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2014年03月30日

『カノン』中原清一郎(河出書房新社)

カノン →紀伊國屋ウェブストアで購入

「「こころ」はどこにあるのか」

 『カノン』、美しい響きだ。主人公である北斗=歌音の名前だが、やはり音楽の一形式である「カノン」を思い出してしまう。ある旋律を追唱していく一種の輪唱で、異なる音で始まるものもある。とここまで書き始めて、パリ市内で行われた小さなコンサートに行くと、何と第一曲目が「パッヘルベルのカノン」だった。不思議なことがあるものだ。「共時性」とでも言ったら良いのか。

 末期癌の寒河江北斗は58歳の男性。記憶を失っていき、死に至るジンガメル症候群の氷坂カノンは32歳の女性。この二人の脳間海馬移植が発端となる近未来小説である。とはいえこの作品はSFの類いでは無い。人の「こころ」と「からだ」とは一体どのようなつながりがあるのか。「こころ」は脳にあるのかそれとも体全体と関係しているのか。ある「からだ」に別の「こころ」が移植された場合、折り合いはつくのか。このような問題が顕現する。
 
 カノンは息子の達也のために移植手術を希望する。成功するとカノンの意識は末期癌の北斗の体に入り、カノンの体には北斗の意識、つまり58歳の男性が入り込むことになる。カノンは自分の体を息子に残してやれる。だが、彼女の「こころ」は消えるはずだ。それは息子にとって、また夫の拓郎にとって良い事なのか。北斗は手術の後はカノンとして暮らすことになるから、今までの家族や友人とは会うことはできない。カノンの家族や友人、仕事等をそのまま受け継ぐことになる。
 
 一見荒唐無稽の話のように見えるが、果たしてそうだろうか。ヒトゲノムの解読は既に行われ、クローンに関する話題も豊富だ。世間を賑わしているSTAP細胞を含め、現実は我々の想像を遙かに超えたスピードで進んでいるのではないのか。人のクローン実験は禁じられているはずだが、本当に誰もやっていないと自信を持って言える人はいるのだろうか。カズオ・イシグロが『私を離さないで』で描いた恐ろしい世界は、すぐそこに見えている気がする。
  
 手術は成功し、北斗はカノンになり「奇妙なリハビリ」が始まる。心身共にカノンになるための訓練だ。その後家庭と職場へ戻り、様々な軋轢や葛藤が生まれる。達也との関係、拓郎との関係、職場の同僚達との関係。58歳の北斗が32歳のカノンに「成りすます」事は簡単ではない。だが、北斗=カノンは一つ一つ壁を乗り越えていく。最大の危機の時には、何と「カノン」が現れて助けてくれる。「こころ」とは何であるかについての問題提起である。
 
 カノンは多くの人の助け(特に脳間移植コーディネーターの黒沢の果たす役割は大きく、彼の真の姿も説得力がある)を得て「カノン」になる。それは手術前の氷坂カノンでもなく、寒河江北斗でもなく、二人のミックスでもない。新たな「カノン」なのだ。
 
 これは単なる再生の物語ではない。物理的な「ひと」の姿が明らかになればなるほど、精神的な「ひと」の姿は曖昧になってくる。私たちはそういう時代に生きているのではないのか。「こころ」を持つ「ひと」の姿を見失ってからでは、取り返しがつかない。だからこそ、今私たちは「こころ」について考え、「ひと」の原点に戻るべきであることを、中原清一郎(外岡秀俊)は『カノン』を通じて問いかけているようだ。


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2014年02月28日

『夏の流れ 丸山健二初期短編集』丸山健二(講談社文芸文庫)

夏の流れ 丸山健二初期短編集 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「日常と非日常の狭間」

 ホッとしてしまう。何故だろう。世代の近い作家だからだろうか。いや、そんなことではないはずだ。自分では気づかないうちに、その頃の文学の流れにゆったりと浸かって心地よかった時を反芻しているのだろうか。しかし、若い時は本を読むことが常に「心地よかった」訳ではない。新しい作家が世に出る度に、戦うような気持ちで読んでいたのだから。加えて、丸山健二は文壇の主流を歩いてきた作家ではない。内容が予定調和的なものでもない。

 丸山の初期作品集『夏の流れ』の解説において、茂木健一郎は丸山の作品はジェームズ・ジョイスの『ダブリン市民』に通じるものがあると言う。特に人はいかに生きるかという倫理的感覚において。一理あるとは思うが、丸山の作品には『ダブリン市民』に溢れる倦怠感や諦念はあまり見られない。確かに主人公たちはある種の「閉鎖状況」に置かれているが、そこから永遠に出ることのできない諦念よりも、いつか何かが起こりその閉鎖状況は崩壊するのではないかという「予感」の方が重要だ。

 表題作となっている芥川賞を受賞した『夏の流れ』の主人公の佐々木は、死刑囚を担当する看守だ。良く釣りに一緒に行く親しい同僚の堀部、新人の中川、新たに入った凶暴な死刑囚を中心に話は進む。それと並行して、2人の子供と3人目を妊娠している佐々木の妻がいる家庭の様子が描かれる。つまり、非日常的世界と日常的世界が同時に存在している。だが、佐々木にとっては死刑囚も死刑執行も日常的世界に過ぎない。

 中川にとっては、非日常的世界が日常的世界に変わらない。死刑囚に暴行を受け、その翌日その死刑囚の執行を担当させられるのだが、それを受け入れられなく、佐々木に仕事を辞めると言う。堀部が執行担当の役割を変わってやるが、やはり中川は辞めてしまう。佐々木達も自分達の「日常」が日常である事を納得するために、誰かがやらなくてはいけないとか、死刑囚は人を殺したのだとかいうことを考える。他者による死が「非日常」であるとすると、佐々木達は自己の「日常」を獲得するために、他者にとっての「非日常」を作り出すという矛盾の中で生活している。

 酔って佐々木の家へ来て仕事を辞めると大声で叫ぶ中川に、コップに水をくんで飲ませ、何とかなだめすかして送り出した後の表現は腑に落ちる。「妻は玄関の鍵を掛けた。私は部屋に戻り、中川の飲んだコップを台所に持って行き、蛇口の下に置いて強く水を流した。」蛇口を強くひねる佐々木の動作に、やりきれない焦燥感、何処に向けて良いか分からない怒りが見事に表されている。

 雨の中嫌がる囚人の死刑執行を終えた瞬間、佐々木は囚人の足下に突然空いた穴を覗き込むが「暗くて何も見えない」この暗闇に潜むのは死に神か、それとも生と死の境目に住む魔か。以前新聞に何度も死刑を執行したことのある刑務官のインタビューが載っていた。彼はその「仕事」による特別手当を家に持って帰ることはなかった。その日はその金をすべて飲み尽くすまで酒場をはしごするのが習慣だったそうだ。

 佐々木は処刑の翌日の特別休暇に、家族を連れて海に行く。「おなかの赤ちゃんが動いたの」と言う妻に向かって彼は「子供たちが大きくなって、俺の職業知ったらどう思うかな?」と呟く。カミュの『ペスト』でタルーという、作者の分身的存在が描かれる。父親が死刑を命じる立場であることを知り、タルーはそういった世界から一番遠いところを探して旅をしている。彼が見つけた「聖人」は、一日中食事のための豆の数を数えている老人だった。つまり死刑を執行する社会と最も関わりの薄い存在である。裏を返せば、私達は全てが死刑執行人である。『異邦人』のムルソーの結論もそうだった。

 日常は繰り返すであろうし、繰り返しこそが日常でもあろう。だが、その中で「日常」や「社会」の本質を探る試みは、答えが出ないか、出てもどうにもならない現実を自覚するかだ。それでも、そこからどのように進んでいくかが、私達一人一人に問われている根源的問いであるに違いない。丸山健二の作品は、その問いを私達に鋭く突きつけている。


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2014年01月31日

『母』三浦綾子(角川文庫)

母 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「無償で無限な母の愛」

 以前、なぜか小林多喜二の『蟹工船』がブームとなったことがあった。格差社会が広がり、生活保護を求める人が増え、低所得者にとって辛い世の中になったことが原因であるとの分析も見られた。授業で扱ったこともあり、多喜二の作品は大体読んでいたが、多喜二の母の視点から語られる、三浦綾子の『母』は新鮮だった。多喜二の母セキは秋田から北海道に渡ってきたが、私の母方の祖父母も秋田からの入植者であった。

 セキは幼い時に近所の駐在所のおまわりさんに可愛がってもらった思い出があり、おまわりさんは優しい人だと思っていた。13歳で小林末松の所に嫁に入る。かつては裕福な家であったが、数年前に没落していた。その後義兄の慶義が小樽でパン屋として成功していたので、彼を頼って小樽に渡る。小さなパン屋を始めて、貧乏ながらも落ち着いた生活となる。

 築港の工事もあり、近所にタコ部屋があった。時々棒頭に折檻されるタコの声が響いてくる。警察に連絡しようとするセキだが、末松は「無駄だべ」という。幼い時の優しい駐在さんの思い出があるセキは、納得できない。「わだしは、警察は殴られてるもんを助けるもんだと思ってた。いじめられてるもんを、助け出してくれるもんだと思ってた。」一度は夜に逃げてきたタコを匿い、翌日パンと金を渡して逃がしてやった。働き者で人が好きなセキは、心優しい人である。

 そのせいか、子どもたちも優しい。弟の三吾がバイオリンに非凡な才能を見せたが、末松にはバイオリンを買うことができない。多喜二は弟のために、初任給でバイオリンを購入し、音楽の先生まで探してくる。三吾が練習する音を聞きながら、多喜二は小説を書いていた。
 多喜二の通っていた潮見台小学校は、貧乏な子が多く「オンボロ小学校」と呼ばれていた。合同運動会の時に、ここの生徒だけは運動服も校旗も校章もなかった。他の子供たちから「潮見学校、貧乏学校、運動服ないとてべそかいたーっ」と囃し立てられる。仕事があって見に行けなかったセキは、多喜二達が喜んで運動会に行っていると思っていた。だがそれは涙が出るほど辛いものだった。それでも愚痴を言わない多喜二が憐れで仕方がないセキである。
 腐ったリンゴしか買えない女性に対する哀れみの感情を妹のツギが口にしたとき、優しい心だけでは解決にならないと多喜二は言う。「だからね、母さん、貧乏人のいない世の中ばつくりたいと、心の底から思って、おれは小説を書いている。」この多喜二が殺されるのがセキには納得がいかない。「そんな考えがお上から見たら、どうして悪い考えだったんだべか。あんなひどい殺され方をしなければなんないほど、そんなに多喜二の考えは悪い考えだったんだべか。」

 セキは至る所で多喜二の優しかったことを語る。だが、語っているセキも優しい人なのだ。苦界に身を落としながらも、勉強したいというタミちゃんを、友人から借金までして救った多喜二を全面的に受け入れるセキ。タミの心根の優しさを心から愛するセキ。多喜二が何をしようと、多喜二がするのだから正しいことだと心から信じ応援するセキ。母の愛というものは、無償で無限であると心底分からせてくれる。もちろんそれは盲目の愛かもしれない。しかし、目を瞑ることほど恐ろしいことはないのだ。完璧の信頼がない限りは。

 周知のように三浦綾子とキリスト教の結びつきは深いものだし、セキも晩年は近藤牧師のおかげでキリスト教に触れ、安息を得ていく。だが、三浦はこの作品でキリスト教を描いたのではない。セキの想いを通して「母」という存在を描き、貧乏で無学な「母」がいかにこの世の真実を察知していて、何が大切かということを教えてくれるという事実を描いているのである。

 「わだしが思うに、右翼にしろ、共産党にしろ、キリスト教にしろ、心の根っこのところは優しいんだよね。誰だって、隣の人とは仲よくつき合っていきたいんだよね。うまいぼた餅つくったら、つい近所に配りたくなるもんね。むずかしいことはわからんども、それが人間だとわだしは思う。」


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2013年10月13日

『ロスト・トレイン』中村弦(新潮文庫)

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「幻の廃線跡を走る汽車」

 中村弦の『ロスト・トレイン』を読み終えた時、宮崎駿の引退が悔やまれた。まだ「風立ちぬ」は観ていないが、宮崎は種々の作品で、人と自然との関わり方について、問題を提起してきた。『ロスト・トレイン』も現代文明と自然とのあり方を私たちに考えさせてくれるし、何よりも「向こう側」の汽車の映像は、アニメーションにこそ相応しいと思えてならないのだ。   主人公の牧村は、幼い時に暮らしていた街の面影を追いかけ、次に廃墟を訪れ始める。最終的には鉄道の廃線跡に興味を持ち、時間ができると廃線跡を歩いている。そんな時、年季の入った鉄道ファンである平間と出会い、鉄道や廃線について色々と教えてもらう。平間は一つの伝説を語る。「日本のどこかにまだ誰にも知られていない、まぼろしの廃線跡がある。それを見つけて始発駅から終着駅までたどれば、ある奇跡が起こる。」

 ある日平間は忽然と姿を消してしまい、牧村は平間を捜し回る。その途中で知り合った倉本菜月と共に、平間の痕跡を追い求める。鉄道に関する知識が至る所にちりばめられていて、鉄道ファンのいわゆる「テツ」にとっては、たまらない作品であろう。私自身は鉄道にそれほどの思い入れはないが、それでも小さい時にトンネルに入る前に窓を閉め忘れてワイシャツに煤が着いてしまったり、通路に新聞を敷いて座ったり、蒸気機関車に乗って学校に通ったりした記憶は懐かしい。

 平間の足跡を探し求める内に、牧村たちは平間が伝説の廃線跡を発見し、「奇跡」を見に行ったに違いないと確信する。やがて彼等も東北地方にあるその幻の廃線跡を発見し、歩き始める。そこで「向こう側」の汽車と出会い、終着駅では「奇跡」を目撃し、彼等もその汽車に乗り込んでしまう。終点まで乗ると、向こう側に行ってしまい帰って来られなくなるが、手前の駅で降りるとこちら側に戻ってこられるという、究極の選択に迫られる。

 「奇跡」とは何であり、彼等の選択が何であったかは、書かないのがマナーであろう。東北地方の片田舎を走るこの幻の汽車は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を連想させる。だが賢治の作品の汽車は「死者を運ぶ」ものである。それ故にカンパネルラは降りることができずに、ジョバンニは降りてしまうのだ。だが『ロスト・トレイン』は死者を運ぶ汽車ではないようだ。平間は確かにこの列車に乗っているのだが、悲しい様子は見られない。廃線跡のトンネルでこの汽車とすれ違う時、牧村は平間と話をする。平間によると「向こう側」の世界は一種のパラレルワールドであり、彼はこちら側の現実に何か違和感を感じていて「自分がほんとうの自分でいられる場所が、どこか遠くにあるような気がして、そこへ行くことができたらと無意識のうちに望んでいた」そうである。つまり平間は今幸せなのである。それ故に牧村や倉本の選択は難しくなる。

 登場人物の心境描写に浅い面があり、最終決断のシーンも少々安易に見えるが、資料を駆使した臨場感のある構成は楽しいし、ジブリの森を散策するような廃線歩きも五感に訴えてくるものがある。秋の夜長に、本書で旅を楽しんでみるのも悪くない。


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2013年08月31日

『紅梅』津村節子(文春文庫)

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「作家夫婦の愛と苦悩」

 高校一年生の時に、人生を変える本に出会った。ボーヴォワールの『人は全て死す』だ。不老不死を得た主人公が絶望的な不幸に陥っていく作品だが、衝撃的だった。限られた命しか持たない我々は、少しでも長く生きたいと思う事が多い。私も例に漏れず、小学生の頃から死を漠然と意識し、その恐怖から逃れる方法を生命の延長に求めていた。しかし、この作品は、人にとって大切なのは命の長さではなく質であることを教えてくれた。

 とは言え、それでも人の死は悲しい。特にそれが長年連れ添った伴侶の死であると、なおさらだ。二人同時に旅立つことができれば良いのかもしれないが、事故や特殊な伝染病でも無い限り、それは難しい。自身も作家である津村節子は夫である作家吉村昭の死を、『紅梅』という私小説的作品で表現した。

 夫婦共に芸術家であるというのは、私たちには想像のつかない苦労があるだろう。それ故にこそ津村節子は『智恵子飛ぶ』を著したのに違いない。智恵子は画家であったが、光太郎の芸術を応援するために、芸術家としての自分を諦めざるを得なかった。そんな苦しみがよく分かるからこそ、深い作品となっている。彼女自身も作家と妻という二つの存在の間で常に揺れ動いていたからこそ、智恵子の心の襞を捉えることができたのである。

 『紅梅』は主人公である育子の夫が舌癌の診断を受け、治療を受けるところから始まる。複雑な手術を避け、放射線治療で良くなると言われ、辛い治療を受ける。育子は自身も著名な作家である故、何かと仕事で出かけなくてはいけない。夫の面倒をできる限り見たいと思うが、夫は育子の仕事を案じ、病院に来るなと言う。他人に迷惑をかけないがために、夫は自己の癌を身近な人にすら徹底的に隠そうとする。お互いがお互いを思いやるからこそ、微妙なすれ違いも起こる。

 折に触れ、昔の思い出が描かれる。売れる前に同人雑誌に長い間作品を書いていたこと、生活のために北海道まで行ってメリヤス製品を売ったこと、姉夫婦から離婚を勧められたこと。育子は覚えていないが、その時に「あの人はひょっとすると、ひょっとするかもしれない。こんな苦労をさせられたんだから、今別れたら損をする」と言ったと、姉から教えられる。功利的な発言では無く、夫を信じている妻の愛が言わせたことだろう。

 治療が上手くいかず、数度の入院や手術の際も、夫は常に仕事のことを考え、痛みに耐えながらも書き続ける。徹底した現地調査と資料収集の様子も、思い出として描かれている。吉村昭の作品が臨場感を持つ所以である。二人で旅行する機会などは殆ど無いが、夫の取材旅行に偶然同行できた時の育子の喜びが伝わってくる。

 「夫の痛みと育子の肩凝りは正比例する。」夫を思う気持ちが、体にも影響する。夫は死が近いのを自覚し、遺言をしたため、細かな指示を与える。死を目前とした日記に「書斎に残してきた短編に加筆できないのが気がかり。」とある。夫が自宅で安らかな最後を迎えるために、育子は全身全霊で看護をする。記憶が無いのだが、最後の瞬間に育子は「あなたは、世界で最高の作家よ!」と叫んだと娘から教えられる。

 「育子が夫の背中をさすっている時に、残る力をしぼって軀を半回転させたのは、育子を拒否したのだ、と思う。情の薄い妻に絶望して死んだのである。育子はこの責めを、死ぬまで背負ってゆくのだ。」

 果たして育子は「情の薄い妻」であろうか。そうは思えない。作家と妻という二足のわらじを懸命に履き続けるのは、妻の望みだけでは無く、夫の希望でもあるのだ。仕事よりも夫を優先することを夫自身が望まないという環境にありながら、育子=節子は最大限の愛情を注ぎ続ける。お互いに作家であり、夫婦である津村と吉村の、人生に対する真摯な態度が結晶した、心打たれる作品である。


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2013年07月27日

『ホテルローヤル』桜木紫乃(集英社)

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「登場人物の同伴者としての作家」

 石川啄木は「石もて追われ」た故郷であっても、やはり懐かしくてたまらなく、故郷の方言を聞くために上野駅に行ったことを詠んでいるが、「ふるさと」とは誰にとっても多かれ少なかれ重要な場所であるに違いない。そんな故郷から吉報が届くと、興味を持たずにはいられない。

 桜木紫乃は北海道出身の作家で、先日『ホテルローヤル』で直木賞を受けた。地元では売り切れでなかなか入手しにくくなっているようだが、読む機会を得た。一読して感じたのは、その割合安定した文体だ。少々分かりにくい暗喩が出てくるが、それ以外は安心して読むことができた。また、7つの短編の内容が、工夫を凝らされて繋がっている。全てを読んで初めて「ホテルローヤル」の輪郭が明確になってくる。

 「ホテルローヤル」は釧路湿原を見渡せる場所にあるラブホテルだ。このホテルを舞台として、様々な人々の人生が交錯する。ホテルが擬人化されているわけではないし、語り手となっているわけでもないのだが、作品を読み進むうちにこのホテルの存在が見知らぬ生き物のように熱を帯びてくる。この存在感は「ホテルローヤル」が単なる想像上の産物ではなく、作者の実家がラブホテルであったことが大きく影響しているだろう。

 最初の短編では、廃墟と化した「ホテルローヤル」に忍び込み撮影をするカップルが描かれ、最後ではこのホテルを作り経営に全てをかけようとする田中大吉と愛人のるり子が登場している。つまり、最初の作品から最後まで徐々に時間を遡った世界が描かれているのだ。それぞれの短編のラストでは、かすかな希望や不安が表現されているが、全編を貫くトーンは「哀感」と言えるだろう。せつないのだ。

 貧乏寺の経営を助けるために、先代から引き継がれた密約を遵守しようとする大黒の恐れと期待。両親の残したラブホテルを整理し、新たな人生に向かおうとする雅代。余裕のない生活の中で、ふとしたきっかけで夫とラブホテルに行き、そこに潤いを見つける恵。親に捨てられた教え子まりあとの偶然の道行きから、最終的に不可逆的な旅へと向かう高校教師の野島。苦しい生活をものともせずに働き続け、ひたすら我が子を信じる、ホテル清掃員のミコ。

 どこにいてもおかしくないような人々なのだが、桜木は彼らを冷徹な分析者の目で見るのではなく、まるで同伴者のようにそっと寄り添っている。自分にとって大切な人々のように、優しい親近感を顕現させている。そこにこの作品の個性があり、命がある。かつて遠藤周作は『沈黙』において、万能の父性神ではなく、無力ではあるが常に側にいてくれる同伴者としてのイエスを描いた。この同伴者としての作家の意識が感じられるために『ホテルローヤル』は哀感に満ちた、側に置いておきたい、読者との距離感の近い作品となっている。


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2013年06月30日

『漱石の長襦袢』半藤末利子(文春文庫)

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「人間漱石を知ることのできる一冊」

 調べたことはないが、書いた作品数に比べて、書かれた評論やエッセイ等が非常に多いのが、夏目漱石の一つの特色ではないだろうか。研究書は無数に出版されているし、エッセイ等も弟子達のみならず家族の側からも書かれている。かつては漱石の妻の鏡子が「ソクラテスの妻」であったという定説があったが、それは弟子達によって作られた偏った像であって、実際にはかなり違ったものであるようだというのも、家族等の証言によって明らかになっている。

 漱石の長女の筆子は漱石門下の作家松岡譲と結婚している。彼等の間に生まれたのが『漱石の長襦袢』の著者である、半藤末利子だ。夫は著名な昭和史研究家の半藤一利。末利子は漱石を直接知らないものの、鏡子のことは良く知っている。また母の筆子や中根家(鏡子の実家)の人々から聞いた話も色々と披露してくれる。

 トルストイだか誰だったか忘れたが、一流の作家であっても、常に作品のことを考えているわけではなく、一日の殆どは、今日の晩飯は何だろうかとか、また胃が痛くなりそうだとか、昨日の新聞はどこへやったか等といった、些細なことを考えていると言ったというのをどこかで読んだ記憶がある。漱石とても、一人の人間である以上、雑念から逃れられていたわけではないだろうし、それこそが作家を造り上げていった要素であるかも知れない。

 漱石に精神的に不安定な時期があったことはよく知られているし、その時に子供達に対して理不尽な態度を取ったことも多かった。だが筆子から直接聞いた末利子の話は説得力がある。筆子も「些細なことでムシャクシャする漱石にこづかれたりぶたれたり」したようだが、それよりももっと可愛そうだったのは、漱石が英国留学中に生まれた恒子だった。「何かにつけて漱石は恒子を目の敵にし、ある時はごみを捨てるようにポイッと庭に赤ん坊を放り投げることもあったという」のだから、凄まじいものである。

 漱石の死後、松岡譲は漱石山房を公的な遺産として残すために奔走する。今から考えると、至極当然な処置に思える。だが、弟子の中では末席に位置する松岡が筆子と結婚したのだから、高弟たちは彼の意見に聞く耳持たなかったようだ。鏡子は賛成したのだが、結局弟子たちは首を縦に振ることは無かった。それ故に、日本を代表する作家である夏目漱石の記念館は存在しない。漱石生誕150年にあたる平成29年に向けて「漱石山房」記念館計画が新宿区主導で進んでいるのは、何と今現在なのである。

 有名な「修善寺の大患」の裏話も興味深い。漱石が滞在していた菊屋の大女将の証言である。当時おせんという女中が漱石の担当で、一部始終を目撃していた。「五百グラムの血を浴びせかけ」られた鏡子は「あわてず騒がず冷静そのもの」で、種々の手配をする。そして「病人には勿論のこと、客達にも心から優しく接し」た。大女将は言う「さすが明治の女性は見事で、修善寺では奥様の悪口を言う者は一人もおりません」病人や弱者には優しい鏡子の一面が理解できる。
 
 他にも、切れ味の良い、珠玉のエッセイが沢山詰まっている。漱石フアンにはこたえられないであろうし、人間漱石を知る上でも非常に役に立つ。漱石を神格化するのは簡単だが、神様の書いたものがこれほど長い間皆に愛され読まれるとは思えない。末利子の次の一言が、漱石文学の神髄を見事に言い当てている。「女房と大喧嘩し、病気とはいえ、女房や子供に対して狂気の沙汰を演じ、強情を張り通し、悩み、苦しみ、度重なる病と闘い、でも権力には決して屈しない、欠点の多い人間の書いた、血の通った小説」


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2013年04月30日

『神の手』久坂部羊(幻冬舎文庫)

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「安楽死は必要か?」

 安楽死を見届けた人を二人知っている。一人はご主人の、もう一人は友人の安楽死を経験していた。もちろん合法化されているオランダでの出来事だ。それを話してくれた二人の表情に曇りはなかった。家族や友人を招いて、楽しい食事をし、好きな音楽をかけて、皆に囲まれて旅立つ。ある意味理想の死に方かも知れない。しかし、全てがそのようなケースとは言えないだろう。家族の意見が割れたり、本人の意思の確認が難しかったり、種々の状況が考えられる。

 久坂部羊の『神の手』は、安楽死法制定をめぐる物語である。医療問題を扱う作品はフィクション、ノンフィクションを問わず多いが、この作品は作者が現役の医師であり、しかも老人医療や終末期患者の専門家であるので、非常に臨場感に満ちている。フィクションでありながらも、現実を見事に反映している部分が多い。

 主人公は白川という外科医で、21歳の末期癌患者、古林章太郎の見るに見かねる苦痛と、忙しくて殆ど来られない母の代わりにずっと付き添っていた叔母のたっての頼みのせいで、章太郎を安楽死させる。ここから全てが始まる。医師、政界、官界、ジャーナリスト、メディア等が安楽死法推進派と反対派に分かれて、権謀術数の限りを尽くす。推進派は、医師会を解体し、新たな組織を作り、政界に働きかけて、法案を通そうとする。その陰には、政界の長老が存在し、彼を動かしているのは「センセイ」と呼ばれる謎の人物。

 このように書くと、いかにも典型的なエンターテインメント小説のように見えるが、そうではない。もちろん、「センセイ」の正体は最後までなかなか分からないし、後半における事態の展開の早さには、推理、サスペンスの要素も見られるが、白眉は主人公の設定方法だ。白川は、安楽死が必要な場合があると言うことは認識している。だが、簡単に安楽死法の成立に賛成できない部分もある。逆に阻止派からも接触を受ける。何はともあれ、安楽死を実施した医師だからだ。

 白川は迷う。章太郎を安楽死させた判断は決して間違っていないと信じながらも、阻止派から心の底では厄介払いという意識がなかったかと責められ、真摯に自己と向き合うと、その疑念を払拭できない。家族の判断も絶対とは言えない。「安楽死を考えるとき、この遺族の気持のぶれがもっとも厄介な問題だ。患者が苦しんでいるときには、見るに堪えないから早く楽にしてくれと懇願し、患者が死ぬと、あれで良かったのかと悩みだす。安楽死を求めるならあとで悔やまない。後悔するなら安楽死は求めない。どちらかにしてほしい。」現実そのものではないか。

 白川は活躍する「主人公」ではない。時として殆ど忘れられていることもある。だが、常に安楽死に対して全身全霊で考える姿勢を崩さない。この白川の姿勢は、作者の考えそのものではないだろうか。安楽死は必要な場合がある。しかし、それを安易に考えてはいけない。行政も医師も家族も、決してそれを利用してはいけない。そのためにはどうすれば良いのか。安楽死にまつわる根本の問題を、白川は考え続ける。

 「子どもを苦しませるのもいや、死なせるのはもっといや」ここで思考停止し、当てのない治療を続けるのは親のエゴか。「この国を律しているのは、正義でも理念でも経済でもない。ただの”空気”だ。古くは戦前の軍国主義から、最近の自己責任論やグローバリズムまで、日本を動かしてきたのは、常に社会を覆う”空気”だ。」KYなどという言葉が流行る国だから、言い得て妙だ。白川と久坂部が我々に突きつける課題は重いが、一刻を争う問題でもある。


