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2007年04月25日

『信長燃ゆ』 安部龍太郎 (新潮文庫)

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 本能寺の変の真相については諸説あるが、近年、朝廷陰謀説が人気がある。信長に既得権益の破壊者を期待する小泉前首相的な読み方には古い権威の象徴である朝廷と対決し、つぶされたとする解釈が一番整合するからだろう。すくなくとも、怨恨説よりスケールが大きく、信長がより大物に見える。

 本作は朝廷陰謀説の集大成といっていいかもしれない。小説としても面白い。

 織田家の遠祖は神官とされており、先代の信秀の時代から朝廷に分不相応な献金をおこなってきた尊王の家系であり、信長自身、朝廷によって何度も危機を脱している。しかし、晩年の信長と朝廷の間に対立があったことは御所の隣で軍事パレードというべき馬揃を天正九年に二度もおこなったことからいっても、朝廷が国師号をあたえた快川和尚を焼き殺したことからいっても、間違いないと思われる。

 ただし、陰謀で殺さなければならないほどの危機感を朝廷側がいだいていたかどうかは議論がわかれるし、仮に危険視していたとしても、本能寺の変を演出するような力が朝廷側にあったとは考えにくい。

 本作はこうした疑問に対して説得力のあるストーリーを組み立てている。光秀が謀反に踏みきった動機として、秀吉に対する焦りが云々されることが多い。近年有力な四国問題が変の背景にあったという説にしても、長宗我部に加担した光秀が反長宗我部工作をおこなった秀吉に負けたと説明されている。

 しかし、信長から見た場合、光秀を失脚させて秀吉一人勝ちの状況を作るのは危険である。変後の動きを見てもわかるように、秀吉に対抗できる家臣は光秀しかいなかった。秀吉に筑前守、光秀に日向守の名乗りを同時にあたえたことからわかるように、信長は両者を拮抗させて使う意向だったろう。

 本作の信長は光秀にずいぶん気を使っている。四国問題にしても、信雄の副将に光秀の娘婿の織田信澄をあて、長宗我部が土佐一国に甘んじるなら本領安堵するつもりだったとしている。あくまでフィクションだが、信長の心の動きは納得できる。

 近衛前久と信長の葛藤の描き方もリアリティがある。朝廷陰謀説では近衛前久が朝廷側の黒幕とされることが多いが、前久は信長ときわめて親しく、最後まで関係がよかったことがわかっており、朝廷陰謀説の有力な反証とされている。しかし、表向きの関係がよくても、心の裏側まではわからない。心の裏側を描くのは小説の独擅場である。

 もう一つ特筆すべきは小説にだけ可能な手法によって朝廷の奥の手に光をあててている点である。

 朝廷側の奥の手とは女官である。天皇の意向は側近にはべる女官たちの女房奉書として伝えられることが多かった。女官が勅使として派遣される例もすくなくなかった。女官は天皇の外交官として政治の表舞台だけでなく裏舞台でも活躍していたのだ。

 近衛前久が朝廷側の切札として送りこむのは、あろうことか皇太子である誠仁親王の夫人で、後光厳天皇の生母である勧修寺晴子(後の新上東門院)である。家柄的に皇后にこそなれないものの、皇太子妃といっていい立場の女性を信長にさし向けたのだ。

 この時代、朝廷の因習に反発し、信長に憧れる公家がすくなからずいた。前久の嫡男の信基がその代表だったし(実際に信長の近く侍っていた)、前久自身にもその傾向があった。そして、本作に登場する勧修寺晴子も信長に魅せられ、皇太子妃としてはあるまじき行動に出る。戦前だったら不敬罪ものだ。

 もちろんフィクションにちがいないが、読んでいる間はひょっとしたらという気分になり、皇太子妃の危ういロマンスに一喜一憂させられる。

 すぐれた作品だが、不満がないわけではない。朝廷方の人物は生き生きと書けているのに信長以外の織田方の武将の影が薄く、単なる将棋のコマにしか見えないのである。明智光秀が人物として生きていたら本作は傑作になっていたろう。

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