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2007年09月30日

『大失敗』 スタニスワフ・レム (国書刊行会)

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 昨年亡くなったレムの最後の長編小説である。1986年に発表されていたが、原著出版21年たった今年、邦訳がやっと出た。

 後期レムはメタ・フィクションに傾いていたが、この作品はばりばりのハードSFであり、あふれんばかりのアイデアを盛りこんでいる。

 最初の章ではタイタンに着陸した宇宙飛行士が孤立した鉱山を救うために、モビルスーツに乗りこんで雪原を一人疾駆するが、間欠泉地帯で事故に遭い、あえなく死んでしまう。繁茂する樹木のように降り積もっていく雪の描写が幻想的だ。並のSF作家だったら、この章の材料だけで長編を一冊書くところだ。

 次の章では舞台は恒星間宇宙船に移り、一度死んだ宇宙飛行士が蘇生術を受けて甦える。宇宙船はタイタンの軌道上で建造され、他の文明を探す旅に出るが、太陽系脱出速度に加速する際にはタイタンを燃やしてブースターにしている。このあたりの技術考証はレムである。

 冷凍状態の死体が甦えり、今浦島になるという設定はクラークの『3001年終局への旅』を思わせるが、『3001年』の発表は『大失敗』の10年後だから、影響関係があるとすればクラークの方が影響を受けたのである。

 『3001年』のプール飛行士はあっさり蘇生したが、『大失敗』の方は瞬間凍結(ガラス化)の際に顔が滅茶苦茶になり、解凍の際には記憶を失っている。顔と記憶を失うということはアイデンティティを失うことであり、これだけで長編小説が書けるほどの大きなテーマである。

 恒星間飛行の場合、相対性理論による時間の壁が問題になるが、レムはブラックホール近傍の時空の歪みを利用した時間遡行によってこの問題を解決している。ランドルズの『タイムマシン開発競争に挑んだ物理学者たち』によると、1980年代にはいってからブラックホールを利用した時間移動の理論研究が盛んになったということだが、レムは最新の動向を押さえていたわけである。ブラックホールという言葉がなかった時代から、ブラックホールを小説に使っていたレムだけのことはある。

 ハードSFファンをうならせる密度の濃い内容がつづくが、目標のクウィンタ星に到達するや、エドモンド・ハミルトンも顔色をなくすような大技が次々とくりだされる。最初はたった一隻の宇宙船にこんなことができるのかと思ったが、恒星間飛行が可能な技術があれば、衛星を粉微塵にし大陸をふきとばすくらいのエネルギーをコントロールできて当たり前なのだ。

 地球から派遣されたヘルメス号はクウィンタ星人との接触をはかるが、ことごとく無視され、最後まで姿を見せない。なぜそこまで徹底的に隠れるのか。最後はほとんどカフカ的な様相を帯びてくる。

 ここで思いだすのはレムの処女作『金星応答なし』である。金星人たちも探検隊の呼びかけにまったく答えず、最近、DEFAからDVD化されたメーツィヒ監督による映画は "Silent Star" と題されたくらいだ。レムはその後、『ソラリス』と『砂漠の惑星』で人間とは接点をもちえない生命との接触を、『エデン』ではゾンビ化した文明を描いたが、『大失敗』で再び人類に近いレベルの文明との出会いを描いた。なまじ近いがために戦いになる。晩年のレムは絶望していたのだろうか。

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