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2013年04月27日

『天安門』リービ英雄(講談社文芸文庫)

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「「かれ」は何者なのか?」

 リービ英雄はアメリカ人だが、長年日本に住んで日本語で作品を書いていることは知っていた。だが、彼が少年期に台湾に住んでいたことは知らなかった。『天安門』は5つの短編が載っている作品集だ。私小説的作品が多いが、種々の意味で非常に興味深い。アメリカ国籍を持ち、今は日本に住んでいる「かれ」が、中国を訪れる。少年期を過ごした台湾にとって「大陸」は特別な存在だ。「かれ」の意識は、アメリカ、日本、台湾、中国を彷徨い出す。

 「越境」という言葉で語られることの多い作者だが、越える境は国や言葉だけではないだろう。「かれ」と自己の境、過去と現在の境、事実と虚構の境、エッセイと小説の境、数々の境をリービ英雄は越えていくようだ。

 「天安門」で台湾時代の回想が描かれる。後ほど父が再婚することになる女性との出会い。紹介された瞬間に「かれ」は、お母さんはどこにいるのかと気になる。その後母を探しに行き、母の寝室の「フスマにノックしようと」するのだが「先に黒髪の女と握手をさせられた指がフスマに当たる直前に、かれがその手をひいて」しまう。これは事実だろうか。大きくなった「かれ」が母に対する罪悪感により作り出した偽の記憶ではないのか。だがそれも一つの「真実」ではあるだろう。事実は一つしかないが、真実はいくらでもあるのだから。

 「光復大陸」、大陸を回復せよ、と聞いて育った「かれ」が大陸へ行き、毛沢東の遺体を見る。父の所に来ていた老将軍達を島に追いやった毛主席。老人達が焦がれていた大陸を我が物にした男。「光復大陸!」の30年後にやっと到達した大陸の象徴。見物人の流れを滞らせて「かれ」は「マオ」と叫ぶ。「責めているとも、乞うているともつかない、英語にも北京語にもなっていない、単なる名前を叫びだした。」「かれ」の半生の凝縮である。

 「満州エクスプレス」では「安部先生」の遺族と、安部先生がかつて満州で暮らした家を探す旅が描かれる。かつて安部先生の芝居の翻訳を手伝ったのが縁である。もちろん安部先生は、安部公房のことである。安部先生の弟が、かつて住んでいた家を発見した後、遺族は日本へ戻る。しかし、「かれ」はカメラマンと共に『終わりし道の標べに』の冒頭に現れる「まがりくねった粘土塀」を探しに行く。不機嫌な運転手をなだめすかしながら探し回り、最後にはその風景と出会う。『赤い繭』の文章をちりばめながらの旅は、安部公房フアンには、作家の原点を視覚的に捉えることのできる、貴重な体験となっている。

 「ヘンリーたけしレウィツキーの夏の紀行」では、作者同様ユダヤ人の血が流れているヘンリーが、大陸の西方で、一千年前にユダヤ人が住み着き中国人と化してしまった話を聞く。その痕跡を見つけたいと、古い都を訪れる。方々で尋ね歩き、最終的に「シナゴグの井戸」の跡と出会う。周りは中国語を話している台湾で宣教師の授業を英語で受け、日本では「がいじん」と囃し立てられ、中国人になったユダヤ人の存在を知る。ヘンリーは日本語で思う。「がいじんが、がいじんではなく、なった。」だがヘンリーは最後に子供から「What’s your name?」と聞かれ、「答えよう、と一瞬思った。が、喉から何のことばもでなかった。」何か明確なものになりたいという、切ないまでの想いが伝わってくる。

 「自分探しの旅」と言葉でいうのは簡単だ。だが、実際はそれほど簡単なものではない。国際的と言うと聞こえは良いかも知れない。だが無国籍というとどうだろうか。いくつかの国の中で揺れている場合はどうか。中国語、日本語、英語が錯綜するリービ英雄の『天安門』は、ITの発達によりある意味「国境」という概念が薄れていき、新たな世界の誕生を予感させる今世紀にふさわしい一冊である。


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2013年01月30日

『右岸』辻仁成(集英社文庫)

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「「右岸」と「左岸」はどこで交わるのか」

 辻仁成は器用な作家である。ミュージシャンであり、詩人であり、作家であり、映画監督でもある。しかし、我々はそういったカテゴリーから人を判断するために、ずいぶん「器用」な人だと思ってしまうのではないか。本人にしてみたら、見る方向が違い、ただ何かを表現したい時に、それに合った形を取っているだけで、「器用」と呼ばれる事は心外かも知れない。何にしろ言えることは、彼の小説は「読ませて」くれるということだ。先を読みたいと思わせる力がある。

 『右岸』は江國香織の『左岸』と対になった作品だ。前者は祖父江九の半生を、後者は寺内茉莉のそれを描いている。九は心優しいヤクザ者とその愛人との間にできた子だが、茉莉とその兄の惣一郎と仲が良い。九はある日テレビで外国人の超能力者がスプーンを曲げているのを見て真似すると、見事にできてしまう。超能力少年の誕生である。

 もちろん、少々年配の方ならば、この超能力者がユリ・ゲラーであり、スプーン曲げでは、当時清田君という少年が話題になったことを思い出すだろう。辻のファンであるならば、「辻仁成のオールナイトニッポン」というラジオ番組に、清田君がゲストで出演したことがあることも知っているかもしれない。そういった知識があると、余計に先の展開が気になってくる。

 九が10歳の時に、惣一郎は縊死する。この瞬間から九の人生は大きく動いていく。惣一郎とは夢の中で対談できる。テレビ出演の時は失敗したスプーン曲げも、惣一郎の事件後、能力が強くなる。その後、両親との逃亡、父の死、茉莉との齟齬、母との確執等を経て、世界中を旅することとなる。

 しばらくパリで暮らすこととなるが、作者がパリ在住なので、面白い人物たちも登場する。九が出会う、ソムリエ志望で後に三つ星レストランのカヴィストになる林田秀樹は、トゥール・ダルジャンのカヴィストH氏が、一流デザイナーとなる中川竜二は、かつてウンガロの片腕であり、今は独立しているデザイナーのN氏がモデルであろう。こういった「遊び」も楽しい。

 パリで幸せな結婚をしたが、惨事に見舞われ、一時記憶を喪失し、超能力が増し、さらに数奇な運命をたどることとなる。その間茉莉の人生はほとんど分からない。時々九の人生と交差するだけだ。しかし、九は茉莉のことをいつも忘れてはいない。そして九の人生の最終段階において、茉莉との静謐な時間が訪れる。

 これは恋愛小説なのだろうか。ある意味そうとも言える。しかし、それは男女間の愛だけではない。もっと広範囲な恋愛だろう。人類に対する愛、宇宙に対する愛、存在しているありとあらゆるものに対する愛の問題や、心の問題が描かれている。我々と物質との間の愛でもありそうだ。辻は変に問題を抽象化しない。日常的な、あまりにも日常的な要素で作品を組み立てている。スプーン曲げも、念力も、空中浮遊も「日常」の出来事に過ぎなくなる。そして、戻ってくる場所は、人の優しさであり、信頼関係であるという、いかにもシンプルなものだ。それこそが、永遠の事実であり真実であるのかも知れない。

 それにしても、この作品が面白ければ、どうしても『左岸』を読みたくなるし、『左岸』もまた、作家の人となりが上手くいかされた「読ませる」作品となっている。


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2012年12月29日

『文学 2012』日本文藝家協会(講談社)

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「2011年を考えるための1冊」

 年の瀬も押し詰まると、誰しも一年を振り返る事が多くなるだろう。『文学2012』はその一助となる。ただしここに収められているのは2011年の文芸雑誌に掲載された短編である。その意味では、振り返る一年は2012年ではなく、2011年つまり大震災と原発事故によって多くの人の人生が変わってしまった一年である。文学作品(しかも短編)を十数編読んだからといって、あの長かった一年の全貌を捉えられるわけではない。だが、例えレントゲン一枚でも、患部が大きければ偶然その断面を見ることができるように、これらの短編からも見えてくる姿がある。

 田中慎弥の『聖堂を描く』は、小説の取材のためにある町の聖堂を訪れた主人公が、いつまでたっても聖堂にたどり着けない姿を描いている。カフカの『城』のモチーフと似ているが、そこには主人公と現実との不思議な齟齬がある。時のずれではなく、コミュニケーションが成り立っていると思われるのにどこかが違う — 村上春樹とは違った形でのコミュニケーションギャップのような何か、が描かれている。この奇妙な違和感を持った作品が、震災前に書かれているのは興味深い。

 森内俊雄の『梨の花咲く町で』は、文章が緊密で飽きの来ない印象的な空間を作り上げている。ある雑誌に書いた文章の一場面の記憶が曖昧なので、確かめに来た主人公がいる。四国の大谷焼の里の駅に降り立ち、梨畑を見た記憶が問題の場面だ。再びこの地の駅に着いた時「空というのは、ふつう仰いでみるもので、高いところにある、と決めてかかっている。ところが、ここでは空がホームにおりてきていた。」と感じる。視覚と皮膚感覚に訴える幻想的なシーンである。記憶と時、場の関係を上手く繋いだ結末は、心地よいものとなっている。

 古井由吉の『子供の行方』では、大震災による津波の映像から終戦末期の空襲の記憶がよみがえる。実際に経験した悲惨な状況の記憶に音がない、視覚と聴覚の奇妙なずれが描かれる。恐怖の体験から逃れることはできない。しかし、いつでも、どこでも「日常」がある。その違和感に満ちた世界を「背後を見れば、ついさっきまで有ったはずのものがことごとく無くなっている。そればかりか、うかつに振り向けば、のがれてきたばかりのものに呑みこまれそうな恐怖に、追いつかれかねない。そして目の前には、劣らず不可解にも、日常がある。変わり果てた境遇でも、日常は日常である。」と表現する。世界を解釈するのではなく、ただ確認することしかできない覚めた意識がそこにある。

 木村友祐の『イサの氾濫』は直接的に大震災と結びついている。主人公は青森の八戸出身であり、東京で暮らしているが、明確な存在証明を持てないままに、暴力的で破天荒な叔父「イサ」に興味を持ち、彼について調べるために郷里に行く。八戸は「一人の死者しか」いなかったために、大した被害ではないと思う主人公は、父を含む故郷の人々の苦しみを理解できない。被害者が一人に過ぎないという意識は、死者が多かった他の地方の人々よりも被害者意識を持つべきではいという、間違った考えを導く。

 かつて、シベリヤのラーゲリから帰還した石原吉郎は、自分が広島の目撃者でなかった故に、広島についてどのような発言をすることも拒んだ。ジェノサイドという事実の受け止め方に疑問を持ったからだ。多くの人の死を統計的に捉えると、そこでは個々の悲劇が見えなくなる。「百人の死は悲劇だが、百万人の死は統計だ」と言ったアイヒマンの言葉に、石原は共感する。

 主人公の将司は、角次郎からそのたった一人の死者の「ドラマ」を聞いて、何も言えなくなる。大勢が死んだから大変だという考えは、残された人々の心を全く理解していない。遺族にとって「大勢」などは何の慰めにもならない。彼らにとっては、たった一人のかけがえのない存在こそが重要だからだ。「がんばって」という言葉の持つエゴイズムと難しさも、現地の人々の心境から見事に表現されている。2011年が生んだ珠玉の作品と言える。

 他の作品も、時代を切り取り、私たちの今を逆照射する意味において、非常に興味深い。


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『母の遺産 新聞小説』水村美苗(中央公論社)

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「Aujourd'hui, maman est morte.」

水村美苗の『母の遺産 新聞小説』は、主人公の美津紀の母が死に、入居していた老人ホームから戻ってくる金額を、姉の奈津紀と電話で話している場面から始まる。何とも即物的な会話だと感じられるが、その後亡くなった母がいかに大変な人であったかが、語られていく。「母に振り回されるうちに生きる希望が目に見えて枯れていっていた。」ほどなのである。

 美津紀はかつてフランス語を学び、姉がいる。母は重病の夫の看病をせず、愛人に夢中になる。この辺りは、作者自身の人生と重なり合う部分があり、私小説的要素があるのだが、純粋な「私小説」ではない。むしろ作者の人生と近いからこそ、興味本位で読んでいては、重要なメッセージを読み落とす可能性もある。

 この作品には2つの文学作品のモチーフが使われている。何度も繰り返し出てくるのは尾崎紅葉の『金色夜叉』であり、通奏低音のように背景を形作っているのがカミュの『異邦人』である。「Aujourd’hui, maman est morte — 今日、母が死んだ」あまりにも有名な書き出しであるが、主人公ムルソーは精神的な母殺しの罪で斬首刑となる。母を幼老院に入れ、母の遺体を見ようとせず、母の年齢を明確に言えず、遺体の前でたばこを吸い、ミルクコーヒーを飲み、次の日に海岸で女性と出会い喜劇映画を観て、部屋に連れ帰る。不条理人ムルソーは、より不条理な社会の道徳習慣によって裁かれる。

 ムルソーの直接的な罪は、知人の女出入りに関して、正当防衛(過剰防衛とも言える)の形で一人のアラブ人を射殺したことだ。国選弁護人との打ち合わせの際、ムルソーは母を愛していたと言いながら「Tous les êtres sains avaient plus ou moins souhaité la mort de ceux qu’ils aimaient.(健全な者なら誰でも、多かれ少なかれ愛する者の死を望むものだ)」と語る。この場面は『母の遺産』では登場しないが、美津紀が「初めて読んだフランス語の小説」である以上、美津紀の心の中には明確に記憶されているだろう。

 これは、美津紀の隠された自己弁護だろうか。だが美津紀はかなり献身的に母の介護をしている。時として、反発したくなる気持ちを抑えながら。しかも、夫に愛人がいる事実を発見して悩みながら。母や祖母の一生を思い起こしても、母に対する嫌悪は消えず、それどころか「ママ、一体いつになったら死んでくれるの?」と思わずにいられない。そんな母の血が自分の体に流れているのも確かなのだ。母が死に、夫と別れた後に、一人で暮らしていく経済的基盤があるかどうかを考えるのに、「母の遺産」は大きな役割を果たす。憎む母の血もその「遺産」に含まれているのであろうが。

 母の死と、夫との今後を考えるために、美津紀は一人で箱根のホテルに逗留する。そこで展開されるミステリー染みた話は、蛇足と考える人もいるかも知れない。だが、美津紀にまとわりつく自死の影を演出するための、一つのエピソードとなっていることは否めない。そして美津紀の次の言葉には、呪縛的な説得力がある。「老いて重荷になってきた時、その母親の死を願わずにいられる娘は幸福である。どんなにいい母親をもとうと、数多くの娘には、その母親の死を願う瞬間くらいは訪れるのではないか。それも、母親が老いれば老いるほど、そのような瞬間は頻繁に訪れるのではないか。しかも女たちが、年ごとに、あたかも妖怪のように長生きするようになった日本である。」娘もまた老いていきつつあることをひしひしと感じながらの、素直な告白である。


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2012年11月29日

『コルシア書店の仲間たち』須賀敦子(白水社)

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「「せつなさ」の溢れるエッセイ」

 本に関してはどうも時々天の邪鬼な癖が出る。人が良いといったのに、なかなか手に取ることができない。そして、後でとうとう読み始めた時に後悔する。何故もっと早く読まなかったのだろう、と。須賀敦子は私にとってそんな作家の一人だ。イタリア文学に詳しい友人から以前勧められたことがあるのだが、何となく出会いがなかった。須賀敦子には熱心なフアンがいると聞いたのも、一因となっている。誰かが夢中になっていると、そこに入っていけないのだ。

 『コルシア書店の仲間たち』を始めて書店で見たとき、何故か「コルシカ」書店と勘違いしてしまった。フランス人が「美ヶ島」(île de beauté)と呼ぶあのコルシカ島を舞台としたものかと思ってしまった。酷い話だ。『コルシア書店の仲間たち』は全く違う話である。戦後カトリック左派の拠点として存在した、コルシア・デイ・セルヴィ書店を舞台にしたエッセイである。

 詩人で司祭のダヴィデ、寡黙なカミッロ、作者の夫となるペッピーノ等が中心になり、カトリックの枠を越えた知的で過激な空間がそこにはあった。書店に集まる人々を描写したのが、この作品だ。そして、出てくる人々が何とも魅力的なのだ。仙女のような落ち着きを見せ、書店のパトロンでもあるツィア・テレーサは言う。「いちどでいいから、はじめからおわりまで、アイスクリームだけっていうディナーを食べてみたいわ。」

 ダヴィデは強烈な個性の持ち主(教会で「インターナショナル」を歌ったエピソードが出てくる)だが、その自信と過激さゆえに教会当局から忌避され、ミラノを追われる。悪性腫瘍によるダヴィデの訃報を作者が聞くのは、彼女が東京に戻ってからだった。上流社会出身のフェデリーチ夫人にかかるとルキーノ・ヴィスコンティも「あの男のつくる映画は、どうもしちめんどうくさくて。子供の頃は、あんなじゃなかったのだけれど」と片づけられる。

 アフリカ出身の貧しいミケーレは、せっかく勤め口を紹介してもらっても三日とたたないうちにペッピーノに電話をしてくる。「こんなところにいたら、ぼくは死んでしまいますよお。ぼくは、屋根のあるところでは働けない。空が見えないと、息がつまって死にそうです。」アルバイトをしても、夏のスーツを2着買ってしまい、暖房のための石炭を買う金がなくなる。絨毯売りという、太陽の下での仕事を楽しんでいたのに、或る日忽然といなくなってしまう。

 17歳のニコレッタは親の反対を押し切ってドイツ人のベルトと結婚するのだが、彼女の父親はユダヤ系ハンガリー人で、ベルトの顔はヒットラーそっくりである。ガッティの悩みは、70歳近い父親が、自分より年下の女性と結婚すると言うことだが、しかも彼女は妊娠しているのだ。とは言え、小さな妹が生まれると、ガッティはその子の世話に夢中になる。
 
 もちろんこの作品は、ミラノの特殊な知的社会の記録としても読めるし、ある種の階級に属する人々の構図も見えてくる。だが、『コルシア書店の仲間たち』の何よりの魅力は、描かれている人々の姿だ。決して妥協せず、頑固なまでに自己の生き方を貫く様子は清々しい。元気な時だけではなく、亡くなる人、いなくなる人、没落する人、終焉までもがきちんと描かれているが、この哀切は美しい。人が人として生きていくことの美しさも哀しさも、見事に顕現されている。


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2012年07月26日

『舟を編む』三浦しをん(光文社)

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「読後、心地よい風が吹く作品」

 日本に一時帰国するたびに、気になる言葉が増えてくる。こちらが普段海外に住み、目まぐるしく変わる日本語に対応できていないのが原因か、歳を取ると共に若者との感覚がずれてくるせいかは分からない。テレビの司会者等も使っている「ぜんぜん+肯定的表現」などはいまだに違和感を感じるが、今回は大相撲中継を見ていて、アナウンサーが「勝ちっぱなし」という言葉を連呼するのが気になった。

 広辞苑によると「その事をしたままで捨てておく意や、その状態が続く意を表す。」となっているので、誤用ではないのだろう。だが、私には「~ぱなし」というのは、どうも負のイメージがまとわりつき、前者の意味しか思いつかない。「やりっぱなし」、「開けっぱなし」等、良い意味合いで使わないことが多いだろう。故に「勝ちっぱなし」という発言を聞くと、このアナウンサーは当該力士が勝つことを面白く思っていないのだろうか、と感じてしまう。感性の違いなのだろうか。

 そんな時、友人の本棚で気になる本を見つけた。三浦しをんの『舟を編む』。どうやら辞書の編集に関する話らしいので、読んでみた。新しい辞書『大渡海』を作り上げようとする、玄武書房編集部に集まる人々の姿が描かれている。こういった、普段私たちが知ることの少ない世界を描いた作品は多くある。時として、ストーリーの巧拙や構成の質などよりも、身近ではない世界に関しての啓蒙の書として機能することも多い。それはそれで面白い。

 『舟を編む』にも確かにそのような特色はある。昼食時でも、テレビから流れる音声に耳を傾け、用例採集カードにメモを取る老学者。辞書の紙作りに苦労する人々。語意・語釈についての徹底的な探求、等等辞書作りという特殊な世界について、色々と学ぶことができる。だが、この作品の本質はそこではない。読み終えた時に「心地良い作品だな」と、心の底から思えるのである。

 人を評する時、「性格がきつい」、「優しい」、「お金にうるさい」等色々な表現があるだろう。しかし、時として「あの人は良い人だ」としか言いようのない人がいるものだ。その人と一緒にいるだけでこちらの心が温かくなるような存在。鋭角な部分がなく、柔らかく、優しく、ほのぼのとした空間を作り上げてくれる人。『舟を編む』はそんな人に似ている。

 もちろん気になる部分はある。心理描写の拙い恋愛模様、非現実的な主人公、松本先生の死に動揺する主人公馬締のステレオタイプな描写「感情と行動がどうにもちぐはぐになり、うまく制御できない。」等が目に付く。しかし、そんな瑕疵を忘れさせてくれるような、さわやかな感動をこの作品は与えてくれる。

 馬締の妻となる、女性板前の香具矢が言う。「馬締が言うには、記憶とは言葉なのだそうです。香りや味や音をきっかけに、古い記憶が呼び起こされることがありますが、それはすなわち、曖昧なまま眠っていたものを言語化するということです」東日本大震災以来、今ほど私たちの思いを言語化することが重要になっている時はないだろう。荒れて折れそうな心を和らげるために、言葉の重要性を今一度見つめるために、『舟を編む』は効果的な一冊である。


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2012年03月28日

『蛇・愛の陰画』倉橋由美子(講談社文芸文庫)

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「「どこにもない場所」とはどこか?」

 パリでは先日「Salon du livre」という書籍展が開かれていた。今年の招待国が日本で、大江健三郎、辻仁成、平野啓一郎等の作家や、萩尾望都、ヤマザキ マリ等の漫画家まで、多彩な顔ぶれが来仏していた。大江健三郎とル・モンドのジャーナリストとの対談を聴きに行ったが、非常に興味深かった。『ヒロシマ・ノート』および昨年の原発事故の関連から、福島についての発言も多かった。広島の悲惨さを目撃した者として、福島の悲劇を何としても繰り返さないために全力を尽くす大江の姿には真摯なものを感じた。
 倉橋由美子の『蛇・愛の陰画』の解説で小池真理子は、当時の学生たちの本棚にバイブルのように並んでいた本について次のように述べている。

 「それは大江健三郎であり、安部公房であり、吉本隆明であり、高橋和巳であった。また、ジャン・ジュネであり、サルトル、カミュ、ル・クレジオであり、ボリス・ヴィアンであり、ベケットだったりした。そして、倉橋由美子も間違いなく、その中の一人だったのである。」

 その通りだ。私の本棚にも彼らの本があり、倉橋由美子の『パルタイ』、『暗い旅』、『聖少女』等を夢中になって読んだ。本を頭脳に知識的な記憶として残す人もいるだろうが、私には感覚として残っている。倉橋由美子の作品は、羊水に包まれているような生暖かい心地よい感覚と、そこに麻薬と毒薬が混在しているかのごとき、誘惑と官能とがあった。

 『蛇・愛の陰画』は『パルタイ』で一石を投じた倉橋が、その後の5年間で書き上げた作品を集めてある。これを読むと、彼女がその後書いていく作品群を俯瞰しているような奇妙な感覚にとらわれる。『パルタイ』の余韻が残る『貝のなか』、安部公房の『壁』と比較すると面白い『蛇』、そして倉橋文学の原点であるKとLのシリーズ。後期の作品群は、これらが昇華して、余分なものを削り落とし、ジャコメッティの彫刻のような姿になっていく。

 かなり前になるが、教え子の一人(高校3年生の女子)が倉橋由美子の作品で口頭発表を行った。テーマは「『どこにもない場所』とはどこか?」であった。倉橋はエッセイ等の中で、自分は「どこにもない場所」を探していると書いていて、それをヒントにしたものだった。彼女の結論は「『どこにもない場所』とは倉橋由美子の子宮の中だ」というものだった。説得力のある見事な論だと感心したのを覚えている。

 もちろん「どこにもない場所」という言葉自体矛盾を含んでいる。安部公房の『壁』において、主人公が最後に自己の内部で増殖する壁に同化していくようなものだ。しかし、日本の現状を見ると、このような一見矛盾した考えの中に活路を見いだすことでしか、政府や大手企業、大手メディア等によって作り上げられた虚像から脱却することはできないのではないか。倉橋由美子の作品には、そのためのヒントが隠されているようだ。


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2012年02月27日

『不可能』松浦寿輝(講談社)

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「三島由紀夫は生きている?」

1970年11月25日、三島由紀夫は本当に死んだのだろうか。私は当時高校一年生で、三島がバルコニーで演説する姿をテレビのニュースで見、新聞社がヘリコプターから撮影した、割腹自殺した後の首が転がっているという写真を(はっきりと見えはしなかったが)夕刊で見たような記憶がある。あまりにもセンセーショナルな事件ではあったが、その後種々の検証が行われているにもかかわらず、説得力のある行動理由を説明した解説には出会っていない。

 松浦寿輝の『不可能』の冒頭は三島由紀夫の『サド公爵夫人』の引用から始まっている。しかも三島の本名である「平岡公威」と生没年月日を明記している。主人公の名前は「平岡」であり、無期懲役に服していたが、27年経って仮出獄になった。かつて南馬込の「ヴィクトリア調ふうのコロニアル様式」の家に住んでいて、首に二筋の刀痕がある。これはどう見ても、三島が生きていたらという設定であることは間違いない。

 平岡は金には不自由しないようで、東京西郊の住宅街にコンクリート造りの二階屋を建てて、女中や召使い、書生等に囲まれて暮らしている。広い地下室にお好みの空間を作るために、ジョージ・シーガル風の彫像や音の収録をS・・・君に依頼する。三島フアンには親しい要素が至る所にちりばめられている。平岡自体、三島の雰囲気に加え『禁色』の俊輔に似た部分もあるし、太宰を嫌っている。自分の生まれた時の記憶があるというのは『仮面の告白』の冒頭だ。

 S・・・君は、太宰の『人間失格』の主人公に関し、三葉の写真が残っているというエピソードを持ち出し「この年齢不詳の男が七十になり、八十になって、もう一枚肖像写真を撮られたらどうなる?」と言い、平岡の写真を撮る許可を得る。その後西伊豆に月の光を浴びるタワーを作らせたり、十二人限定の特殊老人クラブの話が出てきたりするが、興味深いのは三島の亡霊との会話である。

 平岡は「距離」が最近縮まってきていると説明する。亡霊は自分には距離はもはや存在しないと言う。どこにでも自由に行けるのだから。だがその言葉に説得力はない。平岡は、亡霊が常に距離に執着していたと言う。「自分と世界、自分と他人、自分と自分自身との間」。亡霊は「研ぎ澄まされた硬い冷たい刃」が「俺の首にたしかに喰い入った。」瞬間だけは「距離は完全に零になった。」と主張する。では平岡は亡霊にとって距離を象徴する存在なのか。亡霊は勝ったのは自分だと言うが、それは事実なのか、それともそう思い込みたいのか。

 平岡は、あの瞬間の三島の迷いが思念化し、増殖したものなのか。大江健三郎は『個人的な体験』において、副主人公の火見子に「多元的宇宙論」というものを語らせている。人が事故や病気で死ぬ瞬間に世界は分裂し、それによって、その人はどこかの世界で人生を必ず全うする。だとすると、平岡はパラレルワールドの住人なのか。

 平岡はS・・・君の助力を得て、自分の身代わりの「作家」を惨殺し、その首なし死体を瞬間移動させるというトリックを演出し、日本を脱出する。S・・・君はこれから仲間を増やし、「攻勢」に出ると語る。平岡はそれもまた面白いかと考え、新たな迷宮を歩むために「また小説でも書いてみるかな」と思う。『金閣寺』の溝口が金閣寺を焼いた後に生きようと思ったように。

 平岡はあの事件のことを「ああいうことも一度はやってみたかったのだ。」と言った。日本脱出といい、トリック殺人事件といい、パロディー的要素もあるが『不可能』は、三島由紀夫割腹自殺を理解するための、メタ化された三島を主人公とした、脱構築小説とでも言えるものだ。個人的な好みとしては、最後の場面でS・・・君と平岡の飲むシャンパンがドン・ペリニョンではなく、クリュッグのヴィンテージものか、せめてサロンにして欲しかったが。


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2011年12月26日

『私にとっての20世紀』加藤周一(岩波書店)

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「20世紀を理解するために」

 年の瀬は一年を振り返る事が多い。ついでに前世紀を振り返ってみるのも悪くない。歴史が「現在」である時はその姿を現しにくいが、それが「過去」となってきた時に、初めて我々にも理解できる形で見えてくる。もちろんそれでは少々遅いのだが、それとても凡人たる我々には簡単なことではない。慧眼の士の力を借りて、ようやく視界が開けてくる。

