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2007年01月30日

『フィールドワークの技法――問いを育てる、仮説をきたえる――』佐藤郁哉(新曜社)

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「物語としての質的調査法テキスト」

東京大学大学院(社会学専門分野)に進学した1994年、私はどうやって研究を進めてよいのか分からず、悶々としていました。というのも、そこは「理論社会学の総本山」という雰囲気が濃厚で、後に私が好むことになる質的調査(注)を学ぶ環境ではなかったからです。ゼミでは、私の関心とはかけ離れたテキストが講読されていました。生き生きと勉強している(ように見える)先輩や同期生を見ながら、私は落ち込み、もしかして進路を誤ったのではないかと密かに悩んでいました。

(注)アンケートなどによる統計的分析が「量的調査」と呼ばれるのに対して、フィールドワークやインタヴューなどは「質的調査」と呼ばれます。

そんな時、この本の著者である佐藤郁哉さんの授業をたまたま受講する機会がありました。これは、私にとってラッキーでした。スライドを見せながらフィールドでの体験を嬉しそうに話す佐藤さんを見ながら、私はこう思いました。なんだ、それでいいのか。まずはフィールドに入り込み、人々の営みを素朴に面白がること、それが出発点なんだ。現に、そうやってプロで立派にやっている人がここに居るじゃないか。

その当時から現在までの間に、質的調査のテキストが次々と出版されており、時代は少なからず変わっているという感があります。それらの本が私の大学院生時代に出版されていれば、どれほど勇気づけられたことか、と思うと残念でなりません。中でもこの本は、私がそのような残念さを最も感じる一冊です。

なぜそのように感じるのか。一番の理由は、この本がフィールドワーカーの体験談的要素をためらわずに前面に押し出しているからです。フィールドワークは、ある特殊な集団や個人を相手にするので、一般的な形で方法を語るのは難しいところがあります。現場へのアクセスの仕方から始まって、フィールドノーツの残し方や、現場での人間関係に特有の悩みなども、まったく異なったものになりがちです。そのため、質的調査の方法は、あくまでも個別的な体験談として伝えざるを得ない部分があるのです。

ひとたび体験談として語られると、その中には、さまざまな現場でのエピソードやストレスが話題として含まれます。これは自ら質的調査をやろうとする人には有難い部分です。なぜなら、特に相談できる人が身近にいない若いフィールドワーカーが単独で調査を行なう場合などでは、どんな研究にも付きものといえる不安を一人で抱え込みやすいからです。そのような読者が安心感を得ること、簡単にいえば「なんだ。みんな似たようなものか」と思えることは、非常に重要です。

このように考えると、学問的なテキストで自分の体験談を語るのは、決して場違いなことではないのです。むしろ、質的調査のテキストは、可能な範囲で調査者の物語としての体裁を整えた方がよいのです。それをためらわず前面に出している点が、この本の魅力といえます。

もちろん、体験談的要素だけがこの本の魅力ではありません。質的調査についての基本的な考え方から、フィールドノーツの具体的な取り方に至るまで、役に立つ情報も満載です。また、第6章で紹介されているアイデアプロセッサ「Idea Tree」は、安価で使い勝手のよいデータ分析ソフトとして私も愛用しています。質的調査に何らかの形で関わる人にとって必読の一冊といってよいと思います。


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