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2007年02月28日

『文学全集を立ちあげる』 丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士 (文藝春秋)

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 文学全集は長らく出版社のドル箱だった。最初の文学全集は大正15年(昭和元年)に改造社が出した『現代日本文学全集』だったが、36万部という大成功をおさめた。以後、文学全集は出版社を潤しつづけたが、高度経済成長時代が終わると急に売れなくなり、昭和天皇の崩御した年に刊行のはじまった『集英社ギャラリー・世界の文学』が最後の文学全集となった。どうも文学全集は昭和という時代の産物だったらしい。

 本書は過去の遺物となった文学全集をヴァーチャルに作ってみようという鼎談である。半分は遊びだが、半分は大真面目のようだ。というのも、文学全集に収録する作品を選ぶことは、文学のカノン(正典)を定めることだからだ。文学全集の編集はすぐれて批評的な行為なのである。

 ヴァーチャル編集委員会の委員は丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士の三氏で、顔ぶれから予想されるように、従来の文学全集を支配していた19世紀文学的な求道性から離れた、新しい基準で選ぼうとしている。

 本書は「世界文学全集編」と「日本文学全集編」にわかれ、それぞれの末尾に巻立てリストがついている。

 三氏の鼎談で作品を選んでいるわけだが、言いたい放題で、実に楽しい。「コバルト文庫」の第一作は川端康成の『夕映え少女』だったというようなトリビアがふんだんにちりばめられているし、『土佐日記』にはじまる王朝日記文学の展開は、手塚治虫のはじめた少女マンガが女性マンガ家に引き継がれて発展するのとパラレルだというような、はっとするような新説がばんばん出てくる。一見冗談のようでも、よくよく考えると正鵠をいている指摘がすくなくない。

 しかし、なんといってもおもしろいのはゴシップと悪口だ。20世紀以降をあつかった部分(164ページ以降)は抱腹絶倒で、電車の中で読んでいて、笑いをこらえるのに苦労した。

 選定の結果は世界編133巻、日本編172巻、合計305巻という豪勢なものになったが、厖大な分量からいっても(本棚三棹は必要だ)、高級すぎる内容からいっても、絶対に商売にならないだろう。

 高度経済成長後に文学全集が凋落したのは求道性が嫌われたからだという指摘は正解と思う。貧しかった頃の日本で文学全集が売れたのは、求道性が歓迎されたからだ。文学全集の読者が求めていた教養は、求道性と結びついた教養だったのである。

 だが、求道性が売物にならなくなったからといって、求道性に代わる売りがあるだろうか。求道性が嫌われるようになるとともに、教養まで嫌われるようになったのが現在の日本ではないのか。大学の文学部に学生が集まらなくなったのは、求道性に代わる教養の新しいイメージを打ちだせなかったからだと思うのだ。

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2007年02月27日

『猿飛佐助からハイデガーへ』 木田元 (岩波書店)

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 木田元という名前はメルロ=ポンティの翻訳で知った。訳文は哲学書の翻訳とは思えないくらい読みやすく、含蓄があった。『眼と精神』は何度も読みかえしたが、内容もさることながら、訳文の魅力が大いにあずかっていたと思う。

 フランス哲学をやっているから翻訳がうまいのだろうと思っていたが、1993年に岩波新書から出た『ハイデガーの思想』で、実は若い頃から一貫してハイデガーを研究している人だと知った。木田は堰を切ったように『ハイデガー『存在と時間』の構築』、『ハイデガー拾い読み』、『ハイデガー』、『ハイデガーの知88』等々、ハイデガーを主題とした本を上梓したが、それと平行して『偶然性と運命』や『闇屋になりそこねた哲学者』など、波瀾万丈の半生を描いた著作で、なぜハイデガーに引かれるようになったかを語りはじめた。