 加藤周一の『私にとっての20世紀』はそのための良い道標となる。戦争を体験した加藤は、戦争に無条件に反対する。「私の友達を殺す理由、殺しを正当化するような理由をそう簡単に見つけることはできない。だから、戦争反対ということになるのです。」偶然友人は死に、偶然加藤は生き残った。その友人を裏切ることだけはしたくない。一見個人的な理由に見えるが、子どもを殺す戦争は悪い、故に反対する、と彼が述べる時、それは普遍性を持つ。

 日本の国民が「民主主義に対してあまり熱心では」なく、戦争批判もしないことについて、現在が大衆的な意味で「戦前的な状況」であると分析する。新ガイドライン法案を成立させ、その先には憲法改正と徴兵が待っている。ヨーロッパ追随ではなく日本が独自の道をたどるきっかけの一つは「軍事力に頼らないこと」である。そして日本が他の工業国よりも環境破壊に考慮して、国際的な「南北関係にみられる豊かな工業国と貧しい南の非工業国、その格差を縮めることに経済力を使えば、新しい形の経済的な大国ということに」なると主張する。

 大震災と原発事故という二重の課題を抱えている日本にとって、重要な提言に思える。それを実現するためには、過去と向き合おうとしない姿勢を変えるべきであり、日本にしっかりと根付かなかった「自分自身の意見を主張することと、ほかの個人の意見を尊重する態度」が大切だと言う。

 知識人はそこでどのような役割を果たすべきなのか。ヴェトナム戦争時におけるカナダでの教職体験から、戦争批判の先頭に立つのは自然科学者、文学者、それに若干の社会学者であって、国際関係論者、歴史学者、政治学者たちは最後になったと証言する。戦争に反対する目的においては「その目的を達成するために科学的知識を、客観的知識を利用すべきであって、科学的知識のために倫理的判断を犠牲にすべきではない。」と述べる。「専門化が進んでいけばいくほど判断停止になる。判断停止は、政治社会問題については現状維持に傾く、だから保守主義が強くなる。」科学者である加藤故の発言であるが、今回の原発事故を巡る知識人の発言にもあてはめることができそうだ。

 社会主義の分析も非常に興味深い。ソ連の崩壊の後に生まれた現在の若者たちにとっては、ユーゴスラビアの内戦についての考察も含め、貴重な資料となっている。また加藤は「ナショナリズムはなくならない」と断言する。問題は「ナショナリズムと、広い視野からの国際的な協力関係を作り上げていく動きとはどういうふうに融和できるか」ということだ。そのために必要なのは、人種、宗教、言語等の要素を含む「それぞれのナショナリズムを平等に扱うこと」だ。

 文学の役割は、人生や社会の「目的を決める」ことだと言う。そして「その目的を達成するための手段は技術が提供」する。また文学は「価値体系を転換する事業」だとも言う。「感覚的直裁的なある経験を通じて価値の転換を行う」のが文学の特徴だとも。ならば、人生の価値を見つけられず、孤独に苦しむ人々が激増しているこの21世紀初頭で、映像文化の反乱による危機が叫ばれながらも、人々に価値を発見させてくれるものの一つが文学であるのかもしれない。今世紀のための課題と希望の書である。


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『稲垣足穂』稲垣足穂(筑摩書房)

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「星とヒコーキをこよなく愛した男」

 稲垣足穂の作品と出会ったのは高校生の頃だから、かなり前になる。しかし、時々無性にあの独特の文章に触れたくなる。疲れた時や、雑然とした世の中に倦んだ時など最適だ。特に『一千一秒物語』などは、大震災や原発事故によって疲弊しきった人々の心にとって、一服の清涼剤となるのではなかろうか。

 冬空は星がきれいだ。タルホは月や星との不思議な物語を紡ぎ出す。メルヘンの一種になるのだろうが、「メルヘン」というイメージはない。月と喧嘩したり、星を食べたり、荒唐無稽な話が多く、意味も分からない。強いて言えば、夢の中での出来事に似ているだろう。夢で起きることは、その時は普通だと思っていても、後から考えると不可思議なことが多いものだ。しかし、夢の中ではそれは何の不思議さもなく進行する。タルホの物語はそんな感じだ。

 次の一篇が全てを語っている。
A PUZZLE
— ツキヨノバンニチョウチョウガトンボニナッタ
— え?
— トンボノハナカンダカイ
— なんだって?
— ハナカミデサカナヲツッタカイ
— なに なんだって?
— ワカラナイノガネウチダトサ

 タルホはヒコーキと星に夢中だった。『横寺日記』には星座への想いが満ちている。「花を愛するのに植物学は不要である。昆虫に対してもその通り。天体にあってはいっそうその通りでなかろうか?」道の途中で星を見上げて飽きないタルホの姿が髣髴としてくる。博識ながらも、純粋に星との交歓を楽しむ姿でもある。「ただ綺麗なものとして花を見るのと、何属何科においてそれを観るのと、どっちが正しいのであろう?」「吾々の純粋経験はもともと翻訳不可能なものでないのか。どうせこうであるなら、ひと通りのことは心得た上で、『知識とは見掛けのものに対する説明に過ぎぬ』と思う方が賢明かもしれぬ。」

 芸術を論じても潔い。芸術至上主義を標榜し、高踏派であることを宣言する。「われらは何のためにというさもしいことで成立している空間ではなく、それはただそれだけであることで無限に開展してゆく時間であるからしていつにおいても芸術至上主義である。しかもわれらの望みは昇天にあるからしてあくまで高踏派である。」タルホはこれを日本人の美学とも結びつけている。「能楽、芝居、清元、角力」から「お寺の塀のそばのさむらいたちの切り合い」まで
「耽美の心意気」だと言う。

 『少年愛の美学』のA感覚V感覚という語彙も懐かしい。輪郭の明確なものも、ちょっとオブラートに包むだけで、神秘性を獲得する。女性も宗教も皆そうやって神秘性を保ってきたのではなかったか。それが何でもあるがままに描かれるようになってきて、物事が明確になったかというと、そうではない。却って表面が明瞭になった分、本質が見えにくくなってきている。

 タルホの文学は曖昧かもしれないし、中途半端だと考える人もいるだろう。だが、「虚実皮膜論」を持ち出すまでもなく、人や物事の真の姿は、二元論の境界にある仄かな、かそけき光の中に存在するのではなかろうか。タルホはそんな世界の住人なのだ。


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2011年10月21日

『永遠の0(ゼロ)』百田尚樹(講談社文庫)

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「痛切なる愛の物語」

 先日知人から熱心に紹介された本を借りて読んだ。タイトルが『永遠の0(ゼロ)』であり、第二次世界大戦の名機である零戦にまつわる物語であることは知人から聞いた。だが作者の百田尚樹を知らなかったし、戦争物はそれほど好きではなかった。純粋に歴史書ならばかまわない。中途半端な「歴史風読み物」はよほど作者の力量がないと、心に残らないからだ。

 結果から言えば、この作品は面白かった。というより、ずいぶんと泣かされた。先日惜しまれながらも鬼籍に入ってしまった児玉清が、解説で「僕は号泣するのを懸命に歯を喰いしばってこらえた。が、ダメだった。目から涙がとめどなく溢れた。」と書いているのも頷ける。

 ストーリーの基本は、フリーライターの慶子と、その弟でニートである健太郎が母のために、特攻隊で亡くなったと聞いている実の祖父(つまり母の父親)宮部久蔵の生前の姿を探すために、生き残っている人々に会いに行くというものだ。苦労して探し出した人々の証言は信じられないほど矛盾している。臆病者、天才的な技術を持った飛行士、命の恩人、残虐、優秀な教官……

 二人はこの矛盾した情報に苦しむ。だが、読み進めると、矛盾していた宮部久蔵の姿が、明確な焦点を結び始める。その先には、ほとんど一緒に生活できなかった妻と子への愛がある。証言してくれた人々にも、それぞれに切ない愛の物語がある。複雑に絡み合ったそれらの要素が、祖母の再婚相手である現在の祖父と宮部久蔵の関係を発見することにより、最終章で見事につながってくる。

 良い作品としての一つの条件が、多角的な読みを許容することであるならば、この作品は間違いなく良作であるだろう。飛行機が好きな人は、零戦の栄光と滅亡を読むことだろう。歴史に興味のある人は、第二次世界大戦の一つの姿を明確に読み取ることだろう。ドラマが好きな人は、戦時中の様々な人間模様を感動と哀切と共に読むだろう。反戦主義者ならば、無知蒙昧な高級参謀たちによってどれほど被害者が増えたのか、憤りをもって読むに違いない。

 しかし、『永遠の0(ゼロ)』はやはり愛の物語なのだ。家族に対する宮部久蔵の愛の強さと大きさに、心を打たれない者はいないだろう。インターネットやメール等で人とつながる手段が増えた現代において、人とのつながりが減少しているように思えるのは私だけではないだろう。人が人を愛することの大切さという、口に出すのも必要ないような原則が忘れ去られているように見える今。そんな時こそ、この作品は間違いなく一服の清涼剤としての価値がある。


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2011年09月19日

『奇跡』岡本敏子(集英社文庫)

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「岡本敏子の「太陽の塔」」

今年は岡本太郎生誕100年ということで、種々のイベントが企画されている。1970年の大阪万博の時私は高校2年生で、修学旅行で万博を見ている。普段は高校3年生で修学旅行に行くのだが、この時は学校側の計らいによる旅となった。物議を醸した「太陽の塔」が、周囲の風景に対し殆ど違和感を覚えさせないものだったのを記憶している。

 岡本敏子は戸籍上太郎の養女となっているが、実質上の妻であり良きパートナーであったのは周知の事実である。太郎の死後、彼女の努力によって太郎の業績が評価されるようになった。「芸術は爆発だ」、「グラスの底に顔があったって良いじゃないか」等の発言や、大きな目玉などで有名になったが、「芸術家」としての太郎が認められたのは敏子の功によるところが大きい。そんな彼女が書いた小説が『奇跡』だ。

 主人公の笙子は短大を出て、生け花の創光流の事務所で働いている。新進気鋭の建築家、羽田謙介に魅せられ、襲われるようにして関係を持つ。それがきっかけとなり事務所をやめ、母の急死後(父は既にいない)謙介の家で同棲する。二人が肉体関係を持つ様子は、かなり官能的に描かれる。だが、この「官能」はよく読むと本来の字義で捉える方が正しいようだ。五感全てを使って相手を感じ取る、究極の交流である。

 自然児的性質を持っている笙子は、無意識の内に謙介の仕事にも良いアドヴァイスを与え、二人は結婚せずとも順風満帆の人生を歩き始めるかに見えたところで、謙介が突然死ぬ。ここまででストーリーは半分なのである。副主人公の唐突な死に、笙子だけではなく読者も戸惑う。

 この後笙子は仕事で成功し、何人かの才能ある男に求婚されるが、失った謙介の存在が大き過ぎて、結婚に踏み切れない。だが最終的に一人の男性の中に謙介を見出し、結ばれる事になる。面白いのは、謙介は今で言う典型的な肉食系男子であり、笙子が結婚する相手は草食系男子なのである。笙子は相反する二種類の男性に、どんな共通点を見出したのか、興味深いところである。

 巻末に敏子とよしもとばななの対談が収録されている。これが非常に面白い。敏子は主人公の笙子より、とにかく謙介を書きたかったのだという。途中で死ぬ謙介を後半どう描くのかが、この小説の重要な部分なのだ。笙子を敏子に、謙介を太郎に重ねてみる事はできるだろう。敏子もそういう読み方をされる事を認めている。だが、そんな事は関係ない。彼女はただただ謙介を描きたかったのだ。

 ばななが敏子に、これは現在の気持ちを書いたものではないかと尋ねると、彼女はこう答える。「過去じゃないものね。あれが現在なのよ。謙介って、素敵でしょ、切ないほど。それを書きたかっただけなの。」太郎はかつて敏子を評して「この人は全然コンプレックスのない人間でね。稀有な人間だよ。つまり塵芥(ちりあくた)みたいなものなんだ。ぼくのような太陽が燦然と輝くから、塵芥も輝くときがあるんだよ」

 これは決して敏子を卑下した言葉ではない。太陽によって塵芥が輝くのが事実ならば、塵芥を見る事によって、改めて太陽の存在に気づく人も多いのだから。敏子はそれを良く知っている。ストーリーにむらがあり、文体が統一されていない部分もあるが、そんな事はどうでも良いと思わせるエネルギーと愛に満ちている作品だ。これは岡本敏子という塵芥の「太陽の塔」なのである。


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2011年08月31日

『プリンセス・トヨトミ』万城目学(文春文庫)

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「豊臣家と大阪城に捧げるメルヘン」

 日本へ一時帰国すると、書店めぐりをしながら、今どんな本が注目されているのか、平積みになっている作品を見て歩くのが常となっている。売れているから読みたいとは思わないが、気になるタイトルや、種々の書評等で取り上げられていた作家名を見ると、購入してしまう。今回は万城目学の『鴨川ホルモー』、『鹿男あをによし』、『プリンセス・トヨトミ』を読んでみた。

 一気に読ませる面白さがある。舞台は京都、奈良、大阪と、関西出身である作者に身近な土地が使われている。奇抜なテーマを扱うときには、時代設定を古くし、場所を遠くするのが楽なことは芥川龍之介も指摘していたが、万城目は現代を舞台にしている。もちろん京都、奈良などは、現代であろうと過去の歴史が深く息づいており、魑魅魍魎の類が出現しやすい場所であるだろう。

 その意味において、『鴨川ホルモー』では京都で鬼を使った戦いが平安時代から現代まで繰り広げられ、『鹿男あをによし』では奈良を中心に、卑弥呼の時代からなまずの尻尾を押さえ日本が崩壊しないように努力する鼠、狐、鹿と主人公たちの姿が描かれているのは、それ程違和感を覚えさせない。それは筆者の力量のおかげでもあるだろうが、ストーリーは全く破綻せず、ラストではまるで予定調和のような安心感を覚える。

 ところが『プリンセス・トヨトミ』は少々違っている。大阪という場所は、豊臣家の滅亡という日本史上の大事件と結びついてはいるが、京都、奈良のように寺社が無数に立ち並ぶ所と違い、人ならぬもの達の跋扈する所には見えない。故に万城目は一見荒唐無稽な人間ドラマを設定する。大阪人の男たちは、豊臣家の滅亡以来常に地下に潜む大阪城と豊臣家の直系の王女を守るために、緊急時の役割を与えられている。

 会計検査院の捜査官が社団法人OJO(もちろん「王女」である)に疑問を持つところから物語は始まる。やがて「大阪国」の存在に行き着き、そこで大阪国の人々と会計検査院の戦いが始まる中で、種々の秘密のベールがはがされていく。下手をするとB級エンターテインメント作品に陥りかねないテーマを、作者は見事にまとめていく。実在の地名が使われ、登場人物の名字に歴史上の実在人物が使われているくらいでは、それほど説得力は生まれない。

 主人公の大輔は性同一性障害の子供であり、それにまつわるいじめ、豊臣家に対する大阪人の心情、会計検査院という視点、親子の絆、携帯電話やインターネットに対する配慮等の現実を巧みに織り込んでいるからこそ、不思議な説得力が出ている。作者があとがきに代えたエッセイで述べているように、それらは全て大阪というふるさとに対する作者の思い入れの昇華したものであるようだ。不思議なテーマの作品に見えたものが、振り返ってみると何か懐かしい世界を描いているような気にさせてくれる。そこが万城目学の持ち味かもしれない。



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2011年08月22日

『破獄』吉村昭(新潮文庫)

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「脱獄の天才」

 毎年夏休みで日本に一時帰国するが、今回はJRを利用し故郷の北海道を一周した。網走での暑い一日、流氷館や網走刑務所博物館を訪れた。犯罪者が更生のために苦しんだ場所を、興味本位で訪れる事は気が引ける所もあったのだが、宿においてあったお菓子の袋に書かれていた「見るのは良いが、入っちゃいけねえ」に誘われ、ガイドさんの解説に引き込まれ、興味深い見学となった。

 中に、天才的な脱獄囚の話が出て来た。彼が破った独房も見られたし、天井の梁を逃げていく等身大の人形も展示されていた。最後に売店に寄った時、この脱獄囚をモデルにした、吉村昭の『破獄』と出会った。この囚人の背景も知りたかったし、脱獄の方法の詳細にも興味があったので読んでみたが、この作品から全く別の事を多く学んだ。

 脱獄の方法についての興味は、驚きと共に充分に満たされた。頑丈な手錠や小さな窓を腐食させるために、毎日みそ汁を少しずつ吹きかけていた事や、独房の壁の隅を使って数メートルの壁を登ったり、刑務所の外壁を斜めに走り上がって越えたり、彼の天才的なアイディアと人並みはずれた体力は、想像を絶するものだった。看守に向かって吐かれた「人間の作った房ですから、人間が破れぬはずはありませんよ。」という言葉には強い現実味がある。

 だが、この直接的な好奇心とは別に、二つの事を考えさせられた。一つは、人という存在の原点だ。主人公の佐久間は、虐待されると看守を脅す。あなたの当直の日に逃げますよ、と。そうなれば看守は責任を取らざるを得ない。それに怯えて佐久間に譲歩し、脱獄の条件を揃えてしまう者や、一層厳しい環境に佐久間をおき、そのせいで反発を買い結局脱獄されてしまう者がいる。

 しかし、府中刑務所長は違った。佐久間を「人」として遇しようとする。そこには「佐久間が看守たちの心理をするどく見抜き、やがて自分の思うままに引きつけてゆく神技とも思える能力には、感嘆すらおぼえた。」という心理が働いているだろう。札幌刑務所の戒護課長も「かれは、自分の内部に佐久間に対する畏敬に似た感情がきざしていることに気づき、狼狽した。」とある。結局人を力で抑えつけることはできない。力に頼った者は、力に屈することになる。佐久間は府中刑務所からは脱獄しない。

 もう一つ興味深かったのは、第二次世界大戦前後の刑務所行政であり、北海道における戦争被害である。自分の故郷でありながら、北海道の被害について私は殆ど何も知らなかった。根室が爆撃によって市街地の70%が焼失し、釧路も大被害を受け、室蘭、函館等もかなりの被害と死者が出ている。道路建設やニシン漁に囚人たちを使ったことや、食糧事情が厳しい中でも、暴動を防ぐために囚人たちには必要な食糧をきちんと与えていたことなども、知る事ができた。

 資料を緻密に読み込んで書く吉村だからこその面白さが、至る所で見られる。天才的な脱獄囚の人生を追いながらも、吉村が描きたかったのは、歴史に翻弄される人々の姿であり、それを通して浮き上がって来る、人と歴史の新たな関係への展望であるかもしれない。


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2011年07月12日

『風味絶佳』山田詠美(文春文庫)

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「詠美ワールドの魅力」

 死ぬ気で努力すれば近いものが書けるかもしれないと思う作品と、どんなに努力してもこれは書けないと思う作品がある。私にとって山田詠美の作品は後者である。私が男である限り、絶対に辿り着けない部分がある。女性を描かせたら右に出るものはいないと言われた吉行淳之介でも、山田詠美の作品は書けなかっただろう。彼が女性の肉体を持っていない限り。

 『風味絶佳』は彼女の短編集だ。徹底的に自分に尽くしてくれる15歳年上の加代と暮らしながらも、小さくて柔らかい子豚のような花を抱きに行く、鳶職の雄太。清掃作業員の紘を、最高の料理で繋ぎ止めておこうとする、婚家を出奔した美々。奇妙にアメリカナイズされた祖母を持つ、ガソリンスタンドで働く志郎。少々変わったカップルたちが登場する。

 山田詠美の真骨頂は、やはりその「感覚」だろう。『ベッドタイムアイズ』で衝撃的にデビューしてから、その鋭さは一向に衰えないようだ。頭で考えても出てこない表現。体の奥で感じるものを、何とか文字にしようとする努力。彼女が使うと同じ言葉がカラフルになり、言葉の質感が変化する。

 雄太が寝入ってしまった花の唇をいじる。唇は指に吸い付き、音を立てる。雄太がそれを聞くと「部屋に満ちて来た幸福の水位は上がる。」しばらくそこに「たゆたう」雄太は、「自分の身体の内から、何か温いものが絶えず湧いて、流れ出て行くのが解る。彼女に注いでも注いでも飽くことのないもの。部屋は安らかに満たされて行き、その完璧さを確信した時、彼は、帰り支度をして外に出る。」理解するのではなく、ただ感じるのだ。

 加代の作る食事を終え、雄太は畳に横になる。「横たわると、しばし地球に愛される。ちっちゃな時、地球と畳の区別がつかなかった。」この感覚を頭で考えてもぼんやりとしか分らない。だが実際に畳に寝転がるとすぐに分かる。そこに山田詠美の個性がある。

 美々は紘を料理で呪縛しようとする。そして想像する。「もしも、この先、私なしで外国の街を彷徨うことがあったなら、彼は、そこで確実に、美々ちゃん風の食べ物に出会うことだろう。別れてしまったか、死んでしまったかした女になった私は、彼の舌の上で再会する。つきまとう。」これは男には書けないと思うのだが、如何だろうか。それとも男女差の少なくなってきた現代の男は、この感覚を捉えられるのだろうか。

 帰りがけに焼鳥屋で一杯やってきた紘は、美々の夕ごはんを食べないと、一日が終わらないという。「え? 始まりじゃなくて終わりだったの? 私は、始まりに便乗して、彼は、終わりに便乗する。そんな利用の仕方を続けていたら、愛情に近付いちゃうよ。」世の中の事が少しずつ分かるようになってきたと自負する頃に、このような新鮮な表現と出会うと、世界に未知数が増えてしまう。

 おでんを見つけて歓声を上げる紘。「その感嘆の声につられて振り向くと、彼を待ちわびた分だけ、大根は飴色を深くして、私は、今も、ここにいる。」散文詩のような表現に掴まれる。紘も物も皆同じ存在として、美々に惹きつけられる。これは取りも直さず、魔的な魅力で私たちを(特に男性を)捉えて離さない詠美ワールドの力であるだろう。


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2011年06月28日

『秘花』瀬戸内寂聴(新潮社)

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「恋は秘すれば花」

 瀬戸内寂聴の『秘花』は、何とも艶な作品だ。観阿弥、世阿弥親子の名前は、能楽の完成者として教科書にも必ず出てくるので、能のフアンでなくとも聞き覚えのある人が殆どだろう。だが、現在能は歌舞伎ほど人口に膾炙しているとは思われないし、ましてこれらの完成者の晩年についての知識を持っている人は多くはないだろう。世阿弥は72歳にして、時の将軍義教の気まぐれにより佐渡へ流される。佐渡へ向うまで、そして到着してから、様々な回想が描かれる。

 申楽の隆盛に命をかける父観阿弥のために、けなげに尽くす美童の世阿弥。まずは12歳の時に、5歳年上の将軍義満の目にとまる。彼との関係に慣れてきた頃、今度は43歳年上の二条良基の寵愛を受ける。閨での物語に、准后(良基)は藤若という名前を与え、二人の関係は「秘すれば花」であると言う。世阿弥はその言葉を観阿弥からも聞いている。「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからず」

 准后は言う。「無限と呼ばれる人間の煩悩の中で、色欲ほど執拗で強烈なものはない。仏法で色欲を禁じたら、僧侶は男色という逃道を見つけた。おかしなことだが、そなたのような美童への愛が、高僧の尊い悟のよすがになることもある。」寂聴の作品はなぜか瀬戸内晴美の頃よりも、よほど「艶」なのである。仏道に入る者は、他者より欲望が多いのかもしれない。それを解決するために仏の世界に入るのだ。欲望は悟ると無くなるのだろうか。それとも形を変えて残っているのだろうか。美童への愛が悟の契機になる。悟った時その愛はどのような存在になるのか。

 観世一座の隆盛後の没落、逆縁等の思い出が多く語られる。しかし、この作品の真骨頂は世阿弥の伝記的要素ではなく、佐渡での世阿弥の姿にある。流されても規則的な日常は変わらない。能や謡の練習を続け、能の台本を書き下ろす。そんな中、身の回りの世話をするために紗江を紹介される。40歳年下の紗江は世阿弥の寵愛を受けながら、彼の語り部となっていく。息子の死に錯乱している紗江を始めて抱き、「恋も秘すれば花だよ」とささやく。

 老いのため耳が聞こえなくなった世阿弥が紗江に語る。「いいか紗江、何も聞こえなくなるということは、森羅万象の放ったあらゆる声が、かえって聞こえてくるということなのだ。七十三年のわが生涯に聞きとったすべての妙音がいっせいに軀の中になだれこみ、音の坩堝の中に漂うということだった。」さらに「出離者は寂なるか、梵音を聴く」という言葉を引用する。「出離者は心の煩悩の炎を沈静して、浄寂の境地にいる。乱れのない浄寂の心にこそ、梵音がおごそかに聞えてくる」作家自身の法名でもある。

 視力も失った世阿弥を「その端正な横顔に、わたしくはしみじみ美しいと見惚れた。もう七十の坂も半ばを越えた老人で、これほど美しい男がいるであろうか。」と紗江は表す。「花」とは何かと問うと、「色気だ。惚れさせる魅力だ」と世阿弥は答える。艶な姿である。僧となっていた息子が佐渡を訪れた時、紗江は世阿弥の遺骨を渡し、一部は自分が頂戴し「淋しくなると、少しずつ食べて、もう大方なくなってしまいました。」と語る。能の新作「秘花」の題名だけを遺した世阿弥だが、紗江は「あちらからお師匠さまのお声が毎夜届き『秘花』の詞章が語られつづけています。それを書き取ることが、ただ今のわたくしの秘かな生き甲斐でございます。」と終える。

 ここには精神も肉体も超越した世界が現出しているようだ。いやむしろ、肉体と精神の妙なる和合、男と女の行き着くべき所、彼岸と此岸の混在であり、世阿弥の得意とした夢幻能の残像と残り香が漂う艶なる世界と言うべきか。


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2011年05月10日

『天空の蜂』東野圭吾(講談社文庫)

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「蜂の教訓は何か?」

 「想定外」という言葉が随分目に付く。津波の被害の「想定外」は天災だが、原発の「想定外」は人災だとも言われている。私たちの想像力はそれ程衰えているのだろうか。だとしたらどうすれば「想定外」などという語が氾濫しないような状況が訪れるのだろうか。自分たちの力に限界があるならば、想像力豊かな人々の力を借りるのは悪い方法ではないだろう。そして、科学者よりも芸術家や小説家が往々にして見事な想像力を見せてくれる場合が多い。

 私が勤務する高校をまもなく卒業予定の生徒の一人が、先日一冊の本を持ってきて読んで欲しいと言った。東野圭吾の『天空の蜂』である。読み始めた頃、あるご夫婦に夕食に招待された。銀行を退職し、日本とパリに家を持ち、時々パリにいらっしゃるご夫婦だが、ワインを通して知己を得た。そのご主人が食事の時に、一冊の本を紹介したいと言い出し、東野圭吾の本だと仰る。まさかと思ったが、同じ本だった。「今読んでいるところです。」と答えると、ご主人も驚いていらっしゃった。不思議な偶然である。

 自衛隊と民間会社で共同開発した最新鋭の大型ヘリコプターを遠隔操作で盗み出し、それを原発の高速増殖炉の炉心の真上で止める。ヘリコプターには爆発物も積んでいて、いずれ燃料が切れると炉心に墜落する。犯人の要求は日本中の原発を使用不能にすること。こう書くと、原発反対派のプロパガンダ小説かと思われるかもしれないが、全く違う。もちろん推進派のための作品でもない。作者の意図は別にあると思われる。

 荒唐無稽と取るか、「想定外」と取るかは自由だが、読み進めていくと奇妙な現実感がある。それは作者の詳細な科学的知識とその記述のみによるのではない。犯人は単なるテロリストではないのだ。それどころかテロの思想からは最も遠い所にいるのかもしれない。手違いから子供が一人ヘリに紛れ込んでしまうというハプニングの対処方法からも、当事者たちの(犯人を含む)人間味ある表情が、臨場感に溢れているのだ。どんな人も一冊の小説を書けるだけ、人生のストーリーを持っている。それがこの作品に現実味を与えている。

 警察、消防隊、自衛隊、政府関係者、地方自治体の役人、企業人等の性格が分りやすく書かれているのも面白い。無理に戯画化しようとしない所が、リアリティに繋がり、会話の端々に人間性が現れるのは読み応えがある。犯人像が簡単に明確にならないのも興味深いし、動機にいたってはある意味それこそ「想定外」とも言える。「真実」とは言えないかもしれないが、「事実」の持つ重みのようなものを、この虚構作品は持っているのだ。

 作者の意図はどこにあるのか。それは犯人が最後に送るメッセージに現れているようだ。犯人は原発を指し、「彼等は様々な顔を持っている。人類に対して、微笑むこともあれば、牙を剥くこともある。微笑だけを求めるのは、傲慢である。」と述べる。原子爆弾を落とされた日本人には当然だと思えるだろう。しかし、次の言葉はどうだろう。「沈黙する群集に、原子炉のことを忘れさせてはならない。常に意識させ、そして自らの道を選択させるのだ。」私たちははたして、核武装を放棄した日本に「核爆弾」に成り得るものが存在するという意識を持っているだろうか。15年以上前の東野圭吾の警鐘を、現在の状況と共に私たちは再考するべきであろう。


