« 2007年04月 | メイン | 2007年06月 »

2007年05月31日

『グノーシス』筒井賢治(講談社選書メチエ)

グノーシス →bookwebで購入

 日本の新世代のグノーシス研究者によるグノーシス概論である。従来のグノーシス紹介は「厭世的」、「禁欲的」、「反体制的」、「実存的」などのキーワードが定番だったが、本書の描きだすグノーシス像はずいぶんちがう。

 グノーシス主義はこの世のすべてを悪と決めつけ、霊魂の故郷に帰ることを願う運動なのだから、切羽詰まったキーワードがくっつくのは当然といえばいえるが、異和感もないではなかった。そもそもこの運動はなぜ「グノーシス」(知識)と呼ばれるのか。

 本書はそうした異和感が決して根拠のないものではなかったことを教えてくれた。

 グノーシス主義を論じる人の中にはグノーシス主義を一般的な傾向ととらえ、さまざまな時代にグノーシス的なものを読みとる論者もいるが、本書はグノーシス主義がもっとも盛んだった時代、すなわち二世紀のキリスト教グノーシスに話を絞り、二世紀の地中海世界という時代背景の中でとらえている。

 二世紀の地中海世界ではローマ帝国が五賢帝時代という最盛期をむかえていた。都市文化は爛熟をきわめ、教養をそなえた有閑階級がかつてなく増え、人間とは何か、人間はどこから来てどこへ向かうのかという哲学的問いが流行した。知的好奇心が高まり、そうした欲求に応えるものとして「知恵文学」が誕生した。

 著者はこうした時代を象徴する作品としてアプレイウスの『黄金のろば』、なかんずく「アモールとプシケ」をあげ、「好奇心」のために破滅し、神の援助によって救われるという構造がグノーシス主義と同型だと指摘する。

 こうしてみると、理論ないし話のパターンがアプレイウスの『黄金のろば』と驚くほど同じだということがわかる。プトレマイオスにおけるソフィアとアプレイウスにおけるプシュケーおよびルーキウスは、いずれも自らの好奇心によって破滅しかかるが、自分より上位の存在(それぞれプレローマ、アモル神、イシス神)からのめぐみによって助けてもらう。もう少し踏み込んで言うなら、自分から知りたがるという「好奇心」が悲劇をまねき、相手から知らせてもらうという「啓示」が救いをもたらすという構造が共通している。

 注意しよう。著者は「アモールとプシケ」 がグノーシス的だと言っているのではない。グノーシス主義もまた「アモールとプシケ」同様、哲学的関心というか、ゆとりから生まれたと言っているのだ。

 ちょっと乱暴な単純化だが、グノーシス主義のそもそもの担い手は暇をもてあましたインテリだったかもしれないのである。

 そう考えると、腑に落ちることがいろいろある。グノーシス文献にはひどく手のこんだ複雑怪奇な創世神話が書かれているが、あんなややこしいお話は相当な暇人でなければ考えつくものではない。神の超越性をめぐる煩瑣な思弁も同じである。

 また、グノーシス主義者には貧しく無学なキリスト教徒をバカにしている傾向があるが、ああいうエリート主義もグノーシス主義者が暇をもてあましたインテリだったと考えれば説明がつく。

 もちろん、五賢帝時代といえども繁栄を楽しんだのは一部にすぎず、社会の下層には多くの虐げられた人がいた。そうした人たちはキリスト教にすがった。

 こう考えると、グノーシス主義は一時の徒花だったのかもしれない。

 しかし、仮にそうだとしても、グノーシス主義は思想として純化されていき、後のカタリ派など多くの異端運動に思想的基盤を提供した。閑暇の産物であっても、徹底的に考え抜かれた思想は力を持つのである。

→bookwebで購入

2007年05月30日

『禁じられた福音書』 ペイゲルス (青土社)

禁じられた福音書 →bookwebで購入

 おどろおどろしい題名だが、『トマスによる福音書』を中心に、グノーシス文書を一般読者向けに解説した本である。『トマスによる福音書』は早くに隠滅され、1945年にエジプトでナグ・ハマディ文書の一部として発見されるまでは幻の書だっただけに『禁じられた福音書』という邦題は当たっていなくもない。

 著者のエレーヌ・ペイゲルスは初期キリスト教史の研究者だが、ハイスクール時代は福音主義にかぶれ、『ヨハネによる福音書』の熱烈な読者だったという。しかし、友人が交通事故で死亡した時、教会の仲間たちは彼がユダヤ人だという理由で自業自得のようにくさした。ペイゲルスは信仰に疑問をおぼえるようになり、大学では初期キリスト教史を専攻した。初期の純粋で単純な信仰に立ちかえれば疑問が晴れるかもしれないと考えたのだ。しかし、疑問は晴れるどころか、逆に深まった。最初の二百年間のキリスト教はさまざまな思潮が流れこんで混沌としており、純粋でもなければ単純でもなかったからだ。

