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2006年11月30日

『電話はなぜつながるのか』 米田正明 (日経BP社)

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 誘拐事件をテーマにした映画やTVドラマでは犯人からかかってきた電話を、逆探知のために、あの手この手で引きのばそうとする場面が見せ場になっているが、あれは機械式クロスバー交換機の時代の話で、今は一瞬でわかってしまうのだそうである。なぜかといえば、現在の電話網は完全にコンピュータ化されており、被害者宅の電話機がつながっている電話交換機には犯人の電話機の情報がメールのヘッダーのような形で届いているからだ。電話番号を非通知にしても、ヘッダーの中の非通知フラグが立っているだけで、電話番号そのものは電話交換機に届いているのである(届いていないと通話できない)。

 本書はNTTの固定電話(正式名称は「加入電話」)、IP電話、携帯電話の仕組を解説した本で、全15章のうちNTT電話に9章、IP電話に5章、携帯電話に1章をあてている。NTT電話偏重と思うかもしれないが、現在の電話はNTT電話も、IP電話も、携帯電話もすべてコンピュータ化されているので、最初にNTT電話をしっかり解説しておけば、IP電話や携帯電話は相違点を解説するだけでよいのである。

 電話網と一口にいうが、NTT電話の場合、音声が通る通話回線と、その回線を確保するための交渉をおこなう信号回線(共通線信号網)が別系統になっている。市外通話の場合、電話機をとりあげ電話番号を押すと、電話交換機は上位の交換機にIAMというメッセージを送って、相手の電話機を管轄する電話交換機までの通話回線を予約するのである。相手の電話交換機までIAMメッセージが届き、通話回線の予約が完了すると、相手の電話交換機は呼び出し信号を電話機に送るとともに、呼び出し中というメッセージを発信側の電話交換機に返す。

 IP電話の場合、IPネットワークが信号回線と通話回線を兼ね、IP電話アダプタないしパソコンが電話交換機の役割を担当する。IP電話は通話は20ミリ秒ごとに区切ってパケットで送りだすので、NTT電話のように特定の回線を占有することはないが、あたかも回線を占有しているような仮想回線を設定するということらしい。


 IP電話の加入者はIPアドレスによって区別されているので、電話番号をIPアドレスに変換しなくてはならないが、それをおこなうのがSIPサーバーである。IP電話会社はSIPサーバーによって利用状況を把握している。NTT電話のヘッダー部分はコード番号で記述されるが、IP電話はASCIIで記述されるというから、メールやIMに限りなく近い。

 本書のIP電話部分の後半はNTTが提供している「ひかり電話」の解説に費やされている。
。「ひかり電話」はNTT電話と酷似した構造をとっていて、信頼性と機密性が高いそうだが、IP電話としては特殊だろう。「ひかり電話」だけ見ていると、NTT電話とIP電話の違いがわかりにくい。P2Pを基盤にしているSkypeなど、NTT電話とかけはなれた仕組のIP電話についてもふれてほしかったと思う。

 携帯電話は無線通信区間と有線通信区間からなり、携帯電話特有の仕組は無線通信区間、特に圧縮方式に集中している。音声の圧縮方式がなぜ無線通信と関係するのか、いぶかしく思う人がいるかもしれないが、実はここが携帯電話の技術のキモなのである。こんなことができるのかと感心した。

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『ネットワークはなぜつながるのか』 戸根勤 (日経BP社)

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 ネットワーク技術に関する入門書はずいぶん読んだが、この分野では本書はもっともすぐれた本といっていいと思う。

 ネットワーク技術の本はOSI7層モデルを解説してからTPC/IPにはいるという構成をとっているものが多い。OSI抜きで、いきなりTCP/IPを解説する本もあるけれども、階層モデルを外側から見ている点は同じである。

 本書は読者自身がWebブラウザから送りだされるリクエスト・メッセージになったかのように書かれている。われわれはTCP/IPの階層を降りてインターネット網に飛びだし、宛先のWebサーバーに着くまでの旅を疑似体験することになる。本書を読み進むうちに、われわれはTCP/IPの階層構造を内側から見るという得がたい体験をするのだ。

