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2007年07月31日

『眼の誕生』 アンドルー・パーカー (草思社)

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 副題に「カンブリア紀大進化の謎を解く」とあるように、カンブリア爆発の謎に挑んだ本である。著者のアンドルー・パーカーは1967年生まれの動物学者であり、光スイッチ説を考えだした本人である。

 パーカーはカンブリア爆発の本質をこう看破する。

 カンブリア紀の爆発とは、五億四三〇〇万年前から五億三八〇〇万年前に、現生するすべての動物門が、体を覆う硬い殻を突如として獲得した出来事なのである。

 カンブリア紀以前は硬い殻におおわれた生物は存在していなかった。硬い殻の出現こそがカンブリア爆発の本質だというわけである。

 バージェス動物群はどうなるだろうか。バージェス頁岩は通常化石にならない軟組織をもった多種多様な生物を奇跡的に化石として保存したが、その中にも背側にトゲを生やしたハルキゲニアや、鱗状の骨片で背中を鎧った上に十数本の剣を突きだしたウィワクシアのような生物がいたのである。硬い殻でこそおおわれていないが、装甲で身を守っている点は同じだ。

 生物はなぜ突然硬い殻やトゲ、剣、鱗で防衛するようになったのだろうか。パーカーはコロンブスの卵のような答えを出す。眼をもつ動物があらわれたからだ、と。

 触覚や味覚、嗅覚、聴覚は細菌の段階から存在した。明暗の知覚を原始的な視覚というなら、やはり細菌段階から存在したろう。しかし、物体の像を見ることのできる視覚はカンブリア紀まで存在しなかった。

 最初に視覚を獲得したのは三葉虫だったらしい。パーカーはその瞬間を印象的に描いている。

 やがて最強の感覚となるべき感覚は、ある種の原始三葉虫、すなわちこの世で初めて眼を享受した動物の誕生とともに世に解き放たれた。地球史上初めて、動物が開眼したのだ。そしてその瞬間、海中と海底のありとあらゆるものが、実質的に初めて光に照らしだされた。カイメンの上を這いまわる蠕虫の一匹一匹、海中を漂うクラゲの一匹一匹が、突如、映像となって姿を現した。地球を照らす光のスイッチがオンにされ、先カンブリア時代を特徴づけていた緩慢な進化に終止符が打たれた。

 視覚が他の感覚と異なるのは接触を必要としない点だ。触覚と味覚は文字どおり接触によって生じる感覚だし、嗅覚と聴覚は物質によって仲立ちされた間接的接触で生じる。ところが視覚は直接的にせよ、間接的にせよ、接触を必要としない。視覚の有効範囲は他の感覚よりも格段に広く、しかも防ぎようがない。いくらじっとしていても、頭隠して尻隠さずになってしまうのだ。視覚をもった動物が最強の捕食者になるのは当然のことである。

 レーダーの発明が戦争の様相を一変させたように、眼の出現は動物たちの生活を根本から変えた。動物たちは多大なコストを費やして硬い殻で身を鎧うようになり、対抗上、みずからも眼を持つようになった(眼の維持も大変なコストがかかる)。動物の進化はいやでも加速された。これがパーカーの考えるカンブリア爆発のシナリオである。

 パーカーは更に驚くべき指摘をおこなう。カンブリア爆発では多種多様な形状の動物がデザイン・コンクールのように一斉にあらわれたが、それは内部構造(体制)の違いが表面的化しただけであって、分類上の「門」に相当する内部構造の違いはカンブリア爆発以前に出来あがっていたというのだ。

 動物は三八の門にわかれるが、それは三八種類の内部構造が存在するということである。外的形態は収斂進化で似ることがあるが、内部構造が似るということはありえない。内部構造は外部形態よりも多くの遺伝子の支配を受けており、変化するためには関与する遺伝子すべてに一斉に突然変異が起こらなくてはならないからだ。エディアカラ動物群は似たりよったりの形状をしていたらしいが、外見は似ていても内部構造は違っていたというわけだ。

 スノーボール仮説についてはパーカーは批判的だ。極度の寒冷化がおこったことは認めるが、それがカンブリア爆発の原因だという説には異議を唱えている。最後のスノーボール期からカンブリア爆発まで3000万年以上隔たっている以上、うねりを増幅した可能性はあるにしろ、直接の因果関係は認められないとしている。

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『スノーボール・アース』 ガブリエル・ウォーカー (早川書房)

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 スノーボール仮説とは先カンブリア代に地球が極度に寒冷化し、赤道地帯もふくめて地表すべてが数千メートルの氷におおわれるようなことがすくなくとも一度、最多で四度あったとする仮説で、日本語では「全地球凍結」という。2004年にNHKが放映した「地球大進化」で紹介されたので、ご存知の方も多いだろう。

