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2006年10月31日

『漢字樹』 饒宗頤 (アルヒーフ)

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 先日、TBSの「ふしぎ発見」で、最古の文字の可能性がある岩絵を紹介していた。

 問題の岩絵は中国の寧夏回族自治区銀川近郊の砂漠で発見された(中国情報局)。1万8000年から1万年前のものと推定され、太陽や月、神、狩りや踊りなどの様子が描かれていた。研究者によれば「一定の秩序に従って配列されており、文字としての機能を有している」そうで、単なる絵ではなく、最古の文字の可能性があるらしい(TVで見る限りでは、そうは見えなかったが)。

 現在、最古の文字とされているのは5000年前に粘土板に刻まれたシュメール文字である。銀川の岩絵に本当に文字が含まれていたとしたら、文字の歴史は一気に倍以上さかのぼることになる。

 銀川の岩絵が文字かどうかはともかくとして、近年、中国では甲骨文以前の文字の可能性のある遺物が各地で出土しているという。

 甲骨文字はシュメール文字よりも2000年、アルファベットのルーツとされる原シナイ文字と較べても500年遅い上に、最初から一貫した構成原理をそなえていた。いきなりこんな高度な文字が生まれるとは考えにくい。フィッシャーや貝塚茂樹のように西アジアの文字の影響を想定したり、中国内部に原形となったより原始的な文字があったと考える方が自然だろう。

 著者は中国内部に甲骨文の先行文字があったとする立場をとっている。著者が先行文字と考えるのは彩陶(仰韶)文化期の土器に描かれた模様である。土器の年代は紀元前4500年前後とされている。

 シュメールの楔形文字より古いが、シュマント=ベッセラが楔形文字の前身としている粘土玉トークンよりは新しい。

 彩陶土器の模様には「+」や「卍」が見られるが、これはメソポタミアの粘土玉に刻まれた模様と相似しているのだ。本書から引く。

最初の絵画においては、「文」は「紋」に等しく、じっさいに物象に基づいていた。最近、山西の襄汾から堯の古城址が発見されたが、その土器片に「文」の記号がみられる。次に特定の記号に発展すると、それがすなわち初文であり、そこから更に増殖して文字および文書になる。記号から派生してアルファベットができる。アルファベットは土器記号から選択されたり組み合わされたりしてできたものであろう。記号の発展には二つの道がある。(一)は記号の言語化で、これによってアルファベットが生まれる。(二)は記号の文字形象化で、言語とは結びつかない。漢字は言語と結びつかず、第二の道を歩んだ。

 以上のプロセスを著者は次のように図示している。

          漢字(言語を離れ形文ピクトグラムを主とする)
         /
 絵画文様→記号<
      ↓  \
      初文  アルファベット(言語化)

 現在の文字学の考え方からすると、著者の立場はかなり異色である。メソポタミアの研究からは土器の模様がそのまま記号になり、文字になるような経路は考えにくいし、「+」や「卍」のような模様は他の文化圏にも見られるから、偶然の一致の可能性を排除できないだろう。

 著者のいう「言語化」とは「表音化」だろうと思うが、漢字が「言語と結びつかない」(表音性をもたない)とするのは表音文字・表意文字の二分法にとらわれた誤解のように思う。今日の文字学では表意文字という用語は表音性を排しているという誤解をまねきかねないので、表語文字という用語を用いるのが一般的である。

 著者は漢字が完全な表音化に進まなかった理由を次のように書いている。

 漢字は単音節で、その形成過程でもだいたい一字一音を保持したため、文字の構造は形声字が主となり、最高のパーセンテージを占めた。その構造は一個の形符と声符とから成っている。形符は視覚が主であるのに対し、声符は読音を採用して、言語との連繋を維持している。また前者は漢字の図形としての美感を保存している。形符と声符の両者はたがいに助け合い、文学における形文ピクトグラム声文フォノグラムの結合という文章の形を作りあげ、漢字が必ずしも言語を追いかける必要はなく、言語のきずなを脱するための基礎となった。政治生活の面では、文字は政令や礼制に用いられて、印章のような道具となり、その表現は識別可能で簡単明瞭であればよく、必ずしも言語との結合は必要ではない。したがって、中国人は文字を用いて言語をコントロールするわけで、シュメールのような民族では、ひとたび文字の言語化が行われるや、その結果、文字が言語に飲み込まれてしまったのとは違うのだ、と私は考える。