 ハーバード大学の大学院に進学し、当時、まだ未公開だったナグ・ハマディ文書と出会ったことはペイゲルスにとって決定的だった。彼女は文書を解読する作業に参加し、1978年という早い時期に『ナグ・ハマディ写本』を刊行している。同書は『トマスによる福音書』や『マグダラのマリアによる福音書』など、グノーシス系の福音書を時代背景とともに歯切れよく紹介していて、グノーシス主義に関する基本図書の一つといってよく、現在でも読みつがれている。

 ペイゲルスのことは複数の人が美人と書いているが、『ビジュアル保存版 ユダの福音書』のDVDを見ると可愛らしいオバサンで、確かに若い頃は美人だったろう。

 本書は『トマスによる福音書』と『ヨハネによる福音書』の類似性に着目するところから本論をはじめている。両者の類似性は新井献編の『トマスによる福音書』でもすでに指摘されているし、両者は共通の資料にもとづいて書かれたという説もあるようである。ペイゲルスはさらに踏みこみ、『ヨハネ』の著者は『トマス』を危険視していたのではないか、『ヨハネ』は『トマス』に対する反論として書かれたのではないかと推論する。

 根拠はいくつかあるが、もっともわかりやすいのは『ヨハネ』だけがトマスという弟子をうたぐり深い愚か者として印象づけていることだ。復活したイエスが弟子たちの前にあらわれる条では、イエスはトマスに自分の身体を手でふれさせてから、こう叱りつける。

「わたしを見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである」(ヨハネ20-29)

 他の福音書ではトマスは特別扱いされいないのに、『ヨハネ』だけがトマスを執拗に馬鹿にしている。トマス派とでもいうべき一派を意識して書いたという仮説は説得力がある。

 なぜ『ヨハネ』の著者は『トマス』を危険視したのか。神の光の分有という思想は両者に共通しているが、『トマス』は神の似像である人間はすべて神の光を分有していると主張しているが、『ヨハネ』は「神の一人子」であるイエスのみが神の光にあずかれるとしたのだ。

 『トマス』の思想はキリスト教神秘主義の系譜からみても独自であり、過激である。キリスト教神秘主義は聖テレジアにせよ、ベーメにせよ、自己と神の同一視は慎重に避けているのに対し、『トマス』は自己の内に神の光が隠れていることを堂々と宣揚しているからだ。

 本書の後半はニケア信経に代表されるキリスト教正統信仰形成の過程で、『トマス』の思想がいかに排除されていったかに焦点をあわせている。ニケア信経をまとめた神学者たちは、神の似像論に対しては、アダムは確かに神の似像として作られたが、原罪によって決定的に損なわれてしまったととどめを刺している。

 ペイゲルスは『マルコ』、『マタイ』、『ルカ』の読み方には暗黙のうちに『ヨハネ』のキリスト論が混入していると指摘し、もし『ヨハネ』の代わりに『トマス』が第四の福音書に選ばれていたら、共観福音書は別の読み方がされ、別のキリスト教、別のヨーロッパが生まれていただろうとしている。今さらそんなことを言っても死んだ子供の年を数えるようなものだが、魅力的な仮定ではある。

→bookwebで購入

2007年05月29日

『捏造された聖書』 バート・アーマン (柏書房)

捏造された聖書 →bookwebで購入

 きわものめいた題名だが、原題は Misquoting Jesus(間違って引用するイエス)で、まっとうな聖書文献学の入門書である。

 新約聖書については、日本でも田川健三の『書物としての新約聖書』や加藤隆の『新約聖書はなぜギリシア語で書かれたか』のようなすぐれた入門書が出ているが、ちょっと敷居が高い印象があった。本書はアメリカ人の聖書学者がアメリカの読者に向けて書いた入門書なので、巧みな話術で飽きさせない。

 アメリカは進化論を学校で教える是非が裁判になる国で、聖書を一字一句すべて真実と信じこむ人がすくなくない。著者のアーマン自身、ハイスクール時代にキリスト教原理主義にかぶれ、原理主義ゴリゴリの神学校に進んだという。ところが聖書文献学の授業を受講し、聖書は筆写に筆写を重ねて伝わる中で多くの異文が生まれていたこと、しかも意図的な改変や加筆まであったことを知り、愕然とする。イエスや使徒の言葉が正しく伝承されていなかったとしたら、聖書を金科玉条とする原理主義は土台から揺らいでしまう。信仰の危機に直面した著者はさらに研究を深め、ついには原理主義から転向する。

 それゆえ、本書は原理主義的な読者をかなり意識した書き方になっている。語り口はあくまでざっくばらんだが、その下には論争家の鎧が隠れている。

 キリスト教原理主義者を相手に、いきなりここは後世の改竄だなどとやったら、そこで本を閉じられてしまうだろう。著者はキリスト教はどのように広まったのかと、搦手から話をはじめる。

 初期のキリスト教はユダヤ教の新興宗派であり、離散ユダヤ人の間で信仰されたが、しだいにユダヤ人以外、多くは貧しい虐げられた階層に広まっていき、4世紀にはローマ帝国に公認されるまでになる。

