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2010年03月25日

『看護とケア――心揺り動かされる仕事とは――』三井さよ(角川学芸出版)

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「患者の生き方と<ぶつかりあう>専門職」

著者の三井さよさんは、看護職を中心に対人援助に関わる人たちへの調査研究を行っている社会学者です。私と問題関心の持ち方が近く、大学院生時代から研究会仲間としてお付き合いさせていただいています。この本では、過去のインタヴューで語られた出来事で強く非常に印象に残ったものが取り上げられ、それについて考えたことが書かれています。文体としては、ケアに関する専門職(もしくはそれを志す人)にも読みやすいように、エッセーの体裁を整えていますが、その中に織り込まれる社会学的な概念については「コラム」の形で分離して解説されており、社会学から他の専門分野の人たちに発信する文章としての工夫の跡がうかがえます。

この本で紹介されるエピソードには、興味深いものがいくつも含まれています。彼女が出会った看護師たちは、いつでも患者の苦しみに近づき、寄り添おうとしています。しかしそれと同時に、患者が理不尽に怒りを表したり、あるいは自分の体によくないと明らかにわかっていることをしたりするときなどには、違和感を感じたり、それに関して何もできない自分自身に無力感を感じることもあるといいます。

たとえば、ある看護師は、文句ばかりいう患者に対して、最初は気持ちを抑えていたものの、ある日とうとう我慢できず、「自分だけがつらいと思うなんて甘えだと思います!」と思わず言いかえしてしまいます(『看護とケア』66ページ)。一般的には、このようなときは自分の感情をきちんとコントロールして冷静にふるまわなければならないと言われているのですが、このケースはそれができなかった「失敗」ということになります。ところが、後で謝りに行ったこの看護師に、患者は「あんなふうにいってくれてありがとう」と礼を言ったそうです。つまり、他の看護師たちは何をいってもニコニコ笑うだけで本気で自分の相手をしないのに、その看護師だけが自分の言葉で、自分の思いで話してくれたように感じた、というのです。

この例は、感情管理がうまくできないことが常に悪いこととは限らない例として挙げられていますが、「自分だけがつらいと思うなんて甘えだと思います!」と言う部分は、まさに看護師が患者に対して抱いていた違和感に端を発しているといえます。確かに病気でつらいのだからしかたがないのかもしれないが、そんなに文句ばかり言うことを続けていていいのか、こんな違和感がたまりにたまった挙句、相手にストレートにぶつけられたわけです。私はこの部分を読んで、このとき既に患者自身も違和感を感じていたのではないか、と思いました。確かに、自分の不安や怒りを看護師への文句という形で表すことを(ニコニコと笑顔で)許されるのはよいけれども、一方では「わがままな患者」を演じているだけでいいのだろうか。けれども、それをどう変えていっていいのかわからないし、文句を言って笑顔で受け入れられる(受け流される)コミュニケーションのパターンが既に定着している。そんな流れを変えるきっかけを与えてくれたのが、この「自分だけがつらいと思うなんて甘えだと思います!」と言われる出来事であったのではないか、と思えるのです。

看護職の視点から見た患者のふるまいや生き方に対する違和感が言葉となって表明され、一種のぶつかりあいになる。そのぶつかりあいの結果は、必ずよい方向に向かうとも限らないのでしょうが、看護職が患者になぜ違和感を感じたのか、患者にどのようなキャラクターをもってどのようなストーリーを演じてほしいと思っているのかを(事後的にせよ)説明できるのであれば、決してそれ自体として悪いものだとはいえないかもしれません。また、この種のぶつかりあいは、病いの苦しみに接する立場であれば、看護職に限らずおこりうるようにも思います。

「ケア」の専門職というと、弱った患者に対してやさしさと冷静な強さをもって包容的に接するというイメージが強いように思いますが、このようにみると、そこからはみでるような違和感や無力感、そしてそれが発露するようなふるまいが、少なからず存在しているようです。三井さんは、そうしたものをただ「失敗」と決めつけるのではなく、むしろそれらがはらむ深い意味を積極的に導き出そうとしています。そうした作業を通して、たとえば先ほど注目したような、患者の生き方と<ぶつかりあう>専門職という斬新なイメージも浮かび上がってくるのです。現場に学びながら、そこでの細かな出来事にも目を向けて洞察し、新しい見方へと私たちを導く――これこそ調査の学としての社会学の持ち味といえるでしょう。読者として想定されているケアの専門職やそれを志す人ばかりでなく、ケアの現場になんらかの知的関心を持っているすべての人にお勧めできる一冊です。


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