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2007年11月30日

『ワープする宇宙』 リサ・ランドール (NHK出版)/『リサ・ランドール異次元は存在する』 リサ・ランドール&若田光一 (NHK出版)

ワープする宇宙
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リサ・ランドール異次元は存在する
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 NHK BSの「未来への提言」で日本でも一躍有名になった女性物理学者、リサ・ランドールの本を二冊紹介する。ランドールはケイト・ブランシェットを思わせる美人で、『ロード・オブ・ザ・リング』のガラドリエルが似合いそうだ。

 『ワープする宇宙』は彼女がが提唱する5次元理論を一般向けに解説した本で、600ページを超える大冊だが、アメリカでベストセラーになっただけあって、とてもわかりやすく書かれている。

 いや、「わかりやすく」というのは誤解をまねくかもしれない。この種の本は数式を使わないことを売りにしていて、馬鹿にしたようなヘナヘナ球を投げてくることが多いが、ランドールは過剰な手加減はせず、素人にはきつめの球をビシビシ決めてくる。人柄なのだろうが、すがすがしい印象をもった。

 『リサ・ランドール 異次元は存在する』の方は「未来への提言」を活字に起こしたもので、100ページ足らずである。宇宙飛行士若田光一氏との対談が主となっていて、『ワープする宇宙』の内容を簡潔に伝えるとともに、内気な数学少女だったハイスクール時代からハーバード大学の教授になり、5次元理論で頭角をあらわすまでのライフ・ヒストリーが語られている。

 『ワープする宇宙』は章の頭にアシーナという11歳の少女の物語を置いて、枕にしている。アシーナはタイムマシンで現代にやってきたアイク・ラシュモア42世という未来人に導かれ、『不思議な国のアリス』そこのこけの冒険をして5次元時空の不思議を体験する。ルイス・キャロルが大好きだというランドールらしい趣向である。

 ランドールの5次元理論は余剰次元理論の一種だが、余剰次元理論はひも理論から出てきた。ひも理論では万物は振動する微小なひもだと考えるが、3次元でひもを振動させると振幅が宇宙規模に広がってしまうので、9次元+時間の10次元時空で振動を考える。10次元時空の振動だときれいに振幅がおさまるそうだが、3タイプのひも理論ができてしまった。その後、次元を1増やして11次元時空を考えると、3タイプのひも理論が統一的に理解できることがわかった。これをM理論という。10次元時空の3つのひも理論は、11次元時空のM理論の特殊な場合というわけである。

 10次元でも11次元でもいいが、われわれが知覚できるのは縦・横・高さの3次元だけである。時間をくわえても4次元にすぎない。残りの次元――余剰次元――はどうなっているのか。

 余剰次元はミクロの世界に縮んでいるというのがひも理論の答えである。

 ストローを考えてほしい。ストローは離すと一本の線に見えるが、目に近づけてよくよく見るると円筒形をしており、長さにくわえて円周というもう一つの次元をもっている。余剰次元はストローの円周方向のように隠れているというのだ。

 余剰次元が本当にあるのかどうかはわからない。10次元にしろ、11次元にしろ、そう考えると式がきれいにまとまるという数学の都合の話であって、実証されたわけではない。だからひも理論でノーベル賞をとった学者はまだいない。

 縮んだ余剰次元を説明した条はみごとである。9次元+時間、もしくは10次元+時間であっても、3次元+時間と見なせることを、ランドールはニュートン万有引力の法則を例に説明する。引力は距離の二乗に反比例して弱まっていくが、これはホースで水をまくと、距離の二乗に反比例して水がまばらになっていくようなものだという。距離の二乗になるのは、水のまかれる面積が二乗で増えていくからである。水のまかれる面積が増えれば増えるほど、水はまばらになっていく。それと同じように、重力も距離の二乗に反比例して弱まっていく。