 階層を降りるたびにメッセージがどのように変形され、どんなヘッダーがつけくわえられるかも具体的に書かれている。このシリーズの成功作は目に見えない抽象的な機能を、まるで手でふれることができるかのようにリアルに描きだしているが、本書の美点もまさにそれで、Socketの正体がTCP/IPソフトの内部にあるメモリ領域であり、そのメモリ領域で何がおこなわれるかもスローモーションで描きだされている。

 素人にはこんな細かい話は不要だと考える人がいるかもしれないが、たとえ話でごまかされるより、詳しく書いてくれた方がわかりやすいということがあるのだ。インターネットの仕組を知りたい人にはお勧めである。

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2006年11月29日

『情報はなぜビットなのか』 矢沢久雄 (日経BP社)

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 名著『コンピュータはなぜ動くのか』で著名な矢沢久雄氏がコンピュータ基礎論に挑んだ本である。シャノンの情報理論、標本化定理、グラフ理論、ハノイの塔、代表値……とおなじみの話題がならんでいる。

 矢沢氏はコンピュータがブラックボックス化する以前の手作り時代にもどり、コンピュータの反応を手で触れそうにリアルに描きだすのが得意だが、抽象的なコンピュータ基礎論をどう料理しているのだろうか。

 結果は――残念ながら期待はずれで終わった。

 シャノンの情報量についてはこう定義している。


変化するパターンの中から選択できるもの



 考えに考えた末の定義だということはわかるが、これではハートレーの情報量になってしまう。確率論やエントロピーとの関係を抜きにしてまで単純化するのはいかがかと思う。

 グラフ理論やハノイの塔もありきたりの解説で終わっていて、矢沢氏得意の手でさわれそうなリアリティまでいっていないし、身近な問題にリンクしてもいない。読者はなぜこんな役に立ちそうもない勉強をしなくてはいけないのか、得心がいかないだろう。

 コンピュータ基礎論の解説書としては魅力がないが、リレーショナル・データベースについて解説した十章と、コンピュータの世界の偉人の業績を紹介した十二章はおもしろかった。

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『情報進化論』 大矢雅則 (岩波書店)

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 題名から情報の進化を論じた本と思う人がいるかもしれないが、本書は生物進化を情報理論の視点から再検討した野心的な本である。

 進化論と情報理論はなぜ結びつくのだろうか? 進化はDNAに書きこまれた遺伝情報の変化で起こる。遺伝情報が正しく受け継がれるかどうかは通信経路のノイズの問題の延長としてあつかえるし、種と種の間の遺伝的距離は符号の置換率という形で定量化できる。進化論はまさに情報理論の対象なのだ。

 しかし、進化や遺伝情報を研究している生物学者に情報理論をきちんと理解している人がすくなかったという。もともと情報理論の研究者だった著者があえて生物畑に進出した所以である。本書の執筆意図には生物学者や生物学に興味を持つ人に正しい情報理論を伝えたいという啓蒙的動機が大きいらしく、第二章と第四章はシャノンの情報理論と符号化理論の解説にあてられている。

 進化というと何十万年単位の気の長い話と考えられがちだが、著者は数週間単位で遺伝子の変異が起きるエイズ・ウィルスの研究もしている。エイズ・ウィルスは患者の体内でどんどん変異を繰りかえしていくが、発症する場合と発症しない場合の差はウィルスの符号構造の差にあるという。発症の予測に情報理論が使える可能性があるというのはおもしろい。

 最後の章で著者は情報力学という新しい手法を提唱しているが、素人にはさっぱりわからなかった。しかし、新しい学問が動きだしている予感は伝わってきて、きわめて刺激的である。

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2006年11月28日

『冷蔵庫と宇宙』 ゴールドシュタイン (東京電機大学出版局)