 スノーボール仮説は学会で大論争をまきおこした。地球全体が凍りついていたというだけでもセンセーショナルだが、気候史だけでなく、地球化学、生物学にまで広がりをもっていたからだ。特に多細胞生物の出現と、それにつづく「カンブリア爆発」が最後のスノーボール期が終わり、温暖化に向かう過程で起きたという仮説は重大である。スノーボール仮説はウェーゲナーの大陸移動説のように、地球と生物進化の歴史を根本から書きかえる壮大な仮説なのである。

 本書はサイエンスライターのガブリエル・ウォーカーが、スノーボール仮説の立役者であるポール・ホフマンを主人公に仮説の誕生から論争までを追った本である。先カンブリア代の研究者は数がすくなく、ほとんどが顔見知りという狭い業界なので、その中での論争は熾烈をきわめる。著者はホフマンを格好良く描いているが、川上紳一氏の解説によると自信過剰で、あくの強い人物のようである。

 発端はアフリカのナミビア砂漠の堆積岩中の種々雑多な岩石だった。色も形も大きさも起源も異なる岩石が灰色の堆積岩の中に埋めこまれているのだ。ホフマンは氷河が運んできたと考えれば説明がつくことに気がつく。そしてあらためて見直すと、ナミビアの先カンブリア代後期の地層には氷河の痕跡がさまざま見つかった。

 氷河に覆われていたと考えれば説明がついたが、問題は当時のナミビアは赤道付近だったことだ。赤道地帯が氷河に覆われていたとしたなら、地球全体が凍りついていたことにならないか。

 赤道付近が凍っていたという説はカリフォルニア工科大で地磁気を研究しているジョー・カーシュヴィンクがすでに発表していた。

 そのアイデアはカーシュヴィンクのオリジナルではなく、査読を依頼された論文中で見つけたものだった。必要な証明の手続を怠っていたので、論文は掲載されなかったが、赤道付近の石が氷河に運ばれたというアイデアはカーシュヴィクの頭の中で成長していき、先カンブリア代末期に鉄鉱石の形成がふたたび見られるという謎の解明につながった。

 地球の大気に酸素がなかった時代、海水中には大量の鉄分がとけこんでいた。先カンブリア代中期になりシアノバクテリアが酸素が放出しはじめると、海水中の鉄は酸化されて海底に堆積していき、鉄鉱石の鉱脈となった。ところが、鉄鉱石の形成は一度中断してから、先カンブリア代末期にまた盛んになるのである。

 カーシュヴィクが考えた説明はこうだ。海が全面的に氷結し大気から遮断される期間が数千万年つづけば、その間に海底火山から大量の鉄分がとけだし、氷が溶けてから一気に酸化されて堆積する……。

 地質学者のダン・シュラグによって炭酸塩岩という証拠が追加される。スノーボールの間、光合成はおこなわれないので大気中には火山の放出した二酸化炭素が蓄積していく。二酸化炭素濃度が高まると、一気に温暖化が進み氷がとけだす。二酸化炭素濃度が高いので、雨は酸性雨となって降りそそぎ、大量の炭酸塩が海に流れこんで堆積する。事実、先カンブリア代末期には氷河堆積物の上に炭酸塩の層が形成されていたのである。

 スノーボール仮説はさらに多細胞生物の起源にも拡大されるが、ここで難問にぶつかる。先カンブリア代の終わりにエディアカラ動物群と呼ばれる最初の多細胞生物が出現するが、最後のスノーボール期の終わりとエディアカラ動物群の最古の痕跡の間には2500万年という時間が横たわっていたのである。

 いくら地質学的スケールとはいえ、2500万年のズレは無視できない。たとえば現在から2500万年前は最初の類人猿があらわれた頃にあたり、ヒマラヤ山脈はまだ影も形もなかった。

 また、多様な真核生物が生き残ったという事実もスノーボール仮説では説明しにくい。

 NHKの「地球大進化」を見た時はこれで決まりと思ったが、スノーボール仮説はまだ仮説の段階のようである。興味のある方はsnowballearth.orgというスノーボール仮説の伝道サイトを御覧になられるとよい。

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2007年07月30日

『生命 最初の30億年』 アンドルー・ノール (紀伊國屋書店)

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 もっとも古い生物の化石は35億年前の地層から見つかっているが、それ以降の30億年はあまりぱっとしない。生命が目覚ましい進化を見せるのは5億年前にはじまるカンブリア期からである。この時期、アノマロカリスやハルキゲニアなど、奇々怪々な動物が堰を切ったように出現したので、「カンブリア爆発」と呼ばれている、

