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2012年09月27日

『医療的ケアって大変なことなの?』下川和洋編(ぶどう社)

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「生きるための医療的な行為をめぐる1990年代の動き」

この本のタイトルは「医療的ケアって大変なことなの?」という問いかけになっています。この問いかけ自体が、この本全体の主張を示しているのですが、それはまた現在の社会の姿を映し出してもいます。

20世紀後半における医療技術の発展によって、一般的に医療行為と目されるものの中でも、在宅療養の中で日常的に行なわれたり、あるいは入院中に家族によって行なわれたりするような行為が目立つようになってきました。たん吸引や、経管栄養法による注入、人工呼吸器の管理、酸素吸入、導尿、等々です。これらは、確かに基本的な専門的知識を必要としており、また誤ったことをすれば人体に害が及ぶリスクはありますが、かといって素人にはまったく扱えないというわけでもなく、病状の悪化やその他の急性的な症状が出ていない間は、日常生活の一部分として現に遂行されています。

これらの行為については、ふたつの基本的な見方がありえます。ひとつは、人間の生命に直接つながる行為だからあくまでも専門家(この場合は医師および看護師)の管理のもとに行なうようにするべきだという考え方。もうひとつは、逆に専門家以外にも担い手を拡大すべきだという考え方です。一見すると前者の考え方の方が安心できるように見えますが、これが現実にそぐわなくなってきているのです。

この本が扱っているのは、重度の障害をもつ子どもをめぐる経験です。これらの子どもたちは、優れた医療技術のおかげで尊い命をとりとめ、個人差はあるものの、大きく余命を延ばすことに成功します。体の状態が安定すると在宅療養に移りますが、幼児期までは、たん吸引等々の行為は、親が無我夢中でカバーしていきます。ところが、学校に上がる段になって、問題が発生します。通常、学校には医師や看護師は常駐していません。したがって、たとえ障害児をもっぱら受け入れる特殊支援学校のようなところであっても、安全管理の問題を理由に、受け入れを断ったり難色を示したりすることがあるのです。障害をもつ子どもにも教育を受ける権利はありますから、当然これは問題です。そこで、「訪問教育ならOK」とか「授業中に親がずっと別室に待機して、何かあったら親を呼ぶ」といった折衷案が示されます。しかし、これらは解決方法としては問題が大きいといえます。前者の訪問教育に限定する方策は、子どもの側に訪問教育<しか>選択肢がない点に問題があります。たとえば、さまざまな他者と出会い、交わりの中に身をおくことによって、刺激を受けたり喜びを感じたりする、といった体験からその子はずっと遮断されたままになるかもしれません。後者の親が別室に待機するとう方策の問題点は、子どもと共に登校して、しかもそこに居なければならないという過重な負担が親にかかってしまう点にあります。

そうした問題に対する親たちの問題意識は、1990年代後半の当事者グループ結成につながり、学校教員も含めた現場からの運動がおこります。そこでは、先に挙げたたん吸引等については「医療行為」として、専門家以外の扱いを頭から禁ずるのではなく、むしろ「医療的ケア」と位置づけて、一定の研修を受ければ学校教員等でも扱えるようにしよう、という方向性が打ち出されます。タイトルにあった「医療的ケアって大変なことなの?」という問いかけは、まさにこの方向性を意味しているのです。

いくつかの自治体では、先進的な取り組みがなされ、事態はある程度は改善してきているようです(もちろん地域によるばらつきはあるでしょう)。この本では、そうした取り組みについて紹介されていますが、特に東京都における事態の推移が記述されている部分は、詳細であり、記録資料としての価値も高いと思います。

医療的ケアをめぐる問題は、実は重度障害児に限ったことではありません。私たちの誰にも、病いを得て経管栄養や呼吸療法の選択に直面することがありえます。そのとき、病院が必ずしも居場所とは限らないことや、病院の外で医療的ケアを受けるには担い手の層が薄いこと(したがって家族の大きな負担をあてにせざるをえないこと)などといった問題に直面せざるをえない可能性があるのです。その場合「学校」はもはや関係がないかもしれませんが、生活を続けるために医療的ケアをどのように調達しながら生きられるかという点では共通の問題といえます。だから、「医療行為を全面的に専門家の手にゆだねる」という発想のどこが現実とずれていて問題があるのかを認識し、ある程度は考え方の軌道修正を行ないながら、安全管理のあり方に関してベターな方向に社会を動かしていく必要が今後ますます高まるのではないかと思います。そのような重要なテーマを示す一冊として、一人でも多くの方に手にとっていただきたいと思います。


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