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2006年09月26日

『日本沈没 第二部』 小松左京&谷甲州 (小学館)

日本沈没 第二部 文庫上巻 文庫下巻


 『日本沈没 第二部』が谷甲州氏との共著という形で上梓された。映画のリメイクに合わせたのだろうが、1973年版の映画TV版もDVD化されている。


 第一部は1970年代末に起こった日本列島の沈没で終わったが、第二部はそれから25年後の日本人の運命を描いている。幻の作品で終わるのかと半ば諦めていただけに、まずは完結をよろこびたい。


 沈没までの二年に日本政府は8千万人の国民を海外に脱出させたが、8千万人という巨大な難民の出現は世界各地で軋轢を生んでいた。日本政府は世界各地に機能を分散させて活動をつづけていたが、熱帯雨林の開発事業には重点的に投資しているものの、他の国々に引きとられた国民にまでは手がまわらない状態らしい。多くの国では入植地の過酷な条件に見切りをつけ、大都市のスラムに流入する日系人が増え、治安上の問題になっているのに有効な手を打てないでいる。旧ソ連圏に入植した日系難民は、ソ連崩壊で退去したロシア人の後釜にすわり、一時は社会の支配層にのぼったが、それが妬みをかい集団虐殺まで起こっている。第一部の主人公だった小野寺が日系ゲリラ(!)の隊長になっているという趣向もある。


 日本が沈没した後の空白地帯は火山活動がおさまらないことを理由に制限海域とされ、調査や航行までが国際的に禁止されていたが、日本政府は国民の統合の象徴とするためにわずかに顔をのぞかせていた岩礁を中心に人工島を建設しようとする。しかし中国は北朝鮮に侵攻して日本海への出口を確保しており、日本の復活を阻止するために制限海域の国際共同管理を主張する。


 唯一うまくいっていた熱帯雨林開発も成功したがために現地の妬みをかい、欧米の環境団体からは地球温暖化の元凶と指弾されるようになって、それ以上の開発を進めるのが難しくなっている。


 国土を失った日本人は四面楚歌の状態だが、日本沈没が起こらなかったこちら側の世界の状況と微妙に重なっており前半はおもしろく読んだ。


 日本政府は再難民化した日本人の行き場を確保するために熱帯雨林開発をさらに大規模に進める決定をくだす。そして環境負荷のかからない開発であることを国際的にアピールするために、こちら側の世界でも実現している地球シミュレータを開発し気象のシミュレーションをはじめる。


 ところがここで思いがけない答えが出る。地球は温暖化するどころか寒冷化に向かい、間もなく氷河期が再来するというのだ。


 原因は日本沈没の際の火山活動で成層圏に吹きあがった噴煙である。大規模な噴火が寒冷化を引きおこすことは知られており、最後の氷河期は7万4千年前に起きたスマトラのトバ火山の巨大噴火が引き金になったという説もある。


 このストーリーは小松左京の最初の構想に沿ったものらしい。『日本沈没』の刊行後、小松は異常気象の取材を進め、『異常気象 地球が冷える』というノンフィクションを1974年に刊行している。インタビューによればこのプランで原稿用紙140枚くらいまで書き進めという。だが、寒冷化という設定は放棄され、沈没後の日本人の物語が小松自身によって書かれることはなかった。


 理由は1970年代以降、地球温暖化説が有力になってきたためらしい。


 もちろん地球温暖化はまだ仮説であって、最近マイクル・クライトンの『恐怖の存在』が話題になったように、疑問視する人はすくなくない。しかし生活実感として暖かくなっているのは事実だし、日本で熱帯の動物が自然繁殖するようなことが起こっているという現実の前では寒冷化説ははなはだ分が悪い。日本沈没を読者に納得させたように地球寒冷化のロジックを組み立てようとしたものの、小松の剛腕をもってしても難しかったのかもしれない。


 『日本沈没 第二部』の後半は地球寒冷化が軸となるが、残念ながら読者を説得できるだけのリアリティが生まれているとはいえない。長さ不足が大きかったと思うが、肝腎のロジック構築をデータ不足で逃げたのは致命的だった。SFなのだからなにか途方もない理論をでっち上げてほしかった。


 不満はもう一つある。第一部では日本人が沈没に対処する道を考えるために、三人の学者と宗教者が山にこもり、未来の日本人に向けた文書を起稿していた。その文書に何が書かれているか、30年間、ずっと気になっていたが、第二部ではその文書がまったく出てこないのだ。


 中田首相と鳥飼外相のコスモポリタニズムをめぐる議論が文書の名残なのかもしれないが、あれではあまりにもちゃちである。鳥飼外相のコスモポリタニズムは非武装中立論の変形にすぎず、人類総難民化というようなパニック状況が生まれない限り絵空事でしかない。


 小松左京は戦後民主主義とナショナリズムの共存という大いなる矛盾をかかえた作家だった。その矛盾の最高度の表現が『日本沈没』だった。中田首相に最後の台詞を言わせたことからすると、第二部を書いた谷氏は戦後民主主義もナショナリズムも信じてはいないだろう。作品が薄っぺらになってしまった根本の原因はそこにあると思う。


 第一部をリアルタイムで読んだ人間としては不満だらけだし、かつて書いた小松左京論に加筆する必要も感じないが、リメイク版の映画よりはましだったことは申しそえておく。

文庫上巻
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