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2011年04月16日

『大江健三郎 作家自身を語る』大江健三郎 聞き手・構成 尾崎真理子(新潮社)

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「作家自身による作品誕生譚」

 「作家」という名の人はいない。だが「作家」というカテゴリーに属する人達がいるのは確かなようだ。一体どのような人を「作家」と言うのだろうか。辞書の定義では「詩歌・小説・絵画など、芸術品の制作者。特に、小説家。」となっている。では何か一つでもこれらのものを制作したら、その人は「作家」になったのだろうか。また、一旦「作家」になった人は永遠に「作家」なのだろうか。それとも何年間か制作しなかったら「作家」ではなくなるのだろうか。どうも「作家」というのは結構曖昧な存在に見えてくる。

 ともあれ大江健三郎を「作家」と呼ぶ事に異を唱える人は少ないだろう。50年以上に渡って小説を書き続けていて、ノーベル文学賞を受賞しているのだから、これほど「作家」という称号に相応しい存在は無い。また、彼には光君という障害を持った長男がいて、それが彼の文学に大きな影響と動機とを与えているのを、知っている人も多い事だろう。だが、一見私小説のニュアンスがあるように見える作品群の主人公たち、鳥(バード)や長江古義人たちと作家本人との関係は明確ではない。読者にとってはその辺りは非常に気になるところだ。

 『大江健三郎 作家自身を語る』は、そういった読者の興味や好奇心を十二分に満足させてくれる一冊となっている。多くの批判を浴びながらも『個人的な体験』のエピローグが何故必要だったか、古義人と大江との関係はどういうものなのかを、作家自身の言葉で実に明快に説明してある。当然かもしれないが、例え登場人物にモデルがあっても、彼らはモデルと同一人物ではない。ではどこからが「フィクション」なのか。その距離感についても、興味深い発言がある。

 『洪水はわが魂に及び』は連合赤軍事件、『燃え上がる緑の木』はオウム真理教事件を、まるで予言したような作品となっている。それについて大江は、一つの事を10年間毎日考え続けていると、その「勢い」で自分が現在より「前に出て行く」事があると述べている。それが想像力であり、それを書く事によって、作品内容が近未来と一致してしまうということがありえると説明する。この本は5年前のインタヴューが元になっているが、大江はこうも発言している。「私がいま、最も恐怖を持って想像するのは、世界各地の原子力発電所が、あらゆる側面で次第に劣化して、事故を連続して起し始めること」これはテロに関する発言だが、日本の現状を考えると、彼の危惧はかなり正鵠を射ている。

 作品が生まれる時に関しては「もし作家に、他の人間とは違う才能があるとすると、それは実につまらない偶発事から、自分がその時書こうとしている小説の、一番根本的なものを創り出す、そのきっかけを感じ取る能力だと思いますよ。」と言う。また小説を書き進めていくと、「小説自体の力で、それまでの平面から離陸する瞬間がある」らしい。それを大江は「アレが来る」と呼ぶ。

 大江健三郎の作品は(特に後期の)常に人口に膾炙するものとは言えないかもしれない。しかし、作品によって常に私たちを種々に挑発する作家であるとは言えるだろう。そしてその議論の中に、私たちがこれから進むべき道の一端が示されているのは間違いないようだ。そんな作家の自然体の告白は、大江文学のフアンならずとも、非常に興味深く、また示唆に富んでいると言える。


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2011年03月27日

『王国』よしもと ばなな(新潮文庫)

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「癒しと回復の物語」

 今回の大震災の被災者にお見舞いを申し上げますと共に、犠牲者のご冥福を心からお祈りします。ここフランスでも、様々な方が義援金募集活動をしていて、緊急時にこそ人々の暖かい心がよく分ります。原発の状況も予断を許さないものでありますが、一日も早く終息して、皆様が日常を取り戻す事ができるよう、強く願っています。

 こんな時に、どのような本を読むべきだろう。すぐに思いつくのは、震災後の復興に役立つような実戦書であり、苦しんでいる人々を多少でも癒す事のできる本だ。よしもとばななは初期の『キッチン』や『哀しい予感』等で、すでにある種の特殊能力を持つ人々を登場させ、『アムリタ』でそれを大きく発展させていった。『王国』はそれが充分に生かされている作品だ。

 主人公は雫石という若い女性だが、これは彼女の回復の物語であり、また全ての人々、いや地球全体に対する「癒し」を描いた作品でもある。雫石は山奥の山小屋で祖母と二人暮らしをしていた。祖母は薬草茶を作る名人で、彼らの山小屋まで徒歩で時間をかけて登ってくる人々の癒しのために、お茶を処方していた。劇的に効く事もあれば、単なる健康促進の事もある。しかし必ず効果はある。商品化しようという話を断り、彼女たちは山の恵に囲まれて、静かに幸福に暮らしている。

 しかし、ある日祖母が、マルタ島に住んでいるメル友の日本人男性と暮らす事にしたから、山を降りると告げる。しかたなく雫石も山を降り、都会で暮らし始める。サボテンを育てながら(雫石という名前もサボテンから来ているらしい)アルバイトを探す時に、眼の不自由な占い師である楓と運命的な出会いをする。楓は素晴らしい力の持ち主だが、雫石は「ものごとの本当の姿を見ること」ができると言う。

 物語は雫石と楓の関係を中心に、楓のパトロンで同性愛者である片岡、サボテン園の職員である真一郎、雫石の祖母等が加わり展開していく。片岡は雫石に対して毒舌を吐くが心は優しい。真一郎とは恋をし、分かれる。祖母はいつも的確な連絡と助言をくれる。全ては雫石の回復のためにある。彼女は恋をし、破れ、火事に遭い、テレビ中毒になる。ある意味都会の毒気にあてられてしまうのだ。楓たちはその解毒剤となる。

 雫石が気に入って通っている居酒屋のマスターが言う。「雫石ちゃんが元気になると、影響を受ける人が必ずいるんだ。それが人間っていうものなんだ。」その通りだろう。今も、自身が被災者であるという非日常的な状況の中で、避難民のために元気で走り回っている人達が沢山いる。彼らの映像を見ると、遠く離れている私たちも元気がもらえる。そして、元気である私たちも、彼らの応援をしなくてはと心から思う。

 雫石という名前は、1971年の民間機と自衛隊機の衝突事故をも思い出させる。多くの方たちが亡くなったが、祖母と雫石は彼らの魂を浄化させる役割も担っているのかもしれない。私たちは自然の一部であるし、そうである以上、自然災害は避け得ない。ならばそれと共に生きていくしかない。だが、少なくとも「人災」は減らせるはずだ。自然の力を見くびらず、等身大にしっかりと捉えて、共存していくことの大切さを、この作品は示しているようだ。


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2011年02月28日

『ねむれ巴里』金子光晴(中公文庫)

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「巴里の光と影」

 今パリには旅行者を除いても、常時2万人以上の日本人が滞在しているらしい。在仏日本人会も機能しているし、日本料理店は1千軒ほどもあるようだ。最もその9割以上は、日本食ブームに乗りたい輩の経営する「和食もどき」を提供しているが。金子光晴の『ねむれ巴里』は、1929年から2年間に渡るパリ滞在記である。日本人会も無く、和食など炊いた白米に生卵があれば上等といった時代の、はぐれ者たちのパリ生活は非常に興味深い。

 先にパリに着いている妻の三千代に合流するために、何とか船賃を手に入れて乗船する。船の中も面白いが、パリでの破天荒な生活は見事だ。ほぼ文無しなので、金を手に入れるために何でもやる。会費の取立て、額縁作り、論文代作、大使館員への詐欺……そしてパリ、フランス人に対する強烈な悪罵。「頭を冷やしてながめれば、この土地は、どっちをむいても、むごい計算ずくめなのだ。」「フランス人一流の、じぶんたち以外のものに対する常識のないことにはおどろかされる。」

 金子の周りに存在する日本人たちも、はぐれ者だが憎めない連中だ。日本画家の出島はやくざまがいに、ゆすり、たかりを繰返しているが、それも皆フランス人の愛人のためだ。しかし、彼女には別な男がついていて、出島の稼いでくる金は、右から左へとその男へつぎ込まれる。日本からの送金をすぐにバカラ(賭博場)で使い果たし、いつも文無しの男。餓えていた街娼を連れて帰り、面倒を見ていたら、全財産を持ち逃げされた男。

 「シャンジュ・シュバリエ」は元々踊りでパートナーを変える時の用語なのだが、パリに来てパートナーを変えるカップルが多いという。金子が見たのは最初に武林無想庵と文子のカップルであり、次に装飾画家夫妻、そして「旅費をもってパリまで着けば、あとはなんとでもなると、じぶんたちの能力に一度もそろばんを置いてみたことなしに、がむしゃらにやってきながら、アルバイト一つできない文学青年の夫婦」。多くは金のせいで、パートナーを変えてしまう。

 芸術や文学関係者に会う事を好まない金子だが、藤田嗣治にも会っているし、岡本かの子や深尾須磨子も知っている。しかし、金を借りるには不都合なので、深い付き合いは無い。藤田から紹介状を貰って、高級避暑地のドーヴィルでひと稼ぎをしようとするが、何にせよ資金が無いので不可能となる。丼物屋を始めようとするが、これも同じ。妻もささやかなアルバイトをしながら、二人でダゲール街22番地のアパートで生きている。

 悲哀に満ちた話もあり、惨めな苦労話も多い。しかし、金子自身の像にはぶれが無い。というより、表層は常に振動しているが、遠くから見ると動かないように見える。諦念ではない。人に対する適度な好奇心と、鋭い観察眼が、この作品を面白くしている。一見今のパリ事情とはかけ離れているように見える。しかし、本当にそうだろうか。

 パリでは二人の父と二人の母を持つ子供が多い。子連れ再婚のせいだ。やはり「シャンジュ・シュバリエ」は続いているのだ。20年ほど前、毎月の収入の全てを博打場ですってしまう、腕の良い料理人がいた事を知っている。知人は和食ブームにあやかって丼物のレストランを開いたが、結局上手く行かなかった。私自身も、1983年に家内と二人でパリに着いた時、仕事があったわけではなく、日本での仕事を辞めてゼロからの出発だった。太田博昭医師の書いた『パリ症候群』にも見られるとおり、パリで発狂する日本人は異常に多い。

「パリじしんは自堕落ではなく、そこをあくがれてくるもののこころだけを放恣にするとしたら、まことにパリは残酷なところということになる。」金子が観察したパリは多分今も変わっていないに違いない。だが、そのパリに魅力を感じる者は後を絶たない。時々夜遅くタクシーでセーヌ河畔の自動車道路を通る時、対岸の建物の幻想的な美しさは、追随を許さないものがある。パリの光と影は今も変わらない。


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2010年12月21日

『伊藤一刀斎』好村兼一(廣済堂出版)

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「パリ在住剣豪の剣豪小説」

 『伊藤一刀斎』の作者、好村兼一は私のパリのアパートから徒歩数分の所に住んでいる。大学の時にパリに来て気に入って住み着いてしまった人だが、フランスの剣道界で彼の名を知らぬものはいないだろう。剣道八段、フランス剣道連盟の顧問である。全てを剣道に捧げているといっても過言ではない生活を送っている。好村氏に処女作の原稿を見せてもらったのは、何時の事だろうか。ストーリーよりも、戦いの臨場感が鮮やかだった事を覚えている。

 『伊藤一刀斎』は一刀流の始祖である実在の剣客だが、出生等諸説あり、判然としない部分が多いようだ。しかし、剣客小説であり、伝記ではないのだから、その辺りを詮索する必要はないだろう。要は小説としての価値が大切だ。そして、まず言えることは、面白いという事だ。特に立ち合いの場面は出色だ。間を計る呼吸や、刀の動きなど、迫真の戦いぶりが伝わってくる。これはもちろん筆者が剣道八段であり、剣道を深く知りぬいているせいだろうが、文体も練れてきて読みやすくなっている。

 数年前に日本から剣道の高段者が来仏し、模範試合を演じた事がある。八段同士の試合も観戦したが、四、五段の剣士たちと違って、あまり動かないのだ。そして、われわれ素人の目には、一瞬の内に勝負がついてしまう。何が起こったのかさえ分からなかった。後で好村氏に尋ねると、高段者の試合はお互いに静かに間合いを計りながら、僅かな隙を見せて相手を誘ったりするので、一見殆ど動いていないように見えて、その実火花を散らす戦いが繰り広げられているのだと言う。凄いものである。

 また別の機会に、やはり日本から高段者が来て、キリスト教の聖地であるルルドで合宿を行った事がある。何の予備知識もないのに、列車がルルドに近づくと彼らはルルドの「気」を感じていたと、同行者が語ってくれた。武道の高段者ともなると、我々凡人には及びもつかない力を身につけているようだ。そう言えば、明治期の剣豪に、取材に来る記者の動向を遠方から察知し、大震災を一週間も前に予知していた人物がいたと何かで読んだ事もある。

 作品は弥五郎(一刀斎の幼名)が伊豆大島を抜ける所から始まる。沼津の前原に流れ着き、前原弥五郎と名乗る。三嶋神社の宮司に剣術の手ほどきを受け、鐘捲自斎と出会うことにより、その才能が開花する。一年後には師を凌ぐ力をつけるのだが、あまりにも急激に強くなりすぎる感を受ける。しかし、実際に一刀斎は強かったようだ。諸国遍歴の時も33度戦い、一度も敗れなかったというのだから。その意味で、この作品は一刀斎の強さを充分に表現している。

 強いとは言え、人間である事に変わりはない。物事に動じ、泣き、笑い、私たちと同じ感情を見せる。しかし、修行に対する貪欲さと、継続の力は驚くべきものであるし、話に引き込まれていく。頂点を極め、「一刀は万刀に化し、万刀は一刀に帰す」という境地を手に入れて、忽然と姿を消す。誠に魅力的な人物である。楽しい作品ではあるが、筆者があとがきで「一刀斎が築いた一刀流剣術は現代剣道の根幹を成しており、極意『切落し』は今なおそこに生き続けている。」と書く時、好村兼一の姿のかなたに一刀斎の面影が浮かんでくるようだ。


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2010年11月30日

『無名』沢木耕太郎(幻冬舎文庫)

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「父と息子との補完関係」

 親と子というのはどのような関係の存在なのだろうか。親が子を生むというのは、自己の分身を生産する事なのかもしれない。しかしその分身は、親が自己の中の異質な部分を「排除」しようとしたものだとしたら、子が親を求める行為の意味合いは変わってくるだろう。子は自己の中に生まれながらに失われた部分があるのを感じて、親にそれを求めるのかもしれない。子が親に似てくるというのは、その行為の結果であるかもしれない。沢木耕太郎の『無名』を読んでいて、そんな事を考えてしまった。

沢木はノンフィクション作家として知られているが、この作品も脳出血で倒れた父が死去するまでの看病記となっている。入院している父の病床に夜付き添いながら、父の事を考える。祖父は一代で財を成し、何不自由なく育った父だったが、戦後没落し40代になってから工員として働き始める。そんな父の楽しみは食事時の一合の酒と食後の一冊の本。沢木は酒を買いに行った事、父が好きではなかったはずの太宰の作品を買ってくれた事、高校生の時に一緒に酒を飲んで酔った事等、種々の思い出が浮かび上がってくる。

沢木が大学を卒業し大企業に就職し、入社一日目で退職したエピソードは有名だ。しかし、両親の反応は中々興味深い。母は「そう、あなたが決めたことだから」と言ったが、父は何も言わなかった。しかし、母親には「よかった」と言っていたという。就職初日に退職した息子に関してこう言う父親がはたして何人いることだろうか。息子に対する心からの思いやりなのだろうか。それとも自分の中に存在した意識が、息子にも存在しているのを感じて、それを認めているのだろうか。

筆者は父に尋ねる。「どうしてもわからないことってあるの?」父は「あるだろうね」と答え、「わからなくても、いいんだよ」と加える。大江健三郎の『個人的な体験』の中で主人公の鳥(バード)は、6歳の時に父親に「お父さん、ぼくは生れる百年前どこにいた? 死んで百年後、どこにいる? お父さん、死んだあとのぼくはどうなるの」と尋ね、父親に思い切り殴られる。その父親は三ヶ月後ピストル自殺する。答えのない質問に父はどう答えるべきなのだろうか。どちらの父も優しさの表現に見える。

父は一時期俳句に凝っていた。作品の至る所にそれが引用されていて、父の輪郭を映し出す。
  ひっそりと秋の立木のひっそりと
  菜の花の宙に浮かびて蝶となる
  鰭酒や古き馴染みのまた欠くる
  この路のつづくかぎりのコスモスぞ
沢木は父の句集を出そうと考える。句の選択をしながら、種々の父の姿と出会う。 

 沢木は父と喧嘩をした事がなかったという。それどころか父に反抗した記憶が無いのだ。それは父が恐いからではなく「むしろ私は、幼い頃から、父を守らなくてはならない人と感じていたのだ。そう、私にとって父は守るべき対象だった。」と言う。もし父が沢木に、世の中と戦う武器を、人と共存していく方法を与えてしまって、自身が丸裸になっていたのだとしたら、息子が父を守るのは当然の事だ。自己防御もできなくなるほど惜しみなく全てを息子に与えてしまう父。幼い時から父を無意識に守ろうとしていた息子。どのような形であっても、親子というのはある種の補完関係にあり、それが鎖のように繋がっていくのが、家族の姿なのかもしれない。


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2010年10月24日

『名文どろぼう』竹内政明(文春新書)

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「名文をばらまく鼠小僧?」

楽しい本である。休憩時間に読んでいたら、思わず何度も声を上げて笑い出したくなった。または一人でにやりとしてしまう。誰かに見られていたらよほど奇妙に思われたことだろう。竹内政明は読売新聞のコラム「編集手帳」の執筆者だ。『名文どろぼう』は彼が長年かかって集めてきた、名文、名文句を惜しみなく披露してくれている。ダジャレあり、語呂合わせあり、唖然とするものあり、ほろっとさせてくれるものありで、とにかくこちらの情緒をくすぐってくれる。

 老人ホーム協会で募集した「シルバー川柳」から「赤い糸 夫居ぬ間にそっと切る」。我々亭主族を落ち着かなくさせるが、何とも上手い。しかし森中恵美子の「ネクタイを上手に締める猿を飼う」となると、我々は人間とも見られていない。「ネクタイ」に労働の疲れが染み出ていそうで、せつなくなる。十七文字に込められた世界は深い。

 文人たちが色紙などに粋な文句を書くのは、驚かない。ところがお固いと思われる国文学者も負けてはいない。私もかつて古文の解釈で間接的にお世話になった事のある池田彌三郎は、旅先から以下のような短歌を書いた絵葉書をガールフレンドに出すそうだ。「××××× ××××××× あはれなり 思ふことみな 君にかかはる」空欄にはTPOに合わせて「信濃路に梅を訪ねて」とか「大和路に行く秋惜しみ」などと入れるらしいのだが、純真な好青年の横顔が浮かんでこないだろうか。

 ところが、この出典(?)を聞いて驚く。池田の師である折口信夫の作なのだが、折口の和歌山出身の教え子が若くして亡くなり、墓参りをした時に「紀伊の国の関を越え来てあはれなり思ふことみな君にかかはる」と折口は詠んだ。それを借用しているというのである。恩師の挽歌を自分の恋歌に使うとは、大先生もなかなかのワルである。この歌で一体何人の女性の目を潤ませたのか。

 外国語ネタも面白い。三遊亭歌之介によれば銭形平次と女房のお静はフランス語が話せたというのである。仕事に出かける平次に、お静が大事なものを忘れていないか聞く。
  「ジュテモタ?」
  「マダモトラン」
「十手持った?」「まだ持っとらん」ということだが、上手い! フランスに住んでいるので余計に良く分るのだが、フランス語で「私」は「Je(ジュ)」であり、「~トラン」と発音する単語はいくらでもある。雰囲気が良く出ている。噺家は耳が良いのだろう。

 かつてフランスに住んでいた写真家の知人が、日本から来たばかりの後輩にフランス語を教えていた。「もちろん」はフランス語で「エビダモン」と言うけれど「タコダモン」とか「イカダモン」とも言うと真面目な顔で講義をした。純真な彼女は(その後輩は女性だった)早速次の日にフランス人に向かって「タコダモン」や「イカダモン」を連発したのだが、もちろん通じるはずがない。彼女が、からかわれた事に気づくのは、充分に恥をかいてからである。


 泣かせる話もある。南極昭和基地で越冬する隊員に日本の家族から電報が届く。ある隊員への奥さんからの電報。
  「アナタ」
奥さんの声が響いてこないだろうか。こんな電報を貰ったら、雪原を越えて会いに行きたくなってしまうだろう。この二人がしばらくぶりに再会した時の第一声は、間違いなく奥さんの「アナタ」だったろうと考えてしまう。

 まさに笑いあり、涙ありの名文句が満載だ。仕事や家事に疲れた頭を休ませ、秋の夜長を楽しむための、珠玉の一冊である。


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2010年10月11日

『わたくし率 イン 歯ー、 または世界』川上未映子(講談社文庫)

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「平成饒舌体?」

力のある新人が出現する時にはどのような特徴があるのだろうか。私には例えばそれは一種の違和感、またはノイズとして感じられることが多い。阿部和重や平野啓一郎の時がそうだった。読んでいて独特の「ずれ」を感じた。それは取りも直さず、自分の持っている(または持っていると信じている)世界と、作品の中に出現する世界とのずれに他ならない。要するに私の知らない世界が、作品に滲み出てきているのである。 川上未映子の『わたくし率 イン 歯ー、または世界』もまた違和感に満ちた作品だ。この作品は川上が『乳と卵』で芥川賞を受ける前年に芥川賞候補となったものだ。タイトルからして、訳が分からない。内容の見当もつかない。そして読み始めると、種々の作家の影響を思わせる文章に出会う。

他の作家の文章をあまり読まない作家は少ないだろう。大抵は若い頃に色々な作品を読んで、それが自分の中に溶け込んでいって、新たなスタイルを作り上げて行くことになる。この作品にはそういった痕跡が、未消化の食物のように妙に生々しく残っている。

主人公がオセロをしていて、相手の女の子がオセロのコマを口に含んで、唾液の糸を引きながら盤にコマを意図的に置く。「わたしはそれが非常な感じ、ああ今わたし裏返りたい、顔だけはこのお姉さんに向けたままオセロのあれみたいに裏返って立ち上がって隣の部屋の襖あけてもう帰りたいわ帰ろうやあと懇願したい、そやのにわたしは裏返られるはずもなく、唾液にぬれたオセロのあれを黙って裏返すのでありました、」白石かずこの詩の世界に見られる粘着質を思わせる。

「医師は顔から眼鏡を外して、引き出しからちょっと毛羽だった布を取りだして丁寧にレンズを拭きはじめ、わたしはそのときに初めて医師が眼鏡をかけてたことに気がつきました。この部屋ではなんでか色々なことに気がつくのが後手になる、」はカフカ的世界。歯医者に口の中を見せながら「わたしは初めてのことがつづいて興奮してて、その波打ちにあわせて目の前の医師の顔だけが少しずつ少しずつ小さくなっていって、しまいにはグレープフルーツぐらいの大きさになってゆくのやった」は川上弘美。

「そう思うようになってからこっち、……なんかぽやんと。」と15行に渡って読点のみで続く谷崎的文章等、種々のイメージが喚起される。作者がこれらの作家を読んでいるかどうかは知らない。だが、読み手に多くの示唆を与える文であることは確かだ。

青木という恋人がいるらしいのだが、いざ本人に会いに行くと、彼は別の女性といて、主人公の事を知らないと言う。まだ妊娠の徴候もないのに、産まれてくるであろう子供に日記で語りかける。自分は奥歯であると意識し、その意識が種々の方向に増殖していく。

ストーリーらしいストーリーも殆どないのだが、気になるのは語り口である。後半では数ページに渡って読点のみで語られる場面もある。かつて昭和軽薄体と呼ばれる文章が存在したが、それに倣うならば「平成饒舌体」とでも呼べようか。これらの「ノイズ」がこれからどのような形で美しく結晶していくのか、楽しみな作家である。


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2010年09月27日

『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦(角川文庫)

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「怪傑乙女の華麗な冒険!」

 今年も夏の一時帰国時に京都へ寄った。第一目的は先斗町のバーである。ここの所毎年通っている。目立たない所にあるのだが、一等地なのに料金は非常にリーズナブルで、殆ど年中無休で開いている。お客さんは皆マスターの人柄に惹かれてやってくる。そのバーの話を、友人である若き研究者夫妻としていたら、奥さんが「京都が好きならば森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』が面白いですよ」と勧めてくれた。彼女は金沢出身だが、大学は京都で、ご主人は生粋の宇治っ子だ。彼らが勧める本ならば面白いだろうと思い、読んでみた。

 語り手は「黒髪の乙女」に憧れる大学生と、その乙女自身。この乙女はカバーイラストでは現代風の可憐な少女として描かれているが、只者ではない。顔色一つ変えず伝説の酒豪と渡り合い、どんなものを食べても体調を崩さず、物怖じもしない。まるで『動物のお医者さん』の菱沼さんと『もやしもん』の長谷川さんを足して二で割って若くしたような感じ(?)である。つまり荒唐無稽で痛快なのである。

 作品はいくつかの不可思議なエピソードで成り立っていて、最後の大団円へと繋がっていく。冒頭から、四条木屋町、烏丸御池、伏見、阪急河原町駅、四条大橋、高瀬川、先斗町と、京都好きにはたまらない舞台設定である。そして、先斗町で最初のエピソードが始まる。乙女は大学のクラブの先輩の結婚祝賀会に出席した後、初めて一人で木屋町のバーに入る。そこで思う。「私は太平洋の海水がラムであればよいのにと思うぐらいラムを愛しております。」

 大学生である「乙女」の言葉とは思えないのだが、私の行きつけのバーのマスターも無類のラム好きで、ラムにはちょっとうるさい。まあ、とにかくこの乙女は見かけによらずとんでもない酒豪なのだ。この章では、当初バラバラと思える種々の人達が、後半思いもよらず繋がってくる。名前に注意して読んで行くと面白い発見がある。最後は京都のフィクサー的人物李白さんと乙女の酒飲み対決となる。

 第二章は糺の森の古本市、第三章は吉田の大学構内、第四章は市内の種々の場所でと、最後まで京都散歩が楽しめる。基本のストーリーは乙女の大学の「先輩」(語り手の一人でもある)と乙女の恋物語なのだが、「先輩」の小心な様と乙女のノンシャランぶりが面白い。胡散臭い人物や訳の分らない人達が沢山登場し、奇想天外な筋だが、ロマンがある。「大正ロマン」ではなく、「昭和ロマン」とでも呼べる不思議な世界が作られている。

 分刻みどころか時として秒刻みの生活に追われている日々、柔らかく優しい物語で数時間を過ごすのも悪くない。暑かった夏から涼しい秋へと向うための、一服の清涼剤のような物語である。


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2010年07月28日

『荒地の恋』ねじめ正一(文春文庫)

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「詩人とは何者か?」

 私たちはよく人を二分化して捉える。金持ちと貧乏人、意地悪な人と優しい人、太っている人と痩せている人等、例を挙げるときりがない。しかし、詩人をどう捉えれば良いのだろうか。詩人と詩人ではない人、詩を詠む人と詠まない人。何だか違和感が残る。だが、世間で「詩人」と呼ばれる人が存在するのは間違いない。

 酒神、詩神、女神に愛された田村隆一。彼などはどうみても典型的な「詩人」というイメージに相応しい。その時私たちの胸にどのような像が浮かぶのか。酒を飲んで家庭を顧みない、次から次へと恋愛を繰り返す、そんな放蕩的イメージか。では普通のサラリーマン(そんなものが存在するのかどうかは別として)は詩人ではないのか。毎日会社に出勤し、家庭や友人を大切にしていては素晴しい詩は書けないのか。

 田村の中学時代からの親友である北村太郎は、新聞社の校閲をしながら妻子との生活を大切にし、普通の人として暮らして来た寡作の詩人である。そんな彼が田村の妻の明子と破滅的な恋をする。北村53歳の時である。それからの北村の半生を描いているのが、ねじめ正一の『荒地の恋』だ。李白と杜甫ではないが、大酒を飲み天才的な詩才を見せる田村と、勤勉な北村の確執。それを小説仕立てで見事に描いている。
 
 何度も結婚を繰り返す田村は、二度目に明子と会った時、突然「僕と死ぬまで付き合ってくれませんか」と言う。「殺し文句である。田村の詩も、田村という人間も、もしかしたら田村の人生も、殺し文句で出来上がっている。」田村隆一は生まれながらの詩人らしい。その田村の妻を北村は奪うのである。北村は妻子を捨て明子と暮らし始める。奇しくも「明子」というのは、事故で亡くなってしまった、北村の最初の妻の名前だ。

