« 『人類進化の700万年』 三井誠 (講談社現代新書) | メイン | 『ネアンデルタール人の正体』 赤澤威 編 (朝日選書) »

2007年01月30日

『なぜヒトの脳だけが大きくなったのか』 濱田穣 (講談社ブルーバックス)

なぜヒトの脳だけが大きくなったのか →bookwebで購入

 表題の通り、なぜ人類の脳だけが異常に大きくなったのかという切口から書かれた異色の人類進化史である。著者の濱田穣氏は東南アジアをフィールドにサルの身体面の進化を研究している人だそうで、人類(ホモ属)段階の進化だけでなく、サル段階の進化、さらには哺乳類段階の進化も視野にいれて話を進めており、すこぶる見通しがいいのである。

 もともとサルは身体のわりに大きな脳をもっているが、その要因が樹上生活にあることは大方の研究者が一致している。不連続三次元空間である森の中で枝から枝へわたっていくには高度な空間把握能力と運動制御能力が不可欠だからだ。

 人類がチンパンジーとの共通祖先からわかれたのは600~700万年前とされているが、その半分の期間は脳の大きさはあまり変わらなかった。われわれのルーツとされる華奢型アウストラロピテクスになると、大きさは変わらないものの、前頭葉と側頭葉の前部が発達し、われわれの脳に近いプロポーションになっている。そして、ホモ・ハビリスあたりから急激に巨大化していく。

 濱田氏は脳の巨大化は手と発声器官の進化と互いに刺激しあいながら起きたとしている。いわゆる共進化である。

 チンパンジーの手と較べると、われわれの手は親指が発達し、他の四本の指と向かいあっている。チンパンジーは人差し指から小指までの四本の指で枝を握りしめるのに対し、われわれは向かいあう親指と四本の指を使って物をつまんだり、つかんだりする。チンパンジーはわれわれと較べるまでもなく、ニホンザルと較べてさえ、ひどく不器用である。チンパンジーとの共通祖先とわかれた後、人類はだんだんと手を進化させていったらしい。手の化石はあまり残っていないが、石器の進歩で手の進化が推測できる。

 発声器官の方はどうか。われわれが自由に言葉を話せるようになったのは咽頭が下がり、喉の上方に音を共鳴させる空間ができたからだが、問題は咽頭の下降がいつ起こったかである。

 咽頭の下降はごく最近、ネアンデルタール人との共通祖先からわかれた後に起きたとする説が定説とされてきたが、濱田氏によると強力な反論が出てきていて、もはや定説ではなくなったという。喉の形状の復元から推定する手法は限界なので、目下、脳の言語野の発達具合から推定する手法が試みられているが、まだ答えは出ていない。濱田氏は大胆な推測と断った上でこう述べている。

 ここで大胆に推測すると、アウストラロピテクス類はチンパンジーなみの音声しか出せなかったものの、「アー」、「ウー」、「オー」とその中間的母音を用いて、かなりの「会話」を行なっていただろう。そして、ホモ属の出現とともに、脳容量が時代とともに拡大し、多様な音(母音と子音)が出せるようになり、多くの語彙を持つようになっただろう。

 濱田氏は言語の発達も漸進的に起こったと考えているようだ。

 脳が異常に巨大化した結果、われわれはハンディキャップも背負いこむことになった。脳はエネルギーを大量に消費する器官だからである。

 脳が巨大化できたのは肉食をはじめたからだとするのが一般的な説であるが、濱田氏はこれについても別の可能性を指摘する。料理による消化管の短縮と脂肪の蓄積である。

 人類の消化管がゴリラやチンパンジーと較べると短いのは肉という効率のいい食物を食べるようになったからだとされている。濱田氏は植物食でも調理して食べれば消化管は短くてすむこと、消化管はエネルギーを大量に消費しており、消化管が短縮すればその分のエネルギーを脳にふりむけることができると指摘する。

 料理のおかげで脳を巨大化させることができたというわけだが、初期人類がはたして植物を料理したのだろうか。

 料理説はともかく、脂肪の蓄積の方は説得力がある。

 最近、脂肪はすっかり悪者にされているが、われわれにとって脂肪が本当に不要だったら、脂肪の多い食物を口にいれただけでまずいと感じたり、吐き気がしたりするはずである。

 事実は逆であって、われわれの味覚は脂肪を甘いと感じる。脂の乗ったトロや霜降肉、豚の角煮、焼肉のカルビなどは人気メニューであり、脂肪をほどよくつけた女性はグラマーと呼ばれて男性に人気がある。われわれは脂肪を好ましいものとする方向に進化してきたのである。

 人類はサルの中では飛びぬけて体脂肪率が高い。人間の体脂肪の年齢変化はさまざまに研究されているが、サルの体脂肪の年齢変化はほとんどデータがなかった。そこで、濱田氏みずから研究した結果、ニホンザルのオスは15歳まで上昇するが、標準値8.5%をピークに減少に転じることがわかった。メスはのピーク値は8%ほど。チンパンジーは10%程度だそうである。これに対して、ヒトの大人は15~25%と著しく高い。

 幼児期の違いはさらに大きい。ニホンザルとチンパンジーの子供の体脂肪率は5%前後で推移するのに対し、ヒトの赤ん坊は生まれた時には15%だが、生後6~10ヶ月では25%に急上昇する。

 脂肪の蓄積は体温維持のためという説もあるが、濱田氏は脳に絶え間なくエネルギーを供給するのに必要だからだと考えている。脂肪はすぐには燃えないが、単位重量あたりのカロリーが糖の二倍あり、糖をバックアップしている。特に脳が急激に発育する幼児期には脂肪の蓄積が重要だという。

 われわれがまるまると太った赤ん坊を可愛いと感じるのは、脳が健全に発育しそうな赤ん坊を好むように進化の過程でプログラムされたからなのかもしれない。

→bookwebで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/1320