 カンブリア紀以前の時代は地球の歴史の8割を占めるのに、これまでは先カンブリア代とか隠生代と呼ばれて一括されてきた。しかし研究が進んだ結果、最近ではこの期間を三つの時代に区分している。45億年前と推定される地球誕生から40億年前の最古の大陸の誕生までの5億年が冥王代、大陸誕生から25億年前にうまれた酸素環境までの15億年が始生代、それからカンブリア紀までの20億年が原生代である。

 本書は最初の化石が発見された35億年前からカンブリア紀までの30億年間の進化をあつかう。進化といっても、大部分は細菌の進化の話で、最後の方になってようやくエディアカラ動物群やバージェス動物群のような目に見える動物が登場する。

 細菌の進化なんておもしろいのかと思うかもしれないが、これがおもしろいのである。生命が誕生した始生代の頃の地球の大気には酸素がなかった。始生代の生命は酸素の代わりに硫化水素や鉄や硝酸塩を使ってエネルギーを生みだしていたのである。

 やがてシアノバクテリアという始生代のスターがあらわれ、猛烈な勢いで酸素を放出していき、地球の環境を一変させてしまい、酸素を呼吸する細菌が誕生する。進化論を弱肉強食から共生へと転換させたリン・マーギュリスの連続細胞内共生説や、スノーボール・アース説のようなドラマチックな説も登場する。硫化水素や鉄を食べる細菌と較べたら、恐龍なんてかわいいものである。

 こうした驚くべき発見をもたらしたのは化石の研究だが、細菌の化石だけに顕微鏡でなれば見つからない微化石で、一見、鉱物の結晶と区別がつきにくい。生物起源の物質であることを判定するには同位元素の比率を使う。たとえば炭素には12Cと13Cという二つの安定した同位体があるが、光合成などで生物がとりこむ場合、わずかに軽い12Cの方を優先してとりこむので、12Cと13Cの比率に偏りが生まれる。この偏りが検出できれば、生物起源の炭素と断定できるのである。

 先カンブリア代の地層が露出している場所はめずらしくはないが、高い圧力や高熱による変成作用を受けると微化石はそこなわれてしまう。変成作用を受けていない古い地層を見つけなければならないが、そいういう場所はきわめて限られている。

 著者のノールは資料をもとめてシベリアや中国辺境の鉱山、さらにはオーストラリアやアフリカ南端まで出かけている。微化石となった細菌が繁栄していた当時は、いずれも熱帯のおだやかな海辺だったのに、今は酷寒の極地だったり、炎熱砂漠だったりする。フィールドワークはそのまま探検記である。

 シアノバクテリアのいい化石のみつかるスピッツベルゲンは北極海に浮かぶ孤島だが、かつてはハバマの海岸のようなおだやかな土地だったらしい。鞘におおわれた新種のシアノバクテリアの化石を発見したノールは、現在のシアノバクテリアを研究している生物学者とともにバハマを訪れ、化石と同じ環境をさがしたところ、生きている鞘におおわれたシアノバクテリアをみごとに見つける。そのシアノバクテリアが20億年前のシアノバクテリアの直系の子孫なのかどうかは断定できないが、シアノバクテリアは誕生した直後にあらゆるバリエーションを生みだしており、直系の子孫の可能性はかなりあるらしい。ちょっと感動的である。

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2007年07月29日

『共生生命体の30億年』 リン・マーギュリス (草思社)

『共生生命体の30億年』 →bookwebで購入

 一家をなした科学者が自分のやってきた研究を一般読者向けに解説する「サイエンス・マスターズ」シリーズの一冊である。著者のリン・マーギュリスは連続細胞内共生説(SET)のパイオニアで、天文学者カール・セーガンの最初の妻でもある。

 ミトコンドリアと葉緑体は細胞内部からうまれたものではなく、別の生命体を取りこみ、共生しているうちに、細胞の不可欠な一部になったものだという見方が現在では定説となっているが、この説をいちはやく提唱したのがマーギュリスなのである。

 ミトコンドリアと葉緑体が外部起源だというのは企業買収のようなものだ。企業が新しい分野に進出しようとする場合、ゼロからはじめたのでは大変なので、実績のある企業を買収するという手法が使われることがあるが、それと同じことが進化の過程で起きたというわけである。

 太古の地球には酸素はなかった。生物は無酸素環境の中で誕生し、進化していったが、光合成をする細菌が大量発生し、大気中にどんどん酸素を放出していき、水中の酸素濃度も高まっていった。無酸素環境で進化してきた生物にとって酸素は有毒であり、酸素が増えれば増えるほど生存できる場所が狭まっていった。そうなると、毒である酸素を利用する細菌があらわれた。酸素呼吸はエネルギー効率がいい上に、酸素のある環境でも生存できるので圧倒的に有利だが、酸素呼吸の能力を獲得できた細菌は少数だった。それ以外の系統の細菌はどんどん狭まっていく無酸素環境に退却していくしかないのか? 退却を選んだ細菌もいるけれども、酸素呼吸細菌を買収し、ミトコンドリア事業部にしてしまう細菌もあらわれた。それがわれわれの遠いご先祖である。

