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2007年07月31日

『質的研究の基礎――グラウンデッド・セオリー開発の技法と手順』アンセルム・ストラウス&ジュリエット・コービン[著]操華子・森岡崇[訳](医学書院)

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「データを比較する」

質的分析に関して、現在最もシステマティックな方法として提示されているのがグラウンデッド・セオリー・アプローチです。

このアプローチは、B.グレイザーとA.ストラウスによる『データ対話型理論の発見――調査からいかに理論を産み出すか』(原書1967年)に端を発しています。彼らは既存の理論や概念を当てはめて検証するような研究のあり方に異を唱え(そうした研究を彼らは「誇大理論(grand theory)」と呼んでいます)、それに対して、もっとデータに根ざした分析を提唱したいという意図で「グラウンデッド(grounded)」という名称を考案しました。

しかし、その後、グレイザーとストラウスは、このアプローチに関する考え方をめぐって袂を分かつことになります。ストラウスの方は、看護学研究者であるコービンとパートナーを組んで、このアプローチを発展させました。この第二版では、具体的な研究事例(10代の若者によるドラッグ使用をテーマとするインタヴュー調査の分析)を引きながら、方法の用い方が解説されています。

グラウンデッド・セオリー・アプローチの大雑把な手順は以下の通りです。まず、得られた質的データを、例えば「ここでは何が起こっているんだろうか」といった(理論武装しすぎない)問いかけをもって細かく読みます。すると、データのある部分が、なんらかの言葉によって語りかけてくるように見えます。そうした言葉(「概念」)をデータの横に書き込んでいくのです(「オープン・コーディング」)。「概念」は、必ずしも学術的な堅苦しい造語である必要はなく、直観的に思い浮かんだ言葉、時にはインタヴューで語られているそのままの言葉(「インビボ・コード(in vivo code)」と呼ばれます)でも構いません。次にそれらのコードを吟味して、軸となる概念(カテゴリー)のもとに統合していきます。最終的に、例えば10代の若者によるドラッグ使用というテーマの場合、「通過儀式としてのドラッグ使用」(必ずしも常習的乱用に走らず、仲間集団に加わって大人の権威に反発するプロセスを指す)という中心的なカテゴリーを選択します。この中心的なカテゴリーのもとに、統合された下位概念を使って、10代の若者たちがどのようにドラッグを使用するのかについてのストーリーを作って記述するわけです。

このようにしてみると、データから語りかけてくる言葉を基点に統合してゆくところは、KJ法がカードをグルーピングする仕方と似ていることがわかります。ただし、両者の間には(まったくの相違点を意味するわけではないけれども)力点の異なるところも散見されます。グラウンデッド・セオリー・アプローチが、特に力説しているのは、徹底した比較を行う重要性です。

一つの具体例で考えてみましょう。グリーンツーリズム(農山漁村において自然と交流する余暇活動)の実践例を調査している学生がいます。調査した実践例はまだ二つにすぎません。しかし、この二つを徹底的に比較して、どこが異なるか思いつくものを片っ端から挙げてみます。さまざまな相違点が提出されます。例えば「事例Aでは、すべて日帰りの企画であるのに対して、事例Bでは、日帰り企画と1泊企画が交じっている」というものがあったとします。すると、「滞在時間」という観点(「特性」)について、日帰り、1泊、2泊以上というヴァリエーション(「次元」)がある、という枠組が得られます。この枠組をもって三番目の実践例に調査の歩を進められるわけです。また、こうした議論をする中で、「長期滞在を基本とするヨーロッパのグリーンツーリズムと違って、日本では滞在時間が非常に限られるので、グリーンツーリズム本来の意味が失われやすいのではないか」、「実践例の中では、グリーンツーリズム本来の意味とのギャップは、どのように処理されているのだろうか」、「単に『失われる』という言葉で本当に片づくのだろうか。そう言いきれない部分はないだろうか」等々の疑問が湧いてくるでしょう。これらの疑問を、きちんとメモにして残すことによって、この社会現象に対する瑞々しい問題関心が育つことになります。

このようにしてみると、徹底した比較は、次の事例に向かうための枠組みや問い(リサーチ・クエスチョン)の候補を生み出す方法だといえます。質的分析に関して抱かれやすい疑問として「分析はいつから始めるのか。事例の数を相当集めた後か」というものが考えられますが、比較という観点からすると「二つ」という答えが出てきます。

グラウンデッド・セオリー・アプローチは(10代の若者によるドラッグ使用という例が示すように)主に行動のプロセスをストーリー化する研究テーマに相性のよい設計になっています。しかし、例えば「比較」について考えてみて分かるように、その部分部分においては、質的調査に広く応用可能な含蓄あるコンセプトが含まれているのが分かります。全体としてみると、理論生成のプロセスをパッケージ化しているという誤解を与えやすく、また文献レヴューを分析と絡ませる重要性について極めて抑制的である(これは、既存の理論や概念を当てはめることへの警戒に関係しているのではないかと私は考えています)などといった点から、研究者たちの中にはこのアプローチを白眼視する人もいます。しかし、過度な期待からも偏見からも自由になって何度か読んでいると、学ぶべきポイントを多く含んでいる一冊です。

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