 罪悪感と貧乏に悩まされながらも、北村と明子は二人で暮らす。田村は若い子と暮らし始める。だが、それも長くは続かない。自分の書いた詩が予言となって彼の前に現れる。「詩が自分の未来を言い当てる、そのことに思い至って、詩を書くのが恐ろしくなった時期もあった。だが、北村は書き続ける。今までの寡作な時間を取り戻すかのように、彼は仕事をする。

 「田村隆一は詩のためにだけ生きている男である。」どんな状況でも、田村は一人でいるのが寂しく、北村に会いたくなれば「北村あ……会いたいんだよお―!」と電話し、北村は必ず会いに行く。結局そんな田村を明子は見捨てられない。鮎川信夫の友情、捨てた妻子との問題、新しい出会い、若い友人たちの応援、宿痾の病、種々の要素が絡み合いながらも、そこから浮かび上がって来るのは、鬼才田村隆一と対峙する北村太郎の魂だ。

 太宰治、坂口安吾等、破滅型の作家は多い。だが、破滅的人生を送った者が全て作家になる訳でもなければ、そのような人生を送らなければ作家になれないとも言えないだろう。北村も決して詩を書くために破滅的半生を送った訳ではない。ただどうしようもない情熱に囚われ、それを追いかけただけだ。そして、詩を書いた。結局詩人とは何かという答えは出ない。それでも私たちは北村太郎は間違いなく詩人であったという、揺るがせない事実を知ることはできる。


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2010年06月29日

『現代詩文庫 宗左近詩集』宗左近(思潮社)

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「ヴァーチャルから実体へ」

 宗左近が逝って4年になる。東京大空襲の時に、手を離したために母を死なせてしまい、自己への叱咤のために「そうさ、こんちくしょう!」と言ったのがペンネームの由来だというのは有名だ。だがそんなエピソードなどどうでも良い。それは詩人のヴァーチャルな姿であっても、実体ではない。詩人の実体は詩自身の中にこそ求めるべきだろう。

 世の中がヴァーチャルなもので覆われていく。「ヴァーチャル」という言葉自体も認識できないうちに。若者が(最近は年配者も)「切れる」のは、そんな得体の知れない世界から、本物の血が流れる実世界へ回帰したい欲求からではないか。例え本人に実世界の記憶がなくとも、はるか昔の事ではないのだから、間接的に知っているだろう。いや、記憶が無いからこそ、どこかで憧れを持っているのかもしれない。

 宗左近の詩は、下手な解釈を許さない硬質さがある。炎に終われて逃げる時、

   走った
   走ったから走ったのだ
   さきに母が走ったのではない
さきにわたしが走ったのではない
燃えている鞭みたいなものがきびしく鳴って
走ったから走ったのだ

と書く(「炎の海」その夜13)。「逃げるために走ったのだ」ではなく「走ったから走ったのだ」。そこにはcauseはなくeffetのみがある。理由など考える前に走らなくては生き延びられなかったのだ。

 ふと気がつくと握っていたはずの母の手がない。

   母よ
   あなたは
   つっぷして倒れている
   夏蜜柑のような顔を
   炎えている
   枯れた夏蜜柑の枝のような右手を
   炎えている
   もはや
   炎えている
                           (同上)
作者は「炎の一本道」の上で「跳ねて」いる。「一本の赤い釘となって跳ねて」いる。母の肉体と作者の精神は炎に焼かれてしまう。これ以上の存在感があるだろうか。

   坐らなければ椅子はない
   動かなければ床はない
   きしまなければ部屋はない
   部屋がなければ不安はない
                     (「椅子」)
と、戦後の詩は存在への不安を詠みながらも、理路整然としているように見える。だが次の一節はこうなる。

    男はしがみついている
    もはやなくなってしまっているから
    しがみついているのか
    しがみついているから
    もはやなくなってしまっているのか

 ここでもやはりcauseは分らないながらも、強烈なeffetが説得力を持って存在する。これは人の魂だろうか。それとも一人の人間に宿る妄想だろうか。何はともあれ、そこにある種の「状態」が厳然として存在するのは変わらない。それは人そのものであり、また一つの人生の姿でもある。

 こういった精神体験を私たちは忘れつつある。映像の素晴らしさも理解できるが、やはり文字の喚起する創造力には及ばない。パソコンの前に坐り続け、受動的に映像を受け取り続ける世代においてこそ、詩は新たな力を持つのではないだろうか。 


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2010年05月20日

『夏の朝の成層圏』池澤夏樹(中公文庫)

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「文明は麻薬か?」

 「初心忘れるべからず」という言葉がある。どんな人にも大切であろうし、時として耳が痛い言葉でもある。人は誰でも変わっていくが、それが必ずしも良い方向であるとは限らない。また、例え良い方向に向っていても、忘れたくないもの、忘れてはいけないはずだったものを、どこかで落としてしまうことが多い。そんな時、「初心」に帰ってみるのも悪くない。

 作家にとって処女作とは何なのだろう。作家とて人である以上、時と共に考え方も作風も変わっていく。それでも最初の作品には、その人の原点のようなものが残っているのだろうか。そう考えた時ふと池澤夏樹の『夏の朝の成層圏』が目にとまった。この作品は小説としては池澤の処女作であるが、彼は当時既に翻訳、評論、詩等で活躍していた。

 漂流して南太平洋の孤島に辿り着くとなると、まるで『ロビンソン・クルーソー』のようだが、似て非なるものだ。冒頭では「ぼく」がどうやら孤島で暮らし、出て行く手段はあるのだが、それを決めかねているという事実が分る。「ぼく」は世界の終わりには、何としてもこの島に来ると言う。なぜならこの島は世界の終わりを迎えるのに「いかにもふさわしい」からだ。文明社会にもし戻っても「島はどこまでもぼくについてまわる」と考えている。この島は、「ぼく」にとってどのような意味を持っているのだろう。

 第二章から、話者は「ぼく」から「彼」に代わる。現在この話を書いている「ぼく」にとって、漂流してから今に至るまでの時間に距離感を感じているのだろう。自分の過去を客観的に見つめたいという意図もあるのかもしれない。「彼」は波の写真を撮ろうとして、船尾から夜の海に落ちる。無人島に漂着するまでの「漂い」は奇妙な現実感がある。泳げない私にとって、体の回りに水があるというのは決して心地良い感じではないのだが(温泉を除いて)、なまぬるい臨場感がある。これは水温のせいだろうか。

 無人島で椰子の実、バナナ、貝等を食べながら生活する。ある時精霊の夢を見て、隣の島に行く事を決心する。その島は彼が漂着した島より大きいのだが、何と一軒の近代的な家がある。いつでも人が住めるようになっているが、「彼」はそこには住まず荒れ果てた小屋で暮らす。家はアル中の映画俳優、マイロン・キューナードのもので、療養のために一人でやってくる。二人の交流も興味深いが、マイロンの仲間が彼を連れて帰る時、「彼」は島に残る事を決心する。

 しばらくぶりに「文明」に触れた「彼」は、もうこの島を出なくてはならないと考える。精霊にも拒否されたようだ。文明と島は対立するものなのか。それを考えるために「彼」は残って記録を書き始める。それが終った時に島を出ようと思っている。だが文明社会に戻っても「彼」は以前の「彼」ではない。分っていながらも戻るしかない、悲しき文明人なのである。だが、「島はついてまわる」。そこに一抹の希望があり、苦しみもある。自然と人間という対立した図式ではなく、自然の中の人間とは何かという、人という種の根本的存在のあり方を感じさせてくれる、非常に五感に訴える作品である。池澤の独特の感性は、やはり既にこの作品において顕著なようだ。


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2010年04月30日

『世に棲む日々』司馬遼太郎(文春文庫)

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「幕末は面白い!」

 フランス人が日本人より読書量が多いかどうかは知らない。ただ、こちらの書店を覗くと、いつでも歴史文学が置いてあり、歴史に対する関心の高さが分かる。日本でも歴史文学は常に一定の読者を持っているように思えるし、特に司馬遼太郎には熱心なフアンがいるのは間違いない。現在の中高校生にすら「司馬フアン」は結構いることを、私は職業柄知っている。

 主に幕末に関する作品が多いのは周知の事実だが、『世に棲む日日』もその一つだ。吉田松陰と高杉晋作の二人が主人公となっている。松陰は第二次世界大戦中名前が悪用された嫌いはあるが、松陰そのものは至って純粋な人であったらしい。およそ人を疑う事を知らない。学問への情熱と国への憂いのみで生きていた。

 その純粋さは、時に誤解を生み悲劇を生む。高杉晋作が、源義経同様天の寵児かと思われる程種々の賭けに成功するのに比べて、松陰はことごとく失敗する。ロシア船には乗り遅れ、ペリーのアメリカ船には拒否される。「事毎ニ必ズ敗レ、遇フ所必ズ逸ス。」と書いたが、それでも全くめげない。牢獄にあっても番人を感化し、囚人を啓蒙してしまう。しかも奢った所がない。

 憎めない人物だが、それを優しく見守る家族や長州藩も素晴しい。結果的に松陰は、天皇の元に万民は平等という、幕藩体制を根底から覆す思想を持つが、正直故に安政の大獄で刑死する。その思想を受け継ぎ、長州藩の幕末での活躍を築きあげたのが高杉晋作である。高杉は何があろうと、藩主の事を思い両親の事を思っていた。その意味においては、儒教的精神に満ちた良家の嫡子である。

 だが、彼は名誉や安寧に全くと言って良い程興味がない。いや、むしろ苦手なのである。これが妙に人間臭い。歴史小説はあくまでも「小説」であるから、実際の松陰や晋作がこの通りであったかどうかは分からない。だが、司馬の目は、間違いなく彼らの最大の特徴を見事に抽象化している。

 この時代を「尊王攘夷」と「佐幕」の対立構造で理解しようとすると無理があるようだ。松陰の「尊王攘夷」の思想の継承者であり、藩主をこよなく愛する晋作は、攘夷をあっさり捨て、長州藩を滅ぼそうとする。その灰の中から蘇ってこそ、長州の未来はあると考える。そして、長州をヨーロッパの列強に加えようと考えるのである。この時期に一体誰がこのような雄大な構想を描けたであろうか。

 晋作は佐幕派を一掃する為に、不可能と思えたクーデターを成功させ、長州が次の時代へと飛躍するためのスプリングボード役を勤めた後、病に倒れる。藩主を愛し、長州を愛し、両親を愛し、女を愛した、この稀代の天才的変人の死には涙を禁じ得ない。もちろん伊藤博文、井上馨等の明治の立役者達も登場するのだが、松陰、晋作のスケールの大きさの前では彼らの存在がかすんでしまうのは、司馬の筆のせいだけではないだろう。

 歴史の流れは一定ではない。悠々たる流れの時もあれば、奔馬のように激しい時もある。今がどういう時期であるか、過去と照らし合わせるとよく分かることがある。長州に対する次のような司馬の言葉は、今重い。「国際環境よりもむしろ国内環境の調整のほうが、日本人統御にとって必要であった。このことはその七十七年後、世界を相手の大戦争をはじめたときのそれとそっくりの情況であった。これが政治的緊張期の日本人集団の自然律のようなものであるとすれば、今後もおこるであろう。」


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2010年04月20日

『山のパンセ』串田孫一(岩波文庫)

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「人にとって山とは何か」

先日休暇で地中海方面へ出かけた時に、なぜか山の本を持っていった。海を見ながら山について思いをめぐらすのも悪くないと思ったのだ。串田孫一を教えてくれたのは、自身も詩を書いていた文学少女だったが、もう30年以上前の事だ。その時は彼の随筆にそれ程強い印象が残ったわけではないが、いつ思い出しても何だか懐かしくなる文章なのである。人に媚びる事の無い、まさに山そのもののような雰囲気が心地良い。

 『山のパンセ』は筆者の自選随筆集だが、題名の通り山について思った事、山で思った事などが独特の語り口で綴られている。串田は山登りに適した良い季節を選んで山登りをするわけではない。結構冬に誰もいない山に登ったりしている。特別な目的のために登るのでもないようだ。「普通の生活を送りながら、何かの折に襲って来るような心細さが、山へやって来ても同じように襲いかかる」と言い、「私は山へ来て、普段と少しも変わらない自分を見るようになって来た。」と語る。

 何かを求めて山に行っても、山は何も答えてくれないのだろう。もともとそんな事を期待することが間違っているのだ。山と対峙する事は、自己と対峙する事なのかもしれない。山へ行き、歩き、水を飲み、少々の食料をとり、一服し、美しい風景があれば絵や文章にする。ただその繰り返しだ。音楽すらも必要ない。「もともと山と音楽の世界とは非常にかけ離れているものと思っている。」自然は人の技巧を超越するのか。

 濃霧のせいで期待していた風景が見られない時、「霧の彼方にはすばらしい山があるはずだと思って自分を不幸にするよりも、今は感覚の一部分を自然にあずけてそれを特別に不自由なことと思わず、許された範囲のことを、許された力だけで考えるのを悦ぶことにしましょう。」と考える。詩人で哲学者である筆者ならではの、心に沁みる想いである

 夜に山中を歩いていても恐怖はない。熊と出合ったらと考えても「こんな時に私が想像する熊は、ちっとも凶暴ではなくて、恐縮している容子だった。話をすれば通じるような熊しか考えられなかった。」と、ユーモアの余裕さえある。だが、一人歩きをして行き着くところは、「私はこの寂しさが欲しかったことに気がついた。」となる。

 この寂しさは決してつらいものではないだろう。志賀直哉が『城の崎にて』で描いた心境のようなものだろうか。都会での日常生活では中々気づかない、世界の「核心」のようなものとの触れ合いの瞬間かもしれない。哲学の永遠の問いである「自分とは何か?」に一歩近づけるようなものかもしれない。

 紹介される草花や鳥の声に想いを馳せるだけでも、楽しい作品だ。山にいなくてもその明るい孤独が伝わってくる。松尾芭蕉の『奥の細道』を清書した素竜の「一たびは座してまのあたり奇景をあまんず」といったところだろうか。最後の方で「表現する最上のむつかしさは、何を隠すか、何を書かずにおくかということにあると思っている。」などと書かれると、再読し行間を読み取りたいと考えずにいられない。


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2010年03月29日

『鷗外の思い出』小金井喜美子(岩波文庫)

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「妹から見た鷗外」

 明治の文豪というと、夏目漱石と森鷗外の名前が必ず上がってくる。確かに作品も多く、人口に膾炙している。特に漱石は今でも人気がある。それに比べて鷗外はどうだろう。『高瀬舟』や『舞姫』は今でも多くの人に読まれているのだろうか。私は授業で中学3年生に『山椒大夫・高瀬舟』を読ませ、高校生に『舞姫・阿部一族』を読ませることが多い。それぞれ明確なテーマがあるので、生徒たちは結構一所懸命に読んでいる(ようだ)。

 作品を通して知ることのできる作者の姿は限られている。評伝を読めば大体の形は分るのだが、もっと臨場感溢れた作者の生き様を知りたいと思う事がある。そんな時に、近親者の書いたものが役に立つ。小金井喜美子は鷗外の妹である。星新一の祖母と言った方が分りやすい人もいるだろう。彼女の『鷗外の思い出』は、作品には表れてこない鷗外の一面が見えて非常に面白い。

 代々津和野藩の御典医として仕えてきた森家も、明治維新と共に没落する。その家を再興するための期待を一身に集めて生まれてきたのが鷗外である。当然妹である喜美子は兄の事を「私などは幼い時から、お兄様は大切の方と、ただ敬ってばかりいるのでした」と思っていて、鷗外の最初の妻である登志子の妹が鷗外に甘えている姿を羨む。簡単に甘えられる存在ではないのだ。だが、鷗外が妹に細やかな愛情を見せる場面もある。

 鷗外は家族の期待通り優秀な軍医となるが、かの有名なエリス事件が起こる。『舞姫』はもちろん虚構であるが、多分に鷗外の経験が生かされていることは間違いない。エリスというドイツ人女性が存在し、日本に鷗外を頼ってやってきた事も事実だ。鷗外の弟篤次郎と喜美子の夫の小金井良精がエリスを説得して帰国させるが、喜美子は書く。「思えばエリスも気の毒な人でした。留学生たちが富豪だなどというのに欺かれて、単身はるばる尋ねて来て、得るところもなくて帰るのは、智慧が足りないといえばそれまでながら、哀れなことと思われます。」

 明治32年に鷗外は九州の小倉第12師団勤務となる。鷗外が左遷だと思っていた事が鷗外自身の手紙によって良く分る。「学問力量さまで目上なりともおもはぬ小池局長」と述べ「謫せられ居るを苦にせず屈せぬ」と書いている。左遷ではなく鷗外の勘違いだという研究もあるようだが、それよりも鷗外が左遷だと思っていた事が大切だろう。

 喜美子は鷗外にとって、文学を語る相手でもあったようだ。彼女の作った歌の添削もしている。喜美子は数々の翻訳も手がけている。鷗外が文学上偉大な人物であったために、その陰で余り目立たないが、中々の才能の持ち主である。彼女が鷗外の妹でなかったら、もっと注目されていたかもしれない。それにしてもやはり私たちの心を打つのは、鷗外が死んでから30年も経って詠まれている次のような歌だ。
 「ながらへてまたかかるもの書けるよと笑みます兄のおもかげ浮かぶ」
 「命ありて思ひだすは父と母わが背わが兄ことさらに兄」

 この作品には、そんな作者の想いがたくさん詰まっている。


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2010年03月21日

『火宅の人』檀一雄(新潮文庫)

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「無頼派の人生の旅」

 パリは「芸術の都」や「花の都」と呼ばれる。確かにここでは多くの芸術家が誕生し、公園には常に花が咲き乱れている。だが、最後の無頼派と呼ばれた壇一雄にとっても居心地の良い場所であったようだ。アメリカとイギリスを回ってパリへ来た時に、モンマルトルに滞在した後、凱旋門近くのアムラン小路のアパートに住む。料理が生き甲斐の一つなので、キッチンがある事を喜び、しばらく滞在する。このアパートは、私がパリに来た当初14年間住んでいたトロカデロから徒歩10分ほどの所だ。小説の情景が目の前にあるというのは、何か不思議な気がする。

『火宅の人』は壇一雄が20年の歳月をかけて書き続け、死の数ヶ月前に完成した作品だ。中心は恵子という愛人(私小説的作品なので、実在のモデルがいる)との生活なのだが、無頼派の名前に恥じない、酒・女・仕事・料理(作る方である)の繰り返しである。特に、酒と女は甘美な麻薬のように、主人公にとって必須のものだ。仕事もかなりの量こなしている。そうでなくては本宅、愛人宅含め4件の家庭を保つ事はできないだろう。

愛人と事を起こす前に「私は現在の妻に、何の不満も持ち合わせていない。」と考える。なのに「私を信じきれぬならば、私も自分を天然の旅情に向ってどえらく解放してみたい。自分ながら賢者のなす業ではないと繰り返し思ったが、時にまた、おのれの愚に即いてみたいと願う事だってある。」という思いを振り切れない。幼い時に母親に去られたために料理を覚え、それが楽しみとなり、多くの人のざわめきの中にいることを至福としながら、その関係を長続きさせようとはしない。

嫉妬に狂う寂しがり屋であるのに、現前の愛を大切にする事には不器用な存在。「愛とは男女を持続して管理する生活術のようなものか。」と思う。太宰と親交のあった壇の、太宰との共通項が見えてくる。寂しがり屋なのに自分を寂しい所へ追い込んでしまう。そんな自分に嫌気が差し、酒に溺れる。悪循環であろうが、いかにも人間臭い。私たちの心に薄まって(意図的に薄めて?)ある何かが、凝縮して現れているようだ。

パリで食材を買い込み、料理を作るときは非常に楽しそうだ。種々の食材やその値段まで克明に書いている。魚の頭を切り落とされて慌てる所など、今も同じだ。我が家も頻繁に刺身を食べるが、切りそろえて売っているはずもなく、一尾買ってきて、3枚や5枚におろし、自分で作るしかない(もちろん私の場合は妻に作ってもらうのだが)。マルシェで買い物をするのは、料理好きに取って何よりもワクワクする瞬間であるに違いない。

アメリカ、ヨーロッパの旅から帰国し、しばらくして当の愛人とも別れる。体の不安も現れ、年齢ゆえの衰えも感じる。孤独を身に纏うようになりながら、一人でホテル暮らしをする。そこで最後に思い出すのは、パリで迎えた新年の事だ。31日の夜から元旦の朝にかけて、シャンゼリゼを歩く。種々の国籍の人達が「ボナネ(新年おめでとう!)」と言い合い、ビズー(キス)を交わし合っている。そこへ行きたいと強く思う。

最後の章は病床での口述筆記だという。松尾芭蕉の辞世の句「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」が思い出される。「旅情」を追いかけた孤独な作家の姿が、心に染みる。


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2010年02月21日

『決壊』平野啓一郎(新潮社)

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「ITは世界を救うか?」

 教育の世界にも、確実にIT化の波は押し寄せている。私の勤務するInternational School of Parisでも、授業の出欠はパソコンだし、教材や授業計画等も学校が選択したシステムにパソコンで書き込む。私は使っていないが、スマートボードと呼ばれる電子黒板を使う教師が増えている。だが、このような世界のデジタル化は一体何を生み出すのだろうか。時にはこのような怪物を生むのではないかと思わせるのが、平野啓一郎の『決壊』に出てくる「悪魔」だ。

 平野は『日蝕』で衝撃的なデビューを果たした作家だが、『日蝕』、『一月物語』、『葬送』等、決して私の肌に合っているとは言えない作品であった。『決壊』を読み始めた時も、冒頭部の「ホームに降り立つと、待ち構えていたかのような熱気に出迎えられて、その飼い犬めいた、馴れ馴れしく執拗な纏わりつき方に家族三人ともが閉口させられた。」や「佳枝は、いつの間にか車中を領していた沈黙に気がついて、それに指先でそっと触れ、動かしても大丈夫かどうかを確認するかのように、小さく鼻を鳴らした。」という表現に出会い、戸惑いを感じた。何か落ち着かないのである。

 とは言え、読み進めると、ストーリーの面白さと共に、表現も落ち着いてきて、先を読ませる力がある。主人公は国会図書館勤務のエリート、沢野崇。両親、弟夫婦に甥が一人いる、どこにでもあるような家庭なのだが、弟がバラバラ遺体となって発見されるという事件が起こり、崇は事件直前に弟の良介と会っていたために、犯人であると疑われる。と書くと、何だか良くある事件物のような感じだが、そうではない。

 良介が殺されるまでに、かなりの紙面を割いて、良介と崇の内面が間接的に描かれている。二人とも具体的ではない何かの不安を抱え、自己の存在と現世界との間の「ズレ」を感じている。この二人の不協和音のような通奏低音が交わる時に、世界は「決壊」する。それが良介には残虐な殺人として表れ、崇は最終的な崩壊への一歩をふみ出すことになる。事件は二人の人生を促すための(とは言っても良介はこの時点で死んでいるが)触媒に過ぎない。

 犯人は「悪魔」、「離脱者」と呼ばれるが、社会のセキュリティ・システムのエラーを自ら演出している。「9・11のあと、航空機のセキュリティ・システムは一定の改善を見た。テロリストのお陰で、社会は一歩、より良い方向へと進んだわけだ。」と語り、エラー(この場合は良介の惨殺)の増殖を予言する。彼は「幸福」の欺瞞性を暴こうとし、良介を責めるが、良介は幸福と愛への信頼を捨てずに殺される。

 「決壊」とは堤防などが切れて崩れる事である。何かを守っているものが、破壊される事と同じだ。ITの世界は人類を守っているのだろうか。それとも人類を破滅へと導くまやかしの福音なのだろうか。崇はその答えを出せずに滅びていく。この世界の「決壊」を防ぐのは、彼らが感じていた「ズレ」を認識し、確かな現実を把握する、いかにも日常的な稚拙な歩みであると実感する。


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2010年01月25日

『太郎が恋をする頃までには・・・』栗原美和子(幻冬舎)

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「差別の壁」

 今年のパリはよく雪が降る。普段は東京と同じ位で、滅多に雪は降らないのだが。石畳に雪が積もるのは美しい。私の故郷である北海道の友人たちにそんな話をすると、雪かきの苦労を忘れたか! とお叱りを頂くかもしれない。「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹」いているうちは可愛いものだろうが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではいけない。

 同和問題も似たところがある。渦中にいる人達にとっては、一生の問題であるどころか、過去現在未来に渡って、忘れる事のできない喫緊の重要課題であろう。だが身近にその問題を抱えていない人達にとっては、何か出来事が起こらないと思い出さない事であるかもしれない。健康な時は病気の苦しさを忘れているように。

 故に、時々このような問題作が世に出る必要があるだろう。栗原美和子の『太郎が恋をする頃までには・・・』は、同和問題を扱った私小説だ。筆者はフジテレビの有名プロデューサーのようだが、日本を離れて26年になる私は、彼女の名前を知らない。そのおかげで、先入観無くこの作品を読む事ができた。

 主人公の五十嵐今日子は、活躍していたテレビ局から系列の新聞社へと移され、その取材の一環で出合った猿まわし芸人の海地ハジメと結婚する事になる。全く自分の好みではなかった男に惹かれていく過程も面白いが、彼が被差別部落出身である事を打ち明ける所から、この作品は本当に始まる。

 幼い頃から様々な差別に晒されてきたハジメは、父の要請を受け猿まわし芸人として有名になりながらも、地元との関係に隙間風が吹き始めた頃、母親に「なんで俺を部落の子に生んだんやっ!」と叫ぶ。そして、故郷や家族と縁を切り、孤独に暮らしてきた。そんな時に今日子と出合い、惹かれて求婚する。

 二人はハジメの母との和解を果たし、今日子の両親にもハジメを紹介し、一つずつ障害を乗り越えていく。だが今日子はハジメの出自をまだ両親に話していない。話す必要はないと自己欺瞞に陥る今日子に、全てを告げる事を促すのはハジメである。入籍した後、結婚パーティを企画するが、その前に両親に打ち明ける。

 父は多少の理解を示すが、母は拒絶する。最終的に破局へと向っていくのだが、今日子の父とハジメが同じ言葉を吐く。「人間には理屈では説明しきれない感情がある」。確かにそのような感情は、対象は様々だが大なり小なり多くの人が持っているだろう。だが、それは解決不可能なものなのだろうか。

 人は女に生まれるのではなく、女になるのだと言ったのは、ボーボワールだったろうか。被差別者もそのように生まれるのではなく、社会がそのように作り上げていくものだ。かつて穢多・非人と呼ばれた階級が、農民に相対的優越感を与えるために為政者によって作られたものであることは明白だ。人が作り上げたものならば、やはり人が変える事ができると信じたい。


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2010年01月18日

『告白』町田康(中公文庫)

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「夢幻的人生」

 書店で厚い本を見ると惹かれてしまう。本狂いの人間の悪い癖だ。厚い本だと楽しみが長く続くのが嬉しいのである。薄いと、会席料理の一部に時々現れるお寿司のように、食べてしまうのが(読んでしまうのが)もったいなく感じて、手を出すのが惜しくなってしまう。貧乏性だろうか?               

