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2013年04月21日

『充たされざる者』カズオ・イシグロ(ハヤカワepi文庫)

充たされざる者 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「「充たされない者」は誰か?」

 「才能」という言葉が好きではない。これは「才」ある者の真の価値を隠してしまうからだ。あの人は才能があると言った時点で、何か納得してしまい、その人の能力に関しそれ以上考えることをやめてしまう。そう、「才能」はある意味で思考停止を導く言葉だ。だが、カズオ・イシグロの『充たされざる者』を読むと「何という才能だ!」という言葉が漏れてしまった。彼の作品を全て読んでいるわけではない。だが、数冊読んだそれぞれが全く違った構想の下に書かれ、それが見事な仕上がりとなっている。この発想の多彩さと筆力は見事というしかない。

 新しい作品を読むと、頭の中の引き出しに入っている、既に親しい作家達の筆致と比較してしまいがちだ。知っているどんな作家達とも違った作品に出会うとわくわくするし、似た作品だと比較しながら読む楽しみがある。しかし、似ているようで違う作品というのは、どうにも落ち着かない。『充たされざる者』の主人公ライダーがなかなか目的地に着かないあたりは、カフカの『城』を思わせるし、町に流れる倦怠感や諦念はジョイスの『ダブリン市民』の持つ空気と共通している。しかし、それらの比較はこの作品の理解を助けてはくれない。

 語り手のライダーは世界的に有名なピアニストで、中欧のある町に招待される。その町は何か大きな問題を抱えていて、ライダーの来訪が解決の切っ掛けとなることを期待している。だが到着当初から違和感に満ちている。ライダーは予定通り着いたつもりだが、どうやら遅れたらしい。初めてのホテルのつもりが、その部屋は「その昔、イングランドとウェールズの境にあったおばの家で両親と一緒に二年間暮らしていたとき、自分が寝室として使っていた部屋ではないか。」と思い出す。

 老ポーターのグスタフに頼まれて会いに行った女性ゾフィーと、少年のボリスは、記憶がよみがえってくると、ライダーの妻と息子らしい。街や建物や人々も、見覚えがあるものもあるが、時により記憶が定かではない場合もある。これはライダーの記憶が曖昧なせいか、それとも彼が疲れすぎていて、状況をきちんと整理できていないのか。ライダーは自分の予定を確認し、重要なものから片づけようとするが、次から次へと別の用件が入り、思うようにいかない。
 
 ホテルの支配人のホフマンが中心となり、アル中のブロツキーの再起とライダーの招聘により、この町にカンフルを打とうとしていることが分かってくる。だが最後までこの町の問題が何であるのかは分からない。ライダーはそれを見つけようとしたり、話を合わせようとしたりするが、全ての事は順調に進まない。貴賓として招待されているはずのライダーの両親も来ない。錯綜したライダーの記憶が描く妄想世界なのか、ライダーがパラレルワールドに迷い込んだのか・・・・・・

 この作品に関し、評論家は賛否両論のようだし、訳者は非常に訳しにくい部分があったと告白している。だが、文庫本で1,000頁近い量の作品なのに、飽きさせない麻薬のような魅力がある。『充たされざる者』とは、読後の読者自身であるかも知れない。種々の読み方ができようが、私たちが「充たされる」ためにはどうすれば良いかを考えさせてくれる「反面教師」と読むのは、穿ちすぎだろうか。


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