 もし余剰次元が縮んでいなかったら、重力は距離の8乗とか9乗で急激に弱まっていただろう。

 こんな説明はこれまで読んだことがなかった。しかもこの記述は重力が他の3つの力に較べて桁違いに弱い理由を解明した5次元理論の伏線となっている。

 『ワープする宇宙』が長いにはそれだけの理由があるのである。生クリームに砂糖をまぶしたような啓蒙書に物足りなくなっている人には、本書は打ってつけの本といえる。ランドールは先生として第一級にちがいない。

 しかし程々ですませたいという人には『リサ・ランドール 異次元は存在する』をお勧めする。こちらはコンパクトにまとめられた、よくできた対談本である。

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『光速より速い光』 マゲイジョ (NHK出版)

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 最近の宇宙論の本ではインフレーション理論はビッグバン理論同様、確定的な事実であるかのように書かれている。ビッグバン理論はインフレーション理論と一体化している。ビッグバン理論には遠方の銀河ほど赤方変移が大きいという物証があるが、宇宙の背景輻射の驚くべき均一性までは説明できないので、インフレーション理論とこみで語られるわけだ。

 しかし宇宙が超光速で膨張していくインフレーションを認めてしまうと、なんでもありになりかねない。その先にあるのは『宇宙のランドスケープ』や『多世界宇宙の探検』で語られているような、無数の平行宇宙を生みだす永久インフレーション説だ。

 本書の著者、マゲイジョはインフレーション理論を否定する数少ない研究者であるが、宇宙の均質性は、超高速で膨張したとするインフレーションを考えなくとも解決できるとしている。

 マゲイジョの解答はコロンブスの卵だ。宇宙誕生間もない頃は光の速度が今よりも桁違いに速かったと考えるのである。光速が速ければ、宇宙全体が均質化するというわけだ。これを「光速変動(VSL, Varying Speed of Light)理論」と呼ぶ。

 光速度一定の原理をくつがえすとは大胆な仮説だが、アインシュタインも一般相対性理論を研究している途中段階で光速度変動の可能性を検討していたそうだし、他にも先例はあるという。

 VSL理論は「科学的取り調べの真っ最中」とマゲイジョが認めるように、まだ広く認められたわけではないが、インフレーション理論に批判的な研究者がすくなくない英国では一定の注目を集めているそうである。VSL理論が正しければ、「宇宙のひも」と呼ばれる領域では今でも光速度が速いというから、SF作家にとっては朗報だ。

 本書は前半でVSL理論のあらましを述べるが、後半では定説をくつがえす仮説を世に出すまでのゴタゴタと、その後の反響を語っている。VSL理論もさることながら、このゴタゴタがおもしろい。マゲイジョの才筆というか、毒舌の才能は冴えに冴えている。

 マゲイジョはポルトガル人だが、ケンブリッジ大学留学以降、英国で研究をつづけている。ケンブリッジ大学はクレージーな発想を求められる「快適な精神病院」である一方、芝生にはいれるのはフェローだけとか、フェローは今でも一段高いハイテーブルで食事をとるといった中世以来の伝統を残しているそうである。

 VSL理論が単なる突飛な一仮説で終わってしまうのかどうかはわからないが、インフレーション理論を批判的に解説した部分は出色の出来だと思う。

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2007年11月29日

『多世界宇宙の探検』 ビレンケン (日経BP社)

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 著者のビレンケンは旧ソ連出身の宇宙論研究者で、本書はサスキンドの『宇宙のランドスケープ』とほぼ同じ立場で書かれている。「多世界宇宙」とはサスキンドのいう「メガバース」にあたり、そこに無数の「島宇宙」(サスキンドの「ポケット宇宙」)が生みだされている。

 『宇宙のランドスケープ』を読んだ後だったので、それほどひっかからずに読めた。サスキンドがひも理論というミクロの世界の研究者なのに対し、ビレンケンは宇宙論というマクロの世界の研究者である。サスキンドの理論は無数の島宇宙が存在するようになってからの話が中心で静的な印象を受けるが、ビレンケンの方は永久インフレーションにより無数の島宇宙が生みだされていく生成過程に重点をおいている。光速を越える速度のインフレーション過程が今でもつづいているという頭がクラクラするようなビジョンはビレンケンの独擅場だ。仮説のぶっとび具合は『宇宙のランドスケープ』をしのいでいる。