 町田康の『告白』は、文庫本だが800ページを超える長編である。だが楽しみはそれほど長くは続かなかった。面白くて一気に読まされてしまうのである。明治26年に実際に起きた「河内十人斬り」事件を元にした創作だ。主人公の城戸熊太郎は貧乏百姓の子だが、幼い時から何でも熟考する癖があり、しかもそれが哲学的妄想の域に達している。

 子供同士の小競り合いでも、深く考え込む。弱い自分が強く見えるのは、大楠公流の奇知・奇略によってである。何故そうするのか。忠ではない。人を殴るのが気持ちよいのか、違う。では義だろうか・・・。などと永遠に考えているのである。そのせいで、他人とは違う人間だと自覚する。

 これだけならば、熊太郎は一風変わった人間というだけで、誰の記憶にも留まらなかったであろう。彼の一生を左右する出来事は、岩室で葛木ドールという怪人を殺害したことだ。これとても、熊太郎の妄想の産物としか思われないのだが、彼はこのせいで自分の一生は終わりだと考え、自暴自棄な生活を始める。

 博打と酒に溺れながらも、思い出したように百姓仕事を試みるのだが、そんな簡単にできるものではなく、すぐに挫折する。そんな熊太郎に作者は頻繁に半畳を入れるのだが、視点は現代からなので、その違和感が面白い。野犬に向かって、お前は誰だと問う熊太郎に「はっきりいってあほである。犬を相手に、お前は何者だ、と誰何したからといって犬が、はい。私は大阪府泉佐野市からやってきた尨犬でございましてなどと返事をするわけがない。」と揶揄する。

 熊太郎はかつて賭場で偶然助けた弥五郎とコンビになり、遊び回る。美人の縫と一緒になり、幸せが見えてきたところで、縫は熊太郎の弟分の寅吉と姦通し、腐れ縁の熊次郎には大金を騙し取られる。堪忍袋の緒が切れた熊太郎は、弥五郎と共に熊次郎や縫等10名を殺害し、山中に逃げる。山に詳しい弥五郎のお陰で、二人は追っ手に中々捕まらない。だが終わりは唐突である。

 ラストは是非作品を読んでいただきたいのだが、ヒントを出すならば、途中経過は全く違ってもスタインベックの『ハツカネズミと人間』と似ていることだ。熊太郎は死の直前に自分の心を探り「本当の本当の本当のところの自分の思い」を見つけようとするができない。「あかんかった。」が最後の言葉である。

 町田康は器用な作家である。種々のタイプの作品を書き、多くの賞を取っている。しかしこの作品は、どこかで中上健次の濃密な空間に通じるものがある。中上健次が死んだ時、多くの評論家が、文学の一時代が終ったと語った。町田康が中上健次の継承者だとは思わないが、彼が音楽の世界でも活躍しているせいか、二人の作品には通奏低音が流れている。


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2009年12月25日

『大人にはわからない日本文学史』高橋源一郎(岩波書店)

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「「私」は小説のOS」

今日はクリスマスイブだ。日本はさぞかし賑やかなことだろう。フランスのクリスマスは家族が集まって過ごす日なので、丁度日本の大晦日のような雰囲気になる。美味しいものを食べて楽しむが、騒ぎはしない。その代わり、大晦日はドンチャン騒ぎのパーティとなる。日本と反対なのが面白い。

 今年の終わりに相応しいかどうかはわからないが、一応文学に携わる者として、高橋源一郎の面白い本を紹介したい。『大人にはわからない日本文学史』という、相変わらずの刺激的なタイトルだ。内容も負けていない。彼は常に私たちに新しい視点を提供してくれる。今回の基本は、日本近代文学は樋口一葉の活躍した明治28年を軸にして「十年という時間で文学史を折りたたむと、一方は起源に達し、一方は完成に至ります。」というものだ。

 たった20年の間に日本の近代文学が完成したとすれば、それは奇跡と言う他ない。それを検証するために、高橋は三遊亭円朝の落語が口語であるために古くならないと考え、一葉の作品を新しく感じるのは、それが肉体に結びついているからだと言う。確かに人の肉体は昔から変わらない。例え平均寿命が延びたとしても、傷があれば痛いし、冷たい風が吹けば寒い。そういった感覚は時代を越えて共通のものだ。そこをベースとした文学は色褪せないのかもしれない。

 一葉から100年後の作家として綿谷りさを取り上げ、彼女の作品を分析する。そしてやはり見事に五感を使った作品である事を確認する。その理由を「『文学史』に促されてそうした」と述べる。またこれらの問題はやはり当然の帰結として、「私」の問題に辿り着く。近代文学においては「自我」を捉えるために「私小説」が発達したのだし、戦後の文学もその域を出てはいない。高橋はこの「私」を基盤とした文学が1990年代で終わりを告げたのではないかと考えている。

 彼はそれを「私」というOSが変わりつつあると言う。そう、ウィンドウズやリナックス等のOSである。この辺りが高橋の真骨頂だが、非常にわかりやすい考えだ。パソコンで仕事をしていても、普段はOSを意識しない。だが、ちがうOSを使ってみると(例えばMacの)その世界の違いに驚く。もし小説のOSが変わりつつあるのだとしたら、「もっとも若い小説家たちは、ある意味でこの百年で初めて、口語に向かい合っているのです」というのも、うなづける。だが、果たしてどのようなOSが登場しているのだろうか。

 手馴れた文学者が、若い文学者たちの作品を解説してくれるのは、楽しいものだ。「大人にはわからない」というのは、言い換えると「常識に囚われた似非大人には、真実が見えてこない」ということであろう。『星の王子様』の冒頭に出てくる「象を飲み込んだうわばみ」の話は有名だが、これが帽子にしか見えない人には、物の本質は見えてこないのだろう。新年を間近に控え、心を新たにして、「私」の姿を見極めていきたいものだ。


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2009年12月06日

『第四間氷期』安部公房(新潮文庫)

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「私たちははたして未来に適応できるか?」

 安部公房の作品との出会いは、札幌のジャズ喫茶だった。当時高校2年の私は、始めてジャズ喫茶に足を踏み入れた時、その空間に魅了されて、以後毎日のように通う事になってしまった。そんな時、高校の先輩が隣のボックスに座って『水中都市』を読んでいた。その姿が「かっこ良かった」ので、安部公房に興味を持った。『壁』から読み始めて、『砂の女』、『箱男』、『燃えつきた地図』、『他人の顔』、『終わりし道の標べに』とどれを読んでも面白かった。そしてそれは、アンドレ・ブルトン、ロートレアモン、モーリス・ブランショ、フィリップ・ソレルスへと続く、文学遍歴の始まりでもあった。

 今回教え子の一人が『第四間氷期』を論文の課題に選んだので、久し振りに読み返してみたが、やはり面白かった。ジャンル的にはSFに属すべきものかもしれないが、小説のジャンル分けなど(小説という呼び名すらもジャンル分けなのだが)意味がないという事を、この作品は示している。もしくはSFというものに対する認識の過ちを教えてくれる。安部は私たちが考えている「現実」と真の「現実」とのズレを指摘してきた作家だが、この作品においてはそれが顕著に現れている。

 科学者である主人公の勝見博士は、データを入れると未来を予言することのできる「予言機械」を発明する。しかし、彼は学問的興味のためにしか発明を認識できず、来るべき未来を受け入れることができない。近い未来、海面が上昇し世界の大陸は水没するという予想がなされるが、勝見博士はそれに対応する具体策を持たない。予言機械を信用できないだけではなく、未来は現在の延長であると考えているからである。

 だが、すでに対応策を考えている人々がいた。水棲人間の模索である。それは確実に現実化していて、途中で勝見博士の研究と交錯する。それでも未来を受け入れることのできない勝見博士は、弟子たちによって「淘汰」される事になる。助手の頼木は勝見に言う「プログラミングというのは、要するに質的な現実を、量的な現実に還元するだけの操作ですね。その量的現実を、もう一度質的現実に綜合するのでなければ、本当に未来をつかんだことにはなりません。」

 未来は現実を発展させたものとは限らない。未来は破壊的であるかもしれないし、現実とは全く何の関係の無いものであるかもしれない。未来とは四次元からの挑戦であると言ったのは、小松左京だったか。私たち三次元世界に生きている者は、四次元世界を認識することはできない。いったいどのように私たちは未来の姿を考えて行くべきなのだろうか。

 コンピューターが実用化されたのは1960年代であり、地球温暖化が世界的テーマとなってきたのは、最近のことである。そう考えると、安部公房がこの作品を書いたのが1958年であった事に驚く。一般大衆よりも科学者はかなり突飛に見える未来を予測し、文学者はそれよりももっと突飛な未来を描き・・・・・・そして実際の未来はそれよりもはるかに突飛なものとして現れる。はたして私たちの未来はどのようなものなのだろうか。



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2009年11月30日

『I’m sorry, mama.』桐野夏生(集英社文庫)

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「「唐突」な恐怖」

今夏一時帰国したときにお誘いを受けて、紀伊國屋サザンシアターで、福岡伸一と斉藤環の対談を聞く機会があった。どちらも旬で活躍している人達なので、大変に興味深かったのだが、その中で斉藤環が桐野夏生を高く評価しているのに気づいた。名前は知っていたが、彼女の作品は今まで読んだことはなかったので、今回手にとってみた。

 『リアルワールド』と『I’m sorry, mama.』の2冊を読んだが、後者を紹介したい。アイ子という、とんでもない悪女の物語である。桐野夏生の作品の特色は「唐突さ」だ。特に最初は全く予期しない出来事が起こる。冒頭に登場する保育士の美佐江と、彼女が担当する園児であった稔が、25歳違いにも拘らず結婚しているのは、珍しいことであれ唐突ではない。

 しかし、彼らが結婚二十周年記念に焼肉屋で食事をし、そこで働いているアイ子に偶然出会う。アイ子は美佐江の勤める星の子学園に、かつて稔と一緒にいたのだ。旧交を温めて、アイ子に連絡先を教える美佐江。稔と美佐江はその後カラオケで遊び、アパートへ戻る。二人だけの睦言を楽しんでいる時に、突然アイ子がやってくる。彼女は一言も発さず、黙って美佐江に灯油をかけ火をつける。稔と美佐江は「原因不明」の火事で死ぬ。

 読者はあっけに取られるだろう。なぜ彼らが殺されるのか、全く分らない。彼らに死の影はかけらもなかった。余りにも「唐突」な展開だ。だが、考えてみれば、私たちの人生は唐突な事に満ちていないだろうか。私が担当している日本人高校生たちも、ある日突然、全く唐突に、親からフランスに引っ越すよと言われたであろう。良い事も悪い事も、予定通り行くことは少ない。「唐突」こそが人生かもしれない。

 読者は少しずつアイ子の生い立ちを知らされる。誰が生んだか分らない子で、娼婦たちに育てられた。もちろんたっぷりといじめられながら。ママの靴を持ち歩き、靴と会話をする。金しか信用せず、そのためにいとも簡単に人を殺す。罪悪感がないためになかなか発覚しない。アイ子を育てたことのある夫婦からも、彼女の恐ろしさが暴露される。

 アイ子を知っているかつての娼婦たちの物語も後半で並行して語られる。悪行を続けるアイ子と娼婦たちの物語が交錯する時、この作品は終焉に向う。そして、アイ子の出生の秘密が明らかになる。そこには、やはり「唐突」な事実と最後がある。救いようのない魂などとアイ子を呼ぶのは簡単だ。だがそんな月並みな言葉しか出てこないほど、アイ子の姿は醜い。

 通り魔殺人の犠牲者たちの遺族は、どんなに考えても、何故彼らの大切な人達が死ななくてはならなかったのか、理解できないだろう。恐ろしいのは、加害者にもそれが理解できない時があるからだ。個の中に存在する憎しみや悲しみ、絶望が、大衆に向う時に、私たちはその因果関係を見つけることができにくい。そしてそれは「唐突」な形として、私たちの上に降りかかってくる。


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2009年10月31日

『本格小説』水村美苗(新潮文庫)

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「救いの無い絶望」

仕事でハンガリーのブダペストに行ってきた。幸いバカンス時期だったので、会議が終ってから数日間私的滞在を続けた。温泉で有名な町なので、日本とはまた違った形の温泉を楽しめた。偶然同じホテルに滞在した、同僚である日本人女性のご主人はハンガリー系イギリス人だ。この二人が歴史博物館を訪れた時に、悲しい想いをしたと言って帰ってくるのに出会った。

 歴史博物館では、1956年革命の詳細な展示があったそうだ。多くの国が悲惨な歴史を持っているが、ハンガリーもまた重い歴史を背負っている。そして一人の人間もまた、苦しく重い歴史を持ちながら生きている事を、水村美苗の『本格小説』が思い出させてくれる。「本格小説」というのは、作者の身辺に材を取った「心境小説」に対して、社会的現実を客観的に描く姿勢を持った作品だ。

 水村美苗は父の転勤に伴いアメリカに住み、日本文学を愛しながら育っている。そのような過去を持っているからこそ『続明暗』を書くという、蛮勇とも言える行動をとっている(作品そのものは漱石が出し得た一つの結論を確かに明確に提示している)し、『私小説 from left to right』という意欲的作品を書き、『日本語が亡びるとき』で私たちを刺激している。

 『本格小説』は東太郎という、裸一貫でアメリカに渡り大富豪となった人物を描いている。こう書くとサクセスストーリーのように聞こえるが、全く違う。金を得たことは東にとって幸福だったのか不幸だったのか分らない。物語は作者自身と思われる(名前も水村となっている)一人称の語り手が、東太郎との出会いとその後を語ることから始まる。そうしてある時、東の半生を知る青年に出会い、その青年から聞いたことが次の物語となる。

 水村は東が実在の人物であり、ここに書かれるのはフィクションではないと強調する。もちろん東太郎は実在しないだろうし、モデルがいたにしても、この物語は虚構である。しかし、そこにこだわる所にこの小説の「仕掛け」があるようだ。日本で発達した「私小説」と「本格小説」の間に潜む何かを掘り起こそうとしたのだろうか。

 日本人以外の血が混じっているとされる東は、極貧の子供時代に、隣家の恵まれた階級の娘よう子と親しくなる。だが階級の違いから二人の仲は裂かれる。失意の東はアメリカに渡り大富豪となり日本へ来るが、よう子の母や叔母たちは階級の違いも常識も超えた愛を理解しない。結果的にまた必然的に悲劇となる。

 この作品を読みながら、私の胸裏には常に『嵐が丘』のヒースクリフの姿が浮かんでいた。『本格小説』は決して復讐劇ではないのだが……読み終えてしばらくすると、『華麗なるギャツビー』のギャツビーの姿も浮かんできた。共通するのは癒されることの無い悲しみだ。日本にもかつて存在し、多分今もどこかには存在している「階級」を描いているのかもしれないが、それよりも人が人として生きていくうちにどうしようもないものに出会ってしまうという運命、そして死はどんな感情をも断ち切ってしまう存在であるという「現実」を静かに、着実に表現している。


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2009年08月28日

『あめふらし』長野まゆみ(文春文庫)

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「暑さを忘れる異空間」

 長い一時帰国(7週間)から、先週末にパリに戻ってきてホッとしている。一番の違いは、時間の流れ方と人との関係だろうか。ここでは、時は自分に合ったリズムでゆっくりと流れ、人はあるがままの姿なので、こちらも自然体でいられる。日本滞在の後半に、暑さを少しでも忘れるために、久し振りに長野まゆみの作品を読んだ。

 長野まゆみには懐かしい思い出がある。もう20年ほど前になるが、教え子の高校一年生が彼女の作品で論文を書いたことがある。『少年アリス』や『野ばら』を使ったものだったが、作品に表れる「色」の効果について分析した、興味深い論となった。良い出来だったので、作家本人にコピーを送る事を勧めた。そうしたら、何と本人から直筆の手紙が届いたのだ。

 几帳面な小さな字で、丁寧なお礼と、自分でも考えていなかった視点からの論が興味深かったこと、そしてこれからも頑張って書いていくので応援して欲しいこと等が書いてあった。当時デビュー間もない作家とはいえ、高校一年生の女子に向かって、何と真摯な手紙を書いてくれたのだろうと、私も感激した事を覚えている。

 初期の作品の主人公は少年で、彼と「異界」との干渉作用を描いた、ファンタジーとも怪奇物とも言えないような、不思議な魅力のあるものだった。今回読んだ『あめふらし』はそれから15年以上経って書かれた作品だが、以前とは違った世界が出現している。

 この作品では主人公は少年ではなく、橘河という大人になっている。いや、「大人」とは言えないかもしれない。彼は死者の魂を捕らえておくことのできる「あめふらし」なのだから。かつては異界との交渉を持つことの出来る少年が主人公だったが、とうとう異界の住人が登場している。橘河が魂を捕らえて種々の仕事に使っている副主人公たち(仲村や市村)も死者であったり、蛇の化身であったり、普通の存在ではない。

 彼らが種々の「事件」に出会い、橘河の助けも加わり、それらを解決していく。何だか単なる荒唐無稽なドタバタ劇に聞こえるかもしれないが、そうではない。あまりにも人間的な少年愛的同性愛が作品を柔らかくしているし、現実味を出すための比喩も巧みだ。例えば太陽が薄い雲に包まれる時を「火にかけた酢水のなかへ落とした卵はたちまち白い衣をまとって黄身をつつみこむ」と表現し、まとまらない意識を「清(すまし)の椀のなかをたゆたう蜆のむき身がなかなか箸でつかめないのと似ている」と表す。

 不思議な世界を表現してきた作家たちは多い。泉鏡花や稲垣足穂がいるし、最近では川上弘美も活躍している。しかし、長野まゆみの世界は、その全てに似ているようで、やはり違っている。まさに彼女のフアンが「長野まゆみワールド」と呼ぶ、独特の世界だ。それ程鋭角ではない。だがぬるま湯でもない。かすかに違和感が残るのが心地良く、少々不安でもある。たまには現実を離れてこんな空間に身を置いてみるのも、避暑として悪くない。


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2009年07月27日

『私という運命について』白石一文(角川文庫)

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「運命とは何者なのか」

 フランス人はラテン系人種の特色を見事に見せる時がある。明確に言えば、「いい加減」な時があるのだ。これを、許せるか許せないかは、人による。ドイツ的気質を好む人にとっては、たまらなく嫌だろうし、ラテン的気質が好きな人にとっては、長所にもなりうる。一度ダメと言われたものが、担当が変わると通ってしまったりする。何事にも大雑把になり易い北海道人である私にとっては、これは「良い」加減と感じられる。

 このような世界に慣れてしまった私には、白石一文の『私という運命について』は、非常にドイツ的な作品であり、几帳面で真面目で、脈絡が合い過ぎている作品だと感じられる。少々息苦しいのだが、ストーリー展開が上手く、読み易い。現実の出来事を忠実に織り込んでいるのも、臨場感を与えている。

 私の仕事である国際バカロレア(International Baccalaureate)において、かつて「文学は時代を反映するか」というテーマが出題されたことがある。この作品は、日本人にとって忘れがたいトピックスが次々と現れるので、まさに時代を反映していると言えそうだ。主人公である冬木亜紀も、男女雇用機会均等法を背景に、大手情報機器メーカーに勤める、女性総合職の一期生である。

 亜紀の29歳から40歳までの人生を描いているのだが、読了してみると、そこに現出するのは、時代を超えた人間の営みであり、男女のそして家族の永遠の課題でもある。現実味を出す為に織り込まれた種々の事実、事件は、自己の人生に真摯に立ち向かおうとする亜紀の姿により、意味を持たなくなる。臨場感を出すための要素とのコントラストにより、却って亜紀の姿は時の呪縛から放たれていく。

 亜紀の側からプロポーズを断った佐藤康と、10年の歳月を経て再会し結ばれるのだが、その幸せは長くは続かない。最後に康に訪れる不幸は少々唐突であり、亜紀の夢に現れる白馬のイメージは祭りの単純な逆算であり、像が不明瞭な脇役もいる。それでも、必死で生きていく亜紀の姿には感動を覚える。「人間というのは、一人で生きる時間が長くなればなるほど、きっと他人に預けられない、委ねられない、任すことのできない強固な自分自身というものを形作ってしまう」という、亜紀の言葉に共感を覚える人も多いだろう。

 ところで、良い作品の条件とは何だろうか。私はその一つに、最後の一行を読んだ後の、世界の広がりがあげられると思う。良質な作品は、私たちを無限の想像世界へと誘う。良い作品は収斂せず、無窮の彼方へと拡散する。この作品は、無限の拡散を持っているとは言えないだろうが、少なくとも亜紀と、康の母である佐智子、そして亜紀の息子の康一郎の、これからの人生を想像する楽しみがある。一読に値する秀作である。


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2009年07月24日

『月魚』三浦しをん(角川文庫)

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「友人以上家族未満?」

連載が長く、ヒットしている漫画の初期の頃を見ると、絵があまり上手でないことに驚くことがある。しかし、第一巻から読み返してみると、絵が不十分な時でも、何か強烈な魅力を持っているものである。小説にも同じ事が言えるようだ。文章の拙さは目につくものの、不思議な魅力を備えている作品に出会うことがある。

 三浦しをんの『月魚』は私にとってそんな作品だ。もちろんこの作品が書かれたのは10年近く前であり、その後2006年に『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞しているのだから、『月魚』に才能を見いだすのは、結果の分かっている勝負の回想をしているようにフェアではないかもしれない。だが、私はこの文庫本を、フランスから一時帰国している今、実家のある札幌郊外の書店で偶然手に取り購入したのだ。そして、読み上げて自分なりの感想をまとめてから、直木賞受賞の事を知った。

 文章の拙さは、特に比喩の落ち着かなさにある。「濃縮された闇を貯蔵する雑木林」という暗喩も、古書店『無窮堂』に向かう瀬名垣のタバコの火が「寄港の許しを請う合図のように」明滅するという直喩も、どこかしっくりとこない。しかし、そのような生硬な文体もあまり気にならなくなるほど、登場人物が魅力的だ。

 本田真志喜は、古書店界の重鎮であった祖父の跡取りで、『無窮堂』の三代目当主。瀬名垣太一は、「後ろ暗い経路で手に入れた本を売る」『せどり屋』であった父親が本田翁に目をかけられたお陰で、真志喜と子供の時に出会うことになる。瀬名垣は幼い頃から古本とともに育った為に、本に対する鋭敏な感覚を身につけた。やがてそれが一つの悲劇を生む。

 ある日、12歳であった瀬名垣は、真志喜の父親が捨て本として区別しておいた山の中から、世の中に一冊しか存在しないという幻の稀覯本を発見する。真志喜の祖父は瀬名垣を讃えるが、父親はいたたまれず何も言わず出奔する。その後、真志喜と瀬名垣との間には、複雑な感情が生まれる。父親の消息は不明のまま、二人は古書を通じて家族とも友人とも言えぬような関係を築いていく。

 面白そうな古書の情報が入り、二人は山奥の旧家におんぼろトラックで買い付けに行く。そこで、真志喜は父親と再会し、種々の感情が交錯し合うのだが、何といっても魅力的なのは真志喜と瀬名垣との関係だ。一瞬同性愛を思わせるような記述があったりするが、そうではない。友人以上家族未満、友情以上恋愛未満とでも言えるか。いやある意味で家族以上に結ばれているのではないかと思わせる時もある。

 男女間の関係は友人か恋人しか考えられなかった私たちの若い頃と比べて、現代の恋愛は「友人以上恋人未満」という関係の中に無数の男女が存在しているらしい。そんな微妙な関係を非常に上手く描き、主人公たちは限りなく優しい世界を作る。心地よい世界である。古書という世界も興味深い。

 本好きの人には、旧家で飼われている二匹の犬の名前が「ゴン」と「ミール」である事も、面白いだろう。未亡人の好む一冊の本を探り当てる事が、重要な要素となるのだが、ヒントは逝去した主人が最近西洋演劇関係の本に興味を持っていた事であり、犬の名前の由来が決定的な鍵となる。さて、ここでお分かりになった方はいるだろうか。答えは十分に納得できるものなので、一読をお勧めする。


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2009年05月29日

『華岡青洲の妻』有吉佐和子(新潮文庫)

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「嫁と姑との確執」

 嫁と姑の問題は人種や国籍に関係なく、どこにでも存在するだろう。フランスでは一般的に若者は早目に家を出て独立することが多い。最近は金銭的理由で親と同居する者も増えてはいるが、日本よりはるかに少ないだろう。だからと言って、親子の絆が弱いわけではない。日曜日に両親の家へ食事に行くという習慣が昔からある。

 有吉佐和子の『華岡青洲の妻』に見られる嫁と姑との確執は、はたして日本独特のものなのだろうか。主人公の加恵は、世界で初めて麻酔薬を発明した青洲の妻である。家格の低い花岡家から嫁にと請われ、喜んでそれを受けたのは、幼い時に加恵が青洲の母である於継(おつぎ)の凛とした美しさに憧れたからである。

 加恵が嫁いでからしばらくは順調な日々が続く。京都で医術を学んでいる青洲に金を送るために、全ての家人が働いている。加恵もその手伝いをし、於継にも褒められ、理想的な嫁姑関係が出来上がっていく。加恵の自分に対する想いも理解し、青洲がいない間は、遠くにいる青洲のためにという共通の目的があり、於継は加恵を娘のように可愛がる。

 ところが青洲が帰国すると状況は一変する。於継は青洲の世話に夢中になり、加恵を無視し冷たくあたる。遠い存在への二つの想いは並行するが、それが眼前の青洲へ向くと激突するのである。妻である加恵に、夫と共寝することさえ禁止する於継に、加恵は憎悪と嫉妬の炎を燃やす。「夫の母親は、妻には敵であった。独り占めを阻もうとする於継の無意識の行為もまた嫁に対する敵意に他ならなかった。」

 麻酔薬の完成を目指す青洲に残された課題は、人体実験だ。息子への想いと加恵への対抗心から、於継は自分を使えと主張する。加恵も当然名乗りを上げる。青洲は身体への影響を考え、於継には弱いものを、加恵には実験に必要な量を処方する。於継はそれを知り落胆し、実験は成功するが加恵はそのせいで失明する。やがて於継が逝き、入れ替わるように加恵は青洲の跡継ぎの男児を産む。

 加恵は於継に勝ったのだろうか? 確かに加恵は以前の於継のように、背筋の伸びた凛とした気品のある美しさを持った。墓も於継のものより「一まわり以上も」大きい。だが、未婚のまま癌で死んでいく小姑の小陸が加恵に言う。「お母はんと、嫂(あね)さんとのことは、ようく見てましたのよし。なんという恐ろしい間柄やろうと思うてましたのよし。」そして「私は嫁に行かなんだことを何よりの幸福やったと思うて死んで行くんやしてよし。」と語るのである。

 青洲は二人の確執を何と思っていたのだろう。有吉は彼の心境はあまり描かない。しかし作品の最後は青洲の墓の記述で終わる。「この墓の真正面に立つと、すぐ後に順次に並んでいる加恵の墓石も、於継の墓石も視界から消えてしまう。それほど大きい。」この作品ははたして嫁と姑の問題を描いたものなのだろうか。親族殺人等が目立つ昨今、「家」の問題と共に、家族のあり方について熟考させてくれる一冊であることは、間違いない。


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2009年04月23日

『魂の歌手』澤田展人(共同文化社)

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「思想の香り」

1981年の7月、私は始めてパリの地を踏んだ。3ケ月余りフランス語学校へ通い帰国した、というより資金不足のため帰国せざるを得なかった。進学塾の講師をしながら、アテネ・フランセでフランス語を学び続けた。その時身体が一番覚えていたのは、視覚的風景よりもパリの「香り」だった。2年後に結婚してすぐにパリへ「帰って」来たのだが、その時地下鉄構内で嗅いだパリの香りに恍惚となったのを覚えている。

 プルーストのマドレーヌ効果を思い出すまでも無く、記憶がある種の「香り」と結びついていることは良くあるだろう。しかし、多くの小説が香りと結びついているわけではない。むしろそのような小説は少ないかもしれない。だが、澤田展人の作品空間には濃密な香りが漂っている。

 特に夕張に取材した『テラカン』には「炭鉱(やま)」の香りが強く感じられる。初夏の雨上がりの草いきれに錆の混じったような、不思議な亜空間の臭い。15歳まで炭鉱町で育った私には、その香りは親しいものだった。行間からそれが立ち上ってくるのである。筆者自身が夕張に住んだことがあるからという理由だけで、このような作品ができるとは思えない。澤田の感性の豊かさと、作品にこめる想いの強さのなせる業であろうか。

 『魂の歌手』とその続編とも言える『炎のわかれ』には、水と雪の香りが流れている。雪国の冬には間違いなく雪の香りがあるし、雪が消えてもそれは水の香りとなって日常を支配している。主人公はあまりにも純粋な精神を持っているために、周囲に容易に適応できない。または過剰適応してしまう。彼を想う家族の姿もせつない。『魂の歌手』はかすかな希望と共に終わるが『炎のわかれ』には一見希望は無い。だが救いはあるようだ。

 引きこもり、自殺、安楽死、コミュニケーション・ギャップ等の現代病とも言える要素が数多く見られるが、筆者はそれを意図したわけではないだろう。必死に生きるということは、必然的にそれらの問題とぶつかることだという人間の宿命が、主人公やその父親を通してあるがままに描かれているのだ。だが、「あるがまま」というのは最も苦しく最も効果的な表現方法でもあるだろう。

 『マフラー綺談』には1970年代の臭いが染みついている。人によってそれは変わって来るだろうが、恋と学生運動と秘密の香りを共有する者もいるはずだ。そして、過去の臭いには多少なりとも罪悪感が付き纏う。解決法があるわけではない。やはり自分たちなりの人生を歩いていくしかないのだ。それでも、過去をきちんと認識した後とその前とでは、未来のあり方が少し変わってくるかもしれない。

 これらの香りを総合すると、澤田展人の思想の水脈に行き着くのだろうか。時が経っても涸れるどころか、種々の流れを取り入れて澤田の水脈は益々大きな流れになっているようだ。そこから立ち上ってくる香りは、彼の出身である北海道の大地の象徴であり、一個の思考する存在としての作家を見事に表現しているようだ。


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2009年03月12日

『愛撫』庄野潤三(講談社文芸文庫)

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「日常生活に潜む不安」

時間の流れの違いなのだろうか。フランスから日本へ一時帰国すると、どうも落ち着かない。パリに似た、または一見それよりも美しく見えるカフェも大都市では増えているのだが、そんな所に座っていても落ち着けないのだ。何かに追われているような感じがしたり、不必要な罪悪感に似たものを感じたりする。パリのカフェではそんな事は全く無いのに。日本のリズムがそうさせるのだろうか。

 しかし、日本もかつてはそんなリズムで動いていたわけではない事が、庄野潤三の作品集『愛撫』を読むと良く分かる。高齢の現在も活躍している作家だが、ここには半世紀ほど前に書かれた秀作が七篇収められている。その内の一つ『静物』は、新潮社文学賞を受けた作品だ。父親(作家自身と思われる)と母親、それに3人の子供の、取り立てて大きな事件も無い日常を描いている。

