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2007年09月30日

『高い城・文学エッセイ』 スタニスワフ・レム (国書刊行会)

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 レムの自伝『高い城』に10編のエッセイをくわえた本で、「レム・コレクション」独自の編集である。

 まず『高い城』だが、自伝といってもギムナジュウムまでで、普通の自伝を期待すると肩すかしをくらわされる(普通の自伝を読みたい人にはエッセイ編におさめられている「偶然と秩序の間で」が用意されている)。

 しかも、時代的背景はいっさい無視して、もっぱらオモチャ中心に子供時代の思い出を語っているのである。科学者にして強靭な思索家というレムのイメージからはかけ離れた内容だが、分解魔として物に固着するあたり、レムらしいといえばいえる。

 物に固着した書き方はナボコフの自伝『記憶よ、語れ』に一脈通じるところがある。両者とも裕福な家庭に生まれ、ハイカラな物に囲まれて育った点が共通する。

 裕福とはいっても、レムの父親は耳鼻咽喉科の町医者であり、家も六部屋のアパートメントで、ナボコフのような大邸宅に住む貴族とは違うし、レムは普通に学校に通って友人を作っている。しかし、人間よりも物に親近感を感じているのは明白であって、そのあたりナボコフと似ているのである。十歳の頃の恋に固着している点もナボコフ的といえるかもしれない。

 エッセイ編は最初に自伝的エッセイ「偶然と秩序の間で」が置かれ、次に文学理論を語った「SFの構造分析」など3編がつづき、その後に「ドストエフスキーに遺憾なく」以下の作家論がならんでいる。

 「偶然と秩序の間で」は40頁ほどの長さだが、子供時代から作家時代までをカバーし、同時代の作家とのつかいにもふれていて、『高い城』にフラストレーションを感じた人も満足できる内容になっている。

 「SFの構造分析」以下の理論的なエッセイはつまらない。フランス構造主義を意識しているが、「構造」という言葉を自然科学でいう「構造」と混同しているのではないか。トドロフ批判もあるが、トドロフはただの分類屋にすぎず、構造主義の代表者ではない。

 作家論はどれもおもしろい。ドストエフスキー論とウェルズ論とボルヘス論はあまり中味がないが、先達者として深く敬愛していることは伝わってくる。

 「ロリータ、あるいはスタヴローギンとベアトリーチェ」というナボコフ論は一番意外な文章だった。ナボコフはドストエフスキー嫌いで有名だが、こともあろうにそのナボコフをドストエフスキーを引きあいに出して、屈折した褒め方をしているのである。レムは10歳の時の失恋体験をハンバート・ハンバートに投影しているふしがある。レムとナボコフという組みあわせは意外だが、『高い城』を読んだ後では、それもありかなと思う。

 ストルガツキー兄弟の『ストーカー』論は手離しに褒めすぎていて、眉に唾をつけたくなる。

 一方、「フィリップ・K・ディック――にせ者たちに取り巻かれた幻視者」というディック論は嫉妬がちらちらしていて、高く買っていることがよくわかる。

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『大失敗』 スタニスワフ・レム (国書刊行会)

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 昨年亡くなったレムの最後の長編小説である。1986年に発表されていたが、原著出版21年たった今年、邦訳がやっと出た。

 後期レムはメタ・フィクションに傾いていたが、この作品はばりばりのハードSFであり、あふれんばかりのアイデアを盛りこんでいる。

 最初の章ではタイタンに着陸した宇宙飛行士が孤立した鉱山を救うために、モビルスーツに乗りこんで雪原を一人疾駆するが、間欠泉地帯で事故に遭い、あえなく死んでしまう。繁茂する樹木のように降り積もっていく雪の描写が幻想的だ。並のSF作家だったら、この章の材料だけで長編を一冊書くところだ。

 次の章では舞台は恒星間宇宙船に移り、一度死んだ宇宙飛行士が蘇生術を受けて甦える。宇宙船はタイタンの軌道上で建造され、他の文明を探す旅に出るが、太陽系脱出速度に加速する際にはタイタンを燃やしてブースターにしている。このあたりの技術考証はレムである。

 冷凍状態の死体が甦えり、今浦島になるという設定はクラークの『3001年終局への旅』を思わせるが、『3001年』の発表は『大失敗』の10年後だから、影響関係があるとすればクラークの方が影響を受けたのである。

 『3001年』のプール飛行士はあっさり蘇生したが、『大失敗』の方は瞬間凍結(ガラス化)の際に顔が滅茶苦茶になり、解凍の際には記憶を失っている。顔と記憶を失うということはアイデンティティを失うことであり、これだけで長編小説が書けるほどの大きなテーマである。

