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2010年12月21日

『幼女と煙草』ブノワ・デュトゥールトゥル(早川書房)

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「フランス風ブラックユーモア」

 イギリス人のブラックユーモア好きは有名だ。かつてダイアナ妃が交通事故で亡くなった時に、同僚が尋ねた。「ダイアナ妃が最後に食べたデザートは何だか知っているかい?」私が分からないと言うと、「タルトタタンだよ」と言った。私が首を傾げていると「タルト・ランヴェルセ、さ」と付け加えた。それで意味が分った。

タルトタタンはアップルパイを間違ってひっくり返して出来たという説がある。そして別名タルト・ランヴェルセ(Tarte renversée)とも言う。Renverserはフランス語で「ひっくり返す」と言う意味だ。だが、もう一つ「車で人を轢く」という意味がある。その形容詞形なので、意味は「車に轢かれた」……何とも不謹慎な話だが、この同僚が英領北アイルランド出身だと言うと、でき過ぎだろうか。

しかし、ブノワ・デュトゥールトゥルの『幼女と煙草』を読むと、ブラックユーモアに関し、フランス人もなかなかイギリス人に引けを取らないと感じる。冒頭は一人の死刑囚デジレ・ジョンソンが処刑前の最後の希望を述べる所から始まる。それは一服の煙草だ。これが大問題となる。なぜなら刑務所は完全禁煙であり、煙感知センサーまでついているからだ。だが法律では「死刑囚は、刑の執行前に、習慣に適った最後の望みを果たす事が許されて」いる。

ベトナム系の所長(舞台はパリがイメージされているが、現在フランスは死刑を廃止している)は困惑し、処刑寸前に最高裁に判断を求める事になる。結局最後の一服が許可され、タバコ会社や無能弁護士がからんでくるが、何とジョンソンは処刑前に花を摘み「人生バンザイ」をテレビの視聴者にメッセージを送る。これがきっかけとなって、ジョンソンは大統領恩赦を得て、一躍英雄になる。

 ここまでだと、単なるフランス的ドタバタ劇の様を呈するが、それと並行して恐ろしい話が進んでいく。主人公は市役所に勤めているが、バスの中で子供たちの傍若無人ぶりに怒りを感じる。しかし、他の人は子供たちを優しげに見守る。微妙な違和感があるのだが、それが次第に明らかになる。この社会は子供を過度に保護し、全ての権利を与えているのだ。市役所内でも、子供が遊んでいれば邪魔をしてはいけない。
 
主人公はささやかな反抗として、市役所内のトイレの個室でこっそりとタバコを吸う習慣がある。子供たちのために役所も全面禁煙となっているのだ(フランスは2008年1月からレストラン、カフェ、公共施設等で禁煙を実施している)。だがこれが彼の運命を決定付ける。タバコを吸っている所を5歳の女の子に目撃され、彼女を叱ったために、とんでもない事になっていく。ジョンソンの話と主人公とが繋がるのは、同じ弁護士を通じてだ。だが、この弁護士が登場する辺りから、話は完璧に不条理劇となっていく。

  主人公の主張は捻じ曲げられ有罪となり、テロリスト集団が人質を取り「殉教者(マルティール)アカデミー」(もちろんこれはスターアカデミーの風刺である)を始め、作品はおぞましい大団円へと一気に登りつめていく。カミュの『異邦人』のムルソーやカフカの『審判』のKの姿が目に浮かぶ。

 最後は決して笑えないのだが、どこか不気味な滑稽さが残る。毒は毒でも甘い毒なのである。現代社会の風刺などという常套句では捉えられない面白さを持っている。読む人によって違うものを見つけ出すかもしれない。その辺りが「巧み」な作家のようだ。何せ主人公の飼っている犬の名前が「サルコ」なのだから(フランスの現大統領サルコジの親称)。


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