 もちろん、世間的に大きな事件ではなくとも、一つの家庭にとって事件は沢山あるし、それが淡々と描かれている。そして、そこに流れている時間は、今とは随分違う。人と人とがきちんと向き合っているのだ。ゆっくりと相手を掴み取り、その全存在へ向けて言葉を発する。相手からも等身大の言葉が帰ってくる。私たちはしばらくこのような「当たり前の」会話を忘れているような気がする。パソコン、ゲーム、移動手段、通信機器等全てがスピードアップしている。「人」という存在は、それについていっているのだろうか。

 父親は上の子供二人を連れて釣堀に行く。なかなか釣れないのだが、偶然のように小さな金魚が一匹釣れる。親子はその金魚を持ち帰り、金魚は子供の勉強部屋に住みつく。子供が三人いるのだから、いつ金魚鉢に何かが起こっても不思議ではない。だが、意外と「事件」は起こらず、金魚も無事なままだ。そんな時父親が言う。「よそ見している時にかかった金魚だ。大事に飼ってやらなくては」

 一見何の変哲もない一言のように聞こえるが、どうも気にかかる。これは父親にとって、自分と家族との関係ではないのか。真剣に「釣りたい」と思った妻でも子供たちでもない。「よそ見」している時に「かかってしまった」家族なのだ。それゆえにこそ大切にすべきである。それこそが人生であり、現実である。空想の世界で生きていくわけには行かないのだ。そんな父親の無意識下の言葉が聞こえてきそうである。これは単なる幻聴だろうか。

 「静物」とは本来自ら動く力の無いものを指す。絵画の世界ならば、人物や風景以外の題材を指す。どちらにしろ、人間を描いているわけではないはずだ。それなのに描写されているのは、日常生活である。ここに、何か不定形の得体の知れないものが潜んでいるようだ。小説家とは、日常生活の中で見ようとして見えないもの、見えないのに確かに存在している何か、そういった形而上の異界に踏み込んでいく者なのかもしれない。


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2009年02月10日

『どこか或る家』高橋たか子(講談社文芸文庫)

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「気になる女性」

 女性にとってそのような男性が存在するものか分からないが、男にとっては不思議な存在となる女性がいるものだ。たまらなくその人に会いたい、会って色々な事を話してみたい。きっとその時間は素晴らしく甘美なものだろう。だが、一緒に暮らす事は絶対にできない。そう思わせる女性が時々いるのだ。私にとって高橋たか子はそんな作家だ。

 二十歳前後の頃、高橋和巳の妻が書いた作品という事で『空の果てまで』、『没落風景』、『誘惑者』等を読んだ時に、強烈な感情が湧き上がってきた。驚愕、嫉妬、恐怖、好奇心……そういった感情が渾然一体になったものだった。安部公房や大江健三郎の作品を読んだ時とは全く違った形の感情だ。男にはこんな作品は絶対に書けないな、とも思った。

 素晴らしい「女流作家」が活躍した頃だった。大庭みな子、三枝和子、倉橋由美子、河野多恵子。皆特異な才能を持った作家だが、何よりも男には近寄りがたい「何か」を持っていた。それは血を流す女性という、「性」の本質にかかわるようなものだろうか。とにかく自分が体験した事のない(また永遠に体験できないだろうと思わせる)身体感覚がそこには存在した。

 そんな作家の一人である高橋たか子の自選エッセイ集『どこか或る家』には、作家自身の姿が見事に表れている。彼女は何度もフランスへ来る。「最愛のところへは一人で行きたいではないか。最愛の人とは一人で会うのが普通ではないか。」という。もちろん「人」とはフランスの事だ。フランスで高橋は、自己の精神的基盤となっていくキリスト教と出会い、精神的交流を深めていく。

 1981年に3ヶ月ほど、私は初めてパリに滞在したが、同じ地に彼女がいると思い、不思議な興奮にかられた。サン・シュルピスの教会でパイプオルガンの音を聞きながら、彼女もこの教会で似たような体験をしたのだろうなあ、と考えもした。秋に帰国して、その2年後に今度は結婚して妻とともにパリに来る事になったのだが、妻との出会いにも、彼女の作品が影響していた。文学少女ではなかったのに、妻は彼女の作品を面白いと言ってくれたのだ。

 精神の分岐点にさしかかると、高橋たか子はフランスへ来る。そしてどんどん神の世界に惹かれていく。殆ど一人旅だ。さぞかし心細い事だろうと思うかもしれないが、彼女にとってはそれが心地良いようだ。通りに面していないホテルの部屋に一人で泊まる。窓から外を眺め、「パリの町の眺めの一点景として欠かせない」屋根の上に突き出ている「エントツ」を見ながら種々の想いを馳せる。外へ出て行くのではなく、自己の内部に下りて行く作家なのだ。そのために彼女にはフランスが必要なのだろう。

 「自分探しの旅」と言ってしまえば、余りにも俗な表現となってしまうが、やはり高橋たか子も旅を通して、自分の中へ不可逆的な歩みを続けているのだろう。故に「自分で小説を書くようになっても、私は小説を『生きている』のであった。」と書いている。彼女が神の世界に行き着いたのか、そこを通り抜けてまたどこかへ行くのかは分からない。しかし、気になる女性の半生を追体験する事は、妙に心が浮き立つものである。


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2009年01月28日

『空海の風景』司馬遼太郎(中公文庫)

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「司馬遼太郎の見える風景」

 毎年中学3年生から高校3年生までの生徒に、大学の卒業論文のミニチュア版のような、Extended Essayというものを書かせている。テーマを決める所から始めて、資料探しやノート取り、プランニング、下書き、清書と、一年がかりの作業だ。テーマは文学ならば何でも構わないとしているが、初めて書く生徒には範囲を広げて、エンターティンメント系の作品も許可している。

 そうすると、時々司馬遼太郎の作品を選ぶ者がいる。10年以上前に亡くなった作家であるのに、未だに若い子たちにも根強い人気があるようだ。司馬の作品は確かに面白い。作家の息遣いが登場人物に重なってきたり、妙に客観的になってみたり、作家と登場人物との距離のとり方が、自由自在なのだ。私たちは彼の視線とともに作品を読むのではなく、どこかに司馬の視線を意識しながら読まされてしまう。

 『空海の風景』は30年以上前に書かれているのだが、全く色褪せない。それは空海の力のお陰でもあるだろう。しかし、空海が現代に生きていたら何をしたのだろうか。私の住むフランスに空海が来たらどうなっていただろう。日本でフランス語を学んだだけで、フランスに来たとたん、即興の詩をフランス語で書き、アカデミー・フランセーズの巨匠たちを唸らせただろうか。それとも、フランス大統領選で、大統領候補の演説を書いていただろうか。

 これらの空想も信じがたい話であるが、どうやら現実の空海はもっと凄いことをやってのけていたようだ。遣唐船が中国に漂着し、捕われの身になった時、空海の一文で唐側の官吏の態度が劇的に変わる。長安でも空海ほどの名文を書ける者はいないのだ。長安に落着いてからは、20年の予定で来たはずなのに、何と2年未満で必要な全ての知識を手に入れてしまう。

 あの難解なサンスクリット語を学ぶだけでも大変なのに、密教の二つの流派(金剛頂経系と大日経系)を学んだただ一人の高僧恵果から、密教の全てを伝授されるのである。しかも恵果の死ぬ数ヶ月前に。まるで空海の到着を待っていたように、全てを教えて満足して死んでいく恵果。彼には当然膨大な数の自国の弟子がいたのに、小さな異国から来た空海を跡継ぎと選んだのだ。これを何と呼べばいいのだろう。奇跡だろうか。だが、空海の存在は偶然ではなく、歴史はその必然性を示しているようだ。

 空海は日本へ帰国してからも、数々の驚くべき業績を上げる。彼は何者なのだろう。天才という平凡な言葉で(天才の存在は非凡であるにしても)彼を呪縛することは失礼だろう。司馬も空海の姿を捉えるのに非常に苦労している。司馬は少しでも空海の姿をおぼろげに垣間見ることができれば良いと考えていたようだが、私たちにはかずかな空海の姿と、それを追う司馬の姿が共に見えて興味深い。その意味においてこの作品は「空海の風景」であるよりも、むしろ「空海と司馬の見える風景」とでも題すべきであるようだ。


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2008年11月20日

『オキーフの恋人 オズワルドの追憶』辻仁成(新潮文庫)

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「記憶はどこまで信用できるのか?」

 日常生活の中で、自分の記憶違いという場面に出会った事のない人はいないだろう。普通は歳と共にその頻度も増えていくはずだ。しかし、その記憶が他者の意志によって刷り込まれたものならば……恐ろしい話だ。人は誰しも自分の記憶に頼って生きているのだから。そんな恐ろしさが見事に描かれている「オズワルドの追憶」は、劇中劇のような形で登場する。

 現実では、その小説を担当する編集者の小林が、作家の代理人である榛名潤子と関わる事によって、マインドコントロールと悪魔崇拝の世界に引きずり込まれていく。これが「オキーフの恋人」のモチーフであり、二つの作品はパラレルワールドのように平行して描かれていく。そして、最後に複雑な形で繋がる事になる。

 インナーチャイルド、神と悪魔、テロ、多重人格、マインドコントロール、現実と非現実等、数多くの要素が盛り込まれている作品が辻人成の『オキーフの恋人 オズワルドの追憶』だ。オキーフはアメリカの伝説的女性画家ジョージア・オキーフであり、オズワルドは1963年にアメリカ大統領のジョン・F・ケネディを暗殺した人物である。今でも解決したとは言えない謎の事件となっているが、オズワルドがマインドコントロールされていたという説がある。

 長い夢(実際はそれほどの時間ではないのだろう)から覚めた時に、一瞬自分のいる場所が分らなくなる時がある。そんな時、夢の中の世界が本当なのか、現実だと「思っている」世界が本物なのか、自信がなくなる。すでにデカルトが「我思う、故に我あり」と解決している問題であっても。

文学ではジョージ・オーウェルの『1984年』、漫画では吉田秋生の傑作『バナナフィッシュ』、現実ではオウム真理教等、マインドコントロールにまつわる話題は多い。大脳生理学が発達していくと、人の心を操る事が可能になるのだろうか。それともそれは心理学の分野なのだろうか。

パリは歴史のある街である。散歩していると至る所に歴史の影が落ちている。コンコルド広場を歩く時、断頭台の露と消えていった人たちを思わずにはいられない。広場や街角、教会等で多くの墓碑銘に出会う度に、その人の人生に思いを馳せる事になる。彼らは私たちの記憶に生きている。たとえそれが時間的に遠い、直接会った事のない人でも。

多くの記憶が私たちを生かしてもいる。その意味で、一冊の本との出会いは、作者を含む人々との出会いである。彼らから多くのものを学ぶ事もよくある。晩秋の一日、「記憶」とは何であるかを考えながら、辻人成と対話してみるのも一興ではないだろうか。


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2008年10月15日

『時が滲む朝』楊逸(文藝春秋)

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「故郷とは?」

 パリには外国人が多い。そして、パリで活躍する外国人も多い。天安門事件の頃、中国から亡命してきた若きリーダーもいた。早熟の才能を持ち活躍する中国人作家シャン・サもいる。その頃はシャイヨー宮から程近い所に住んでいたので、トロカデロ広場で学生たちを支援する集会があったのも目撃した。そのせいではないだろうが、楊逸の『時が滲む朝』を読むと、なぜか懐かしさがこみ上げてくる。

 もちろん舞台は中国であり(後ほど日本に移るが)、主人公は中国人青年である。それなのに、この作品を読みながら「懐かしい」という想いが湧いてきて仕方がなかった。大学で何かの目標に夢中になって、恥ずかしいほど真っ直ぐな姿勢が見られるのが懐かしいのだろうか。それとも天安門事件に繋がる、病にも似た熱い想いを持っている主人公たちが懐かしいのだろうか。どちらも少し当たっているかもしれない。しかし、もう一つ「故郷」という要素があるようだ。

 授業の時に子供たち(中・高校生)に、あなたたちにとって故郷とはどこですか、と尋ねた事がある。大抵は、東京、横浜、大阪等種々の都市名を挙げる。残りの殆どは、ロンドン、ニューヨーク、バンコク等、海外の都市名を挙げる。海外生活が長いせいだ。だが数名の生徒は、私には故郷と呼べる場所がありません、と言うのだ。親の転勤のせいで世界中を移動して歩き、故郷と聞かれた時に思い浮かぶ土地が無いのだと。故郷が無いというのは、どのような心境なのだろうか。

 主人公の浩遠は、田舎の町から大学入試に合格し、秦都へ行く。何もかも驚く事だらけだ。このあたりは漱石の『三四郎』を思い出す。誰でもこのような心境になるだろう。私も始めて東京へ行った時は、同じだった。浩遠は親友の志強と共に勉学に励むが、その時には常に故郷を意識している。やがて尊敬する甘先生の影響下に、学生運動へと参加する。より良い国家を目指してという理想の背景には、豊かになる故郷への想いが見え隠れする。

 当局の介入により運動は挫折し、ある事件により勉学の道も閉ざされる。日本人である中国残留孤児の娘との結婚により、日本で暮らし始めるが、故郷への思いは止むことなく、日本でも中国民主化運動に打ち込む。ビザの取得や仕事探しの為に運動を利用する同胞たちへの軽蔑心を持ちながらも、複雑に変化する祖国や、志強の存在に当惑する。そんな時、亡命していた甘先生や、今はその妻となったかつての同志と久々に再会する。

 祖国へ戻る彼らを見送った後、浩遠の幼い息子が尋ねる。「ふるさとって何?」「ふるさとはね、自分の生まれる、そして死ぬところです。お父さんやお母さんや兄弟たちのいる、暖かい家ですよ」と答える浩遠に、息子は言う。「じゃ、たっくんのふるさとは日本だね」父はどのような想いでこの言葉を聞いただろうか。家族の故郷が一致しない事は、少なくない。だがそれが国まで違うとなれば、やはり想いは遠い。この遠さが懐かしいのかもしれない。その意味において、この作品は楊逸の故郷探しにも繋がるのだろう。


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2008年10月05日

『生命徴候あり』久間十義(朝日新聞出版)

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「医者の良心とは?」

 久間十義の作品には、『マネーゲーム』、『聖マリア・らぷそでぃ』等、実際に起こった事件を基にしたものが多い。その意味においては社会派の小説と呼べるのかもしれない。だが、作品をカテゴリー分けすることにそれほど意味は無い。モデルがあったにしても、そこに表れるのは作者の個性であるし、そうでなくてはいけない。三島由紀夫の『金閣寺』を見ても、それが良く分かる。

 久間の初期の作品には、世間を賑わせた事件の当事者を、作者なりの視点で捉えなおしたという興味深い一面があるが、その人物が『金閣寺』の溝口のように、奇妙な現実感を持って立ち上がってくるほどの存在感は感じられなかった。しかし、『生命徴候(バイタルサイン)あり』の主人公である耀子には、一人の人間としての統一感と存在感が見られる。それは社会的題材を扱いながらも、単に大学の医局と大学病院の不透明さと不健全さを告発するのみに終わっていないからだろう。

 綿密な取材の基に描かれる数多くの手術シーンは、迫力に満ちている。また、ライブドア事件を思わせる、主人公のパートナーであるミッキーの半生は、ITがすっかり身近になってしまった我々にとって興味深い。年代の記述と共に描写されるこれらの場面は、読者に妙な既視感を与え、独特の臨場感に溢れている。だが、それだけならば、日常的にテレビで流れる興味本位のドラマに過ぎない。

 この作品を心地良くしているのは、登場人物の優しさだ。ミッキーも優しい。既に亡くなっている耀子の両親も、祖母も、また途中で亡くなる祖父も、生死の境をさまよう一人息子の譲も優しい。絶望に陥る耀子の夢に現れて彼女を励ますこれらの人々は、まるで吉本ばななの作品に表れる不思議現象のようだが、とにかく優しい。そして、何よりも主人公は患者に優しいのである。

 IT、M&A、IPO等、非人間的な世界が数多く登場し、医局の権力争いも含めてそれらに翻弄される耀子だが、彼女は死者とミッキーの優しさに救われる。そして、自己の生きる意味を教えられる。グローバリゼーションやIT革命によって、否応無しに人間離れした世界に巻き込まれている私たちにとって、最後の砦は人間としての優しさであり、一人一人が自分の生きる意味を捉える事であろう。それをこの作品は伝えてくれる。

 久間は北海道出身なので、北海道の描写には「慣れ」以上の思い入れが感じられる。もっともそれは、私自身が北海道出身で、久間と同時期に同じ高校で3年間過ごしたせいもあるのかもしれない。その高校時代、人の生きる意味や、社会の役割、芸術の役割等夢中になって話し合った時期が誰にでもあるだろう。私も時々自己の生きる意味を考える時に、その時代に思いを馳せるが、もしかしたら作者の執筆動機にもそんな時代が影響しているのかもしれない。


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2008年07月13日

『春琴抄』谷崎潤一郎(新潮文庫)

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「禁断の愛、それとも純愛?」

 毎年この時期には、高校2年・3年で扱う文学作品を高校一年生と相談する。最後の2年間が国際バカロレアではディプロマ・プログラムと呼ばれ、大学入学資格取得試験へ向けての準備が始まる。数多い選択肢の中から、代表的な文学作品の解説をして、生徒たちの希望を聞く。

 その中で、谷崎潤一郎の『春琴抄』は結構人気がある。テーマは決して軽くないし、谷崎の文体はどうみても読みやすいものではないのだが。谷崎は終生「美」を追及した作家と言って間違いないだろう。ただ、その美には時として妖艶で悪魔的なものが付き纏っている。あまりにも有名な『痴人の愛』では、主人公譲治がナオミに翻弄される姿が描かれているが、彼女の武器は自己の肉体である。ナオミの肉体は存在感があり、想像力を刺激する。

 『春琴抄』でも、主人公の春琴(というより、主人公は彼女に全てを捧げる佐助なのかもしれないが)は類稀なる美女である。幼くして踊りの才能を認められたが、9歳の時に風眼(花柳病の一種)で失明し、以後琴三弦に打ち込み名人となる。溢れる才能、盲目、美女とくるだけで、好奇心を誘う存在だが、そこに佐助が登場する。

 春琴の家は大きな薬問屋であるが、そこへ佐助が奉公に来る。春琴9歳、佐助13歳である。佐助は春琴の「目」となり、日常生活を色々と助けるのだが、次第に春琴に惹かれていく。春琴は気難しく怒りっぽいのに、佐助はそれをものともしないどころか、喜んで春琴に使えている。もちろんここに、サド・マゾ的関係を読むのは容易い。しかし、事はそれ程単純ではない。

 佐助は憧れの春琴にあやかろうとしてか、少ない小遣いをためて三味線を購入する。皆が寝静まった深夜、押入れに隠れて熱心に練習する。そのうち家のものに知られ、結局春琴が師匠となり三味線を教えるのだが、気性の激しい春琴のため、4歳年上の佐助はいつも泣きだしてしまう。後に二人きりで暮らすことになるが、「お師匠様」と「佐助」の関係は全く変わらない。二人の間に子供が生まれても、だ。二人ともその子供を認めようともしない。

 春琴のこのかたくなさは何だろうか。子をなした仲であるのに、それを認めようともせず、佐助をあくまでも使用人としてしか見ない。それでいて他の者と結婚するわけではない。二人はこのまま暮らしていくのである。しかも春琴は日常生活において、自分の手を使うことは殆ど無い。トイレや入浴も全て佐助が面倒を見る。確かにこの世界は異常だ。

 圧巻は春琴が深夜誰かに熱湯をかけられて、顔に大やけどを負ってしまい、春琴の美しい思い出を保つために、佐助が自分の目をついて盲目になるところであろう。佐助はそれを歓喜と共にお師匠様に報告する。これでようやくお師匠様と同じ世界に入れましたと。熱湯事件の犯人は分からない。しかし、二人は満足して暮らし、春琴は天寿を全うし、佐助はそれからさらに二十年以上、一人で春琴の思い出の中で生きる。

 私たちはこの愛をどのように捉えたらよいのだろう。確かにこれも愛情の一種なのだ。愛の形が複雑に変化する現代。男・女を離れた形も珍しくはなくなってきた。そのような状況では、春琴と佐助の物語がある種の「純愛物語」のように見えてきてしまう。谷崎はこの作品にどのような想いを込めたのだろうか。世紀末を越えてなお世紀末の観を呈している今、春琴と佐助は現代の若者にとって、どのように映っているのだろうか。一度生徒達とゆっくりと話し合ってみたいと思う。


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2008年05月29日

『金閣寺』三島由紀夫(新潮文庫)

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「なぜ「生きよう」と思うのか」

 パリに住んでいると、必然的に「美」とは何か、ということを意識させられる。美しいものが多いのである。石の街並も美しい、ノートルダムも美しい(特に後姿が)、夜景も美しい、街行く人の姿も美しい、そして長年住んでいても、常に新しい美の発見がある。

 だが時として、日本的美がないのが寂しくもなる。それは木の柔らかさに繋がる。トトロの森のような原風景であったり、京都、奈良の寺社仏閣に使われている古びた木であったりする。優しいのである。石は美しくとも、人を拒絶する冷たさと隣り合っている。かつて饗庭孝男が『石と光の思想』で指摘したように。

 美を想う時、いつも心に引っかかるのが、「金閣寺」は美しかったのだろうか、ということだ。もちろん今も金閣寺は存在するが、戦後まもなく林養賢によって焼かれている。それを題材にしたのが三島由紀夫の『金閣寺』である。

 三島は常に青年にとって魅力的であるようだ。『金閣寺』を授業で扱うと、「難しい」、「面白い」という言葉が必ず返ってくる。一部の生徒は「三島病」に罹り、彼の他の作品を読み漁り始める。難解と言う生徒も多いが、詳しく解説していくと、結構興味を持つ。

 主人公の溝口は美に憑かれた存在だ。それは彼が醜いからだ。彼は吃音を持ち、そのせいで自己と他者をつなぐ扉の鍵が錆びついていると考えている。自分が醜いゆえに美を求める。最初は有為子という女性が対象となるが、彼女は恋人を裏切る形で死んでいく。

 次の溝口の標的が金閣寺だ。父に聞かされた心象の金閣と、嘱目の金閣とが重なり、最高の美を顕現する。さらに戦火により金閣寺と心中できる可能性が高まることにより、溝口の期待は最高潮に達する。だが金閣寺は焼けなかった。

 金閣寺の住職になり美を支配しようとするものの、それも不可能になる。ここに柏木という大学の同級生が出現する。柏木は「認識」を大切にし、溝口は「行為」へ進もうとする。ここが面白く、難しいところだ。私たちは目の前に壁が立ちふさがった時にどうするだろうか。壁に対する認識を変えて精神的に乗り越えるか、それとも壁を物理的に排除しようとするか。

 最終的に溝口は行為を実現する、つまり金閣寺を焼くが、その時に「ぎりぎりまで行為を模倣しようとする認識もある」と考える。これは三島の葛藤そのものではないだろうか。三島は作品の最後で、溝口に「生きよう」と思わせる。はたしてこれは三島の本意だったのだろうか。ここで溝口が生きていけるならば、金閣寺は何だったのだろう。物理的金閣が焼失した事によって、溝口の金閣は消え去ったのか。内界と外界の扉の鍵は開いたのか。

 金閣を焼く前までは、溝口は三島の好む悪魔的存在として成長していった。だが、焼いた後のこの弛緩は何だろう。あまりにも人間的過ぎる。もちろん溝口も人間だったと考えるのは容易い。しかし、それはこの作品の価値を高めはしない。

 夏目漱石の『門』において、宗助は門の前に佇み、前に進むことも後戻りもできなかった。明治という時代と漱石が作り出した、近代的知識人の典型的姿である。しかし、三島の主人公たちは佇まない。破滅に向かって進むか、少なくともその予感の中に幕を閉じるはずだ。

 三島はインドに行き、人生観が変わったと言っていた。そして『豊饒の海』を遺して旅立った。この作品のラストでは、輪廻転生していった主人公の存在そのものが問われている。『金閣寺』から『豊饒の海』にかけて、三島の何が変わったのだろう。その大きなヒントが、溝口のラストシーンに隠されているような気がしてならない。


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2008年04月21日

『草枕』夏目漱石(ワイド版岩波文庫)

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「春の一日、仙郷に遊ぶ」

 フランスの学校に春休みはないが、4月に2週間程イースター休暇がある。今私はそれを利用して、ピレネー山中の小村に来ている。コトレというのだが、温泉が出るので一九世紀から保養地として知られている。読もうと持ってきた本の中に、なぜか夏目漱石の『草枕』があった。高校一年生の女子生徒が、今年の課題論文の作品として選択したので、久々に読み返してみようと思い持参したのだった。

 漱石の文は独特のリズムがあり、心地よい。有名な冒頭の「山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」も、主人公である画家が山道を歩きながら思いにふけっている様子が、身体感覚を通じて伝わってきて面白い。

 もちろん、こういったリズムは、当時の文人達が漢詩に親しみ、俳句、和歌の世界に通じていたからこそ、現れてくるものに違いないのだが、漱石の場合はそれに彼特有の世界観が加わる。「世間話しもある程度以上に立ち入ると、浮世の臭いが毛孔から染込んで、垢で身体が重くなる。」や「うつくしきものを、弥が上に、うつくしくせんと焦せるとき、うつくしきものは却ってその度を減ずるが例である。」等という文を読むと、思わず頷いてしまう。

 漱石はロンドンに留学したが、あまり楽しいものではなかったようだ。雨に濡れながらみじめに公園でサンドイッチを食べていたり、文部省への報告書を白紙で出したりといったエピソードが伝わっている。官費留学のため費用も充分になく、イギリス人達に馬鹿にされないために苦労し、最後には心労のために発狂の噂が出た程だった。

 そんな彼の、西洋に対する負けん気の強さには、思わず笑いを漏らしてしまう。「一体西洋の食物で色のいいものは一つもない。あればサラドと赤大根位なものだ。」と主人公はのたまう。だが、考えてみると、確かにフランス料理でも今のように色とりどりの美しさを重視するようになったのは、二十世紀後半のヌーヴェル・キュイジーヌからだ。そしてそれは日本料理の美しさをふんだんに取り入れている。

 別の所では「余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好だ。」と、甘党で胃を悪くした漱石自身の本音が出ている。それに続けて「クリームの色は一寸柔かだが、少し重苦しい。ジェリは、一目宝石のように見えるが、ぶるぶる顫えて、羊羹程の重味がない。白砂糖と牛乳で五重の塔を作るに至っては、言語道断の沙汰である。」と、非常に面白い。デザートにあまり関心がない私にも、フランスの種々のデザートが思い出されてしまう。

 もちろんこんなに楽しい文ばかりが並んでいるのではない。「文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの技法によってこの個性を踏み付けようとする。」などという文は、まるで現在を予言しているようではないだろうか。グローバリゼーションの名の下に、個性を抹殺しかねない大国のエゴに対する警句として、見事なものだ。

 『草枕』は小説ではあるが、漱石の思想が随所にちりばめられた、哲学的エッセイとしても読める。画家が絵に描こうとする、温泉場のお嬢さん那美も、幻想的で魅力的な女性である。春の一日を、漱石の作り上げた仙郷に遊んで、下界を眺めてみるのも一興ではなかろうか。


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2008年03月29日

『百物語』杉浦日向子(新潮文庫)

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「闇の効用」

 フランスは今アニメ・漫画ブームである。「Mangas」というアニメ・漫画専門のテレビチャンネルもある。以前から「ドラゴンボール」や「ポケモン」等のアニメは普通のチャンネルでも放映していたし、漫画もあったのだが、最近はかなり新しいものが登場している。

 例えば「NANA」や「ハチミツとクローバー」のフランス語版漫画やDVDが出ているし、何と「陰陽師」のフランス語版漫画もある。手にとってみたが、日本語で読んでも理解するのに苦労する部分があるのに、全てフランス語に訳してあるどころか、所々フランス人にはなじみの薄い言葉や現象などには、別の解説がついている。感心してしまう。

 私が幼い時は、真の意味で「漫画」が文化になり始めた時なのかもしれない。月刊の「少年」、「漫画王」、「冒険王」、「少年画報」、「ぼくら」等を購入して、別冊となっていた「鉄腕アトム」、「鉄人28号」、「サスケ」等を夢中になって読んでいた。その後は「サンデー」、「マガジン」等の週刊漫画が隆盛し、「明日のジョー」や「愛と誠」などを楽しんだ記憶がある。

 少女マンガも負けていなかった。「リボンの騎士」、「ベルサイユのバラ」、「キャンディキャンディ」などの万人向けの漫画の他にも「ファイヤー」、「風と木の詩」、「ポーの一族」などの素晴らしい作品が生まれた。この流れは今も変わっていないと思う。

 だが、最近の漫画の中には、疲れるものもある。こちらの年齢のせいなのか、ストーリーの進行速度の速さと、あらゆる意味で過激な描写に辟易してしまう時がある。そんな時に杉浦日向子の「百物語」を読むとホッとする。筆者は人気番組の「お江戸でござる」を監修したり、江戸情緒を解説したり、お茶の間の人気者だったが、46歳の若さで急逝してしまった。しかし、彼女は元々漫画家だ。

