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2011年06月28日

『秘花』瀬戸内寂聴(新潮社)

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「恋は秘すれば花」

 瀬戸内寂聴の『秘花』は、何とも艶な作品だ。観阿弥、世阿弥親子の名前は、能楽の完成者として教科書にも必ず出てくるので、能のフアンでなくとも聞き覚えのある人が殆どだろう。だが、現在能は歌舞伎ほど人口に膾炙しているとは思われないし、ましてこれらの完成者の晩年についての知識を持っている人は多くはないだろう。世阿弥は72歳にして、時の将軍義教の気まぐれにより佐渡へ流される。佐渡へ向うまで、そして到着してから、様々な回想が描かれる。

 申楽の隆盛に命をかける父観阿弥のために、けなげに尽くす美童の世阿弥。まずは12歳の時に、5歳年上の将軍義満の目にとまる。彼との関係に慣れてきた頃、今度は43歳年上の二条良基の寵愛を受ける。閨での物語に、准后(良基)は藤若という名前を与え、二人の関係は「秘すれば花」であると言う。世阿弥はその言葉を観阿弥からも聞いている。「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからず」

 准后は言う。「無限と呼ばれる人間の煩悩の中で、色欲ほど執拗で強烈なものはない。仏法で色欲を禁じたら、僧侶は男色という逃道を見つけた。おかしなことだが、そなたのような美童への愛が、高僧の尊い悟のよすがになることもある。」寂聴の作品はなぜか瀬戸内晴美の頃よりも、よほど「艶」なのである。仏道に入る者は、他者より欲望が多いのかもしれない。それを解決するために仏の世界に入るのだ。欲望は悟ると無くなるのだろうか。それとも形を変えて残っているのだろうか。美童への愛が悟の契機になる。悟った時その愛はどのような存在になるのか。

 観世一座の隆盛後の没落、逆縁等の思い出が多く語られる。しかし、この作品の真骨頂は世阿弥の伝記的要素ではなく、佐渡での世阿弥の姿にある。流されても規則的な日常は変わらない。能や謡の練習を続け、能の台本を書き下ろす。そんな中、身の回りの世話をするために紗江を紹介される。40歳年下の紗江は世阿弥の寵愛を受けながら、彼の語り部となっていく。息子の死に錯乱している紗江を始めて抱き、「恋も秘すれば花だよ」とささやく。

 老いのため耳が聞こえなくなった世阿弥が紗江に語る。「いいか紗江、何も聞こえなくなるということは、森羅万象の放ったあらゆる声が、かえって聞こえてくるということなのだ。七十三年のわが生涯に聞きとったすべての妙音がいっせいに軀の中になだれこみ、音の坩堝の中に漂うということだった。」さらに「出離者は寂なるか、梵音を聴く」という言葉を引用する。「出離者は心の煩悩の炎を沈静して、浄寂の境地にいる。乱れのない浄寂の心にこそ、梵音がおごそかに聞えてくる」作家自身の法名でもある。

 視力も失った世阿弥を「その端正な横顔に、わたしくはしみじみ美しいと見惚れた。もう七十の坂も半ばを越えた老人で、これほど美しい男がいるであろうか。」と紗江は表す。「花」とは何かと問うと、「色気だ。惚れさせる魅力だ」と世阿弥は答える。艶な姿である。僧となっていた息子が佐渡を訪れた時、紗江は世阿弥の遺骨を渡し、一部は自分が頂戴し「淋しくなると、少しずつ食べて、もう大方なくなってしまいました。」と語る。能の新作「秘花」の題名だけを遺した世阿弥だが、紗江は「あちらからお師匠さまのお声が毎夜届き『秘花』の詞章が語られつづけています。それを書き取ることが、ただ今のわたくしの秘かな生き甲斐でございます。」と終える。

 ここには精神も肉体も超越した世界が現出しているようだ。いやむしろ、肉体と精神の妙なる和合、男と女の行き着くべき所、彼岸と此岸の混在であり、世阿弥の得意とした夢幻能の残像と残り香が漂う艶なる世界と言うべきか。


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2011年06月13日

『高橋悠治 対談選』小沼純一編(ちくま学芸文庫)

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「希望は自分で作り出すもの」

 『高橋悠治対談選』は面白く刺激的だ。作曲家、作家、研究者等との対談なのだが、実に見事に高橋の姿が立ち上がってくる。約450ページと、文庫本としては厚い方だが、一気に読ませてくれる。何がそんなに面白いのだろう。高橋の反逆的姿勢だろうか。いやそんな言葉では彼の思考を定義できない。対話者の発する意見に、縦横無尽に遠慮会釈なく吐き出される高橋の言葉は生きている。「率直な、天真爛漫、自然な」等と訳されるフランス語の形容詞「spontané」が相応しい。

 山口昌男が聴衆に飽き飽きしたりしないかと尋ねると「聴衆に飽き飽きしているんじゃなくて、聴衆をつくりだしているあるものに飽き飽きしている、とは言えるけどね。」と答える。権代敦彦に、久々にオーケストラと競演するんですねと言われて、オーケストラと一緒にやらない理由を「そもそもオーケストラって、二回練習して本番、それで終わりでしょう。あとはその時流行っているマーラーとか、今年はモーツァルトか、それをやっていれば成り立ってるわけだから。その時限りにすぎないから、何やっても無駄なんだよね。」と言う。

 武満徹と喧嘩したために暫く弾かなかった『アステリズム』を弾くことになり、「武満のスコアを一種の台本のように使って高橋悠治の音楽をやるのか」と問われると、高橋悠治の音楽をやるわけではないと言い、武満のスコアを一種の台本のように使って「武満の音楽から何が発見できるか」をやると言う。好奇心のかたまりのような所がある。しかもそれが鋭く、深い。

 武満徹との1985年の対談は示唆に富んでいる。芸術家の役割について武満は「本当に生活している人間全部が芸術家的な創造者になり得る時代までの、かりそめのある一つの役割」だと言う。高橋はパトロンの問題を捉え「自分の好きなことをやっていれば貧乏でもいい、というような十九世紀的な芸術家像は、やっぱりどこかで自分は保護されているのだ、ということを忘れている」と指摘する。

 武満はさらに、今の日本社会は金の使い方を誤ったがために、表面的には経済が豊かに見えるが「目に見えない余力を使い切っちゃっている」と発言する。これがバブル直前の時期だ。高橋は2008年に渡辺裕との対談で音楽関係を含めて、会社というものは「いかにして大きくなりすぎないような状況を保つか」が肝要だと言う。グローバリゼーションを良しとする消費社会への警鐘だろう。

 鎌田慧との対談で鎌田が書いた『ガラスの檻の中で』という原発を扱った作品が話題になる。機械を人間は管理できるのか。公共の利益という言葉を振りかざして、事業を進めるときにそれは時として暴力にも似た攻撃的な何かに変わってしまう。高橋の一言は強烈だ。「管理しなきゃいけないとされるものは、本来は管理できないものだと思う」。

 至る所に、こちらの感情を代弁してくれる発言があり、また我々の視点とは全く違うものを提供してくれる。それゆえに、楽しく、面白いのだ。対談者たちの慧眼も見事だし、どんな分野でも自分の立場をしっかりと保ち発言する高橋も見事である。知識があるゆえの発言ではなく(もちろんそれもあるのだが)、知識と言う言葉で括られる前の原存在的な何かに向っていく姿勢が大切だと言う事を教えてくれる。

「何も期待することがないときに、希望が生まれる。そして希望は自分で作り出すもの。」今こそこの高橋の発言が重みを持つ。


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