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2005年12月12日

『もうひとつの人生』シグロ(編著)(影書房)

もうひとつの人生 →bookwebで購入

「記録映画の真骨頂」

私自身は、現在、セルフヘルプ・グループにおける人々の語りを研究テーマにしています。つまり、アルコホリズム(アルコール依存)や死別体験、あるいは吃音といった体験を人々がセルフヘルプ・グループを通じていかに語り、そのことを通じて自己を創っていくのかということを研究してきたのです。その中から今回はアルコホリズムを話題にしたいと思います。
長期間にわたって酒に溺れてゆく体験がどのようなものなのかは、ほとんどの人が想像もつかないと思われます。授業で学生に聞いても、コンパで飲みつぶれて救急車で運ばれる学生か、いわゆる野宿者か、どちらかをイメージする人が大多数を占めます。しかし、前者は急性のアルコール中毒のことを指していますし、野宿者とアルコホーリク(アルコール依存の人)とは必ずしもイコールではありません。このような状況の中で、アルコホリズムと回復についてわれわれにイメージを与えてくれる素材(今回は映画が中心です)として何が一押しなのか、考えてみたいと思います。

ちょっと古い映画ですが、『失われた週末』(ビリー・ワイルダー監督、1945年)は、売れない作家ドンが、自分の小説が売れないことに絶望し、酒に溺れていくというものです。耽溺の過程に関しては実に丹念な描き方がされていて、ドン役のレイ・ミランドの演技は危機迫るものがあります。その点ではお勧めといってよいかもしれません。この映画では、最後に自殺までしようとしたドンは、献身的な恋人ヘレンの説得で思いとどまります。その説得とは、書きかけになっていた『酒びん』という小説を書き上げよう、というものでした。つまり、耽溺それ自体を書くことでドンは回復を最終的に得られるわけです。

比較的最近の映画としては、『男が女を愛する時』(ルイス・マンドーキ監督、1994年)があります。これは、一見幸せな生活を送っているパイロットの妻アリスが酒に溺れていくというものです。後半はアリスが立ち直ってゆく過程にあてられていますが、そこであらわになったのは、皮肉にも、アリスを献身的に護ろうとしていた夫マイケルが、アリスの不安を助長していたということでした。問題解決的に見える行動が問題を生み出しているという家族関係の複雑さを考えるためにはお勧めといってよいかもしれません。アリスとマイケルの夫婦には大きな亀裂が入りますが、しかし結局はお互いの愛情を再確認して物語は閉じられます。

第3回読売・日本テレビ「ウーマンズ・ビート」大賞作品となった藤崎麻里「溺れる人」は、著者自身のアルコホリズム体験を描いたノンフィクション小説です。語り手が回想する耽溺の体験と、どん底に至ったヒロインが再生へと向かう過程とが、淡々とした文体で綴られています。この小説は同名でテレビドラマ化されましたが、そこでは、ヒロインに過度の期待をかける保護的な母親という原作にはないキャラクターが登場し、耽溺の原因に不適切な母子関係があったことを匂わせています。そして、変わらぬ愛情でヒロインを支える夫の存在も強調されています。

これらの映像作品は、どれも魅せるところがあるのですが、しかし「ちょっと待てよ」と思うのです。実際に、学生たちにこれらの中のひとつを見てもらったところ、多くの学生が「アルコール依存って恐ろしいんですね」といった後に、こう付け加えるのです。「でも、やっぱり立ち直るためには『家族の愛情』ですよね」――つまり、これらの映像作品と視聴者は「アルコホリズムの物語」をいつの間にか「家族の愛情の物語」に変換してしまっているのです。これは、そうした物語が、聞き手(視聴者)の納得を得やすく、好まれることを示しています。しかし、実際にアルコホーリクたちが語る自己物語に耳を傾けると、「家族の愛情」による大団円で結末を迎えるタイプのものには、めったにお目にかかれません。

このような違和感を持たずにすむ作品がひとつあります。『もうひとつの人生』(小池征人監督、1995年)という記録映画です。映像も製作者(シグロ)から販売されていますが、残念ながら紀伊國屋Book Webからは注文できず、それにかなり高価なので、ここでは台本の書籍を挙げておきたいと思います。読み物としても充分楽しめます。この映画は、断酒会というセルフヘルプ・グループに集まる人々の物語を、いくつかのケースのオムニバスという形で綴ったものです。興味深いのは結末部分です。この映画の中には、なかなか酒を断つことができないでいるアルコホーリクに対して、友人である断酒会メンバーが何かと世話を焼く、という話が出てきます。ところが、映画全体の結末部分では、この世話を焼いていたメンバーのひとりが、断酒会の集会でスリップ(再飲酒)して入院してしまったことを語るのです。ここでは、そもそも物語の結末が大団円になっておらず、アルコホーリクたちが、いつ耽溺の日々に逆戻りしてしまうかしれない状況のなかで物語を語り続けていく様が巧妙に描かれているといえます。

人々に心地よく響く「家族の愛情の物語」に流されず、アルコホリズムを冷静に見つめようとする記録映画の真骨頂といえるでしょう。一押しの作品です。


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