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2006年10月30日

『現代日本の異体字』 笹原宏之+横山詔一+エリク・ロング (三省堂)

現代日本の異体字 →bookwebで購入

 「国立国語研究所プロジェクト叢書」の一冊として刊行された本で、「漢字環境学序説」という副題がついている。漢字環境学は聞きなれない言葉だが、われわれが日常の暮らしの中で出会っている漢字のありようを研究する学問ということのようである。

 それがなぜ異体字と関係するのかといえば、われわれが日々目にする漢字にはおびただしい異体字が含まれているからだ。活字化された異体字だけではない。手書き文字には略字や誤字も含めると、厖大な異体字が存在する。看板の文字、広告の文字、スポーツ新聞の見出し、マンガの書き文字なども異体字の宝庫だ。

 本書は異体字の実態に

  1. 異体字使用の頻度調査
  2. 異体字の認知心理学的考察
  3. 代表的文字セットの中の異体字

という三つの軸から接近している。

 まず頻度調査だが、著者たちは1998年にCD-ROM版朝日新聞で使われている漢字の頻度調査の結果を『新聞電子メディアの漢字』(三省堂)として上梓している。本書では『新聞電子メディアの漢字』の要点を紹介するとともに、あらたにおこなった小学館と平凡社のCD-ROM版百科事典の調査結果と、JIS改訂の過程であきらかになった地名の異体字の実態を報告している。小学館と平凡社では小学館の方が伝統的な字体にこだわっているそうである。

 認知心理学的考察では新旧字体の好み・なじみを調査し、その好み・なじみがどのようなメカニズムで生まれたかを推定している。

 具体的には女子大生に「潅/灌」のような異体字ペアのどちらを好むかを聞き、新字体の方が好まれたグループ、差がなかったグループ、伝統的字体の方が好まれたグループに分けている。

 新字体の方が好まれたのは「数/數」、「訳/譯」、「観/觀」など、伝統的字体のの方が好まれたのは「筱/篠」、「篭/籠」、「壷/壺」などであり、これは実は印刷物での使用頻度と相関関係がある。印刷物で「數」より「数」、「筱」より「篠」を見なれているから、「数」や「篠」の方が好まれたというわけだ。

 最後の文字セットでは「常用漢字・学習漢字」、「表外漢字字体表」、「人名用漢字」、「JIS漢字」、「ユニコード」について採録字体とその変遷を紹介している。

 本書の著者グループは経済産業省の依託で国立国語研究所と情報処理学会が共同で進めていた「汎用電子情報交換環境整備プログラム」でも中心的な役割を果たしていたと聞いている。

 「汎用電子情報交換環境整備プログラム」は総務省が住基ネットのために作成した「住基統一文字」2万2千字と、法務省が戸籍の電算化のために作成した「統一戸籍文字」5万6千字という二つの巨大文字セットを合体させ、重複字を除いて電子政府の基礎となる新たな文字セットを作るというプロジェクトで、今年の3月、5万9千字の文字セットを完成させた。日本人全員の姓名はこれでようやく電子的に表記できるようになったのである。

 5万9千字のうち、ISO 10643にない文字はISOに追加を申請するということであるから、ユニコードにもはいるだろう。

 創立当初の国立国語研究所は漢字廃止論者の牙城で、一部で「国立国語破壊研究所」と揶揄されていたが、半世紀をへてようやく本来の業務を果たすようになったわけだ。

 本当はこういう作業は電子政府や住基ネットを構築する前に終えておかなければならなかった。住基ネットや電子政府はすでに稼働してしまっている以上、成果が活かされるのかどうかは心もとないが、プロジェクトが完成したことはよろこばしい。それにしても、こんな大事件を報じたマスコミがなかったのは嘆かわしい。

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