 「言語のきずなを脱する」とか「言語との結合は必要ではない」という表現はいかがかと思うが、漢字の完全な表音化をさまたげた要因として形声字に注目した点は河野六郎の『文字論』の指摘と一致する。

 ただし、河野は形声字だけではなく、語形変化がまったくない中国語の孤立語的性格をもう一つの要因としてあげている。母国語を相対化するのは難しいということか。

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『漢字百珍』 杉本つとむ (八坂書房)

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 江戸時代に豆腐料理のレシピばかりを集めた『豆腐百珍』という料理本が流行ったそうだが、本書は38の漢字の異体字を選んで蘊蓄をかたむけた本である。杉本つとむ氏は国語学者で語源や異体字の研究で著名な人だが、名著『江戸の博物学者』の著者だけに、学者というよりは江戸の随筆家といったおもむきで、堅苦しい話は一切出てこない。落語のような語り口なので寝ころんでも読めるが、中味はディープで究極の無駄知識といえる。

 水戸光圀の「圀」や和同開珎の「珎」、朝日新聞の題字に使われている「」、風月堂のロゴに使われている「凮」のようなポピュラーな異体字も出てくるが、多くははじめて目にする得体の知れない字だ。

 恐ろしいことに、16万字の漢字をコンピュータで使えるようにしてくれた「今昔文字鏡」にない文字がぞろぞろ出てくる。漢字の世界は底が知れない。

 現在ではなじみがなくても、過去には確かに使われていたわけで、たとえば西鶴は『世間胸算用』を『世間胷筭用』と、芭蕉は「枯枝に鳥とまりたりや秋の暮」の秋を「秌」と書いた。芭蕉は「鶴」より「靏」、「樹」より「」を好んだそうである。

 陰と陽の簡体字は「阴」と「阳」だが、明代に作られた『字彙』という字書には「阥」と「阦」しかなく、「阴」と「阳」が登場するのは清代に作られた『字彙補』からだという。「陰」→「阥」→「阴」とだんだん簡単になっているが、著者によれば異体字の生成には 繁→簡 へという法則がある。

 著者は国語学が専門だけに、国字について多くの紙幅をさいている。「峠」や「泪」が国字であることは有名だが、「膵臓」の「膵」や「膣」、「腺」のような医学に用いられる字も国字だった。

 作ったのは江戸時代の蘭学者だった。「膣」についていうと、『解体新書』では「莢」と訳されていたが、独立の臓器なので宇田川玄真が「膣」という字を作った。膵臓も漢方医学では存在が知られていなかった臓器で、やはり宇田川玄真が造字したという。

 明治に日本人が考えだした訳語が中国や韓国でも使われているのはよく知られているが、造字した国字まで漢字文化圏の共有財産になっていたとは知らなかった。

(WindowsXPのユニコード・フォントにない字は「今昔文字鏡」フォント・サーバーの提供する字形を使わせていただいた)

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2006年10月30日

『現代日本の異体字』 笹原宏之+横山詔一+エリク・ロング (三省堂)

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 「国立国語研究所プロジェクト叢書」の一冊として刊行された本で、「漢字環境学序説」という副題がついている。漢字環境学は聞きなれない言葉だが、われわれが日常の暮らしの中で出会っている漢字のありようを研究する学問ということのようである。

 それがなぜ異体字と関係するのかといえば、われわれが日々目にする漢字にはおびただしい異体字が含まれているからだ。活字化された異体字だけではない。手書き文字には略字や誤字も含めると、厖大な異体字が存在する。看板の文字、広告の文字、スポーツ新聞の見出し、マンガの書き文字なども異体字の宝庫だ。

