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インターネットが中心をもたない分散型のネットワークになっているのは、核戦争に耐えられるようにするためだという説がある。たいていのインターネット入門書にはそう書いてあるし、インターネットの前身がアメリカ国防総省の肝いりで作られたARPAネットだといわれると、なるほどと思えてくる。
だが、それは誤りだった。核戦争を想定して、分散型ネットワークを提案した研究者はいたが、APRAネットはそれとは別のグループが別の開発思想で構築したのだ。
この忘れられた事実を発掘したのは本書の著者、喜多千草氏である。喜多氏は本書の最後の部分でARPAネット開発のもつれた経緯を解きほぐし、一次資料にもとづいて核戦争説の誤りを指摘しているが、本書はARPAネットだけをあつかった本ではない。
著者はもともとNHKのディレクターだったが、マッキントッシュを仕事に使ううちに、マッキントッシュの背後にある開発思想に興味を持つようになった。そして、マッキントッシュが手本にしたパロアルト研究所のAltoと、Altoに影響をあたえたリックライダーの存在を知り、調査をつづけるうちに、パーソナル・コンピュータ誕生史を学問的に研究しようと考えるようになって、京大大学院で本格的な研究にとりかかった。その成果は博士論文にまとめられたが、本書は論文の前半部分を一般向けに書き直したものだという(後半は同じ青土社から『起源のインターネット』として上梓されている)。
したがって、表題は『インターネットの思想史』となっているが、正確には『パーソナル・コンピュータの思想史』と呼ぶべき内容であり、ARPAネットの解明は探索の一部に過ぎない。
本書の主人公はリックライダーである。リックライダーはARPAのコンピュータ部門であるIPTOの初代部長であり、巨額の研究費を差配する立場にあったばかりでなく、1960年に発表した「コンピュータと人間の共生」という論文で、コンピュータを思考支援の道具にする方向を定めた先駆者として顕彰されてきた。
だが、著者によると、ことはそんなに単純ではなかった。1950年代、60年代はコンピュータの性能がまだ低かった上に、台数が限られていたので、限られた計算パワーを人間が操作しやすくする方向に振りむけるべきか、多数の人間が同時に使用するマルチユーザー・システム(時分割処理システム)を開発する方向に振りむけるべきかで路線対立があった。
わかりやすくするために、この書評では前者を対話型路線、後者をマルチユーザー路線と呼んでおこう(著者はこういう言い方はしていない。念のため)。
従来の説では、リックライダーは対話型路線を提唱したことになっていたが、実はマルチユーザー路線の推進者で、IPTOの部長になってからは、かなり露骨にマルチユーザー路線を贔屓し、対話型路線を冷遇していた。なお、対話型路線を推進していたのはウェルデン・クラークとその弟子たちである。
リックライダーがマルチユーザー路線に肩いれした理由の一つは、実験心理学畑の出身だったことがあげられる。実験結果の統計処理にはコンピュータを使う必要があったが、当時はコンピュータがすくなかったので、心理学者にはなかなか番が回ってこなかったらしい。
もう一つの理由としては、中心となる大型コンピュータに情報を貯えておき、図書館のように利用する「情報センター」もしくは「思考センター」という構想があげられる。この構想は「コンピュータと人間の共生」の1957年草稿の中に出てくるが、1960年代にはネットワークを通じて遠隔地からもアクセスできるようにする「銀河間ネットワーク」構想に発展していく。
対話型路線をとるクラークは現在のパーソナル・コンピュータを予見するように、安い小型コンピュータをたくさん使うことを提唱したが、リックライダーは「情報センター」には大きな記憶容量が必要だとして、大型機を共同利用する方式に固執した。
その一方、クラークの弟子のサザランドが、ライトペンを使った対話型システムを発表すると、いち早くその可能性に注目し、若干26才のサザランドを自分の後任のIPTO部長に推挙するという思いきった決断をくだした。リックライダーは対話型コンピュータの必要性を十分認識していたのである。
対話型路線とマルチユーザー路線が対立していたのはコンピュータの性能が低かったからにすぎない。コンピュータの性能が向上し安価になれば、どちらを優先すべきかなどという不毛な二者択一にとらわれなくてもよくなる。実際、1970年代には二つの路線が融合し、ARPAネットとして結実することになった。
ARPAネットはリックライダーの「情報センター」構想の発展したものといえるが、大型機を共同利用するマルチユーザー・システムの欠点があきらかになっきたので、小型機を多数接続した、クラークの構想に近い分散システムとして実現されることになった。パケット通信の技術がとりいれられたのは分散システムを効率的に運用するためで、核戦争にそなえたためではなかった。
本書にはARPAネット以外にも、多くの発見がある。キュブリックの『博士の異常な愛情』に、壁一面の地図に不審な飛行物体の位置を投影する北米防空管制システム(SAGE)が登場するが、リックライダーは実験心理学者として、あのシステムの開発に深く係わっていた。コンピュータを単なる計算機ではなく、人間の判断を支援する道具として使おうという構想はSAGE開発の中で練りあげられていった。1950年代後半には「人工知能」という言葉が一人歩きし、判断までコンピュータにゆだねることができるのではないかという過剰な期待が生まれた。リックライダーが「コンピュータと人間の共生」というスローガンを考えだしたのは、人工知能に対する根拠のない熱狂を牽制するためだったという指摘には、目から鱗がとれる思いがした。ARPAの実態も興味深い。
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