 波瀾万丈と書いたのは誇張ではない。木田は満洲で育ち、海軍兵学校に入学する。ここまではエリート・コースだが、終戦で学校を放りだされてからは、九州から東北まで転々とし、テキ屋の親分の世話になったこともある。ようやく家族が満洲から引きあげてくるが、父親がソ連に抑留されたために、かつぎ屋をやって一家を支えなければならなくなる。畳表の闇商売で大儲けをしたのを機に農業専門学校にはいるが、農業をやるつもりはなく、無頼な生活をつづけるうちに『存在と時間』という本の存在を知る。戦前の翻訳で読んでみたが、まったく歯が立たず、一念発起して東北大学の哲学科に入学する。哲学に興味が阿たわけではなく、『存在と時間』という本を読むためだけに哲学科にはいるというのは本の虫の面目躍如足るものがある。

 もちろん、これぐらいの波瀾は当時としては珍らしくなかったのかもしれないが、大学の先生としてはかなり異例である。こういう経歴をたどったからこそ、哲学者らしからぬ立派な日本語が書けるのかもしれない、とさえ思う。

 さて、本書は「グーテンベルクの森」という自伝的読書論のシリーズの一冊として出た。山あり谷ありの半生は『闇屋になりそこねた哲学者』で尽くされているが、本書ではいつどんな本を読み、どんな影響を受けたかという視点から、人生をふりかえっている。

 本書に書いてある内容は過去の本であらまし知っていたのであるが、それでも時間を忘れて読みふけってしまった。勉強したい、本を読みたいというひたむきな情熱が行間からあふれだしていて 、二番煎じをまぬがれているのである。

 本をめぐるエピソードが何といってもおもしろい。農業学校で荒れた生活を送っていた頃、なぜか天明俳諧にはまってしまい、『日本名著全集』でしか読めない作品を読むために、闇商売でためた大枚をはたいて全巻揃いを買ったという。何を読みたかったのかというと、こういう繊細な作品なのである。

柳ちるや少し夕の日のよわり
影見えて肌寒き夜の柱かな
木枯や西日にむかふ鳩の胸

 テキ屋や朝鮮人とわたりあう荒くれた生活の中で、こういう句に心を動かすとはやはり異能の人というべきか。

 東北大にはいってからは、洋書の輸入が途絶していた時代なのでテキストがなく、図書館の本を手で書き写したそうである。

 ハイデガーに関する部分がやはり一番力がこもっている。戦前の留学生が持ち帰ったハイデガーの『現象学の根本問題』の講義録の海賊版を80部作り、全国の研究室に売りさばいたなんていう話も書かれているが、50代になって『存在と時間』の全貌が氷解する条は読ませる。

 『存在と時間』については『ハイデガーの思想』と『ハイデガー『存在と時間』の構築』という行き届いた本があるが(どちらも「偉い学者の書いた薄い本」である)、本書ではメルロ=ポンティの『行動の構造』との関連で語っており、なるほどと思った。「時熟」と訳されてきた sich zeitigen についても、眼の醒めるような解説をおこなっている。

 時間性との関連で、フォークナーの『アブサロム、アブサロム』とバルザックの『暗黒事件』、安部公房の『榎本武揚』の三冊を並べて論じた条は感動的である。

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2007年02月26日

『<狐>が選んだ入門書』 山村修 (ちくま新書)

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 丸谷才一はすぐれた入門書は「偉い学者の書いた薄い本」、読む価値がないのは「偉くない学者の書いた厚い本」だと書いた。これは至言であるが、「偉い学者の書いた薄い本」の例としてあげられているのは荻生徂徠の『経子史要覧』とコーンフォードの『ソクラテス以前以後』だけだった。漢学と哲学についてはこの二著で間違いないが、それ以外の分野はどうなのか。数ある入門書の中から「偉い学者の書いた薄い本」を選び出した本がないものか。

 かねがねそう思っていたところ、匿名書評家<狐>こと山村修が本書を書いてくれた。日本語、文学、歴史、思想史、美術史という五つの分野について、夫々五冊の「偉い学者の書いた薄い本」を推薦し、詳しい紹介をつけてくれた。最近の本もあるが、多くは山村が何十年も手元におき、折にふれて読みかえしてきた本だけに、紹介は実にゆきとどいていて、すべての本を読みたくなった。「偉い学者」だけではなく、「偉い詩人」と「偉い画家」の書いた本も含まれているが、本書は山村がわれわれに遺してくれた最大の贈物だといっていいと思う。