 葉緑体も細胞内にとりこまれたシアノバクテリアという光合成細菌が起源と見られているが、ミトコンドリアは動物、植物、菌類、細菌に広くわけもたれているのに対し、葉緑体は植物と一部の細菌しかもっていないことからすると、葉緑体はミトコンドリアの後にとりこまれたと考えるのが妥当だろう。

 ミトコンドリアは20世紀になってから発見されたが、共生による進化という考え方は19世紀から存在し、「共生発生」という用語も生まれていたが、正統的な進化論からすれば異端であり、ヴェーゲナーの大陸移動説なみのトンデモ学説として無視されてきた。

 ウェーゲナーの大陸移動説は残留地磁気とマントル対流の発見によって劇的に復活するが、共生による進化という考え方はDNAの解読によってよみがえる。ミトコンドリアと葉緑素は細胞核とは別に独自のDNAをもっており、しかもそのDNAは起源と想定される酸素呼吸細菌や光合成細菌のDNAと酷似していたのである。

 ミトコンドリアと葉緑素についてはDNAという物証があるので認められたが、マーギュリスの連続細胞内共生説はもう一回り大きな進化のシナリオを提案しており、まだ公認されていない部分がある。細胞には細胞分裂の時にあらわれる紡錘体や精子の尾、細胞表面の繊毛、鞭毛など、糸状の運動器官があるが、これらは細菌内部にはいりこみ共生するようになったスピロヘータが起源だというのである。

 スピロヘータはコルクの栓抜きのような螺旋状の細長い細菌で、梅毒の病原体として悪名高いが、病原性をもつスピロヘータはごく一部にすぎず、ほとんどは平和共存する常在菌である。マーギュリスは運動性の細胞器官がミトコンドリア以上に広くわけもたれていることからいって、スピロヘータのとりこみはきわめて早い段階で起きたと考えている。核そのものがスピロヘータのとりこみの結果として誕生した可能性もあるという。

 おもしろい説だが、マーギュリスが見つけることができたのは、今のところ紡錘体や精子の尾、鞭毛などが同一構造をとっているという状況証拠だけである。こうした細胞器官にかかわる遺伝子は核の内部に存在しているが、とりこみが早い段階でおきたとすれば、遺伝子が核に移されたとしても不思議はないかもしれない。核外に鞭毛の遺伝子をもつ細菌が発見されたという報告があったが、後に否定されたそうである。

 スピロヘータのとりこみ、酸素呼吸細菌のとりこみ、光合成細菌のとりこみが順に起ったというのがマーギュリスの連続細胞内共生説の骨子であり、本当に決定的な進化は単細胞生物の段階でおこなわれたとしている。言われてみれば、その通りである。

 こういうスケールの大きな仮説を提唱し、実証しようとすれば、摩擦が生まれないはずはない。本書はマーギュリスの半生記でもあるが、親に内緒で転校したハイスクール時代にはじまり、5歳年長で院生時代からカリスマ性のあったカール・セーガンとの出会いと結婚、子供をかかえての学生時代、生物学のことをまったく知らない化学畑出身の生物学者の大群と戦った見習い時代と、彼女の独立不羈の人となりを示すエピソードが興味深い。

 本書の最後の部分はラヴロックのガイア仮説と共生論の関係が論じられている。マーギュリスが研究しているのは宿主に完全にとりこまれた共生だが、独立を保ったままの共生ならいたるところに見られる。珊瑚を養う共生藻、牛やシロアリの消化管の中でセルロースを分解する細菌など、宿主の生存にとって不可欠な共生生物は枚挙にいとまがない。最近話題のビフィズス菌だって、われわれの腸管にすむ共生生物である。生態系は共生の網の目でもある。

 共生という概念を広げていけば、地球そのものが一個の生命体だというラヴロックのガイア仮説にいきつく。マーギュリスはかなり迷惑そうに書いているが、彼女の連続細胞内共生説はガイア仮説とならべて論じられることが多いのだそうである。

 マーギュリスは自分の連続細胞内共生説とガイア仮説とはなんの関係もないと否定しているが、大衆化する前の本来のガイア仮説については好意的な見方をしている。彼女は非科学的という批判とずっと戦ってきたので、反科学的な色彩をおびている現在のガイア仮説には用心深くなっているのかもしれない。

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