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2014年03月30日

『カノン』中原清一郎(河出書房新社)

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「「こころ」はどこにあるのか」

 『カノン』、美しい響きだ。主人公である北斗=歌音の名前だが、やはり音楽の一形式である「カノン」を思い出してしまう。ある旋律を追唱していく一種の輪唱で、異なる音で始まるものもある。とここまで書き始めて、パリ市内で行われた小さなコンサートに行くと、何と第一曲目が「パッヘルベルのカノン」だった。不思議なことがあるものだ。「共時性」とでも言ったら良いのか。

 末期癌の寒河江北斗は58歳の男性。記憶を失っていき、死に至るジンガメル症候群の氷坂カノンは32歳の女性。この二人の脳間海馬移植が発端となる近未来小説である。とはいえこの作品はSFの類いでは無い。人の「こころ」と「からだ」とは一体どのようなつながりがあるのか。「こころ」は脳にあるのかそれとも体全体と関係しているのか。ある「からだ」に別の「こころ」が移植された場合、折り合いはつくのか。このような問題が顕現する。
 
 カノンは息子の達也のために移植手術を希望する。成功するとカノンの意識は末期癌の北斗の体に入り、カノンの体には北斗の意識、つまり58歳の男性が入り込むことになる。カノンは自分の体を息子に残してやれる。だが、彼女の「こころ」は消えるはずだ。それは息子にとって、また夫の拓郎にとって良い事なのか。北斗は手術の後はカノンとして暮らすことになるから、今までの家族や友人とは会うことはできない。カノンの家族や友人、仕事等をそのまま受け継ぐことになる。
 
 一見荒唐無稽の話のように見えるが、果たしてそうだろうか。ヒトゲノムの解読は既に行われ、クローンに関する話題も豊富だ。世間を賑わしているSTAP細胞を含め、現実は我々の想像を遙かに超えたスピードで進んでいるのではないのか。人のクローン実験は禁じられているはずだが、本当に誰もやっていないと自信を持って言える人はいるのだろうか。カズオ・イシグロが『私を離さないで』で描いた恐ろしい世界は、すぐそこに見えている気がする。
  
 手術は成功し、北斗はカノンになり「奇妙なリハビリ」が始まる。心身共にカノンになるための訓練だ。その後家庭と職場へ戻り、様々な軋轢や葛藤が生まれる。達也との関係、拓郎との関係、職場の同僚達との関係。58歳の北斗が32歳のカノンに「成りすます」事は簡単ではない。だが、北斗=カノンは一つ一つ壁を乗り越えていく。最大の危機の時には、何と「カノン」が現れて助けてくれる。「こころ」とは何であるかについての問題提起である。
 
 カノンは多くの人の助け(特に脳間移植コーディネーターの黒沢の果たす役割は大きく、彼の真の姿も説得力がある)を得て「カノン」になる。それは手術前の氷坂カノンでもなく、寒河江北斗でもなく、二人のミックスでもない。新たな「カノン」なのだ。
 
 これは単なる再生の物語ではない。物理的な「ひと」の姿が明らかになればなるほど、精神的な「ひと」の姿は曖昧になってくる。私たちはそういう時代に生きているのではないのか。「こころ」を持つ「ひと」の姿を見失ってからでは、取り返しがつかない。だからこそ、今私たちは「こころ」について考え、「ひと」の原点に戻るべきであることを、中原清一郎(外岡秀俊)は『カノン』を通じて問いかけているようだ。


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2014年03月29日

『一色一生』志村ふくみ(講談社文芸文庫)

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「一色に込められた一生の姿」

 いつだったか、京都の湯葉作りの名人と呼ばれる人のインタビューを読んだことがある。何十年となく毎日湯葉を作り続けている人だったが、今までどのくらい満足のできる湯葉ができましたかと問われたとき、まだ一枚もありませんと明確に答えていた。気負っているわけではない。読者を意識した言葉でもない。逃げでもない。心の底から出てきた素直な感情である。それが凄いと思う。 

 染織家の志村ふくみの『一色一生』は染と織にまつわるエッセイであり、彼女の半生記でもある。家庭を捨ててまでして何かに打ち込んだ人の半生には、学ぶものがあり、感動する部分もある。だがしかしそれは質の良いドラマを見て感動することと似ている。あくまでも他者の世界であり、自分は傍観者に過ぎない。ところが、志村の草や木との対峙の仕方、彼女の道を照らしてくれる人との出会いは、読者を引きずりこみ、作者との干渉作用をもたらす。

 『一色一生』というタイトルは、彼女が「かつて一色に十年と思っていたが、この頃は一色一生と思っている。」と述べる通り、一色を生み出すための難しさを語っているのだろうが、別の意味も込められているようだ。ある日彼女は見知らぬ人から連絡をもらう。道路拡張のために切り倒された榛の古木の知らせだった。すぐに現地へ飛び、皮をはぎ、木の皮を湯で炊きだす。「木の精」が現れてくる。

 「榛の木が長い間生きつづけ、さまざまのことを夢みてすごした歳月、烈しい嵐に出会い、爽やかな風のわたる五月、小鳥たちを宿してその歌声にききほれた日々、そして、あっという間に切り倒されるまで、しずかに、しずかに榛の木の生命が色になって、満ちていったのではないでしょうか。」

 一本の木が一生をかけて培ってきた生命が、一つの色に変化する。これもまさに「一色一生」ではないだろうか。

 志村は多くの「師」にも出会っている。商売を維持していくのが困難で化学染料に流れてしまう紺屋が多い中で、伝統を守り続ける片野元彦が言う。「化学染料と薬品は従来の方法からみれば百歩を一歩にかえてしまう簡便さを持っているが、生命ある色を染めることは不可能であり、生命ある色は生命あるものから生まれて来るものである。」

 二人の子がいるのに離婚して、織物で生計を立てたいと思ったときに、陶芸の河井寛次郎に言われる。「この道は厳しく生半可な決心でやっていける仕事ではない。子どもを抱えながらの片手間では材料の浪費、時間の浪費。創作の道は間口は広いようにみえるけれど、一歩踏み入れれば、大変なものだから」だが、木工の黒田辰秋が「私はあなたに織物をすすめることもやめさせることも出来ない。ただ、もしこの道しかないとあなたが思うなら、おやりなさい」と言ってくれる。

 ある意味、志村にとって最大の出会いは、母だと言えるだろう。結婚して子どもを得てから織物に目覚めた。だが、幼い子ども、医家の煩雑さ、種々の桎梏により諦めざるを得ない。その想いがふくみに伝わったのか。黒田は、工芸の仕事は「運・根・鈍」だと言う。「運」は「自分にはこれしか道がない」と思うこと。「根」は粘り強さであり、「鈍」は材質を通しての表現である工芸のことだと志村は解釈する。他に道はないという覚悟が出来たとき、道は極まる。そこから本当の道が始まるのであろう。


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