 『宇宙のランドスケープ』と本書はアプローチの仕方が対照的であり、二冊を合せ読むことでよくわからなかった部分がかなりわかってきた。しかし依然としてわからないところも多い。たとえば永久インフレーションによって生みだされていく無数の島宇宙と、量子力学の多世界解釈で分岐していく無数の平行宇宙がどうして結びつくのだろう。『宇宙のランドスケープ』で一番疑問だったのがそこだったが、本書を読んでも疑問は晴れなかった。

 なお、多世界宇宙の中には、われわれの宇宙とまったく同じ宇宙が無数に存在するという仮説はサイフェの『宇宙を復号する』にも書かれていたが、サイフェが島宇宙の情報量の有限性という切口から論証するのに対し、本書では量子論の多世界解釈という切口から攻めている。異なる観点から出発しているのに、同じ結論に達しているのである。

 われわれの分身は多世界宇宙のどこかに存在しているのだろうか。存在してもおかしくないという気になってきている。

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『宇宙のランドスケープ』 サスキンド (日経BP社)

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 「宇宙の風景ランドスケープ」というと比喩のようだが、ランドスケープとはひも理論の創始者の一人であるサスキンドが2003年に提唱した概念で、われわれが住んでいるような宇宙(「ポケット宇宙」と呼ばれる)を分類した一覧表をさす。

 アンドレイ・リンデやアレックス・ビレンケンの「永久インフレーション理論」ではメガバースと呼ばれる空間が光速を超える速度で膨張をつづけ、無数のポケット宇宙を生みだしていく。メガバースにはエネルギー密度の高い場所と低い場所があり、エネルギー密度を高さであらわすと相当デコボコしている。このデコボコを分類したのがサスキンドのランドスケープで、10500種類もあるという。

 エネルギー密度の高い山の部分にあるポケット宇宙はエネルギー密度の低い谷の部分に転がり落ちていくが、この時エネルギー密度の落差が熱に変わり、ポケット宇宙は急激に膨張していく。これが「インフレーション」であり、その後にビッグバンが起こる。

 サスキンドがこんな途方もない絵図を引いたのは「人間原理」を合理的に説明するためである。この「人間原理」がまた落語みたいな話なのである。

 われわれの住んでいるポケット宇宙は 140億年以上前にビッグバンで誕生し、膨張をつづけていると考えられている。ポケット宇宙の構造はアインシュタインの一般相対性理論にしたがっているが、一般相対性理論の式には宇宙定数とか宇宙項と呼ばれる定数λラムダがある。宇宙定数λはアインシュタインによっていったんは否定されるが、その後の研究によって、きわめて小さい数ながらあると考えるしかないことがわかっている。

 問題はポケット宇宙が長期間安定して存続するためには、宇宙定数λが限られた範囲におさまっていなければならないことだ。われわれのポケット宇宙はすくなくとも140億年存続し、その間に生物が発生して進化し、ついに知性を生みだすにいたったが、こんなことは確率的にほとんどありえないことなのだそうである。

 われわれの宇宙の宇宙定数λはなぜこんな絶妙の値をとっているのか。

 そこから宇宙は人間を生みだすべく、万能の設計者によって絶妙のバランスで創造されたという説をとなえる物理学者が出てくる。いわゆる人間原理である。

 大半の物理学者は人間原理に拒絶反応を示すが、サスキンドによればそれは目をそむけているだけで、真面目に考えるなら人間原理にぶつからざるをえないのだという。

 サスキンドは人間原理を合理的に説明するために、永久インフレーションによって生みだされつづけている無数のポケット宇宙はランドスケープで分類されるような多様な定数をとるという絵図を引いてみせた。ほとんどのポケット宇宙は不適切な宇宙定数λのために物質が安定して存在しえず、空っぽだったり、灼熱地獄だったりすることだろう。われわれのポケット宇宙はたまたまうまい位置に転がってくれたおかげで、生命が進化する猶予があたえられ、われわれのような知的存在を生みだすにいたったというわけだ。

