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2011年07月12日

『風味絶佳』山田詠美(文春文庫)

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「詠美ワールドの魅力」

 死ぬ気で努力すれば近いものが書けるかもしれないと思う作品と、どんなに努力してもこれは書けないと思う作品がある。私にとって山田詠美の作品は後者である。私が男である限り、絶対に辿り着けない部分がある。女性を描かせたら右に出るものはいないと言われた吉行淳之介でも、山田詠美の作品は書けなかっただろう。彼が女性の肉体を持っていない限り。

 『風味絶佳』は彼女の短編集だ。徹底的に自分に尽くしてくれる15歳年上の加代と暮らしながらも、小さくて柔らかい子豚のような花を抱きに行く、鳶職の雄太。清掃作業員の紘を、最高の料理で繋ぎ止めておこうとする、婚家を出奔した美々。奇妙にアメリカナイズされた祖母を持つ、ガソリンスタンドで働く志郎。少々変わったカップルたちが登場する。

 山田詠美の真骨頂は、やはりその「感覚」だろう。『ベッドタイムアイズ』で衝撃的にデビューしてから、その鋭さは一向に衰えないようだ。頭で考えても出てこない表現。体の奥で感じるものを、何とか文字にしようとする努力。彼女が使うと同じ言葉がカラフルになり、言葉の質感が変化する。

 雄太が寝入ってしまった花の唇をいじる。唇は指に吸い付き、音を立てる。雄太がそれを聞くと「部屋に満ちて来た幸福の水位は上がる。」しばらくそこに「たゆたう」雄太は、「自分の身体の内から、何か温いものが絶えず湧いて、流れ出て行くのが解る。彼女に注いでも注いでも飽くことのないもの。部屋は安らかに満たされて行き、その完璧さを確信した時、彼は、帰り支度をして外に出る。」理解するのではなく、ただ感じるのだ。

 加代の作る食事を終え、雄太は畳に横になる。「横たわると、しばし地球に愛される。ちっちゃな時、地球と畳の区別がつかなかった。」この感覚を頭で考えてもぼんやりとしか分らない。だが実際に畳に寝転がるとすぐに分かる。そこに山田詠美の個性がある。

 美々は紘を料理で呪縛しようとする。そして想像する。「もしも、この先、私なしで外国の街を彷徨うことがあったなら、彼は、そこで確実に、美々ちゃん風の食べ物に出会うことだろう。別れてしまったか、死んでしまったかした女になった私は、彼の舌の上で再会する。つきまとう。」これは男には書けないと思うのだが、如何だろうか。それとも男女差の少なくなってきた現代の男は、この感覚を捉えられるのだろうか。

 帰りがけに焼鳥屋で一杯やってきた紘は、美々の夕ごはんを食べないと、一日が終わらないという。「え? 始まりじゃなくて終わりだったの? 私は、始まりに便乗して、彼は、終わりに便乗する。そんな利用の仕方を続けていたら、愛情に近付いちゃうよ。」世の中の事が少しずつ分かるようになってきたと自負する頃に、このような新鮮な表現と出会うと、世界に未知数が増えてしまう。

 おでんを見つけて歓声を上げる紘。「その感嘆の声につられて振り向くと、彼を待ちわびた分だけ、大根は飴色を深くして、私は、今も、ここにいる。」散文詩のような表現に掴まれる。紘も物も皆同じ存在として、美々に惹きつけられる。これは取りも直さず、魔的な魅力で私たちを(特に男性を)捉えて離さない詠美ワールドの力であるだろう。


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