 本書は異体字の実態に

  1. 異体字使用の頻度調査
  2. 異体字の認知心理学的考察
  3. 代表的文字セットの中の異体字

という三つの軸から接近している。

 まず頻度調査だが、著者たちは1998年にCD-ROM版朝日新聞で使われている漢字の頻度調査の結果を『新聞電子メディアの漢字』(三省堂)として上梓している。本書では『新聞電子メディアの漢字』の要点を紹介するとともに、あらたにおこなった小学館と平凡社のCD-ROM版百科事典の調査結果と、JIS改訂の過程であきらかになった地名の異体字の実態を報告している。小学館と平凡社では小学館の方が伝統的な字体にこだわっているそうである。

 認知心理学的考察では新旧字体の好み・なじみを調査し、その好み・なじみがどのようなメカニズムで生まれたかを推定している。

 具体的には女子大生に「潅/灌」のような異体字ペアのどちらを好むかを聞き、新字体の方が好まれたグループ、差がなかったグループ、伝統的字体の方が好まれたグループに分けている。

 新字体の方が好まれたのは「数/數」、「訳/譯」、「観/觀」など、伝統的字体のの方が好まれたのは「筱/篠」、「篭/籠」、「壷/壺」などであり、これは実は印刷物での使用頻度と相関関係がある。印刷物で「數」より「数」、「筱」より「篠」を見なれているから、「数」や「篠」の方が好まれたというわけだ。

 最後の文字セットでは「常用漢字・学習漢字」、「表外漢字字体表」、「人名用漢字」、「JIS漢字」、「ユニコード」について採録字体とその変遷を紹介している。

 本書の著者グループは経済産業省の依託で国立国語研究所と情報処理学会が共同で進めていた「汎用電子情報交換環境整備プログラム」でも中心的な役割を果たしていたと聞いている。

 「汎用電子情報交換環境整備プログラム」は総務省が住基ネットのために作成した「住基統一文字」2万2千字と、法務省が戸籍の電算化のために作成した「統一戸籍文字」5万6千字という二つの巨大文字セットを合体させ、重複字を除いて電子政府の基礎となる新たな文字セットを作るというプロジェクトで、今年の3月、5万9千字の文字セットを完成させた。日本人全員の姓名はこれでようやく電子的に表記できるようになったのである。

 5万9千字のうち、ISO 10643にない文字はISOに追加を申請するということであるから、ユニコードにもはいるだろう。

 創立当初の国立国語研究所は漢字廃止論者の牙城で、一部で「国立国語破壊研究所」と揶揄されていたが、半世紀をへてようやく本来の業務を果たすようになったわけだ。

 本当はこういう作業は電子政府や住基ネットを構築する前に終えておかなければならなかった。住基ネットや電子政府はすでに稼働してしまっている以上、成果が活かされるのかどうかは心もとないが、プロジェクトが完成したことはよろこばしい。それにしても、こんな大事件を報じたマスコミがなかったのは嘆かわしい。

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『日本の漢字』 笹原宏之 (岩波新書)

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 日本語は漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字、ギリシャ文字等々、多彩な文字を併用する世界でも稀な言語だが、なかでも漢字はきわめつけ多彩である。甲骨文以来の三千年の歴史の中で字種は何万にも増えたし、日本で作られた漢字(国字)もある。さらに、同じ「島」という字でも「嶋」や「嶌」、「」のような異体字が夥しく存在する。

 異体字の中には古い由緒をもつものもあれば、俗字や略字、誤字の類もある。これまで俗字や略字を研究の対象にする人は多くはなかったし、誤字となると学問の埒外だった。しかし、手書の時代は「門」を「门」と略すのは普通だったし、同じ字を何度も書く場合、字体を変えて変化をつけるのも珍らしくはなかった。縁起がいいという理由で「鳩」を「」と書くようなこともおこなわれていた。

 言語学では特定の集団で使われる語を「位相語」と呼ぶが、著者は特定の集団で使われる字を「位相文字」と呼ぶことを提唱している。個人的に造字された字は位相文字の段階をへて国字になると考えられる。

