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2010年04月30日

『世に棲む日々』司馬遼太郎(文春文庫)

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「幕末は面白い!」

 フランス人が日本人より読書量が多いかどうかは知らない。ただ、こちらの書店を覗くと、いつでも歴史文学が置いてあり、歴史に対する関心の高さが分かる。日本でも歴史文学は常に一定の読者を持っているように思えるし、特に司馬遼太郎には熱心なフアンがいるのは間違いない。現在の中高校生にすら「司馬フアン」は結構いることを、私は職業柄知っている。

 主に幕末に関する作品が多いのは周知の事実だが、『世に棲む日日』もその一つだ。吉田松陰と高杉晋作の二人が主人公となっている。松陰は第二次世界大戦中名前が悪用された嫌いはあるが、松陰そのものは至って純粋な人であったらしい。およそ人を疑う事を知らない。学問への情熱と国への憂いのみで生きていた。

 その純粋さは、時に誤解を生み悲劇を生む。高杉晋作が、源義経同様天の寵児かと思われる程種々の賭けに成功するのに比べて、松陰はことごとく失敗する。ロシア船には乗り遅れ、ペリーのアメリカ船には拒否される。「事毎ニ必ズ敗レ、遇フ所必ズ逸ス。」と書いたが、それでも全くめげない。牢獄にあっても番人を感化し、囚人を啓蒙してしまう。しかも奢った所がない。

 憎めない人物だが、それを優しく見守る家族や長州藩も素晴しい。結果的に松陰は、天皇の元に万民は平等という、幕藩体制を根底から覆す思想を持つが、正直故に安政の大獄で刑死する。その思想を受け継ぎ、長州藩の幕末での活躍を築きあげたのが高杉晋作である。高杉は何があろうと、藩主の事を思い両親の事を思っていた。その意味においては、儒教的精神に満ちた良家の嫡子である。

 だが、彼は名誉や安寧に全くと言って良い程興味がない。いや、むしろ苦手なのである。これが妙に人間臭い。歴史小説はあくまでも「小説」であるから、実際の松陰や晋作がこの通りであったかどうかは分からない。だが、司馬の目は、間違いなく彼らの最大の特徴を見事に抽象化している。

 この時代を「尊王攘夷」と「佐幕」の対立構造で理解しようとすると無理があるようだ。松陰の「尊王攘夷」の思想の継承者であり、藩主をこよなく愛する晋作は、攘夷をあっさり捨て、長州藩を滅ぼそうとする。その灰の中から蘇ってこそ、長州の未来はあると考える。そして、長州をヨーロッパの列強に加えようと考えるのである。この時期に一体誰がこのような雄大な構想を描けたであろうか。

 晋作は佐幕派を一掃する為に、不可能と思えたクーデターを成功させ、長州が次の時代へと飛躍するためのスプリングボード役を勤めた後、病に倒れる。藩主を愛し、長州を愛し、両親を愛し、女を愛した、この稀代の天才的変人の死には涙を禁じ得ない。もちろん伊藤博文、井上馨等の明治の立役者達も登場するのだが、松陰、晋作のスケールの大きさの前では彼らの存在がかすんでしまうのは、司馬の筆のせいだけではないだろう。

 歴史の流れは一定ではない。悠々たる流れの時もあれば、奔馬のように激しい時もある。今がどういう時期であるか、過去と照らし合わせるとよく分かることがある。長州に対する次のような司馬の言葉は、今重い。「国際環境よりもむしろ国内環境の調整のほうが、日本人統御にとって必要であった。このことはその七十七年後、世界を相手の大戦争をはじめたときのそれとそっくりの情況であった。これが政治的緊張期の日本人集団の自然律のようなものであるとすれば、今後もおこるであろう。」


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2010年04月20日

『山のパンセ』串田孫一(岩波文庫)

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「人にとって山とは何か」

先日休暇で地中海方面へ出かけた時に、なぜか山の本を持っていった。海を見ながら山について思いをめぐらすのも悪くないと思ったのだ。串田孫一を教えてくれたのは、自身も詩を書いていた文学少女だったが、もう30年以上前の事だ。その時は彼の随筆にそれ程強い印象が残ったわけではないが、いつ思い出しても何だか懐かしくなる文章なのである。人に媚びる事の無い、まさに山そのもののような雰囲気が心地良い。

 『山のパンセ』は筆者の自選随筆集だが、題名の通り山について思った事、山で思った事などが独特の語り口で綴られている。串田は山登りに適した良い季節を選んで山登りをするわけではない。結構冬に誰もいない山に登ったりしている。特別な目的のために登るのでもないようだ。「普通の生活を送りながら、何かの折に襲って来るような心細さが、山へやって来ても同じように襲いかかる」と言い、「私は山へ来て、普段と少しも変わらない自分を見るようになって来た。」と語る。

 何かを求めて山に行っても、山は何も答えてくれないのだろう。もともとそんな事を期待することが間違っているのだ。山と対峙する事は、自己と対峙する事なのかもしれない。山へ行き、歩き、水を飲み、少々の食料をとり、一服し、美しい風景があれば絵や文章にする。ただその繰り返しだ。音楽すらも必要ない。「もともと山と音楽の世界とは非常にかけ離れているものと思っている。」自然は人の技巧を超越するのか。

 濃霧のせいで期待していた風景が見られない時、「霧の彼方にはすばらしい山があるはずだと思って自分を不幸にするよりも、今は感覚の一部分を自然にあずけてそれを特別に不自由なことと思わず、許された範囲のことを、許された力だけで考えるのを悦ぶことにしましょう。」と考える。詩人で哲学者である筆者ならではの、心に沁みる想いである

 夜に山中を歩いていても恐怖はない。熊と出合ったらと考えても「こんな時に私が想像する熊は、ちっとも凶暴ではなくて、恐縮している容子だった。話をすれば通じるような熊しか考えられなかった。」と、ユーモアの余裕さえある。だが、一人歩きをして行き着くところは、「私はこの寂しさが欲しかったことに気がついた。」となる。

 この寂しさは決してつらいものではないだろう。志賀直哉が『城の崎にて』で描いた心境のようなものだろうか。都会での日常生活では中々気づかない、世界の「核心」のようなものとの触れ合いの瞬間かもしれない。哲学の永遠の問いである「自分とは何か?」に一歩近づけるようなものかもしれない。

 紹介される草花や鳥の声に想いを馳せるだけでも、楽しい作品だ。山にいなくてもその明るい孤独が伝わってくる。松尾芭蕉の『奥の細道』を清書した素竜の「一たびは座してまのあたり奇景をあまんず」といったところだろうか。最後の方で「表現する最上のむつかしさは、何を隠すか、何を書かずにおくかということにあると思っている。」などと書かれると、再読し行間を読み取りたいと考えずにいられない。


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