 二五冊のうち、わたしが読んだことがあるのは二冊だけだった。それだけでも焦るのに、半分以上は存在すら知らなかった。自分の無知にあきれたが、逆にいえば、これから二三冊の名著と出会えるということでもある。よろこぶべきだろう。

 残念なことに、昨今の出版不況のためか、一般書店で買えない本が出てきている。武藤康史『国語辞典の名語釈』と橋本進吉『古代国語の音韻に就いて』、堺利彦『文章速達法』、萩原朔太郎『恋愛名歌集』、武者小路穣『日本美術史』の五冊は絶版ないし長期の品切だし、窪田空穂の「現代文の鑑賞と批評」は全集でしか読めない。紹介を読むと、いずれも他に代えがたい名著だと絶賛されている。著者は書店で買えないのを承知で選んだのだろう。

 この六冊、ぜひ書店で買えるようになってほしいが、幸いどれも長く読みつがれてきた本だけに、ネットの古書店を探せばすぐに見つかる。古本を探しやすくなったのはネットの最大の恩恵の一つである。

 最後に書店で入手可能な一九冊の題名と著者名をあげておく。

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『花のほかには松ばかり』 山村修 (檜書店)

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 匿名書評家<狐>こと山村修は大の能楽ファンで、晩年は謡を習っていたそうである。本書は「謡曲を読む愉しみ」とある通り謡曲論集で、表題の「花のほかには松ばかり」は『道成寺』の詞章からとっている。

 本書は二部にわかれる。

 第一部は「謡曲を読むということ」と題した導入的な文章で、やはり大の能楽ファンだった夢野久作を枕に、謡曲は独立の文学作品として読めるかどうかを考えている。謡曲は能の歌詞にすぎないとする人を「見る」派、文学作品として読めるとする人を「読む」派がと呼ぶとすると、能楽師や謡を習っている人は圧倒的に「見る」派が多い。当然といえば当然だが、シェイクスピアの戯曲という文学作品を守備範囲としているはずの英文学者になぜか「見る」派が多いという指摘は興味深い。

 こういう本を書くくらいだから、山村は「読む」派であり、活字になった「ことば」は「見るのとは別の次元」で胸にとどき、「読めばこそ目に映るものがあり、耳にひびくものがあり、胸が揺すられることがある」とまで書いている。

 第二部は「阿漕」から「夜討曽我」まで、25編の作品をあいうえお順にならべた作品論である。一編あたりの分量はページ数にして6ページ、原稿用紙にしてほぼ8枚にそろえられているから、作品論というよりは書評集といった方がいいかもしれない。

 各章ではまずストーリーと背景を説明してから、詞章のここぞという条を現代語訳つきで引く。著者にとって引用は20年の書評で鍛えた練達の芸である。

 注目すべきは、本書は芸事をあつかった本にありがちの蘊蓄本ではないという点だ。博識の人だから蘊蓄を披露しようと思えばいくらでも披露できたろうが、原稿用紙8枚という分量は蘊蓄をならべるには短すぎる。

 著者は原稿用紙8枚という制限をみずからに課すことによって、蘊蓄などにはそれず、詞章のことばとしての魅力にまっすぐ切りこんでいく。

 たとえば、『融』の章。かつて栄華を誇った源融は陸奥の塩竃の景色を自邸に再現し、わざわざ塩竃から海水を運ばせ、塩を煮詰める煙まで立たせて楽しんだといわれている。今は荒れ果てた源融邸跡にやってきた旅の僧は、都の真ん中なのに汐汲みをする老爺と出会う。老爺は実は融の亡霊で、月光の中でかつての栄華を回想する。

 しかし、著者は作り物の塩竃など、出来そこないのテーマパークのようなものだったのではないかと疑問を提起する。そして、「われ塩竃の浦に心を寄せ……」以下の条を引き、こう指摘する。

