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2007年08月29日

『文字をよむ』 池田紘一&今西祐一郎編 (九州大学出版会)

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 九州大学の先生方を中心とした文字に関する論集で、20本の論文がおさめられている。話題は文字の起源から漢字学、日本語の表記史、世界各地の文字、文字の脳科学まで多岐にわたる。カバーする範囲が広いので、すべての論文に興味がもてたわけではないし、中には中味の薄いものや、文字を口実に政治宣伝をしているようなものがないわけではなかったが、さまざまに啓発され、教えられるところが多かった。

 印象に残った論文をいくつか紹介しよう。

 江村治樹「漢字の成立」は甲骨文から秦による字体統一までを概観した漢字史である。字体の地方差は金文時代から生ずるが、竹簡の文字には差はあまりなかったという。

 高山倫明「漢字を訓む」は日本の漢字受容史を具体例をあげながら解説した好文章で、見通しがいい上に、ディティールがおもしろい。場所の意味だけだったトコロは「所」の和訓として定着するとしだいに抽象化していき、近代にいたって関係代名詞の訳語になった。whichやthatは「……するところの」と訳すと教わったが、その背後には奈良時代以来の歴史があったのである。

 今西祐一郎「「かな」をよむ」は仮名の成立史で、土左日記の鎌倉期の古写本はほとんど仮名だけで書かれており、漢字は「日記」など、ごく少数にすぎないという。

 加藤久美子「タム文字」の世界はタイ北部の少数民族が伝承してきた文字文化の紹介で、タイ文字の背後にこんなに多様な文字文化があったのかと驚いた。東南アジアの文字はまだ十分には紹介されていないが、奥が深そうである。

 赤松明彦「インドの文字」は混沌としたインド系文字の紹介である。インドの文字には前から興味があり、何冊か本を読んでいるが、この論文ではじめて知った情報が多数ある。インドの文字は本当に底が知れない。しかも、新しい文字体系が今でも作られているそうで、眩暈がしてくる。

 小川正廣&天野政千代「西洋における言葉と文字」と岡崎敦「西欧中世における「文字をかくこと」」はヨーロッパの文字史・写本史の紹介で、こちらも気が遠くなるほど奥が深い。

 溝口常俊「地図を読む」は地図論であり、文字とは直接関係ないが、おもしろかった。

 三浦佳世「「読み」の基礎過程」は文字認識に関する認知心理学と脳科学の紹介で、すこぶる情報量が多い。興味深い知見がたくさん紹介されているが、駆け足なので物足りない。ぜひ単行本を書いてほしいと思う。

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