 俗字や略字、誤字は等閑にふされてきたとはいえ、国字とともに、日本語の重要な一部であり、われわれの生活に密着した文字なのだ。

 本書は国字、俗字、略字、誤字など、日本で独自の発展をとげた漢字の多彩な世界を一望におさめた本である。しかも、単に珍らしい字を羅列するのではなく、その字がどのような経緯で生まれ、どのような場面で用いられるかを明解に解説している。「龍」を四つならべた「」は三番目か四番目に画数の多い字として有名だが、早稲田の政経学部を作った小野梓の名前(てついち)に使われていたことは本書で知った。本書は恐るべき雑学の宝庫であり、著者の博覧強記には脱帽するしかない。

 一般の読者は気がつかずに読みすごしてしまうかもしれないが、文字コードや印刷に関心のある人は本書を見て茫然とするだろう。なにしろ今昔文字鏡にすら収録されていない誤字の類がごろころしているのである。印刷会社と校正係の苦労は察するに余りある。

 著者は1997年の「JIS基本漢字」(JIS X 0208)改訂以来、JISコードを開発保守するJCS委員会の漢字専門委員会の委員を勤めていて、JIS漢字の身元調べで中心的な役割をはたしたことで知られている。本書でもJIS幽霊字の一つ、「妛」の正体をつきとめるまでの気の遠くなるような作業が語られていて頭がクラクラしてくる。著者は昨年、「妛」という幽霊字が生まれるきっかけとなった原という土地を訪れたが、高齢者が三人住んでいるだけでゴーストタウン化していたという。

 中国では20世紀になっても新しい漢字が作られているそうで、エントロピーを意味する「熵 」や三重水素トリチウムをあらわす「氚 」などはユニコードに収録されているので、大半のパソコンで使うことができる。

 驚いたことに現存の日本人が作った漢字もユニコードにはいったという。その字は「」で、作ったのは吉本隆明氏だ。この字を使った吉本氏の詩が高校の国語の教科書に載ったのでJIS第四水準にはいり、ISO 10646とユニコードにも収録されたのだ。

 ということは、筒井康隆の「佇む人」を高校の教科書に載せれば、「」や「」がユニコードにはいることになる。これはおもしろそうだ。

(WindowsXPのユニコード・フォントにない字は「今昔文字鏡」フォント・サーバーの提供する字形を使わせていただいた)

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2006年10月29日

『人名用漢字の戦後史』 円満字二郎 (岩波新書)

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 日本では1948年以来、子供の命名に使える字は当用漢字表(現在は常用漢字表)と人名用漢字別表にはいっている漢字と、平仮名、片仮名に制限されている。本書はその人名用漢字別表がどのように誕生し、変遷していったかを追った本である。

 人名用漢字はきわめて身近な存在にもかかわらず、これまで国語改革の一エピソードとしてしかあつかわれてこなかった。国語改革に関する本は汗牛充棟だが、人名用漢字に焦点をしぼった本となると日本加除出版から出ている自治体職員向けの実務書くらいしか思いつかない(戸籍業務の手引書なので、歴史についてはごく簡単にしかふれていない)。

 本書にははじめて読む話がすくなくない。新書判という体裁をとっているが、研究書と思って読んだ方がいい。

 人名用漢字は何度も存亡の危機に直面してきたが、誕生の経緯からしていかがわしい。

 命名にもちいる文字の制限は1947年の戸籍法改正で「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない」という条文がはいったことからはじまるが、その背景には国語審議会関係者の働きかけがあったらしい。

 関係者はすでに鬼籍にはいっているが、著者は1979年に刊行された武部良明『日本語の表記』の「それは、非公式ではあったが、当用漢字表に始まる新たな国語政策への協力を要請するものであった」という記述を根拠に、国語審議会関係者が裏で動いたと推定している。

 しかし、これはおかしな話だ。当用漢字表の「まえがき」には「固有名詞については、法規上その他に関係するところが大きいので、別に考えることにした」と明記されており、子供の命名は当用漢字表の適用範囲外なのだ。

 当用漢字表で命名を縛るという矛盾は早速表面化する。当用漢字表には「弘」や「稔」のような人名によく使われる字が含まれていなかったために、改正戸籍法施行の半年後に国会で問題になっているのである。