 ダーウィンの進化論は淘汰されて滅んだ無数の種を視野におさめることによって神なしで人間が誕生するメカニズムを示したが、サスキンドの解決法はそれと似ている。10500種類もあるポケット宇宙の類型のほとんどは失敗したポケット宇宙なのだ。

 もちろん、こんな途方もない話は証明することも反証することもできない。

 カール・ポパー以来、反証可能性をもつかどうかが、その仮説が科学的か、エセ科学かを判断する決め手という考え方が一般化しているが、反証しようのないこんな説はエセ科学のレッテルを貼られても仕方がないだろう。事実、そうした批判があるという。

 サスキンドは「どこかの哲学者の反証可能性に関する意見と衝突するからという理由だけで、ある可能性を否定するのは愚の骨頂だ」と反論する。

 ほとんど逆切れであるが、ビレンケンの『多世界宇宙の探検』はまったく違う視点から本書と同じ結論にいたっている。現代の宇宙論はとんでもないところに来ているようだ。

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2007年11月28日

『宇宙をプログラムする宇宙』 セス・ロイド (早川書房)

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 目下、情報理論による科学の再編成が進んでいるようだが、本書は多分、その最前衛に位置する本である。

 著者のセス・ロイドはMITの機械工学科で量子コンピュータの開発にあたっている第一線の研究者である。機械工学科で量子コンピュータを作っているのは妙な感じがするが、農学部で遺伝子工学を研究するようなものなのかもしれない。

 ロイドは研究者としては優秀なのだろうが、一般向けの本を書くのに慣れているとはいえない。ロイドは宇宙はキュビット(量子ビット)の集合体であり、宇宙と量子コンピュータは区別できず、宇宙そのものが量子コンピュータだといきなり断定する。そして、その断定を本書のそこかしこでくりかえすのであるが、なぜそうかという説明は言葉足らずで終わっている。ロイド自身にとってはあまりにも自明のことなので、説明のしようがないのかもしれないが。

 幸いサイフェの『宇宙を復号する』を読んだ後だったので、言葉足らずの説明の背後にある洞察をある程度察することができたが、予備知識なしにいきなり本書を読んだ読者は途方にくれるのではないか。

 不親切な本だが、本書にはそれを補ってあまりある洞察が埋めこまれている。

 サイフェの『宇宙を復号する』ではマクスウェルの魔物退治が焦点となったが、本書ではラプラスの魔物の復活がテーマとなる。

 ラプラスの魔物とは、ある時点の宇宙の状態を知ることで、それ以後に起こるすべてのことを予測するという怪物的な知性だが、量子力学と不確定性原理によって息の根を止められたと考えられてきた。しかしロイドはキュビット(量子ビット)によってラプラスの魔物は復活したという。宇宙の全粒子の状態は1092ビットという気の遠くなるような数だが、決して無限ではなく有限であって、量子コンピュータなら計算可能である。ロイドによれば宇宙とはキュビットを操作するラプラスの魔物にほかならず、それ自体巨大な量子コンピュータとみなせる。

 マクスウェルの魔物を退治したチャールズ・ベネットの研究は『宇宙を復号する』の前半の山場となっていたが、同じ研究が本書の後半でラプラスの魔物がらみで取りあげられている。ロイドはサイフェがふれなかった「論理深度」というベネットの核心概念を「熱力学的深度」として拡張し、宇宙がなぜ生命を生みだすほど複雑なのかを論証するためのツールに鍛えなおしている。正直言って、よくわからない部分が多いが、ロイドが途方もない洞察をもっていることはおぼろげながら察せられる。情報理論はとんでもないところにきているらしい。

 本書には途方もない話がたくさん出てくるが、物理学者の身辺雑記もふくまれており、これはこれで興味深い。わたし的に一番おもしろかったのはケンブリッジ大学の庭園でボルヘスと出会った話だ。『伝奇集』が量子力学によく似ており、なかでも「八岐の園」は多世界解釈そのものだと考えていたロイドはボルヘスに量子力学から影響を受けたのかどうか質問した。ボルヘスは「自分が量子力学の研究に影響を受けたことはないが、物理法則の方が文学作品のアイデアを真似ていることには驚かない」と答えたそうである。「八岐の園」はヒュー・エヴェレットが多世界解釈を発表する16年前に書かれているから、影響を受けたとすればエヴェレットの方なのである。