 使徒の手紙はイエスの死の10年後くらいから、福音書は30年後くらいか書きはじめられたと考えられている。初期のキリスト教には教会はなく、最初はユダヤ教のシナゴーグを借りて、ユダヤ教徒の関係が悪化してからは裕福な信者の家で密かに集会を開いていた。集会では読み書きのできる信者が使徒の手紙や福音書を読みあげたが、そうした文書類は信者の中の読み書きのできる者がボランティアで書き写したものであることがわかっている。

 ローマ時代、読み書きのできる者はすくなかった。文書を専門的に筆記する書記という職業もあったが、キリスト教の文書が専門の書記によって筆写されるようになるのは4世紀以降と推定されており、最初の300年間は素人によって書き写されていたらしい。その結果、夥しい写し間違いが生まれた。

 著者はどのような手続で後世の改変や加筆と判断するのかを噛んで含めるように説明した後、いよいよ神学的改竄という微妙な問題に踏みこむ。語り口はざっくばらんながら、地雷原を歩くような緊張感が伝わってくる。アメリカの聖書学者は大変である。

→bookwebで購入

2007年05月28日

『乗っ取られた聖書』 秦剛平 (京都大学学術出版会)

乗っ取られた聖書 →bookwebで購入

 聖書が「乗っ取られた」とは穏やかではないが、「七十人訳聖書」を一般向けに紹介した本である。聖書文献学の入門書にはおもしろい本が多いが、本書もめっぽうおもしろい。

 「七十人訳聖書」とは妙な名称だが、アレキサンドリアに大図書館を築いたプトレマイオス二世のために、エルサレムから招聘された七十二人の長老が七十二日間かけて「モーセ五書」のギリシャ語訳を完成させたという伝説があるので、こう呼ばれている。長老たちは別々に翻訳をおこなったが、出来あがった訳文をもちよってみると、一字一句にいたるまで完全に一致していた。「七十人訳」は神の霊感を受けて完成した完全無欠な翻訳であり、いかなる改変も許されないとされてきた。

 もちろん、これは伝説にすぎない。伝説中の史実に誤りがあるだけでなく、「七十人訳」は完全無欠どころか、問題だらけだからだ。難解な箇所はヘブライ語を音訳してすませることがすくなくなく(カタカナだらけの邦訳のようなものか)、地名などはパレスチナを実地に知っていれば絶対おかさないような間違いをおかしているという。

 そうした語学力不足や単純ミスだけでなく、確信犯的な超訳もあるらしい。「七十人訳」はヘブライ語を解せなくなったアレクサンドリアのユダヤ人のために作られたという説が有力だが、秦剛平はすくなくとも「創世記」と「出エジプト記」はギリシャ語を読み書きする知識人に読ませるために訳された可能性を指摘している。

 「七十人訳」が成立したのはヘレニズム期だが、この頃は各民族が起源の古さを競いあっていた。

 「創世記」に登場する人物の多くは百年以上生きたことになっているが、「七十二人訳」の「創世記」ではさらに数十年づつ下駄をはかせていて、「創世記」全体では千年以上サバを読んでいる。ユダヤ民族の歴史をより長く見せたいという動機があったのは間違いないだろう。

 この時期、ユダヤ人について芳しからぬ風説が流布していた。モーセと出エジプトはユダヤ人以外にも広く知られていたが、モーセはハンセン氏病に罹ったエジプトの神官で、同じ病気に苦しむ賤民とともにエジプトを追放されたのがユダヤ人の起源だというのだ。

 誤解を晴らすには「モーセ五書」をギリシャ語に翻訳するのが一番いいが、「モーセ五書」にはモーセがハンセン氏病に罹っていると誤解されない箇所がある。一つは神が力を示すためにモーセの手を一時的にハンセン氏病に侵されたように見せたという「出エジプト記」の記述であり、もう一つはハンセン氏病に罹っていたモーセの姉ミリアムが神の奇跡によって回復するという「民数記」の記述である(新共同訳では「重い皮膚病」と訳されている)。「七十人訳」ではこの二箇所とも、ハンセン氏病という言葉が省かれているそうである。

 「七十人訳」の最初の動機がユダヤ人の名誉回復と、歴史の古さの宣伝にあったことは間違いないだろうが、皮肉なことに聖書の権威はキリスト教徒に利用されることになる。

 初期のキリスト教はユダヤ教の一派と見なされ、離散ユダヤ人の間に広まっていったが、キリスト教徒はユダヤ人に「七十人訳」を見せ、キリストの到来はあなた方の聖典に予言されていると説いたのだ。以後、「七十人訳」はキリスト教徒の聖書として流布していく。「七十人訳」はキリスト教徒に乗っとられたのである。

 ユダヤ人にとってこんなに腹の立つことはないだろう。対抗策として、彼らは「七十人訳」よりもすぐれたギリシャ語訳を作りだし、キリスト教徒に利用されそうな箇所をつぶそうとしたが、うまくいかなかった。多少の問題はあろうと、先に広まってしまったものの方が強いのである。

 こうなると「七十人訳」の実物が読みたくなるが、著者の秦剛平によって邦訳が進行中で、すでに「モーセ五書」が完結している(『創世記』、『出エジプト記』、『レビ記』、『民数記』、『申命記』)。

→bookwebで購入