 「百物語」とは、ご存知のように、怪談話を皆で楽しみ、百話語り終えると本物の妖怪が現れるという伝説である。杉浦日向子はこれを漫画にした。何よりも絵が良い。懐かしく、柔らかく、まるで胎内回帰をしているような心地良さがある。怪談話であるはずなのに、鋭角な恐ろしさは無い。何か不思議な、どこか心にひっかかるような、そんな話が多い。こちらの五感全てに訴えてくる表現も心憎い。

 私たちは電気を手に入れた時から、こういった不思議な「闇」を忘れてしまったのかもしれない。蝋燭や油の明かりで生活していた時は、明るいのはその周りだけで、少し離れると闇の王国だったはずだ。そこに何があるのか、想像力を生かして多くの物語を作り上げた。谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』で、日本の漆器の美しさは「闇」を条件に入れなければ考えられないと言い、京都の料理屋で燭台を持ってこさせた事を書いている。

 人の手の届く所にある、柔らかな闇。そういったものと共存してきた人間が、闇を払拭した時、近年多発する陰惨な事件を生み出す元となる、手の届かない、もっと硬く、深く、暗い新たな「闇」が、私たちの心に生まれたのかもしれない。杉浦日向子の「百物語」は、そんな「闇」を中和するための一助となりそうである。


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2008年02月18日

『個人的な体験』大江健三郎(新潮文庫)

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「「弱者」と「強者」」

 フランスはご存知のようにカトリックの国なので、多くのチャリティー活動が行われている。バイク事故で突然逝ってしまった、喜劇俳優のコリューシュが始めた「Les Restos du coeur」(心のレストラン)などはその代表的なものだ。毎年数多くの社会的弱者が、この活動のおかげで飢えをしのいでいる。

 しかし「弱者」とは何者だろうか。私たちは社会的弱者として、老人、幼児、病人、そして障害者等を考えるだろう。だが大江健三郎の『個人的な体験』を読むと、はたして障害者は「弱者」なのかどうか、分からなくなってくる。なぜならこの作品では、障害者(障害を持った赤ちゃん)が彼の父親を救うからだ。第二期作品群と言われる、大江の障害児とその父親の物語では、父親は障害児によって助けられる事が多い。

 主人公のバード(鳥)は27歳と4ヶ月という年齢でありながら、体力は40歳という、既に青春とは縁のない青年である。バードは大学院の時に、国立大学の英文学科の主任教授の娘と結婚したので、前途洋洋の未来が開けていたはずだ。しかし、その夏4週間もの間ウィスキーを飲み続け、エリート階段から転げ落ちてしまう。

 冒頭のシーンでは、予備校に職を得たバードが本屋でアフリカの地図を眺めている。彼の妻は産婦人科で今まさに彼らの子供を産み落とそうとしているのに、バードはアフリカへ行くという非現実的な夢の中に埋没している。赤ちゃんを迎える精神的な準備はできていなく、赤ちゃんは自分を夢の実現から遠ざけるものとして認識されている。

 そんなバードであるから、例え健康な赤ちゃんであったとしても、安定した生活が待っているわけではない。そして生まれてきたのは、頭に大きな瘤を持った赤ちゃんだった。脳ヘルニアと診断された赤ちゃんを、バードはあらゆる手段で「排除」しようとする。罪の意識が無いわけではないが、その軽減を考えるだけで、根本的な解決法を考えようとはしない。

 紆余曲折がありながらも、最終的にバードは赤ちゃんとの共生を決意する。その成長したバードの姿は、一度彼と出会った若者たちが見分けられないほど変化している。バードは言う。「現実生活を生きるということは、結局、正統的に生きるべく強制されることのようです。」この言葉は重い。「個人的な体験」を通して、バードが「社会的人間」になった瞬間である。

 そこに気づかせてくれたのは、障害を持った赤ちゃんだ。彼のおかげでバードは成長した。これが普通の赤ちゃんであったら、バードの成長は望めなかっただろう。障害者であるからこそ、父を救う事ができたのだ。誰かを救う事のできる存在は、決して「弱者」ではない。弱者はむしろバードの方であろう。

 私たちは、普通とは違う存在を排斥したがる。それは自分たちの正当性を信じたいが為であろう。だが、私たちの本当の姿を知るためには、良く似てはいても違った存在が必要なのだ。皆が同じになってしまったら、成長は止まる。違いが有るからこそ、学ぶ事ができる。バードは自分の息子が異形の存在であるからこそ、自己を知ることができた。その意味において『個人的な体験』は、弱者と強者の逆転だけではなく、人類が生き延びる道を示唆している作品であると言えるし、それ故のノーベル賞受賞であるのだろう。


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2007年12月27日

『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社)

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「一服の清涼剤。高校生らしさとは?」

 「高校生」、「女子高校生」、「男子高校生」という言葉に何を思い浮かべるだろうか。爽やかさ、若さ、無謀、夢、希望……人により種々のイメージが浮かんでくるだろう。だが実際に「女子高校生」という人間もいなければ、「男子高校生」という人間も存在しない。いるのは「はるな」、「あい」、「ゆうた」、「ひろし」などという固有名詞を持った一人のかけがえの無い存在だけである。

 大人になると(一体何歳から大人になるのかは別として)往々にして我々は高校時代のイメージを抽象化してしまう。そして、その中に今の高校生の姿を捉えようとする。しかし、彼らはそこにはいない。一人一人が違った世界を持っているのに、彼らが共通の世界の中にいると思うのが間違いなのだ。

 私は仕事柄休日を除いて毎日高校生たちと一緒にいるが、彼らの全てが爽やかなわけではないし、無謀なわけでもない。肉体的に若いのは確かだが、精神的には個人差が大きいし、夢や希望に関しても千差万別だ。つまり、大人とさほど違いは無いのである。しかし大きな違いは、彼らの持つ可能性だ。全員が長生きするわけではないにしても、現時点において彼らは間違いなく私たちよりも大きな可能性を持っている。

 佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』は、まさにその可能性が表現された作品だ。その意味において、「高校生」を良く捉えた小説であると言える。主人公の神谷新二は、サッカー気狂いの両親と天才的なサッカー選手である健一を兄に持つ高校生である。自身もサッカーをやっていたが、天才の兄に対するコンプレックスがあり、高校入学と同時にやめてしまう。

 幼馴染の一ノ瀬連は、中学2年の時、陸上100m.の全国大会で7位になるが、その後活動をやめてしまう。二人は高校で再会し、一緒に走りたいという気持ちで陸上部に入る。天才的スプリンターだが体力の無い連と、陸上は素人だが体力には自信がある新二。言葉はがさつだが情熱のある顧問の三輪先生、個性的な先輩や仲間たちと出会い、二人は陸上に夢中になる。

 初めは連に追いつくことはありえないと思っていた新二が、素晴らしい力をつけてきて、連と競うようになる。同時に名門鷲谷高校の全国的スプリンター仙波を目標にして、厳しい練習に耐えながら努力を続ける。バトンの受け渡し方、スタートの方法、その時の心理学等、綿密な取材の元に書かれたと思われる描写には、非常に説得力がある。

 最後には二人とも自分の苦手分野を克服して、仙波と競い合うようになるのだが、この作品の面白さは「巨人の星」のような「スポ根」物ではないことだ。スポーツを扱う小説は往々にしてそういった傾向が漂うものだが、どんなにきつい練習をこなしていても、そのような雰囲気は無い。100m走やマラソン等を除けば地味な分野である陸上というスポーツを舞台にしているのが楽しいし、はでな恋愛劇が無いのも臨場感がある。

 もちろん、新二が仙波と競うようになるまでには、多くの紆余曲折がある。怪我があり、兄の事故があり、仲間との確執がある。だが、それらが上手く調和している。そう、確かにこの作品にはタイトルのように爽やかな「風」が吹いているのだ。本来私は読後感の良い(爽やかと言う意味で)小説は好かないのだが、これは素直に心地よかった。そして、私が毎日会っている高校生たちの姿が重なっていった。一服の清涼剤として、素晴らしい物語だと言えるだろう。


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2007年11月26日

『漱石の妻』鳥越碧(講談社)

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「夏目鏡子は悪妻か?」

 毎年9年生(中学3年生)の一学期に、夏目漱石の『こころ』を教材として使用している。といっても、日本の教科書ではなく、文庫本だ。だから数頁を読むのではなく、冒頭の「私はその人を常に先生と呼んでいた。」から始まって、「先生」の遺書の「妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、凡てを腹の中にしまって置いて下さい。」まで300頁近くを、一緒に読んでいく。


 文体や漢字等は多少難しいものの、結構皆興味深く読んでいるようだ。漱石の作品を「推理小説」のようだと言ったのは蓮實重彦だったろうか。確かに冒頭から「先生」には何か秘密がありそうだという事が分かるが、その秘密が明らかにされるのは「先生と遺書」まで待たなくてはならない。静をめぐるKと「先生」の確執と自殺。現代の中学生が読んでも、充分に面白いのだ。
 
 そんな漱石に関する評論や伝記は星の数ほど存在するが、妻の鏡子に関するものは少ない。鏡子自身の口述による『漱石の思い出』や血縁者達のエッセイ位か。彼女は長年「ソクラテスの妻(悪妻)」として有名だった。だが、少ない資料から判断する限り、どうもそうとは言えないのではないかと、常に考えていた。そこに鳥越碧の『漱石の妻』と出合った。

 鏡子を主人公に、晩年になって夫との結婚生活を回想するという設定だが、鏡子がまさに「女」なのである。夏目鏡子が漱石の妻であるので、時として彼女が女であるということを私たちは忘れがちだ。「漱石」という言葉がついた時に、彼女は「女」から別の生き物へと変身を強要されるのかもしれない。夏目「金之助」の妻である鏡子が、「漱石」の妻になりきれないところが、小宮豊隆や森田草平等、弟子たちによる「悪妻」評価に繋がる。

 鏡子は、肉親と縁の薄い漱石を「金之助を包み込みたい。」と想い、ロンドン留学中の夫の帰国を待ちわび「金之助が恋しくてならなかった。両腕で力いっぱい抱いてもらいたい。」と考える。漱石の作品に登場する女性に、漱石が慕っていた嫂登世の面影を見つけ、嫉妬する。神経を病み、妻や子供に暴力を振るう漱石のせいで、親類たちは鏡子に離婚を勧めるのだが、夫が病んでいるのだからこそ、そばにいてあげなくてはならないと言う。これは、どうみても一途に夫を愛する「普通」の妻ではないだろうか。

 調子が悪くなると、子供たちを殴り、蹴り、妻の「髷をにぎりその躰を投げ飛ばし」た。しかし、弟子たちの前ではそんな様子は全く見せない。外面が良いのである。誰も鏡子の苦しみは分かってくれない。ちょっとした言葉を誤解され、ますます悪妻のレッテルが明瞭となっていく。それなのに、修善寺の大患で死にかけた漱石が、蘇生した時にもらした「妻は?」の一言に喜び、凡ての苦労が報われたと思う。

 夫にとって自分は何なのか、妻が私でよかったのか。その疑問に答えを出すために一生連れ添ってきた。漱石の自伝的作品『道草』を読みながら、鏡子は夫が自分に「女」だけではなく、「母性の妻」を求めていたことに気づく。自分は女よりも「もっと強い、もっと深い、もっと大きな存在として、いつしか彼の中に棲みついていた」と、涙を流す。回想から我に返り、「夫には夫の、妻には妻の真実があった。それでいいのだ。」と考え、「別れられなかった―もしかしたら、それが自分達夫婦の真実であったのだろうか。」と結論付ける鏡子の人生こそ、漱石が最後に追いかけた「則天去私」そのものの境地であるように思えてしまう。


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2007年09月18日

『High and dry (はつ恋)』よしもとばなな(文春文庫)

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「日本版『星の王子様』!」

 私の学校は国際バカロレア(International Baccalaureate)というカリキュラムを導入している。「全人教育」を目指す画期的なプログラムだが、高校3年生の時点で必修課題となっているのがExtended Essayだ。欧米言語で4000語(日本語では約8000字)ほどの論文を書かなくてはならない。そのために、私は同様のものを日本人生徒に中学3年生から毎年課している。

 新高校1年生の女子生徒が、今年度の課題として挑戦してみたいと夏休みに連絡してきたのが、よしもとばななの『High and dry (はつ恋)』だった。ばななのメジャーな作品は私も読んでいたが、これは知らなかったので、早速書店で買い求めた。

 表紙を見た時は、児童文学かと思い、それならば扱うのは難しいかなという印象をもった。児童文学が論文に適していないというわけではない。実際、毎年のように灰谷健次郎や宮沢賢治の作品を扱う生徒がいるし、それは全く問題ない。ただ、三島由紀夫、大江健三郎、夏目漱石等の作品と比べると、テーマ設定が難しかったり、かなり高度な分析をしないと高得点に結びつかなかったりするので、積極的には薦めない。

 しかし、内容は児童文学ではなかった。それどころか、子供の心を忘れかけた、または忘れてしまった大人にこそ読んでほしい作品だった。その意味においてこれは日本版『星の王子様』であると言えるかもしれない。このサンテグジュペリの作品を読んで、「象を飲み込んだうわばみ」が見えるようになった人もいるに違いない。そのような思いが込められているような気がする。

 よしもとばななは、初期の頃から不思議な世界を描いてはいる。『ムーンライト・シャドウ』がそうであるし、『アムリタ』以降その傾向は顕著になる。だが、彼女の描く世界を「不思議」と感じてしまっては、既に子供の純粋さを失いつつあるのかもしれない。その世界は「不思議」でも何でもなく、ごくあたりまえなのかもしれないのだ。私たちは「大人」になるにつれ、子供の時に見えていたものが、見えなくなっていくのだろう。

 主人公の夕子は14歳の中学生で、父親は頻繁にアメリカに仕事に行っていて留守がちなので、ほとんど母親と二人で暮らしている。ある日通っている絵画教室で、先生のキュウくん(二十代後半の青年)と一緒に「月下美人の植木のわきから、小さい人間が走り出て」いくのを目撃する。これは二人にしか見えなかった。

 これをきっかけに二人は仲良くなっていくのだが、野良猫の「命の光が消え」る瞬間を一緒に目撃したり、お互いの過去を話し合い不思議な共感を抱いたりする。まるで同世代の恋人同士のように。ある日キュウくんは夕子を自分の母親の所に連れて行くが、彼女は木の彫り物を作っている。それは皆、彼女が見ている=見えている、森の精霊たちだ。キュウくんの母親の存在に癒された夕子は、また一つ成長し、この世界に感謝する。

 キュウくんは純粋な心を持ち続けているために、美しい作品を作るものの、大人の世界とのギャップに心を痛めている。夕子は子どもの純粋な世界から少しずつ大人の世界を眺め始めている。ある意味、この二人は同じ位置にいる。肉体の年齢など、精神の世界から見れば微小なことである。二人が調和の世界へと(しかしそれは決して「予定調和」のような運命的なものではない)歩き始める所で、物語は終わる。

 最後に現れる「絶対に不自然なことをしなければ、自然が全てのタイミングを見つけてくれるんだよ」という言葉は、科学万能主義に酔って自らの世界を破滅へと進めているように見える、我が人類への最高級の警句ではないだろうか。


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2007年09月03日

『破戒(改版)』島崎藤村(新潮文庫)

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「私たちは差別意識を持っているか?」

 私の勤務する国際学校では、 島崎藤村の『破戒』を毎年10年生(高校1年生)時に扱っている。同和問題に対する理解だけではなく、広く「差別」というものについて考えて欲しいからだ。その時に「あなたは自分の心の中に差別意識があると思いますか。」という質問を生徒にすることがある。  

 多くの生徒は差別意識がないと答える。もう一つ質問をする。「ではあなたが将来国際結婚をするとして、その相手が白人、黒人、アジア系等のどんな人であっても、あなたの両親や自分自身の態度に変化はありませんか。」。かなりの生徒が、変化はあるだろうと答える。ではそれはなぜなのか、そこに差別意識は無いのか、あるとしたらどこからそれはやって来たのか、等の議論へと移って行く。

 もしかしたら自分も差別意識を持っているかもしれないという自覚の下に、『破戒』を読んでいく。主人公の瀬川丑松は穢多(「えた」は差別用語であるが、作品中に使われている言葉である)である身分を隠し、小学校に勤務している。彼の父親が丑松のために転居して、身分を偽って暮らしていたために、近親者以外に丑松の正体を知るものはいない。その身分を隠せというのが、父親からの「戒め」なのである。

 冒頭は有名な「蓮華寺では下宿を兼ねた。」という文章で始まる。「蓮華寺」とはどこなのか? 「下宿を兼ね」るというのは、何の意味があるのか? 等の種々の疑問が湧いてくるし、「蓮華寺」についての説明も一切無い。これらの疑問によって、読者は一気に作品に引き込まれてしまう。

 続く場面で、丑松がこの下宿に急に引っ越してくる事になって、その原因は前の下宿から大日向という穢多の大尽が追い出されたことであることがわかる。そしてすぐに「丑松もまた穢多なのである。」という種明かしが行われる。ここで読者は丑松とある種の共犯者意識を獲得する。この秘密がいつどのようにして暴露されてしまうのか、という危惧と共に、緊張感に満ちた読みを求められる事になる。

 丑松には猪子蓮太郎という、心の師がいる。蓮太郎は自分が穢多であるということを公表しながら、差別撤廃のために戦っている。彼の新著の冒頭は「我れは穢多なり」である。これは、身分を隠して生きている丑松にとって、一種の理想の形だ。自分も蓮太郎のように勇気を持って告白して生きていきたい。しかし父親の戒めがあり、世間から捨てられる事への恐怖もある。この葛藤の中で丑松は煩悶する。

 その後、丑松の父は「忘れるな」という遺言を残し、事故死する。猪子蓮太郎と出合った丑松は、この人にだけは秘密を打ち明けようとするが、父の戒めのせいでできない。蓮太郎が応援していた市村弁護士の対立候補である高柳との確執のせいで、丑松の身分についての噂が流れる。蓮太郎の非業の死という悲劇も加わり、丑松は死の瀬戸際まで追い込まれる。

 丑松は最終的に皆に身分を告白し、教師を辞めることを決心する。とうとう父の戒めを破る、つまり「破戒」するのである。告白の仕方や、穢多という階級に対する認識の甘さ、解決方法を示していない、等の疑問点はあるが、丑松の苦しみは充分に伝わる。親友の銀之助の友情、将来の伴侶となる志保の愛情にささえられて、新天地に向う丑松だが、読者の心には何とも割り切れない気分が残る。そこに、差別の本質があるように見える。

 もちろんこの作品は「同和問題」を扱っているのだが、私たちはもっと広い意味での「差別」を認識する事ができるだろう。それは現代のあらゆる問題に繋がってくる。人種差別や民族差別はもちろんの事、学歴差別、宗教差別、能力差別、階級差別、男女差別……この世はあらゆる差別で出来上がっているといっても過言ではないように思えてくる。「区別」と「差別」は違う事をしっかりと捉え、種々の差別撤廃に真剣に取り組必要があるのは明瞭だ。その鍵となるのは差別する側(例え無意識的にであろうと)の自己認識だ。『破戒』はその意味において常に私たちを刺激してくれる作品であり続けるだろう。

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2007年06月26日

『雪国(改版)』川端康成(新潮文庫)

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 日本にいると、自分が日本人であるという事を意識する機会は少ないかもしれない。しかし、海外で生活するといたる所でそれを意識させられる。移民局で滞在許可書を申請する時のような正式な機会ではなくとも、マーケットで買い物中に突然中国語(らしき言葉)で話しかけられたり、フランス人に片言の日本語で話しかけられたり、テレビで「ジャポン」(フランス語で「日本」を表す)という言葉が聞こえるとすぐ反応したりと、その機会は多い。

 川端康成の作品は、フランスでも常に「純日本的」という形で紹介される事が多い。だが、一応日本人である私は戸惑ってしまう。「日本的」というのは何なのだろう、と。伝統、自然、神道、仏教、謎の微笑み(モナリザではないが、日本人はいつも微笑んでいるが、何を考えているか分からない、という通説はまだ生きている)と、キーワードはあるのだが、どうもしっくりこない。

 『雪国』はもちろん川端の代表作でもあるし「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」という冒頭は知らない人がいないほどであろう。このトンネルが「日常」から「非日常」へ、または「異次元」への旅を示す事もうなずける。続く文が面白い。「夜の底が白くなった。」川端は新感覚派と呼ばれたが、この感覚は今でも新鮮だ。夜に「底」があるかどうか悩む必要はない。私達は雪景色の中を走る夜汽車を明確に見ることができる。しかも、私達が見る風景は、既に主人公の島村の視点と一致している。

 その少し後に有名な「鏡像」のシーンが来る。島村は汽車の窓ガラスに映る葉子の像を見つめているのだが、外灯がともり、その灯火が葉子の目の位置にあり、次のような文となる。「娘の眼と火とが重なった瞬間、彼女の眼は夕闇の波間に浮ぶ、妖しく美しい夜光虫であった。」何と幻想的で妖艶なイメージを喚起することであろう。しかし、これらの素晴らしい表現が「日本的」だとは思えない。

 『雪国』には一方通行の恋愛関係が存在する。葉子→行男→駒子→島村、という関係だが、物語の終盤で島村は葉子に惹かれ始めて、環が閉じるのかと思いきや、突然の悲劇でそれは不可能となる。確かに雪国は美しい。情景描写も見事だ。だがそれとても「日本的」というには物足りない。

 英語版の翻訳者であるサイデンステッカーは、この作品の日本語の美しさとして、特に短詩型文学の利点を生かしていることと主語の省略とをあげている。しかし、翻訳でこの「美しさ」を読み取るのは容易ではない。英語や仏語等で『雪国』を読んだ一般読者達が「日本的美」を感じるのであれば、それは主に内容に関してのはずだ。

 作品を支配する空気は「哀しさ」である。「もののあはれ」と言い換えても良い。成就しない恋に情熱を傾け「徒労」の人生を送る駒子、振り向いてもらえない相手に尽くし、力尽きていく葉子、駒子を利用しているように見える島村でさえ、天の河が彼の中に流れ落ちるエピローグは哀しみに満ちている。雪国という白く、冷たく、純粋な世界を背景にして全編に流れるこの「哀しさ」こそが、日本的なものなのではないか。それは戦争前後に書かれたこの作品が包含する「滅びの美学」に通じるものなのかもしれない。

 現代の日本人には見えにくいが、外国人には明確に見える美しさが、この作品には込められている。種々の国際化が進む中、私達がまず問うべきことは、日本人とは、日本的なものとは何か、という事ではないだろうか。その意味において『雪国』は、今こそ私達にとって多くの示唆を与えてくれる作品であろう。

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2007年05月22日

『静かな大地』池澤夏樹(朝日新聞社)

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 池澤夏樹は北海道生まれで、現在パリ(郊外)に住んでいる。私も北海道生まれで、現在パリに住んでいる。大した共通点ではないかもしれないが、私は彼の作品が好きだ。実は、池澤がデビューの時から気になっていたことが一つある。それは彼の父が福永武彦であることだ。

 福永武彦は、私にパリへの想いを募らせてくれた作家の一人だ。『死の島』を読みベックリンの同名の絵を見たいと思い、フェルメールに関するエッセイを読み、オランダへ行って本物を見たいと思った。その願いは1981年にかなったのだが、特にフェルメールとの出会いは衝撃的だった。

 パリと私を結び付けてくれた父親を持つ池澤夏樹であるから、何かと気にしていたのだが、『静かな大地』にはいろいろなことを考えさせられる。アイヌ民族に対して私たちは一体何をしてきたのか。1899年に制定された「北海道旧土人保護法」などという名の法律が廃止されたのは、何と1997年のことだ。今「私たち」という時に、自分を何であると考えているのか。侵略者の一族という認識があるのか。

  小、中学生の頃、学校の遠足や修学旅行で必ずといっていいほど訪れるのが、アイヌのコタンであった。熊の木彫りやイヨマンテ(勿論真似だけであるが)の様子を見たり、ムックリによる音楽を聞いたりした。ただ、いつも記憶に残っているのが、アイヌの人たちが決して笑わないことだ。もしかしたら、笑ってくれた人もいたのかもしれない。しかし、不機嫌な様子で鑿をふるっているイメージが強く残っている。今なら分かる。何故に彼らが笑えなかったか。彼らから笑いを奪ったものの正体が、不気味な形でこの作品には描かれている。

  主人公の三郎と志郎は、両親と共に淡路島から明治初期に北海道の静内に入植した。苦労しながら生活していくうちに、彼らはオシアンクルというアイヌの少年と仲良くなる。これが彼らの(少なくとも三郎の)一生を決めてしまう。後に三郎は札幌で学び、その知識を元にアイヌの力を借りて静内近郊で牧場を始める。

  アイヌは狩猟の民である。馬に関しても非常に詳しく、牧場は繁盛するのだが、アイヌを悪く思う者達や、利権を求める者達のせいで悲劇へと追い込まれていく。三郎は優秀な人間で、アイヌと力を合わせて自分達の牧場を守ろうとするが、力尽きてしまう。アイヌに育てられた和人の娘である彼の妻も、その直前に亡くなる。

  後に残るのはタイトル通り「静かな」心境である。北海道の空気のように、静かで冷たい空間。悲しく、寂しいのだが、なぜか「静か」なのだ。諦念ではない。怒りでもない。そのような感情を超えた、太古の自然の中に一人置き去りにされたような、不思議な静けさを感じる作品だ。

  語り手は志郎の娘の由良だ。彼女が伯父の一生をまとめる形となっている。由良の語りも「静か」なのである。この静かさは、アイヌの精神に通じるような気がする。自然と共に暮らし、平和を愛する民族。全ての揉め事は合議により解決する。私たちが二十一世紀において、取り戻さなくてはいけない世界の全てが、ここに存在しているのではないだろうか。

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2007年05月11日

『砂の女(改版)』安部公房(新潮文庫)

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非現実から現実へ

 パリのシャイヨー宮にあった、一種の名画座とでも言えるシネマテックで、安部公房の「砂の女」を観たのは、15年以上も前の事だ。勅使河原宏監督のこの素晴らしい映画は、日本で一度観ていた。だが、一体パリではどんな人たちが来るのか、興味津々であった。

 館内は満員で殆どがフランス人だった。しかも、何と字幕スーパーがなかったのだ。日本語を解するフランス人の多いことに、驚いたのを覚えている。日本の経済力の上昇と共に、中国語だけではなく日本語への関心も高まりつつあることを実感した。

 映画が終りロビーに出た時に、一人のフランス人女性に話しかけられた。「あなたは日本人ですか?」そうだと答えると「終りの方の場面で、なぜ砂の女は苦しんでいたのですか。」と聞いてきた。子宮外妊娠であった事を説明してから、少し変に思い「あなたは日本語が分からないのですか?」と尋ねてみた。

 彼女は当然のような顔をして「ええ、日本語は全く分かりません。原作をフランス語訳で読んだだけです。でも安部公房の作品はイメージを強く喚起するので、言葉がわからなくても楽しめます。」と言ったのだ。

 私は驚愕すると共に、勅使河原宏の力量もさることながら、安部公房の作品の持つ不思議な力について考えさせられた。映画化した時に、言葉が分からなくとも観客を楽しませることができるのは、なぜだろうか。作品が視覚化されたからだけでは無いように思えた。彼女は映画を観る前から「楽しめるはず」と考えてきたのだから。

 「八月のある日、男が一人、行方不明になった。」と始まる『砂の女』は、この男の失踪にいたるまでの経過を追っている。男の名前は最後にしか明かされないし、砂の女にいたっては、一度も名前が出てこない。だが砂の穴底の家で繰り広げられる非現実的な物語は、なぜか不思議な現実味を帯びてくる。

 ありえない話のはずなのに、奇妙なリアリティに満ちている。私たちが普段何とはなしに「現実」と考えているものが実は現実ではなく、真の現実はその近くにあるが、私たちはそれに気がついていないと、安部公房は考えているようだ。

 そういった時に作家はどのような手法を取るだろうか。真の現実を一所懸命描こうとするだろうか。しかし、「嘘のような真実」よりも「真実のような嘘」の方が信じられやすいように、真の現実をそのまま描いても、人々に訴える力はあまりない。むしろ一見非現実的、荒唐無稽と思われる世界を通して表現した方が、理解されやすいのかもしれない。

 私はフランスに長年暮らしているが、最初に見えてきたのはフランスの真実ではなく、日本の真の姿だ。日本に暮らしていたときは見えなかった種々のものが、フランスから日本を眺める事によって見えてきたのである。

 安部公房の手法も、このようなものなのかもしれない。彼の作り出す非現実的世界は、決して「非現実」を描いたものではなく、限りなく「現実」を映し出そうとしたものなのだ。その意味において、安部公房はリアリズム作家であると言うべきだろう。真の現実を見極めるために、今一度彼のリアリズムを味わってみては如何だろうか。


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