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2007年02月25日

『書評家<狐>の読書遺産』 山村修 (文春新書)

書評家<狐>の読書遺産 →bookwebで購入

 「匿名書評家<狐>」として知られる山村修の遺著である。

 本好きの人の間ではよく知られたことだが、念のために説明しておくと、山村は大学図書館に司書として勤務するかたわら、1982年から2003年までの21年間、「日刊ゲンダイ」に毎週匿名の書評コラムを書いてきた人である。山村の書評は語り口は平明闊達、本の選択においても、批評眼の確かさにおいても、確かな教養の裏づけを感じさせ、団塊オヤジ向けのタブロイド紙の紙面で、掃き溜めに鶴のような輝きを放っていた。

 これだけの文章を無名の人間に書けるわけがない、実は有名な学者の変名なのではないかなどと、<狐>の正体探しが話題になったこともあった。<狐>の書評はいよいよ評判になり、「日刊ゲンダイ」の連載は『狐の書評』(本の雑誌社、1992)、『野蛮な図書目録』(洋泉社、1996)、『狐の読書快然』(洋泉社、1999)、『水曜日は狐の書評』(ちくま文庫、2005)という四冊の単行本にまとめられた。匿名コラムとしては異例のことである。

(現在、入手可能なのは最後に出た『水曜日は狐の書評』だけである。ちくま文庫あたりで復刊してもらえないものか。)

 山村は健康上の理由で2003年7月末で「日刊ゲンダイ」を降板するが、その直後から「文學界」に「文庫本を求めて」という書評コラムをはじめ、亡くなる直前の2006年7月号まで執筆をつづけた。本書はこの連載をまとめたものである。

 「文學界」では毎月2冊の文庫本をとりあげたので、本書には34回分、68冊の書評がおさめられている。一回分は原稿用紙8枚ほどなので、一冊の分量は倍増したことになる。「日刊ゲンダイ」時代の書評は原稿用紙二枚におさめなければならないので、行数あわせにかなりの時間を費やしたのではないかと想像する。<狐>の語り口はあくまで闊達で、行数あわせの窮屈さなど感じさせなかったが、一冊に倍の枚数を使っている本書を読むと、やはり余裕と流露感がより増しているのである。「日刊ゲンダイ」時代の凝縮した行文もみごとだが、こちらはより自然で、ゆったり読める。

 流露感が増しているもう一つの理由は一人称の違いにあるかもしれない。「日刊ゲンダイ」時代は匿名コラムだったので「本欄」という自称を使っていたが、本書では「わたし」を多用し、「わたしはそう読んだ」「わたしはそう思う」と自分をはっきり打ちだしている。

 とりあげた本は翻訳小説とエッセイが多いが、漫画あり、歌集あり、落語ありで、守備範囲の広さは健在である。学研M文庫や近代浪漫派文庫のようなマイナーな文庫にも目を配っているのはさすがだが、しいていえば樋口一葉関連の本は三冊とりあげているのに、現代日本作家の小説がすくないような印象を受けた。たまたまこの時期に文庫化された現代小説に、とりあげるべきものがすくななかったのかもしれないが。

 <狐>の書評は時に手厳しいことを書いても、幸福感が隠し味になっていた。本書では幸福感がより前面に出てきていて、読んでいて時を忘れる。

 書評家<狐>の御冥福をお祈りする。

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