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2013年12月27日

『ジヴェルニーの食卓』原田マハ(集英社)

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「印象派の画家達の光と影」

 当たり前だが、画家も人間である。しかし、私たちは絵を通してしか巨匠達の姿を垣間見ることはできない。マティス、ドガ、セザンヌ、モネ、印象派の画家達は若い時を、そして晩年をどのように過ごしていたのか。それぞれの作品にはどのような背景が隠されているのか。浮世絵の影響を受けたことで知られる印象派の芸術家達の人生の一部を、身近に存在した者の視点から描いた作品が、原田マハの『ジヴェルニーの食卓』だ。

 晩年のマティスを熱い視線で眺めているのは、家政婦のマリアだ。ニースに住むあるマダムの家で働いていたマリアは「オテル・レジナ」に住むマティスの元に使いに出され、それがきっかけでマティスのところで働くことになる。彼女が運んだマグノリアを生ける花瓶を選ばされて「マグノリアのある静物」の翡翠色の花瓶を偶然選ぶ。幼い頃絵が好きだったマリアは、素人にしては慧眼の持ち主だった。マティスはその時84歳。

 ある時ピカソがマティスを訪問する。マリアは二人の至福のひと時を目撃する。マティスが亡くなっても、ピカソは連絡もよこさず葬儀にも来ない。何故ならピカソの中で、マティスはまだ死んでいないからだ。マリアの中のマティスも死んではいない。ピカソ家へマグノリアの花を届けた後、マリアはヴァンスのロザリオ礼拝堂へ行く。マティスの制作したステンドグラスを通して光を浴び、彼女は「先生」の存在を感じる。そして修道女になる決心をする。マグノリアの花を軸にした、ニースの光と青を肌に感じる美しい小品だ。

 ドガの肖像は、アメリカ人画家メアリー・カサットによって語られる。新たな作品を生むための苦しみを「闘い」と言うドガ。まだ幼い踊り子をモデルに彫刻を制作する。ドガが生前発表した唯一の彫刻作品『十四歳の小さな踊り子』だ。踊り子にまつわるエピソードを、その作品を初めて見たときの「足下から寒気が突き上げてきたあの感じ」と共に紹介している。ドガはこの彫刻により踊り子が有名になり、エトワールとなることを夢見た。第六回印象派展に出品されたこの作品は、「気色の悪い、醜い人体標本」と酷評され、買い手もつかなかった。晩年のメアリーは画商のはからいによって、ドガの死後アトリエに残されていたこの作品と再会することになる。

 「タンギー爺さん」では、語り手はゴッホによる肖像画で有名な「タンギー爺さん」の娘である。彼女がセザンヌに書く手紙という形で、多くの画家が登場する。タンギー爺さんは、画材店を開いているが、売れない貧乏画家でも絵が気に入ればどんどん絵の具を都合してやる。代金を払えない画家達は、自分の絵を代わりに爺さんの店に置いていく。そうして、ピサロ、モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、ベルナール等の「売れない」絵が爺さんの店に飾られることになる。その後爺さんが死んだときに、遺族は生活費のためにこれらの絵を競売にかけるのだが、驚くような安値でしか売れない。今ならば売り上げは天文学的数字になるのではないかと思うと、絵画の値段というのは理不尽なものだ。

 手紙の中ではセザンヌの苦しい生活が色々と語られる。幼なじみのエミール・ゾラとの確執も。セザンヌの素晴らしさを語るゴッホ、ゴーギャン、ベルナール達は、自分たちは「セザンヌの息子」だという。タンギー爺さんは、この才能ある若き画家達を早くセザンヌに紹介したくてたまらない。野心家の若い画商が爺さんに尋ねる。「あなたが、今後、いちばん伸びると目星をつけている画家は、どの画家ですか」爺さんはセザンヌのリンゴの絵を持ってきて言う。「この画家はポール・セザンヌといいます。わしは無数の画家たちの絵を見てきたが、この画家は、誰にも似ていない。ほんとうに特別なんです。いつか必ず、世間に認められる日がくる。世間が彼に追いつく日が」

