2005年11月21日

『心は実験できるか』スレイター(紀伊國屋書店)

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 もしあなたが心理学を学んだ経験があるならば、本書は必読の書だろう。といっても、心理学の勉強に役立つからではない。心理学の教科書に出ている様々な人物の生の声、あるいは背景が描かれているからだ。
 この本は、かつて心理学を学んだことのある著者が、1人の科学ライターとして、著名な心理学者の周辺を取材した記録によって構成されている。ミルグラムの権威への服従、フェスティンガーの認知的不協和、ハーローのサル、目撃者証言のロフタス、などなど。これらの実験は、もしそれがまともな心理学の教科書であれば、必ずのっている有名なものばかりである。
 しかしこの本は、よくある「おもしろ実験集」といった本とはわけが違う。ちょっとした小説でも読むように、ターゲットの周辺を嗅ぎまわる著者の主観が、物語風にはさまれるのである。たとえば、単に被験者が実験にむかう場面についても、ちょっとした想像をはたらかせて物語が語られる。
「雨が降っていて月は見えない。横殴りの雨で、とおりは下水とセメントのにおいが鼻をつく。・・においがまとわりつく。何かが腐ったようなにおいのする空気だ。あなたは広告を手にしている。・・・広告主はイエール大学、支払いは現金、壊れたミキサーを買い替えられる、それに科学のためでもある。・・曲がりくねり、傾き、敷石はゆがみ、石の間から草が生えている。・・指示された建物に着いた。・・・灰色のドアを開けようとしたとき、ドアが内側から開き、一人の男が顔を真っ赤にして出てきた。ほおを濡らしているのは涙か?男は足早に建物の陰に消えた。さて、今度はあなたの番だ。」

 個人的な意見を言わせてもらえれば、多くの社会心理学の実験は、どうにもウソっぽくてドッキリカメラのできそこないみたいなものになりがちだが(失礼!卒論レベルの話ですよ)、ミルグラムの実験は別である。彼が示したことをひとことでいえば、人は権威に従って、他人の生命の危険におよぶような命令を実行し続けるということであった。このことが、実に衝撃的にデモンストレーションされる。なによりもこの実験がウソっぽくないのは、実際にこの実験を体験した人々が、感情的に揺さぶられ、時にはトラウマのようになっている点だ。本書ではこうした出来事の周辺が丹念に取材され、この実験のことを何十年もたって憶えている人、最後に命令を拒否しそれを自慢げに話す人、などが描かれる。

 しかし、私にとって本書のなかで最もおもしろかったのは、このミルグラムの章ではなく、スキナーの章であった。例えば私には、著者が取材の末ようやくたどりついたスキナーの娘、ジュリー・バーガスが言った次のようなセリフが突き刺ささる。

「あなたは実際に父の「自由と尊厳を越えて」をお読みになりましたか?それともやっぱり、二次資料だけ調べるタイプの方ですか?」

 スキナーほど誤解され評判が悪い心理学者もいないのではないか。スキナーの娘に関する都市伝説ともいうべき、「スキナーは、娘をスキナーボックスに閉じ込めて育て」「その娘は大人になり発狂し自殺した」というウワサ(ネットでひけばいくらでも出てくるという)の真偽についても、本書では詳しく述べられている。「行動主義」はどこか人を支配しコントロールする全体主義思想のように受け取られている。
 そうなった理由として考えられるのは、一つにはスキナーを信奉する人々が、どこか独善的で全体主義的な雰囲気をもっていたからかもしれない。彼らは原理主義者であり他の方法論を認めようとしなかった。これが悪かったのだろう。もう一つは、認知系の人々の(特にアメリカの)の大本営発表というかプロパンガンダがあるだろう。認知心理学者が語る心理学の歴史が全く偏っていることを私が知ったのは、行動主義の方法に従って実験をはじめてからであった。いずれにせよ、アメリカという国の科学研究パラダイムが、どこか政治的に推移していく様子が見え隠れする。
デビット・マーといった視覚科学者やフロイトやユングといった臨床家まで、すべてをいっしょくたに「心理学者」とよぶとして、もしもその中から最も偉大な心理学者を1人だけ選べといわれれば、私はB.F.スキナーを選びたいと常々考えている。この本は、その周辺に1人の科学ライターとして迫っているのである。  その他、ロフタスの章、そしてハーローの章なども読み応えがある。ロフタスvs臨床心理学者やテレビでのマスコミ的活躍などもびっくりだし、ハーローが自らの理論を否定していく様も興味深い。

 さて、一次文献にあたってみるか、ということでアマゾンを検索してみてガッカリ。「自由と尊厳を越えて」の邦訳(波多野進・加藤秀俊訳『自由への挑戦――行動工学入門』番町書房)。これ、昔図書館で読んだ記憶があるのだが、今は絶版なのですね。まあ、そんなもんか。まだまだウワサとプロパガンダが支配していくのかもしれない。なんせ認知の時代なのだから。

ところで、あなたは一次文献にあたるタイプですか?それとも二次文献だけですか?

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投稿者 金沢創 : 01:34 | トラックバック (2)