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2011年07月28日

『病院の世紀の理論』猪飼周平(有斐閣)

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「現代社会が待望する医療史研究、ようやく現る!」

以前当ブログで取り上げたアーサー・フランク『傷ついた物語の語り手』(2006年6月)について、「回復の物語(the restitution narrative)」が私たちにとって基本的な概念であることを述べました。ここでの「回復(restitution)」は「すっかり元通り」という意味ですが、私たちの社会は、発達した医療によってあらゆる病いが「回復(restitution)」に導かれることへの期待が高まってきた社会だといえます。このことを「病院」(そして、とりわけ「医師」)という観点からはっきりと物語る研究がこの本です。

著者の猪飼周平さんは、現在一橋大学大学院(社会学研究科)の准教授を務めておられますが、彼が東京大学大学院(経済学研究科)在籍中、いわばお隣にあたる人文社会系研究科に所属していた私と研究仲間による「ミクロ社会学研究会(通称名:はげけん)」に、足しげく出向いて参加されていたことがありました。彼の学際的な知的好奇心と、専門外の場でもものおじしない闊達さには、一同大いに感服し刺激を受けたものですが、この本はその当時を彷彿とさせるようなユニークで質の高い内容になっています。

この本の位置づけを一言で表現するならば、伝統はあるのだけれどなぜか理論的に刷新されてこなかった医療史研究を、現代社会的な感覚にフィットするようリニューアルさせた一冊、といえると思います。

伝統的な理論の代表格として挙げられているのが「医療の社会化」論です。これは、日本社会が資本主義化する中で開業医は営利主義化し、農村部などの医療を見捨て荒廃させた、だから公共的な医療供給による医療システムへ転換すべき、と主張するものです(『病院の世紀の理論』138ページ)。これに対して猪飼さんは、内務省『衛生局年報』という資料をもとに、1910年、1913年、および1927年の公立/私立病院の市部/郡部別分布を描き出し、公立病院よりも私立病院の方が郡部に高い比率で分布していたことを示します(同書162ページ)。たとえばこのような点をふまえると、農村部の医療が完全に荒廃してしまわずに済んだのは、開業医による病院が農村部に比較的近いところにもある程度分布していたから、という見方が可能であり、つまり、開業医は「営利化」して農村を見捨てた、という見方が史実に合致しない一面的な見方である(むしろ、開業医による病院の存在が医療の地域格差の拡大に一定のブレーキをかけていた)と見えるわけです。このように、残された資料を駆使して、日本社会の医療供給システムの成り立ちと経緯をあぶり出し、先行研究と史実との食い違いを明らかにしていくところは、まさに歴史研究のだいご味であり、この本の基本的な魅力にもなっています。

さて、上に述べたような開業医は、日本社会において長らく安定的に機能した医師養成システムによって、供給されてきました。この養成システムは、20世紀前半に徐々に形成されてきたものですが、特に戦後には「医局」と呼ばれる非公式な組織が重要な役割を果たします。若手の医師は、この医局によってローテーション的な研修を義務づけられます。そして多くの場合40代以降、ある程度専門性を深化させた「一人前」の医師として認められ、そこからのひとつのキャリアパタンとして「開業」が選択されるわけです(同書第8章)。こうしたやり方は、イギリスともアメリカとも違う日本独特なやり方で、20世紀の病院に医師を安定的に供給し、その存立を支えてきました。そのおかげもあって、20世紀は「病院の世紀」として、私たちが「病気になった。病院に行った。元通りになった」という「回復の物語(the restitution narrative)」を語りやすい(かのように思える)時代の空気を産み出した、と考えられます。

しかし、猪飼さんは、「病院の世紀」は早晩終焉を迎える(その変化は既に現在進行中のものかもしれない)ことに、読者の注意を促します。ひとつには、治療医学の進歩それ自体によって、病院を医療資源として効率的に運用するという指向性が出てこざるをえないと考えられます。つまり、治療必要度の高い急性期の患者に治療技術を集中的に振り向けるための場として機能するようにならないと、運営上の効率も悪いし、医療従事者の技能形成にとってもマイナス面がでてきます(同書223ページ)。また、生活習慣病や、その他の慢性疾患、あるいは終末期医療などが前面に出る時代の流れにあって、医療は、もはや「回復(restitution)」に直接結びつけられるとは限らず、むしろ、生活の質(Quality of Life=QOL)という多様で曖昧さがつきまとう目標を達成するための(不可欠だがあくまでもひとつの)手段、という位置づけへと変化していくと考えられます(同書第7章)。こうした流れに沿って考えれば、私たちが体験する病いの物語において、病院はある限られた場面でのみ舞台場となる、というイメージが今後社会的により広がっていくかもしれません。

私たちにとっての「病院」がどのような存在なのか、その20世紀的なありようを丁寧な資料分析をもとに描き出すと同時に、「病院」の今後の姿はどうなるのかという現代的な関心にも応えようとする一冊です。一見とっつきにくく見える専門書ではありますが、歴史研究としての面白味は、随所にある図表(さながら、マニアが作る精巧なプラモデルのよう)から感じることができるでしょうし、また、現代社会における医療の趨勢に関心のある人ならば、特にこの本の後半各章に引きこまれ、いろいろと考えさせられるだろうと思います。


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