 この詞章を読んで、私ははじめて分かったような気がしました。記憶が美しくしているんだ。記憶のなかの月光のかがやきが、いまの荒涼たる跡地の空にかかった月光のかがやきと重なって、そこにかつて遊んだ、涙がでるほど綺麗で、懐かしい浦のたたずまいが――たとえレプリカにせよ――、よみがえるんだ。
 なにも、いまの日本のテーマパークがどれも通俗だとはいいませんが、それらも一度滅びて、その跡地に月光がやさしく注いだならば、どれも記憶のなかで、きよらかに映えて立ち現われるかも知れません。

 批評であると同時に詩でもある。そういう希有な文章がここにある。

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2007年02月25日

『書評家<狐>の読書遺産』 山村修 (文春新書)

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 「匿名書評家<狐>」として知られる山村修の遺著である。

 本好きの人の間ではよく知られたことだが、念のために説明しておくと、山村は大学図書館に司書として勤務するかたわら、1982年から2003年までの21年間、「日刊ゲンダイ」に毎週匿名の書評コラムを書いてきた人である。山村の書評は語り口は平明闊達、本の選択においても、批評眼の確かさにおいても、確かな教養の裏づけを感じさせ、団塊オヤジ向けのタブロイド紙の紙面で、掃き溜めに鶴のような輝きを放っていた。

 これだけの文章を無名の人間に書けるわけがない、実は有名な学者の変名なのではないかなどと、<狐>の正体探しが話題になったこともあった。<狐>の書評はいよいよ評判になり、「日刊ゲンダイ」の連載は『狐の書評』(本の雑誌社、1992)、『野蛮な図書目録』(洋泉社、1996)、『狐の読書快然』(洋泉社、1999)、『水曜日は狐の書評』(ちくま文庫、2005)という四冊の単行本にまとめられた。匿名コラムとしては異例のことである。

(現在、入手可能なのは最後に出た『水曜日は狐の書評』だけである。ちくま文庫あたりで復刊してもらえないものか。)

 山村は健康上の理由で2003年7月末で「日刊ゲンダイ」を降板するが、その直後から「文學界」に「文庫本を求めて」という書評コラムをはじめ、亡くなる直前の2006年7月号まで執筆をつづけた。本書はこの連載をまとめたものである。

 「文學界」では毎月2冊の文庫本をとりあげたので、本書には34回分、68冊の書評がおさめられている。一回分は原稿用紙8枚ほどなので、一冊の分量は倍増したことになる。「日刊ゲンダイ」時代の書評は原稿用紙二枚におさめなければならないので、行数あわせにかなりの時間を費やしたのではないかと想像する。<狐>の語り口はあくまで闊達で、行数あわせの窮屈さなど感じさせなかったが、一冊に倍の枚数を使っている本書を読むと、やはり余裕と流露感がより増しているのである。「日刊ゲンダイ」時代の凝縮した行文もみごとだが、こちらはより自然で、ゆったり読める。

 流露感が増しているもう一つの理由は一人称の違いにあるかもしれない。「日刊ゲンダイ」時代は匿名コラムだったので「本欄」という自称を使っていたが、本書では「わたし」を多用し、「わたしはそう読んだ」「わたしはそう思う」と自分をはっきり打ちだしている。

 とりあげた本は翻訳小説とエッセイが多いが、漫画あり、歌集あり、落語ありで、守備範囲の広さは健在である。学研M文庫や近代浪漫派文庫のようなマイナーな文庫にも目を配っているのはさすがだが、しいていえば樋口一葉関連の本は三冊とりあげているのに、現代日本作家の小説がすくないような印象を受けた。たまたまこの時期に文庫化された現代小説に、とりあげるべきものがすくななかったのかもしれないが。

 <狐>の書評は時に手厳しいことを書いても、幸福感が隠し味になっていた。本書では幸福感がより前面に出てきていて、読んでいて時を忘れる。

 書評家<狐>の御冥福をお祈りする。

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2007年02月24日

『ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊』 立花隆 (文藝春秋)

ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊 →bookwebで購入

 立花隆は週刊文春に五週間に一度「私の読書日記」を執筆し、五年おきに「読書日記」をまとめた本を出版している。最初が『ぼくはこんな本を読んできた』、次が『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本』で、今回の本は三冊目にあたる。