 ところが、文部省側は子の命名は関知しないと答弁する。当用漢字表は「まえがき」にある通り、固有名詞は制限の対象からはずしてあるというわけだ。

 著者は文部省の二枚舌を次のように批判する。

 国語政策は、戸籍行政に対して「漢字制限」への協力を要請したにもかかわらず、自分たちは関係ないというのである。これでは、戸籍法で子の名前に用いることができる漢字を制限したことについて、遠からず大きな議論がわき起こることは必至であったと言えよう。

 当用漢字表が想定外の役割をはたすようになった以上、国語審議会はただちに固有名詞用の別の漢字表を作るべきだったろう。

 しかし、衆議院法務委員会が漢字制限の撤廃を検討していることを「夕刊読売」がスクープすると、国語審議会はあわてて92字からなる人名用漢字別表を作り、文部大臣に建議した。漢字制限の一角が崩れることを恐れたのである。

 興味深いのは人名用漢字別表と同じ総会で採択された「人名漢字に関する声明書」である。以下に孫引する。

当時の国語審議会は、当用漢字の選定にあたって、固有名詞(特に地名・人名)に用いられる漢字については、法規上その他に関係するところが大きいので、別に考慮することとしたのである。しかしながら、これは主として既存の固有名詞についてのことであったが、これから新しくつけられる子の名や官庁・会社などの名称は、なるべく当用漢字表によることが望ましいという態度をとったのである。(強調は引用者)

 既存の固有名詞はしょうがないが、新しく作る固有名詞はすべて当用漢字表の制限内にしろというわけだ。国語審議会関係者は衆議院の動きをつぶすために今回も裏で動いたらしい。

 しかし、使いたい漢字が使えないという国民の不満はおさまらず、人名用漢字追加の圧力は強まるばかりだった。国語審議会は人名用漢字が増えることに抵抗しつづけたが、当用漢字表が廃止され、常用漢字表が制定されたのを機に、人名用漢字は法務省の管轄に移ることになる。法務省の省令改正だけで増やせる現在の方式はこの時にできた。

 常用漢字表への切り換え時には「目安」という言葉をはさんで、漢字制限派と伝統派が攻防をくりひろげたが、人名用漢字でも「目安」が戦略上の要地となっていたというのはおもしろい。

 本書からは多くを教えられたが、疑問点がないわけではない。

 人名用漢字だけに話をしぼったのは一つの見識かもしれないが、一般向けの新書としてはどうだろうか。人名用漢字は重要にはちがいないが、国語改革の流れの中で誕生したことは否定できない。人名用漢字の問題を理解するには、国語改革全体の流れがわかっている必要がある。国語改革について自信のない読者は阿辻哲次氏の『「名前」の漢字学』の併読をお勧めする。

 それと関連してだが、国語審議会内の対立が漢字制限派と伝統回帰派の対立のように書かれているのは事実と異なる。初期の国語審議会ではイデオロギーごりごりの漢字廃止派が大きな力を振るっていた(著者は「表音派」と書いているが、なぜ漢字廃止派とはっきり書かないのか)。漢字廃止派にとっては当用漢字表は漢字廃止までの一段階にすぎなかった。いい加減な字体変更を強行したのは、当用漢字表を漢字廃止までの過渡的必要悪と考えていたからこそだろう。

 1965年にいたって、ようやく漢字仮名交じり文を日本語の表記とするという会長談話が出るが、この談話にこぎつけるまでには相当なすったもんだがあった。国語審議会の最初の20年間は漢字廃止という狂気が猛威をふるっていたのであり、それを知らないと国語審議会の動きは理解できない。

 また、「漢字の封建制」や「ことばの民主化」という語を著者は自明のことのように用いているが、はたして自明だろうか。

 日本より過激な漢字改革を断行した中国や、漢字を廃止した北朝鮮はいまだに民主主義のかけらもない社会主義国家だが、伝統字を使いつづけている台湾は立派な民主主義国家である。漢字を簡単にしたり廃止したからといって、社会が民主化するわけではない。イデオロギーごりごりの漢字廃止論者が主張していた「ことばの民主化」や「逆流」のような概念の枠組を無批判に受けいれていいのだろうか。