 恒星間飛行の場合、相対性理論による時間の壁が問題になるが、レムはブラックホール近傍の時空の歪みを利用した時間遡行によってこの問題を解決している。ランドルズの『タイムマシン開発競争に挑んだ物理学者たち』によると、1980年代にはいってからブラックホールを利用した時間移動の理論研究が盛んになったということだが、レムは最新の動向を押さえていたわけである。ブラックホールという言葉がなかった時代から、ブラックホールを小説に使っていたレムだけのことはある。

 ハードSFファンをうならせる密度の濃い内容がつづくが、目標のクウィンタ星に到達するや、エドモンド・ハミルトンも顔色をなくすような大技が次々とくりだされる。最初はたった一隻の宇宙船にこんなことができるのかと思ったが、恒星間飛行が可能な技術があれば、衛星を粉微塵にし大陸をふきとばすくらいのエネルギーをコントロールできて当たり前なのだ。

 地球から派遣されたヘルメス号はクウィンタ星人との接触をはかるが、ことごとく無視され、最後まで姿を見せない。なぜそこまで徹底的に隠れるのか。最後はほとんどカフカ的な様相を帯びてくる。

 ここで思いだすのはレムの処女作『金星応答なし』である。金星人たちも探検隊の呼びかけにまったく答えず、最近、DEFAからDVD化されたメーツィヒ監督による映画は "Silent Star" と題されたくらいだ。レムはその後、『ソラリス』と『砂漠の惑星』で人間とは接点をもちえない生命との接触を、『エデン』ではゾンビ化した文明を描いたが、『大失敗』で再び人類に近いレベルの文明との出会いを描いた。なまじ近いがために戦いになる。晩年のレムは絶望していたのだろうか。

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2007年09月29日

『ソラリス』 スタニスワフ・レム (国書刊行会)

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 スタニスワフ・レムの『ソラリス』はSFのみならず、20世紀文学の古典といっていいが、沼野充義氏によるポーランド語原著からのはじめての直接訳が2004年に国書刊行会の「レム・コレクション」の一冊として出版された。

 この作品がはじめて日本語になったのは1965年のことだった。早川SFシリーズから出た飯田規和訳で、『ソラリスの陽のもとに』という題名で親しまれた。わたし自身、飯田訳によってこの作品を知った。日本語としてこなれた文学性ゆたかな訳文で、現在も文庫で入手可能だが、ロシア語からの重訳という根本的な問題があった。

 飯田訳が底本としたロシア語訳にかなり欠文があるという話はSFファンの間では早くからささやかれていたが、原著がポーランド語という容易に接近できない言語だったために、しだいに尾鰭がついていった。タルコフスキーの映画が公開された頃には原著は邦訳の倍以上の長さがあるという噂まで流れていた。その後、沼野氏による『金星応答なし』のポーランド語訳が出て、ドイツ語からの重訳が 1/3も削られていたことがわかり、噂を補強する結果となった。しかし、今回の沼野訳によって欠文は400字詰原稿用紙換算で40枚(全体の7%)ほどだったということがはっきりした。

 7%の欠落は無視できない分量だが、原著は倍以上あるというデマにやきもきしていたことからいえば、意外に正確だったという印象になる。せっかく新訳が出たのに、3年間積ん読をつづけた理由である。

 さて、レムの最後の長編小説『大失敗』が「レム・コレクション」にはいったのを機に、沼野訳で読みなおし、飯田訳との相違点を確認してみることにした。

 まず、どこが欠文になっているかだが、不注意の脱落を除くと、ソラリス学の部分に集中していた。たとえば、飯田訳192頁に

<対象物>とはどういうものであるかが一目見ただけでわかるような模型をつくり出そうという努力も精一杯なされた。しかし、いずれにしろ、成果と言いうるようなものは何も得られなかった(下線、引用者)。

とあるが、ポーランド語原著には下線部分はなく、代わりに邦訳にして8頁分の記述(197~204頁)がつづいていた。脱落部分の最初を引いておく。

 対称体のことが一目でわかるような、手ごろな模型モデルを考案しようとする試みにもこと欠かなかった。その中ではアヴェリアンの例がかなり広く知られるようになった。彼はこんなふうに説明したのだ。はるか昔の、バビロニアが栄華をきわめた時代の地球の建築物を思い描いてみよう。しかも、それは生きていて、刺激に敏感で、進化する物質からできていると考えよう。その建築術は滑らかに一連の段階を経てゆき、、私たちの目の前でギリシャからローマの建築様式を選び取り、それから円柱が草の茎のようにほっそりとし、丸屋根が重さを失う。そして丸屋根は姿をかき消してどんどん尖り、アーチは切り立った放物線に変容し、頂点でぽきんと折れてすらりとそびえ立つ。……

