、なぜそうかという説明は言葉足らずで終わっている。ロイド自身にとってはあまりにも自明のことなので、説明のしようがないのかもしれないが。

 幸いサイフェの『宇宙を復号する』を読んだ後だったので、言葉足らずの説明の背後にある洞察をある程度察することができたが、予備知識なしにいきなり本書を読んだ読者は途方にくれるのではないか。

 不親切な本だが、本書にはそれを補ってあまりある洞察が埋めこまれている。

 サイフェの『宇宙を復号する』ではマクスウェルの魔物退治が焦点となったが、本書ではラプラスの魔物の復活がテーマとなる。

 ラプラスの魔物とは、ある時点の宇宙の状態を知ることで、それ以後に起こるすべてのことを予測するという怪物的な知性だが、量子力学と不確定性原理によって息の根を止められたと考えられてきた。しかしロイドはキュビット(量子ビット)によってラプラスの魔物は復活したという。宇宙の全粒子の状態は1092ビットという気の遠くなるような数だが、決して無限ではなく有限であって、量子コンピュータなら計算可能である。ロイドによれば宇宙とはキュビットを操作するラプラスの魔物にほかならず、それ自体巨大な量子コンピュータとみなせる。

 マクスウェルの魔物を退治したチャールズ・ベネットの研究は『宇宙を復号する』の前半の山場となっていたが、同じ研究が本書の後半でラプラスの魔物がらみで取りあげられている。ロイドはサイフェがふれなかった「論理深度」というベネットの核心概念を「熱力学的深度」として拡張し、宇宙がなぜ生命を生みだすほど複雑なのかを論証するためのツールに鍛えなおしている。正直言って、よくわからない部分が多いが、ロイドが途方もない洞察をもっていることはおぼろげながら察せられる。情報理論はとんでもないところにきているらしい。

 本書には途方もない話がたくさん出てくるが、物理学者の身辺雑記もふくまれており、これはこれで興味深い。わたし的に一番おもしろかったのはケンブリッジ大学の庭園でボルヘスと出会った話だ。『伝奇集』が量子力学によく似ており、なかでも「八岐の園」は多世界解釈そのものだと考えていたロイドはボルヘスに量子力学から影響を受けたのかどうか質問した。ボルヘスは「自分が量子力学の研究に影響を受けたことはないが、物理法則の方が文学作品のアイデアを真似ていることには驚かない」と答えたそうである。「八岐の園」はヒュー・エヴェレットが多世界解釈を発表する16年前に書かれているから、影響を受けたとすればエヴェレットの方なのである。

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