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2007年04月23日

『信長の棺』 加藤廣 (日本経済新聞社)

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 本能寺の変後、信長の遺体が見つからなかったことは変の背景とともに日本史上のミステリーとなっている。本作はその謎解きに挑戦した話題作で、今年の正月にはTVドラマになっている。

 本能寺の変と信長の遺体の行方の謎解きを試みた小説はこれまでにもあったが、本作が卓抜なのは『信長公記』の筆者、太田牛一を探偵役にしている点である。

 太田牛一はただの物書きではない。若い頃は弓衆として従軍し、中年になってからは事務官僚として信長に近侍し、晩年は秀吉の側室の松の丸殿や秀頼の警護役となっている。信長のそば近くに仕えていただけでなく、第一線の戦闘員として合戦を経験し、秀吉政権の中枢にも近かったのである。『信長公記』は第一級の史料とされている。

 TVドラマ版では松本幸四郎が牛一を演じていたが、とってつけたようにチャンバラ場面がはさまれ、本当はどうなのだろうと思った。原作を読んだところ、チャンバラはなかったものの、すべて会話で説明してしまうという素人くさい書き方をしていた。エピソードを積み重ねて物語を進めるという基本ができていないので、TV版は無理矢理チャンバラ場面を挿入したのだろう。最後の謎解きも、牛一が生命を助けた女の縁ですべてを知る人物から真相を解説してもらうという書き方だった。

 会話の説明ですますのは小説として稚拙にすぎると思うが、作者の加藤廣氏はもともとエコノミストで、小説ははじめてのようだから仕方なかったのかもしれない。

 小説としてはお粗末だが、謎解きとしてはなかなか面白かった。基本的には朝廷謀略説だが、本能寺と信長が保護した南蛮寺が近い点に注目し、抜け穴があったが、その抜け穴を掘ったのが秀吉の息のかかった鉱山技術を持つ山の民だったために、明智の謀反をいちはやく摑んだ秀吉が遮断を命じたとする。朝廷の陰謀だけなら逃げられたが、秀吉が逃げ道を塞いだので信長は横死したというわけで、二段階謀略説といえよう。

 ちょっと気になったのは、秀吉が『信長公記』を検閲したことになっている点だ。牛一は崇敬する信長の伝記を書くために準備をしていたが、それを聞きつけた秀吉が大金を積み、自分の文庫に納めるために書くように命じる。牛一は完成した稿本を伏見に持参したが、秀吉は目の前で読みあげさせ、牛一の記述にいちいち突っこみをいれる場面がTV版の中盤の見せ場になっていた。牛一は触れずにすませたかった信長の残酷な面を加筆させられてしまうが、秀吉に復讐するように、一度文庫に納めた稿本に秀吉が書く必要なしとした永禄十一年の上洛以前を描いた「首巻」をこっそり追加する。『信長公記』の構成上の問題を逆手にとったのはいい着眼である。原作ではどうなっているのかと思ったら、ほぼTV版の通りだった。

 『信長公記』に異本が多い点、信長の事績を顕彰するために書かれたはずなのに、信長の残虐行為に触れている点を謎解きしようとしたのだろが、そもそもそれが謎なのだろうか。

 作中の牛一は「後の世にいくつもの異なった『信長公記』が流布し、作者としては、とんだ恥さらしになるわ」と、「首巻」のない写本や秀吉の検閲前の稿本が流出したことを地団駄踏んで悔しがっているが、藤本正行氏の『信長の戦争』によれば、牛一自身が盛んに異本を作っていたのである。

 『信長公記』は明治になって活字化されるまでは一度も印行されたことがなく、もっぱら写本で伝わったが、晩年の牛一は有名人だったので、大枚の謝礼を払っても牛一自身の手になる写本を求める人がすくなくなかったという。牛一は半ば記憶で書き写したらしく、間違いというか異文が多かったし、依頼者によってはその家に係わる記述を増やすというようなサービスまでおこなっていた。牛一は中世人であり、牛一や『信長公記』を近代的な尺度でとらえようとするのは正しくない。

 『信長の戦争』に詳しく書かれているが、『信長公記』の真価が最近までわからなかったのは近代的な偏見によるものらしい。

 太田牛一の没した翌年、小瀬甫庵という医者が『信長記』というまぎらわしい題名の信長の伝記を刊行する。『信長記』は『信長公記』を「増補」したものとされてきたが、「増補」部分は甫庵の創作だったことがあきらかになっている。桶狭間の「奇襲」も、武田信玄の「騎馬軍団」も、長篠の「三段撃ち」も、すべて実際の合戦を経験したことのない甫庵の空想の産物であり、事実ではなかった。しかし、近代的に考えれば、寡兵の信長が今川の大軍を破ったのは「奇襲」だと考えた方が通りがいいし、「騎馬軍団」を鉄砲の「三段撃ち」で殲滅したというとわかったような気になる。実際の合戦を知らない甫庵が空想で合理化した『信長記』が世に広まり、事実を伝える『信長公記』が忘れられたのも無理からぬことだったのかもしれない。

 『信長の棺』は学者と歴史マニアにしか知られていなかった太田牛一を広く世に知らせた点では功績があったが、『信長公記』の真価を伝えてはいない。残念なことに、偽書であることが明白な『武功夜話』の与太話までとりこんでいる。『信長公記』に興味を持った人は藤本正行氏の『信長の戦争』を読んだ方がいい。

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