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2006年01月20日

『繻子の靴』 クローデル (岩波文庫)

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 ポール・クローデルの『繻子の靴』の新訳が岩波文庫から出た。訳者はクローデル研究の第一人者渡辺守章で、本文と同じくらいの分量の注と解説が付されている。

 とかなり興奮して書いているのだが、ポール・クローデルの名前を知る人は今ではあまり多くないかもしれない。知っていたとしても映画になったカミーユ・クローデルの弟、あるいは日本にフランス大使として駐箚したことのある詩人外交官としてだろうか。

 二十年ほど前までは『繻子の靴』をふくむ代表作の多くが日本語で読めたし、渡辺による浩瀚な評伝も書店に並んでいたが、現時点で入手可能な本は駐日大使時代の外交書簡をまとめた『孤独な帝国 日本の1920年代』くらいしかない。

 なじみのない読者のためにあらためて紹介すると、ポール・クローデルは1868年生まれの詩人・劇作家で、長姉にロダンの女弟子となり悲劇的な最期をむかえたカミーユがいる。青年時代マラルメの薫陶をうけるが、20代でカトリックの回心を経験し、キャリア外交官としてアメリカ、チェコ、ブラジル、中国、日本などで勤務するかたわら、詩劇を書きつづけ、20世紀の反リアリズム演劇を開拓した。日本の感覚ではぴんと来ないが、現在フランスでもっとも多く上演される20世紀の劇作家はジュネとクローデルだという。

 『繻子の靴』全曲版は副題に「四日間のスペイン芝居」とあるように四部にわかれており、完全上演すると10時間近くかかる。クローデル自身が「集大成的な作品」と自負するだけに、16世紀の大航海時代を背景にスペイン、モロッコ、メキシコ、パナマ、フィリピン、日本、地中海と舞台は地球規模に広がり、物語の時間は20年以上におよぶ。

 長大なためになかなか上演されなかったが、発表後19年たってジャン・ルイ・バロー(『天井桟敷の人々』のあのバロー)がコメディ・フランセーズで上演を企画し、クローデル自身とバローによって第一日から三日目までを中心に抜粋した上演台本が作られた。バロー演出の初演は好評を博し、以後バローの劇団の十八番になった。

 ストーリーは複雑で登場人物が多いが、おおよそのところを紹介しておこう。

 第一日目から三日目まではスペイン王から新大陸の統治をゆだねられた副王ロドリッグと、アフリカ総督ペラージュの妻、プルエーズの道ならぬ恋をめぐる物語である。二人は深く愛しあい、一時は駆け落ちの約束までするが、プルエーズは夫の家を出る時、霊感にかられたように繻子の靴の片方をマリア像にささげ、「悪へ向かって走る時には、片方の足が萎えておりますように!」と誓いをたてる。そのため二人はすれ違いをくりかえし、結ばれることはなかった。

 この頃にはスペインのアフリカ支配は破綻に瀕しており、ペラージュは死を覚悟して任地のセウタに出発しようとするが、自分の死後、妻がロドリッグに走らぬように手を打つ。ペラージュは彼女に、従弟のカミーユが攻略した南部のモガドールにゆき、自分の代わりに治めよと命じたのだ。

 プルエーズがモガドールに着くとイスラム勢力の中で孤立したカミーユはキリスト教を棄て、オキアリと名乗って自立し、新大陸からスペインに金銀を運ぶ船を襲いはじめる。かねてプルエーズに邪な思いをいだいていたカミーユは夫を亡くした彼女に結婚を迫る。彼女はロドリッグに救けを求める手紙を出すが、手紙はなかなかとどかない。彼女は結婚を承諾する代わりに形式的にモガドール要塞の司令官となり、カミーユの反スペイン行為に箍をはめることに成功する。

 10年後、地球を一周した手紙を受けとったロドリッグは副王の地位を棄て、スペイン艦隊を率いて大西洋をわたり、モガドール沖に遊弋してカミーユの政権に圧力をかける。周囲のイスラム勢力や部下の離反にあい、万事休したカミーユはプルエーズと彼女との間に生まれた娘をロドリッグに差しだす。ロドリッグとプルエーズは十年ぶりに再会するが、プルエーズは永遠に結ばれるためにはこの世で結ばれてはならないと言いのこし、娘を彼の手にゆだねてモガドール要塞に帰っていき、カミーユとともに爆死する。

