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2013年09月24日

『奇跡のリンゴ』石川拓治(幻冬舎文庫)

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「この奇跡は必然か?」

 フランスのブルゴーニュ地方に、最高のワインを作るルロワ・ビズー女史がいる。ロマネ・コンティの共同経営者であった父の薫陶を受け、幼い頃から抜群のティスティング能力を発揮した。だが、次第に満足のいくワインを作る生産者が少なくなったため、自らブドウ作りを始めた時に取り入れたのが、バイオダイナミック農法だ。無農薬であるのみならず、天体の影響までを視野に入れた自然農法の一種である。農薬に頼る周りの生産者達は、彼女を「魔女」、「気狂い女」と呼んだ。しかし、出来上がったブドウは素晴らしく、彼女の作るワインはフランスでも最高の評価を得ている。

 石川拓治の『奇跡のリンゴ』を読むと、木村秋則とルロワ・ビズーの姿が重なって見えた。周囲からは徹底的に無視され、馬鹿にされ、時には攻撃されても信念を曲げずに努力を続け、遂に世界でも類を見ないほどの素晴らしいものを作り上げる。ルロワ・ビズーは夫を亡くした年、彼女のみならず、ブドウも悲しみ力を落としたとして、本来ならばグラン・クリュの畑のブドウを、格下のワインと混醸した。8年間かけて素晴らしいリンゴができるようになった木村の畑で枯れてしまった木は、木村が周りの目に遠慮して「枯れないでくれ」と声をかけることをしなかった木であった! 彼等はブドウの木やリンゴの木と心が通じているのだ。

 「奇跡」と名づけられたが、本当に「奇跡」なのだろうか。木村が考えたように、農薬のなかった時代でも、ブドウやリンゴは実がなっていた。もちろん農薬のせいで、木自体も変化し、今や農薬に頼らなくては実がならなくなっているのだろう。しかしそれでも彼等の業績は奇跡なのだろうか。奇跡とは、常識では考えられないことが起こることだ。だがその「常識」が変われば、奇跡の範疇も変わる。私には彼等のブドウやリンゴは「必然」のように思えてならない。

 木村が書店の高い棚から棒でつついてトラクター農業の専門書を取ろうとした時に、隣の本が一緒に落ちてきてしまった。汚れたので仕方なく買ったその本が、福岡正信の『自然農法』だった。この本のおかげで木村は無農薬農法を決意する。「奇跡的な」偶然である。当時としては(多分今でも)常識破りのその決意を、義父がいともあっさり認める。その後家族で長年貧困の苦しみを味わうのに。「奇跡的な」義父との出会いである。木村が絶望し、自殺するために登った岩木山で、自生している(もちろん無農薬で)リンゴの木を発見する。実はドングリの木だったのだが、ここで木村は決定的な要素を発見し、そのおかげでとうとうリンゴの木が再生する。「奇跡的な」発見である。

 これだけ奇跡的な偶然が揃うと、それは必然的に起こるべくして起こったことと思われてくる。特に信仰を持たない私には、それが神の意志かどうかは分からないが、地球という巨大な生命体の「生への意思」である事は確かだと感じられる。農薬と除草剤に頼って土地を殺してしまっては、いずれ農業が立ちゆかなくなることは明白だろう。フランスの土壌研究家であるブルギニョン氏は、フランスの土地の90%は死んでいるし、除草剤、化学肥料、農薬を豊富に使用している畑の微生物量は、サハラ砂漠よりも少ないと言っている。

 作者はある時木村に聞く。「つまりこの畑は、箱船なんでしょう?」木村は両手を広げて答える。「私の舟に乗りなさい」木村は、地球が私たちに遣わしたメシアと考える以外に、この必然的奇跡を理解する道はないのかもしれない。
 


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2013年09月17日

『日本料理の贅沢』神田裕行(講談社現代新書)

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「真の日本料理とは?」

 数年前から、パリは日本食ブームである。バカンス前は中華料理店だったのが、バカンスから帰ってきてみると「Restaurant Japonais」となっている事が珍しくなくなった。メニューは「寿司・焼き鳥」がメインで、時々天ぷらもある。「寿司」の写真には、フランス人が好む鮭やマグロが沢山載っていて、光り物、イカ、タコ等はめったにない。巻物は「Maki」というフランス語になっている。

 こういった店が増えてくると、真の日本料理店を見つけるのが難しくなる。また、「真の日本料理」とは何だろうと考えてしまう。日本料理も他の料理を取り込んで変化していくべきなのか。それとも、変わらない何かがあるのだろうか。そういった疑問に神田裕行は『日本料理の贅沢』で明確に答えている。

 神田は東京でミシュラン3つ星の店「かんだ」を営んでいるが、かつてパリの日本料理店の料理長をしていたことがあり、海外事情にも詳しい。この本の出だしは「日本料理は、日本にしか咲かない花のようです。」とある。その理由として「日本料理は、良くも悪くも日本固有の食材と、日本独自の食材流通スピードによるすばらしい鮮度に頼るところが大きい」ことだ。海外で日本料理を作る事に苦労したから分かることだろう。

 旬の食材を大切にするのは、一流の料理人ならば当然のことだが、「日本料理は三口目が勝負です。」というのは、なるほどと思わせてくれる。「一口目でおいしいと思うような味付けはすぐに飽きる」のも、経験することだ。神田は徹底的に客の満足度を考えている。そしてそのために、料理を変えていく。酒好きの客には酒肴的なもの、食べるスピードが早い客にはボリューム感のあるもの、接待ならば会話しづらいような料理を避ける、外国人には自国の食習慣からあまりかけ離れないもの、等等。

 これは彼の言う「カウンター割烹」ならではの技だ。料亭では不可能だろうし、一流のフレンチの店でも、レシピ通りにきちんと仕上げるのが普通で、客はその味に馴染まなくてはならない。客の様子に合わせて細かく料理を変えるのは、日本的心遣いかもしれない。刺身を塩で食べてほしい時に、塩だけではなく醤油も出し、塩の方がお勧めですと言う。客は殆どが塩を使うが「自分で塩を選んでいるという、主体的な気持になる」ので納得するという。心憎い演出だ。

 鍋の中の対流、魚の生態、素材の脂と水、味の染みこみ方等、明確で科学的な考察と方法論が述べられている。新しいものと出会った時、客から質問された時、謙虚にその答えを考え追求する姿勢がみられる。どの世界でも一流と呼ばれる存在になるためには、一つの疑問に対して徹底的に考えて、考え抜いていくという事ができるかどうかが大切だということがよく分かる。その結果として、家庭でも実現できる簡単なレシピが至るところで紹介されているのも楽しい。

 「かんだ」は日本料理店だが、ワインも100種類ほどおいてある。「リストに載っているどのワインを注文されても、それに合う料理が出せないようでは、リストを作る意味がないですから。」と神田は言う。嬉しい自信だ。ワイン好きの当方としては、好きなワインを何本か選んで、それに合った料理として何が出てくるか、試してみたい。

 ワインは「天(気候)・地(畑)・人(生産者)」が大切だといわれる。料理もそのようだ。必要な良い素材を産む風土があり、畑や海がある。そしてそれを料理する人がいて、客がいる。これらの要素が全て揃った時に「真の日本料理」ができあがるのだろう。


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