 もう一つ、若い人は意外に思うかもしれないが、漢字廃止論は実業界や陸軍の強い支持をえており、満洲や南方占領地では漢字廃止派が日本語教育に当たっていた。実業界や陸軍が漢字廃止を支援したのは漢字を廃止すれば業務が能率化すると期待していたからだ。ワープロやパソコンが普及するまでは、漢字は産業の発展を阻害する諸悪の根源と見なされていたのである。漢字廃止をめぐる騒動は民主主義/軍国主義ではなく、能率主義/伝統主義の対立軸で展開していたのである。

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『「名前」の漢字学』 阿辻哲次 (青春新書)

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 日本では新しく生まれた子供に名前をつけるのに、使っていい字といけない字の別がある。役所に出生届を出そうとしたら、窓口でその字は使ってはいけないと突き返されたというような話は誰しも聞いたことがあるだろう。使いたい文字が使えないために裁判になることがあるし、2004年9月には法務省が命名に使える字の追加候補578字を公開しパブリックコメントをもとめたが、「糞」「呪」「屍」「癌」のような字が含まれていたので、ずいぶん話題になったものだ。

 名前に使える文字は昔から制限されていたわけではない。制限がはじまったのは1948年からだ。1948年とは日本の敗戦から三年目で、国語改革が進められていた頃である。そう、命名に使える字の制限は敗戦後の国語政策がからんでいる。

 しかし、国語政策は文部科学省と文化庁の領分である。人名用の漢字は戸籍にかかわるので法務省の管轄のはずだが、どうなっているのか。そもそも、なぜ人名に使う文字を制限するのか。

 本書はこうした疑問に答えてくれる本で、当用漢字とは別に人名用漢字が作られた経緯や国語改革の実情、人名用漢字性格の変化、人名用漢字を選定する委員会の裏話まで、多くのエピソードをまじえて平明に語っている。

 著者は漢字に関する多くの啓蒙書を書いている漢字学の第一人者だが、最後の国語審議会委員やJISコードの2004年改正の主査、さらには2004年の人名用漢字追加の委員会の委員もつとめている。人名用漢字の委員会の議事録はネットで公開されているが、法学部的発想と文学部的発想の対立というような話までは議事録だけではなかなかわからない。

 2004年の大幅追加の直接のきっかけが曽良そらちゃん事件の最高裁判決にあったことは間違いない。

 曽良ちゃん事件とは、札幌市在住の松山丈史氏が我が子に「曽良」と名づけようとしたところ、「曽」が人名用漢字にも常用漢字にもはいっていなかったので、区役所から受理を拒否された事件である(詳しくは松山氏自身の経過報告)。松山氏は札幌家裁に審判を求め、家裁、高裁とも勝訴し、2003年12月には最高裁も高裁判決を支持したので、人名用漢字を制限する根拠が問われることとなった。こういう判決が確定した以上、法務省としては人名用漢字の大幅拡充に踏み切るしかなかったのである。

 追加候補を選定するにあたっては国民の要望が考慮されたが、「腥」や「僾」の要望が多かったという話しには驚いた。「腥」は「なまぐさい」、「僾」は「曖」の異体字で「ぼんやり」だから、どちらも名前に向いた字とはいえまい。なぜこんな字を子供の名前に使いたい人が多いのか。

 字面だけ見ると「腥」は「月」+「星」、「僾」は「人」+「愛」なので、きれいな字と勘違いしているらしい(「腥」の「月」は moon の方ではなく、「肉月」)。

 わたし自身は人名漢字の制限に反対だが、本書を読んで自信がなくなってきた。というのも、制限を撤廃すると、漢字とカナ以外の文字の使用も認めなくてはならなくなる可能性があるからだ。

 国際結婚が増えている以上、これは決して架空の問題ではない。漢字とカナでは発音が正確にあらわせないから、ハングルやアラビア文字の使用を認めるべきだという訴訟は明日起こってもおかしくはないだろう。

 漢字とカナ以外の名前をもつ日本国民を認めるかどうかを今から考えておいた方がよいかもしれない。

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