 ソラリスの海の原形質が仮に形をとったオブジェを生きた建築に見立てる記述が延々とつづくが、それをロシア語訳者は「成果と言いうるようなものは何も得られなかった」という文に要約していたのである。こうした架空の学問の蘊蓄は作品の重要な要素だが、ストーリーを楽しみたいだけの読者には邪魔になる。適当なところではしょろうということだったのかもしれない。

 その一方、沼野氏はイデオロギー上の理由によって検閲がおこなわれていたことも指摘している。

 最初のロシア語訳が出た1962年はスターリン批判後の「雪解け」の時期にあたり、ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』が世に出るなど文芸界に新風が吹いたが、検閲は依然としてつづいていた。1976年になってようやく完全なロシア語訳が出たことからいっても検閲で削除された部分があるのは間違いないが、日本の感覚からするとどこが該当部分なのかわからない。「神」という言葉自体がタブーだったということらしい。

 欠文とは別に、重訳という二重のフィルターを通したことによる歪みが随所に見られる。たとえば、ソラリスの海の不可解さを述べた部分。まず。飯田訳。

 一方、ソラリスに関するありとあらゆる文献を熱心に読みふけっている者たちは、その海が知的な存在であるとはいうものの、なんらの秩序ももちあわせない気違いじみた生物ではないかという印象をますます深くしていた。そこから、<賢者の海>という概念のアンチテーゼとして<悪魔の海>という考えが生まれた。

 「賢者」と「悪魔」という対立概念は、沼野訳ではこうなる。

他方、ありとあらゆるソラリス関係文献ソラリアナに食い入るように読みふけっているうちに、人はこんな印象を禁じえなかった――自分が相手にしているのは、確かに知的な、ひょっとしたら天才的な構築物の断片なのかもしれないが、そこには狂気すれすれの、手のつけられない愚かさの産物が支離滅裂に混ざっている。そのため、「ヨガ行者の海」という概念に対するアンチテーゼとして、「白痴の海」という考えが生まれたのだった。

 旧訳を鵜呑みにしてレムはソラリスを「悪魔」とみなしていたと考えたら間違いをおかすことになる。レムはソラリスに善悪の概念がはいりこまないように細心の注意をはらっていたのである。

 沼野訳を読んでいくとレムの思考の緻密さがよくわかる。レムを論じるには沼野訳を基礎としなければならないが、思弁的な部分以外では、飯田訳にも捨てがたい味わいがある。

 ハリーが自殺する直前の条を、まず沼野訳で引用する。

今日のハリーは何をやるにもいつもと違うふうだったが、それがどんな違いかはうまく説明できない。周囲をじっと見つめ、私が話しかけても上の空のとが多く、突然、何かを見つめた。一度、彼女が顔を上げたとき、その目がガラスのようにきらきらと光っているのが見えた。
「どうしたんだい?」私は声を低めて、囁いた。「泣いているの?」
「ほっておいてちょうだい。どうせ本物の涙じゃないんだから」口ごもりながら、彼女は言った。

 同じ箇所が飯田訳ではこうなる。

この日のハリーはいつもと様子がちがっていた。しかしどこがちがっているかははっきり言えなかった。ハリーはしじゅうあたりを見まわしていて、いくら私が話しかけても、まるで物思いに沈んでいるように、聞いていないことのほうが多かった。とかくするうちに、彼女がふと頭をあげたひょうしに、その目がきらりと輝いたのを私は見逃さなかった。
「どうしたんだい?」私はささやくように声を低めてたずねた。「泣いているの?」
「ちがうわ、気にしないで、本当の涙なんかじゃないわ」ハリーは言葉をにごした。

 沼野訳のハリーは気の強い女性が一時的に鬱におちいっているという感じだが、飯田訳のハリーは嫋々として、最初から憂愁の色をたたえている。タルコフスキーのハリーは飯田訳の印象に近いと思う。

 両訳を読みくらべてみて、飯田訳とタルコフスキーの映画との親近性を感じた。ロシア語訳に原因があるのかどうかはわからないが、ロシア・インテリゲンチャのデカダンスが濃厚に反映しているようなのである。

 一方、沼野訳を読むと、レムがタルコフスキーに激怒した理由がよくわかる。水と油というか、タルコフスキーとは肌あいがまったく違うのだ。レムはロシア・インテリゲンチャの思いいれなんか勝手にいれないでくれと叫びたかったのではあるまいか。

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