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2013年01月30日

『右岸』辻仁成(集英社文庫)

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「「右岸」と「左岸」はどこで交わるのか」

 辻仁成は器用な作家である。ミュージシャンであり、詩人であり、作家であり、映画監督でもある。しかし、我々はそういったカテゴリーから人を判断するために、ずいぶん「器用」な人だと思ってしまうのではないか。本人にしてみたら、見る方向が違い、ただ何かを表現したい時に、それに合った形を取っているだけで、「器用」と呼ばれる事は心外かも知れない。何にしろ言えることは、彼の小説は「読ませて」くれるということだ。先を読みたいと思わせる力がある。

 『右岸』は江國香織の『左岸』と対になった作品だ。前者は祖父江九の半生を、後者は寺内茉莉のそれを描いている。九は心優しいヤクザ者とその愛人との間にできた子だが、茉莉とその兄の惣一郎と仲が良い。九はある日テレビで外国人の超能力者がスプーンを曲げているのを見て真似すると、見事にできてしまう。超能力少年の誕生である。

 もちろん、少々年配の方ならば、この超能力者がユリ・ゲラーであり、スプーン曲げでは、当時清田君という少年が話題になったことを思い出すだろう。辻のファンであるならば、「辻仁成のオールナイトニッポン」というラジオ番組に、清田君がゲストで出演したことがあることも知っているかもしれない。そういった知識があると、余計に先の展開が気になってくる。

 九が10歳の時に、惣一郎は縊死する。この瞬間から九の人生は大きく動いていく。惣一郎とは夢の中で対談できる。テレビ出演の時は失敗したスプーン曲げも、惣一郎の事件後、能力が強くなる。その後、両親との逃亡、父の死、茉莉との齟齬、母との確執等を経て、世界中を旅することとなる。

 しばらくパリで暮らすこととなるが、作者がパリ在住なので、面白い人物たちも登場する。九が出会う、ソムリエ志望で後に三つ星レストランのカヴィストになる林田秀樹は、トゥール・ダルジャンのカヴィストH氏が、一流デザイナーとなる中川竜二は、かつてウンガロの片腕であり、今は独立しているデザイナーのN氏がモデルであろう。こういった「遊び」も楽しい。

 パリで幸せな結婚をしたが、惨事に見舞われ、一時記憶を喪失し、超能力が増し、さらに数奇な運命をたどることとなる。その間茉莉の人生はほとんど分からない。時々九の人生と交差するだけだ。しかし、九は茉莉のことをいつも忘れてはいない。そして九の人生の最終段階において、茉莉との静謐な時間が訪れる。

 これは恋愛小説なのだろうか。ある意味そうとも言える。しかし、それは男女間の愛だけではない。もっと広範囲な恋愛だろう。人類に対する愛、宇宙に対する愛、存在しているありとあらゆるものに対する愛の問題や、心の問題が描かれている。我々と物質との間の愛でもありそうだ。辻は変に問題を抽象化しない。日常的な、あまりにも日常的な要素で作品を組み立てている。スプーン曲げも、念力も、空中浮遊も「日常」の出来事に過ぎなくなる。そして、戻ってくる場所は、人の優しさであり、信頼関係であるという、いかにもシンプルなものだ。それこそが、永遠の事実であり真実であるのかも知れない。

 それにしても、この作品が面白ければ、どうしても『左岸』を読みたくなるし、『左岸』もまた、作家の人となりが上手くいかされた「読ませる」作品となっている。


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2013年01月24日

『ハーバード白熱日本史教室』北川智子(新潮新書)

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「ハーバード生を魅了した授業!」

 『ハーバード白熱日本史教室』というタイトルを見て、マイケル・サンデル教授の二番煎じかと思ったのだが、内容は全く違った。いや、学生の好奇心を刺激し、教室が受講生で溢れんばかりの授業であるという点では同じと言える。だが、この授業を担当しているのが、日本人で(つまりアジア人で)、女性で、若いという、ハーバードで名物教師となるには、残念ながらマイナス要因ともなりうる要素に満ちた、北川智子という存在であるということが、異色なのだ。

 北川は帰国子女でもないのに、日本の高校を卒業した後、旅行で気に入ったカナダの大学に留学する。しかも専攻は数学と生命科学という、歴史とは余り関係の無いものだ。だが、日本史担当の先生のアシスタントをすることになり、ハーバードのサマースクールで「ザ・サムライ」の授業に出席して、疑問が湧く。なぜ男の「サムライ」だけが論じられて「Lady Samurai」が論じられないのか。

 結果的に大学院では日本史を専攻し、プリンストン大学で博士課程を終える。そして、ハーバードで講師として教える機会を得る。日本史の授業は元々余り人気が無く、一ケタ代の受講生が普通だったが、彼女の「Lady Samurai」と「Kyoto」という授業は人気が出て、受講生が104人、251人と増えていく。学生からの評価も抜群で、「ベスト・ドレッサー」賞や「思い出に残る教授」賞も受ける。しかもまだ30歳前後である。

 サクセスストーリーだろうか。ある意味そうだろう。自慢話だろうか。そうとも言えるだろう。学問的に粗いだろうか。そう言って批判する人もいるようだ。しかし、この本は非常に面白く、楽しく、元気が出る。それは北川の情熱と若さと純粋さが伝わってくるからだ。考えてみて欲しい。ハーバード大学に通う学生たちは、将来大なり小なり国の根幹を支える役割を果たしていく者が多いに違いない。そんな若者たちが、学生時代の一時に、日本史を夢中になって学んでいるのだ。何とも嬉しい話ではないだろうか。

 北川の授業法は、日本の大学でも生かせる部分が多いと思える。従来の講義型の授業だけではなく、学生参加型の授業を取り入れていけば、ゼミが始まるまで大学の講義は面白くない、等という感想も減るのではないか。プレゼン、地図書き、ラジオ番組制作、映画制作等、種々のアクティブラーニングに、学生たちは熱心に取り組む。その作品はウェブ上にアップして皆が見られるので、余計気合いが入る。目を輝かせている学生たちの姿が髣髴としてくる。このような授業が、どれくらい日本で行われているだろうか。決して多くはないだろう。

 学問の世界は、常に新風を吹き込まないと、すぐに硬直化する。一端ある程度の地位を得てしまった者は、それで満足し他の方法を受け入れなくなる。しかも、分野にもよるが、IT機器の発達により、知識のグローバル化が加速度的に進んでいる。本流を過たず精進を続ける事も大切だが、北川の手法のような新風も、非常に良い刺激になる。種々の仕事に生かせる発想である。


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