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2010年09月27日

『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦(角川文庫)

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「怪傑乙女の華麗な冒険!」

 今年も夏の一時帰国時に京都へ寄った。第一目的は先斗町のバーである。ここの所毎年通っている。目立たない所にあるのだが、一等地なのに料金は非常にリーズナブルで、殆ど年中無休で開いている。お客さんは皆マスターの人柄に惹かれてやってくる。そのバーの話を、友人である若き研究者夫妻としていたら、奥さんが「京都が好きならば森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』が面白いですよ」と勧めてくれた。彼女は金沢出身だが、大学は京都で、ご主人は生粋の宇治っ子だ。彼らが勧める本ならば面白いだろうと思い、読んでみた。

 語り手は「黒髪の乙女」に憧れる大学生と、その乙女自身。この乙女はカバーイラストでは現代風の可憐な少女として描かれているが、只者ではない。顔色一つ変えず伝説の酒豪と渡り合い、どんなものを食べても体調を崩さず、物怖じもしない。まるで『動物のお医者さん』の菱沼さんと『もやしもん』の長谷川さんを足して二で割って若くしたような感じ(?)である。つまり荒唐無稽で痛快なのである。

 作品はいくつかの不可思議なエピソードで成り立っていて、最後の大団円へと繋がっていく。冒頭から、四条木屋町、烏丸御池、伏見、阪急河原町駅、四条大橋、高瀬川、先斗町と、京都好きにはたまらない舞台設定である。そして、先斗町で最初のエピソードが始まる。乙女は大学のクラブの先輩の結婚祝賀会に出席した後、初めて一人で木屋町のバーに入る。そこで思う。「私は太平洋の海水がラムであればよいのにと思うぐらいラムを愛しております。」

 大学生である「乙女」の言葉とは思えないのだが、私の行きつけのバーのマスターも無類のラム好きで、ラムにはちょっとうるさい。まあ、とにかくこの乙女は見かけによらずとんでもない酒豪なのだ。この章では、当初バラバラと思える種々の人達が、後半思いもよらず繋がってくる。名前に注意して読んで行くと面白い発見がある。最後は京都のフィクサー的人物李白さんと乙女の酒飲み対決となる。

 第二章は糺の森の古本市、第三章は吉田の大学構内、第四章は市内の種々の場所でと、最後まで京都散歩が楽しめる。基本のストーリーは乙女の大学の「先輩」(語り手の一人でもある)と乙女の恋物語なのだが、「先輩」の小心な様と乙女のノンシャランぶりが面白い。胡散臭い人物や訳の分らない人達が沢山登場し、奇想天外な筋だが、ロマンがある。「大正ロマン」ではなく、「昭和ロマン」とでも呼べる不思議な世界が作られている。

 分刻みどころか時として秒刻みの生活に追われている日々、柔らかく優しい物語で数時間を過ごすのも悪くない。暑かった夏から涼しい秋へと向うための、一服の清涼剤のような物語である。


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