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2013年07月26日

『年金制度の正しい考え方――福祉国家は持続可能か』盛山和夫(中央公論社)

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「年金制度をきちんと考えるために」

年金制度について、最近、指導する学生の中に関心を寄せる者が出てきています。また、先日、私が所属する富山大学人文学部の1年生を対象とした授業で、特別企画として、日本年金機構スタッフをゲスト講師として招き、年金制度について講義してもらうという授業が行われました。私自身は、年金制度について素人なのですが、このような機会が重なっていることもあり、この本を手にとってみました。

著者の盛山和夫先生は、実は、私の大学院時代の指導教官、つまり恩師です。ただし、私が大学院時代に先生から授かった講義やゼミは、必ずしも年金をテーマとしたものではなかったため、この本で初めてふれることになりました。内容としてはかなり本格的で、著者独自のシミュレーション(ある仮定的な状況下での将来予測)など細かく追尾するのに神経がすり減る部分もあるのですが、全体的に論述は明快であり、非常に勉強になる本だと思います。

著者の問題意識を端的にわかりやすく伝えているのは「あとがき」だと思います(したがって、そこから読み始めるのも一手だと思います)。それによれば、手厚い福祉・社会保障を財政危機の犯人に仕立て上げ、「大きな政府」か「小さな政府」かという二者択一を迫るような論調に対して著者は違和感を覚え、「単に社会保障費の増大を問題にするのではなく、迫りくる高齢化社会にとってどのような福祉や社会保障のしくみが望ましいかを原理的に考察しなければならない」(本書268ページ)と考えるに至ります。一方で、最近の大学生には年金制度の将来を悲観的に見る風潮が強く、「ある一定の経済成長のもとで適度に給付水準を抑制するしくみを工夫しさえすれば、年金制度はつぶれないし、個人的にも損はしない」(本書269ページ)と説いても、あまり納得してもらえなかったといいます。おそらく、若い世代の人々にとっては「年金制度の危機」とか「このままでは将来年金がもらえなくなるかも」といった言辞ばかりをいわば刷りこまれたようになっているので、年金制度の仕組みについてまだ何も知らない段階から「もうダメだ」という気分になってしまうのでしょう。

この本の特徴のひとつは、そうした根拠のない悲観主義に対して正面から挑戦し、その思い込みを解体しようとする点にあります。著者によれば、問題を深刻化させたのは1973年の制度改正(国民年金制度の発足は1961年)です。この改正では、賃金や物価の上昇にあわせて年金受給額を高めに計算しなおす(つまり、受給者にやさしい)仕組みが新しく導入されていますが、その一方で、収支バランスがこの先どう考えてもあわなくなる(つまり、給付水準が高すぎる)制度設計がなされてしまいました――これを著者は「大盤振舞いスキーム」と呼んでいます。このため、後年になって軌道修正が必要になり、その中で保険料を払う側の負担はじわじわと上がっていきます。そのたびに「このままでは年金制度はもたないから…」という説明が、厚労省やマスメディアを通じて繰り返し述べられることになります。反対論を抑えたいという趣旨からだったのでしょうが、これが上に述べたような悲観主義を醸成することにもつながったと考えられます。しかし、それはもともと持続不可能だったものを持続可能なものへと軌道修正しようとするプロセスとしてとらえるべき、ということになります。

この本のもうひとつの特徴は、なにをもって「公平」とするかについて、ひとつの提案を行なっている点にあると思います。世代間格差に話を絞ってみますと、先の「大盤振舞いスキーム」による恩恵を受けて、かなり高い水準で年金を受給している人も確かにいます。それに対して、その後の軌道修正の影響を受ける世代は、それほどの水準では受給できない可能性が高い。つまり、ある意味で格差はすでにおこってしまっており、嫉妬の火種はぬぐい難いといえます。しかし、著者は、そもそも何をもって「公平」と考えるかについて発想を転換すべきではないかと提案しています。すなわち、私たちはしばしば「公平」を「いくら出したか」に対する「いくらもらえたか」の比率を比較することでとらえようとしますが(例:「あの人たちよりたくさん出したのに、あの人たちより少なくしかもらえないのは、ずるい」)、そうではなく、ある時点での現役世代の所得――精確には、所得から税金と社会保険料を除いた「可処分所得」――に対する年金受給額の水準(相対的年金水準)を、皆が納得できるような落としどころに定めながら、そのために必要な負担についてそれぞれの世代が譲歩していく、ということです。具体的には、2004年の改正で導入された、年金給付額を賃金・物価上昇に応じて高くする度合いを抑制する「マクロ経済スライド調整率」という仕組み(現在、2023年度まで設定を続けることが決まっている)を状況に応じて継続することを通して年金給付の増大にブレーキをきかせ、一方で増大していっている現役世代の保険料負担とのバランスをとっていく、ということです。

このように、私たちがしばしば陥りがちな――ここでは悲観主義について取り上げましたが、他にもいろいろとある――思いこみに対して、著者は反論を展開しています。また、この本を読めば、今後の年金制度の推移を見守る際に、どういうところに注目すればよいのか、つまり、単に保険料がどの程度アップするかという点を見るだけでなく、給付を抑制する「マクロ経済スライド調整率」の今後の展開とあわせて注目すべきなのだということもわかります。

さて、このようにしてみると、最初に述べた学部1年生対象の授業も、若年層の悲観主義に対抗して、年金制度に参加する意義を説得する試みとしてとらえられます。年金機構スタッフの熱心な講義に、学生たちの反応は上々だったようです。ただ、その中で私が感じたのは、年金の仕組みをいきなり大学1年生に理解させるのは相当に難しそうだということ(どのように伝えるべき情報を取捨選択するかという問題)と、これは必ずしも意図されたものではないでしょうけれども、「年金を払わないとたいへんなことになるよ」(たとえば、加入手続きを怠っていたために障害年金を受給できなかった事例や、保険料未納に対する罰則、等々)というメッセージが、どちらかといえば目だっていたということでした。確かに、いきなりすべてを理解できない人に対しては、「とにかく払わないといけない」という意識をまず植えつけておくのが現実的かもしれません。が、単に「払わないといけないと言われたから、そう思う」という状態と、年金制度の持続可能性について関心をもって冷静に見守ることができる状態との間には、かなり距離があるように感じます。そこには、私たちがこの先どんな社会を望むのかという大事な問題について、越えるべきハードル、あるいは分水嶺があるように思うのです。それを学生に説得的に訴える自信は、正直なところ今の私にはまだないのですが、今後も関連する本を読んで力を蓄えたいと思います。

年金についていろいろと耳にするけど、もう一段高いレベルで考えられるようになりたい、という人にお勧めの一冊です。


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