 いずれの本も後半が書評、前半は書き下ろしの読書論という構成だが、今回の前半部分は担当編集者との対談の体裁をとっている。立花の書庫兼仕事場であるネコビル(『ぼくはこんな本を読んできた』参照)を案内しながら、一生のうちで一番勉強した無名時代に読んだ本を紹介していく趣向だ。

 前の二冊の読書論もそれぞれおもしろかったが、今回はさらにおもしろい。対談なので話が思いもかけない方向に転がっていき、本だけではなく立花の波瀾万丈の前半生や女性遍歴、取材の裏話や雑誌ジャーナリズムの実情がざっくばらんにに語られているのだ。

 立花は文藝春秋社に入社後、「週刊文春」に配属され記者を二年間やったが、そこで痛感したのはジャーナリストに必要なのは「半可通能力」だということだった。「半可通能力」とは確信犯としての知ったかぶりである。

 微妙な話なので、長くなるが立花の解説を引こう。

立花 早読みと早書きの間を結ぶ能力として、もうひとつ大切なのは、「早呑みこみ」です。資料をゆっくり読んで、事情をすっかりつかんでから取材するのでは遅すぎます。だいたいわかったところで、いかにも事情に通じている風をよそおって、取材に行かなければならない。取材で聞く話の中に、よくわからないことが出てきても、フンフンといかにもわかったような顔をして話を聞きつづける。わからないところは、あとで大あわてで調べる。次の人を取材するときには、大あわてで調べた生煮えの知識を、さも前から知っていたかのごとくよそおって相手にぶつけ、さらに取材を深めていく。こういう「半可通能力」を身につけなければならないわけです。

 新聞記者は専門をもてるので、知ったかぶりをしているうちに本当の専門家になる人がすくなからずいるが、どんな話題がくるかわからない週刊誌の記者ではそうもいかない。立花は週刊誌の記者をつづけていたら「どんどんバカになる」と危機感をおぼえ、二年で退社して東大の哲学科にはいりなおした。

 大学にもどった後も、生活費を稼ぐために雑誌ジャーナリズムとのつきあいはつづいた。アカデミズムを吸収して知の土台作りにはげむ一方、「半可通能力」にも磨きをかけていき、われわれの知る「立花隆」に成長していったのである。

 立花がジャーナリストに多い半可通と一線を画すのは確かだが、半可通の要素をなくしているわけではない。専門家はだしではあっても、専門家ではない。専門家ではないというところに立花の存在意義がある。立花はいい意味での半可通でありつづけている。

 立花が無名時代をおくったのは日本で調査報道がはじまり、雑誌ジャーナリズムが独自の地位を確立しようとしていた時期にあたっていた。立花は上げ潮の気運の中で実力をたくわえ、田中金脈研究で雑誌ジャーナリズムの生みだした最初のスターとなった。出版界、特に雑誌が体力を落としつつある現在、新人のライターが立花のようなコースをたどるのは難しいだろう。

 その意味で立花は幸運だったといえるが、運を摑めたのは無名時代の蓄積があったればこそだ。

 本書の前半には立花が無名時代に読んだ本が約500冊紹介してある。半分くらいは基本図書として知られた本で、ジャーナリストになるつもりがなくても、読んでおく価値があるし、調べごとをする必要が出てきたら、このリストは当たりをつけるのに役に立つはずだ。

 後半の「わたくしの読書日記」だが、例によってゲテモノが多く、トリビアが満載である。立花自身も明言しているようにトンデモ本もすくなからず含まれている。

 フェザーの『死海文書の謎を解く』、ブルトンの『魔術的芸術』、アルチュセールの自伝などは美味しそうに紹介していて食指が動くが、あつかいに疑問のある本もないわけではない。実松克義の『古代アマゾン文明の衝撃』はトンデモ本に近い紹介のされ方だが、アマゾン文明が一番古いとまでは言っていなくて、ちゃんとした本である。一方、『ゲーム脳の恐怖』を大真面目に評価するのはいかがなものか。日銀陰謀論あたりも眉に唾をつけたくなる。

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