 ジヴェルニーでのモネとの日々を語るのは、モネが再婚したアリスの連れ子であるブランシュだ。モネの作品のモデルにもなっているが、なによりもブランシュはモネと初めて会った11歳の時から、彼の助手を務めている。外へ絵を描きに出かけるとき、彼女は手押し車に絵の具やイーゼルを積んでお供する。画家が絵を描いている背中を見守っているのが、この上なく好きなのだ。結局彼女は、モネの先妻の息子と結婚するが、母と夫が亡くなった後ジヴェルニーのモネの元へ戻り晩年の大作「睡蓮装飾画」の完成を応援する。

 『ジヴェルニーの食卓』には印象派の絵に見られる光が溢れている。そして光があれば影がある。美しい絵は、楽しく明るい精神から生まれるとは限らない。画家達の織りなす人生の光と影が、一枚の絵のように浮かびあがってくる「印象的」な作品だ。


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2012年01月30日

『真珠の耳飾りの少女』トレイシー・シュヴァリエ(白水社)

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「魅惑の少女の正体は?」

 フェルメールの「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」に出会ったのは、1981年の事だった。ようやくパリに行く切掛けをつかみ、アリアンス・フランセーズで3ヶ月間フランス語を学んでいる時だった。フェルメールの絵を見るためにオランダへ旅行し、デン・ハーグのマウリッツハウス美術館の狭い階段を上った小さな部屋にその絵はあった。一緒に行った友人は他の部屋を回っているので、誰もいないその小さな部屋で、近くの窓枠に腰掛けながら小一時間少女の目を見つめていたのを思い出す。至福の時だった。

 フェルメールのことを知ったのは、福永武彦の随筆だった。その時から、フェルメールの絵に会いたくて仕方がなかった。パリに惹かれたのはロートレアモンやシュールレアリストたちの作品のせいだが、フェルメールも一因になっている。この絵が夏に日本で公開されるらしい。待ち望んでいる人も多いことだろう。以前「モナ・リザ」が東京に来た時、見に行った妻が「画の前で立ち止まらないで下さい」という係員の案内にあきれたと言っていたが、入場制限してでも少しはのんびりと絵を見る時間があると良いのだが。

 さて、トレイシー・シュヴァリエの『真珠の耳飾りの少女』は、このモデルの少女が主人公の創作物語である。生涯30数枚の絵しか残さなかったフェルメールの生涯も謎の部分が多いが、このモデルの少女も素性は分かっていない。故に「種明かし」となっているわけではない。あくまでも作者の想像力による創作にすぎない。だが作者は知られている限りの情報を上手く使っているので、不思議な説得力がある。

 家族構成、パトロンのファン・ライフェン、友人のファン・レーウェンフック、「真珠の首飾りの女」から取り除かれた地図等、史実に沿っている。カメラ・オブスクラの使用は専門家の意見の分かれるところらしい。主人公の少女はフリートという名前でフェルメール家に女中として雇われる。だが、主人の信頼を得て、絵の材料を揃えたりアトリエの掃除を任されたりするようになる。ある日フリートは色の秘密に気づく。雲が白いと言った彼女に、フェルメールは疑問を投げかける。そしてフリートは気づく。

 「蕪には緑が混じっていて、玉葱には黄色が」
 「その通りだ。さあ、雲にはどんな色が見えるかね?」
 「少し青いところがございます」数分じっくり見てから答えた。「それから・・・・・・黄色も。緑も見えます!」

 フェルメールの作品の魅力は何といってもその美しい色だが、彼がどのようにそれらの色を生み出したか、臨場感溢れる場面が多数描かれている。その色の魔術師に惹かれていくフリートと、単なる女中とは思えないほど絵に対する鋭い勘を持つ女中に驚くフェルメール。「牛乳を注ぐ女」のモデルとなったもう一人の女中のタンネケ、フェルメールの妻のカタリーナ、その母のマーリア・ティンス、様々な子どもたち等、登場人物は多く、彼らとフリートとの関係も面白いが、やはり絵の誕生を巡る部分が秀逸である。

 余計な知識を入れずに絵を見ることは楽しいが、この作品は決して「余計」にはならないだろう。むしろフェルメールの世界への想像の翼を広げてくれる。手元に画集を置きながらこの作品を読み、少女との夏の出会いを待つのも一興であるに違いない。


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