 ここで三日目が終わるが、三日目の半分は魂の救済をめぐるディスカッション・ドラマである。心理分析と形而上学的議論がないまぜになっており、筋金入りのカトリック文学だなと思った。

 日本でカトリック文学というと遠藤周作やグレアム・グリーンを思い浮かべ、罪意識におののく女々しい文学と思う人が多いかもしれない。しかしそれだけがカトリックではない。16世紀の大航海時代には多くの宣教師が危険をものともせず未開の地や異文化の地にわけいり、世界布教をくりひろげ、今日のカトリック圏をつくりあげたが、『繻子の靴』が舞台とするのはまさにその時代なのだ。

 ロドリッグもプルエーズも弱者ではない。ロドリッグは征服者コンキスタドールの頂点に立つ副王だし、プルエーズは単身敵地におもむき、背教者となった将軍を手玉にとる女丈夫である。しかしその強者が自己の限界に直面し、絶対者の存在に気づいて自己放棄にいたる存在論的ドラマが、この芝居の眼目なのだ。この芝居で言及される神は怒ったり嫉妬したりする『聖書』の人格神ではなく、抽象的な絶対者としての神であり、戦わされる議論は宗教的というより存在論的である。この芝居には能や歌舞伎の趣向がとりいれられているが、表面的な日本趣味に終わっていないのは自己放棄という主題が能や歌舞伎に通ずるところがあるからだろう。

 自己放棄の究極の姿があらわれてくるのは四日目である。

 プルエーズの死から十後、副王の地位を失ったロドリッグはフィリピンを征服し日本に攻めこむが、片脚を失って捕虜になり、名古屋城に幽閉される。ロドリッグは日本人絵師をともなって脱出し、スペインにもどるが、代替わりしたスペイン王の不興をかい、聖人画を売って老残の身を養っている。

 スペイン王は無敵艦隊アルマダによる英国征服とトルコと雌雄を決するレパントの海戦をひかえ、百官の船をしたがえた御座船でマヨルカ島沖に乗りだしている。無敵艦隊が英国艦隊を撃滅したという誤報がとどき、英国の統治を誰にまかせるかが議論になるが、無敵艦隊全滅の幻を見た王はロドリッグを指名する。ロドリッグ自身が志願したという形式をつくるために、女優をロンドン塔を脱出してきたメアリ女王というふれこみで彼に近づける。ロドリッグは王の計略にはまり、英国副王に志願するが、海上の宮廷には無敵艦隊敗れるの報がとどく。王はロドリッグに真相を知らせず、麗々しく英国副王の任命式をおこなった後、彼を奴隷の身分に落としてしまう。奴隷といっても片脚の老人には一文の価値もなく、下げわたされた兵士はかつての英雄をさんざんに愚弄し、ガラクタを買いにきたマヨルカ島の修道女におまけでつけてくれてやる。奴隷以下、ガラクタ以下の存在に落ちたロドリッグははじめて自由の身になったと感じ、全身全霊で美しい夜を讃美する。

 すべてを放下したロドリッグの姿はカトリックと縁のない人間が読んでも感動的である。

 四日目は上演台本から省かれていたために上演されてこなかったが、1972年にルノー=バロー劇団が冒頭に一日目~三日目のハイライト場面をくわえた台本を「バレアレス諸島の風の下に」という題名で上演して以来、『繻子の靴』の核心部分と評価されるようになったという。1978年のルノー=バロー劇団の来日公演でもこの台本が上演された。

 わたしはこの時の公演を国立劇場で見ているが、わけがわからなかった。壮大な叙事詩を期待して出かけたのだが、ハイライト部分は舞台の両袖に交互にスポットライトをあて、かわるがわる登場する役者が絶叫するだけ。本編がはじまってみるとろくな舞台装置はなく、船といっても一枚帆の筏のよう。果ては一列に並んだ役者が電車ごっこをはじめ、まったくのドタバタ芝居。なんだこれは、と当惑したものだった。

 今回渡辺訳を読んで、道化芝居の意味がようやく腑に落ちた。ロドリッグを愚弄するのは直接的には新しいスペイン王だが、その背後には人智を越えた秩序が厳然と存し、ロドリッグはその秩序にへりくだり讃えるのだ。カトリック的にいえば信仰告白だが、そんなことにこだわる必要はない。宗教を越えた、普遍的な敬虔さがそこにはあるのだから。

 今にして思えば、バローは神の道化となっていたのだろう。余計なことを考えて舞台が見えていなかったのだと思う。なんともったいないことをしたものだ。

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