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『宇宙を復号する』 チャールズ・サイフェ (早川書房)

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 以前、フォン=バイヤーの『量子が変える情報の宇宙』を読み、情報理論が大変なことになっているらしいと知ったが、どう大変なのかが本書によってかなり見えてきた。「情報」という概念は今や宇宙論の核心にすえられ、科学のすべてが「情報」という観点から書きかえられつつあるようなのである。

 情報理論が単なるコンピュータの基礎理論ではなく、熱力学とつながった深遠な理論であることはよく知られている。情報量を算出する式は熱力学のエントロピーを計算する式と同じ形をしており、情報量はエントロピーとも呼ばれているのだ。

 シャノンに情報量をエントロピーと呼ぶように勧めたのはフォン・ノイマンで、最初はハッタリだったらしい。フォン・ノイマンは「エントロピーとは何なのか、だれも知らないから、論争ではいつでもきみが有利だ」と助言したそうである。

 ところがこのハッタリからマコトが生まれた。情報理論と熱力学はシャノンが考えていたよりはるかに緊密に結びついており、情報量はエントロピーそのものだったのだ。

 ここまでは情報理論を解説した本には必ず書いてあることだが、サイフェは一歩進めて熱力学は情報理論の特殊な場合であり、情報理論の一部門にすぎないとまで書いている。

 熱力学が情報理論の一部であることを示すために、サイフェはマクスウェルの魔物を持ちだしている。

 一つの容器を二つに仕切り、一方に熱い湯、他方に冷水をいれ、仕切りに穴をあける。すると湯と冷水はまじりあい、温度が均一化していく。これは逆戻り不能な過程であり、ぬるま湯が湯と冷水にわかれるなどということはありえない。熱力学の第二法則である。

 しかしマクスウェルは仕切りの穴に魔物が住みつき、一定の運動量以上の水分子だけ通行を許すようにすれば、仕切りを境にして湯と冷水にわかれていくはずだという思考実験をおこなった。これがマクスウェルの魔物である。

 熱力学にとってマクスウェルの魔物は熱力学の第二法則を脅かす困り者であり、喉に刺さった骨だったが、1982年になってIBMのチャールズ・ベネットによってようやく退治された。マクスウェルの魔物は水分子の運動量を観測して情報処理をおこなっているが、ベネットは情報処理にはエネルギーの消費が必ずともなうことを証明した。エアコンがエネルギーを消費することによって温度差を作りだしているように、マクスウェルの魔物も水分子を選別することによってエネルギーを消費しており、熱力学の第二法則が成立っていることが明らかになったのだ。

 情報理論と熱力学の関係は今一つわかっていなかったが、本書を読んでようやくわかったような気がする。本書は情報理論の入門書としてもすぐれている。

 ここまでは前半で、後半になると遺伝子や量子力学、宇宙論へと広がっていく。ユダヤ人の祭司階級に固有の塩基配列がY染色体に発見され、ジンバブエに住むレンバ族が失われた十支族の末裔と認定されたといった余談は興味深いが、本書の本当の読みどころは相対性理論と量子力学をも情報理論の一部として読み直したくだりだろう。快刀乱麻を断つというか、サイフェの筆は冴えていて眩暈がするような広大な視界が開ける。

 シュレーディンガーの猫の謎解きを軸に宇宙が宇宙自身を観測するというビジョンに導いていく部分は本書の白眉といえる。量子コンピュータの説明もわかりやすい。

 最後の部分では多世界解釈に踏みこんでいるが、われわれの宇宙の情報量は厖大とはいっても有限であることから、われわれとまったく同じ宇宙が無数に存在すると論証する条は息を呑む。科学の凄みを久々に味わった。

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