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 エントロピーと情報理論を一般向けに解説した啓蒙書だが、わかりやすく面白いという点で本書は群を抜いている。

 この種の本はどうしてもたとえ話が多くなるが、本書はたとえ話に逃げることなく、真っ向から直球で勝負している。不正確なたとえ話でお茶を濁されるより、直球で攻めてくれた方がはるかにわかりやすい。

 本書の前半は熱の正体をめぐる19世紀の熱力学を解説しているが、今ではエーテル説とともに科学史の一エピソードになってしまった熱素説について詳しく解説している点が興味深い。

 当時は熱の正体は熱素という元素だと考えられていたが、熱素を仮定すると、意外や意外、熱という現象がきれいに説明できるのである。熱素説が真理と考えられていたのにはそれなりの理由があったのだ。

 驚いたことに、カルノーによる熱力学の第二法則の発見も熱素説にもとづいてなされていた。カルノーは水車の発生する力が水の落差と、水の量に比例することにヒントをえて、熱機関の発生する力は温度差と熱量に比例すると考えたのだ。熱素を水車を動かす水に見立てたわけだが、もちろんこの前提は間違っている。間違った前提から正しい結論が出てくるという珍らしいことが起こったのである。

 熱素説が崩れ、エントロピー概念が確立されていく条は本書の白眉であって、長年もやもやしていた疑問がそういうことだったのかと得心がいった。

 真ん中のあたりでシャノンの情報理論が登場するが、メッセージの表面的な文字数と内容を区別するという日常的な直観を手がかりに、シャノンの情報量の概念の革新性を手品のように説明してのけている。こういう説明があったのかと、舌を巻いた。

 後半は量子力学と相対性理論によってエントロピーと情報の概念がどう変わったかを解説している。ここもみごとである。

 エントロピーと情報理論について知りたかったら、まず本書を読むことをお勧めする。ちょっと厚いが、出来の悪い本で頭をかかえるよりずっと効率的である。

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『量子が変える情報の宇宙』 フォン=バイヤー (日経BP社)

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 邦題だけ見ると量子コンピュータの本のようだが、原題は『情報――新しい科学言語』(Information: The New Langage of Science)で、情報という観点から科学史を読み直そうという壮大な試みらしい。

 著者は大学で物理学を教えるかたわら、一般向けの啓蒙書を多く上梓しているということだが、数式を使わず、たとえ話で解説しようと工夫しているのはわかるが、決してわかりやすくはない。テーマそのものが最先端で、南海ということもあるのかもしれないが。

 本書は四部にわかれている。第一部「背景」では情報という概念がどのように生まれ、科学をどう変えたかを語り、第二部「古典的概念」ではシャノンの情報理論と表裏の関係にあるエントロピー概念を解説している。第三部「量子情報」では量子状態の重ねあわせから「キュビット」(量子ビット)という新たな情報の単位が生まれた経緯を語り、第四部「現在進行中の研究」では、いよいよシャノンを越える新しい情報理論を紹介している。観測者問題と情報の主観性の問題をもっと詳しく教えてほしかったが、シャノンでは等閑にふされていた情報の質を考慮しようということらしい。

 数式を使わずに語ろうという著者の努力はわかるが、たとえ話は必ずしも成功しているわけではない。特に第一部と第二部の出来は今一つのように感じた。噛んで含めるように語ろうとするあまり話がくどくなり、見通しがよくないのである。『冷蔵庫と宇宙』を読んだ直後だったので議論は追えたが、読みとおすのは苦痛だった。情報理論について一般向け解説書程度の知識があれば、本書の前半は読み飛ばしてかまわないかもしれない。

 第三部はのびのびと語られており、かなり読みやすくなっている。第四部は本書の一番の読ませどころで、イアン・コーリーとザイリンガーの新たな情報理論が好奇心をそそる。わたしのような門外漢にはよくわからなかったが、情報理論の最先端の動向を解説した最初の啓蒙書であるのは確かだろう。

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