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2007年05月29日

『捏造された聖書』 バート・アーマン (柏書房)

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 きわものめいた題名だが、原題は Misquoting Jesus(間違って引用するイエス)で、まっとうな聖書文献学の入門書である。

 新約聖書については、日本でも田川健三の『書物としての新約聖書』や加藤隆の『新約聖書はなぜギリシア語で書かれたか』のようなすぐれた入門書が出ているが、ちょっと敷居が高い印象があった。本書はアメリカ人の聖書学者がアメリカの読者に向けて書いた入門書なので、巧みな話術で飽きさせない。

 アメリカは進化論を学校で教える是非が裁判になる国で、聖書を一字一句すべて真実と信じこむ人がすくなくない。著者のアーマン自身、ハイスクール時代にキリスト教原理主義にかぶれ、原理主義ゴリゴリの神学校に進んだという。ところが聖書文献学の授業を受講し、聖書は筆写に筆写を重ねて伝わる中で多くの異文が生まれていたこと、しかも意図的な改変や加筆まであったことを知り、愕然とする。イエスや使徒の言葉が正しく伝承されていなかったとしたら、聖書を金科玉条とする原理主義は土台から揺らいでしまう。信仰の危機に直面した著者はさらに研究を深め、ついには原理主義から転向する。

 それゆえ、本書は原理主義的な読者をかなり意識した書き方になっている。語り口はあくまでざっくばらんだが、その下には論争家の鎧が隠れている。

 キリスト教原理主義者を相手に、いきなりここは後世の改竄だなどとやったら、そこで本を閉じられてしまうだろう。著者はキリスト教はどのように広まったのかと、搦手から話をはじめる。

 初期のキリスト教はユダヤ教の新興宗派であり、離散ユダヤ人の間で信仰されたが、しだいにユダヤ人以外、多くは貧しい虐げられた階層に広まっていき、4世紀にはローマ帝国に公認されるまでになる。

 使徒の手紙はイエスの死の10年後くらいから、福音書は30年後くらいか書きはじめられたと考えられている。初期のキリスト教には教会はなく、最初はユダヤ教のシナゴーグを借りて、ユダヤ教徒の関係が悪化してからは裕福な信者の家で密かに集会を開いていた。集会では読み書きのできる信者が使徒の手紙や福音書を読みあげたが、そうした文書類は信者の中の読み書きのできる者がボランティアで書き写したものであることがわかっている。

 ローマ時代、読み書きのできる者はすくなかった。文書を専門的に筆記する書記という職業もあったが、キリスト教の文書が専門の書記によって筆写されるようになるのは4世紀以降と推定されており、最初の300年間は素人によって書き写されていたらしい。その結果、夥しい写し間違いが生まれた。

 著者はどのような手続で後世の改変や加筆と判断するのかを噛んで含めるように説明した後、いよいよ神学的改竄という微妙な問題に踏みこむ。語り口はざっくばらんながら、地雷原を歩くような緊張感が伝わってくる。アメリカの聖書学者は大変である。

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