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2007年11月28日

『宇宙を復号する』 チャールズ・サイフェ (早川書房)

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 以前、フォン=バイヤーの『量子が変える情報の宇宙』を読み、情報理論が大変なことになっているらしいと知ったが、どう大変なのかが本書によってかなり見えてきた。「情報」という概念は今や宇宙論の核心にすえられ、科学のすべてが「情報」という観点から書きかえられつつあるようなのである。

 情報理論が単なるコンピュータの基礎理論ではなく、熱力学とつながった深遠な理論であることはよく知られている。情報量を算出する式は熱力学のエントロピーを計算する式と同じ形をしており、情報量はエントロピーとも呼ばれているのだ。

 シャノンに情報量をエントロピーと呼ぶように勧めたのはフォン・ノイマンで、最初はハッタリだったらしい。フォン・ノイマンは「エントロピーとは何なのか、だれも知らないから、論争ではいつでもきみが有利だ」と助言したそうである。

 ところがこのハッタリからマコトが生まれた。情報理論と熱力学はシャノンが考えていたよりはるかに緊密に結びついており、情報量はエントロピーそのものだったのだ。

 ここまでは情報理論を解説した本には必ず書いてあることだが、サイフェは一歩進めて熱力学は情報理論の特殊な場合であり、情報理論の一部門にすぎないとまで書いている。

 熱力学が情報理論の一部であることを示すために、サイフェはマクスウェルの魔物を持ちだしている。

 一つの容器を二つに仕切り、一方に熱い湯、他方に冷水をいれ、仕切りに穴をあける。すると湯と冷水はまじりあい、温度が均一化していく。これは逆戻り不能な過程であり、ぬるま湯が湯と冷水にわかれるなどということはありえない。熱力学の第二法則である。

 しかしマクスウェルは仕切りの穴に魔物が住みつき、一定の運動量以上の水分子だけ通行を許すようにすれば、仕切りを境にして湯と冷水にわかれていくはずだという思考実験をおこなった。これがマクスウェルの魔物である。

 熱力学にとってマクスウェルの魔物は熱力学の第二法則を脅かす困り者であり、喉に刺さった骨だったが、1982年になってIBMのチャールズ・ベネットによってようやく退治された。マクスウェルの魔物は水分子の運動量を観測して情報処理をおこなっているが、ベネットは情報処理にはエネルギーの消費が必ずともなうことを証明した。エアコンがエネルギーを消費することによって温度差を作りだしているように、マクスウェルの魔物も水分子を選別することによってエネルギーを消費しており、熱力学の第二法則が成立っていることが明らかになったのだ。

 情報理論と熱力学の関係は今一つわかっていなかったが、本書を読んでようやくわかったような気がする。本書は情報理論の入門書としてもすぐれている。

 ここまでは前半で、後半になると遺伝子や量子力学、宇宙論へと広がっていく。ユダヤ人の祭司階級に固有の塩基配列がY染色体に発見され、ジンバブエに住むレンバ族が失われた十支族の末裔と認定されたといった余談は興味深いが、本書の本当の読みどころは相対性理論と量子力学をも情報理論の一部として読み直したくだりだろう。快刀乱麻を断つというか、サイフェの筆は冴えていて眩暈がするような広大な視界が開ける。

 シュレーディンガーの猫の謎解きを軸に宇宙が宇宙自身を観測するというビジョンに導いていく部分は本書の白眉といえる。量子コンピュータの説明もわかりやすい。

 最後の部分では多世界解釈に踏みこんでいるが、われわれの宇宙の情報量は厖大とはいっても有限であることから、われわれとまったく同じ宇宙が無数に存在すると論証する条は息を呑む。科学の凄みを久々に味わった。

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