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2009年01月28日

『空海の風景』司馬遼太郎(中公文庫)

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「司馬遼太郎の見える風景」

 毎年中学3年生から高校3年生までの生徒に、大学の卒業論文のミニチュア版のような、Extended Essayというものを書かせている。テーマを決める所から始めて、資料探しやノート取り、プランニング、下書き、清書と、一年がかりの作業だ。テーマは文学ならば何でも構わないとしているが、初めて書く生徒には範囲を広げて、エンターティンメント系の作品も許可している。

 そうすると、時々司馬遼太郎の作品を選ぶ者がいる。10年以上前に亡くなった作家であるのに、未だに若い子たちにも根強い人気があるようだ。司馬の作品は確かに面白い。作家の息遣いが登場人物に重なってきたり、妙に客観的になってみたり、作家と登場人物との距離のとり方が、自由自在なのだ。私たちは彼の視線とともに作品を読むのではなく、どこかに司馬の視線を意識しながら読まされてしまう。

 『空海の風景』は30年以上前に書かれているのだが、全く色褪せない。それは空海の力のお陰でもあるだろう。しかし、空海が現代に生きていたら何をしたのだろうか。私の住むフランスに空海が来たらどうなっていただろう。日本でフランス語を学んだだけで、フランスに来たとたん、即興の詩をフランス語で書き、アカデミー・フランセーズの巨匠たちを唸らせただろうか。それとも、フランス大統領選で、大統領候補の演説を書いていただろうか。

 これらの空想も信じがたい話であるが、どうやら現実の空海はもっと凄いことをやってのけていたようだ。遣唐船が中国に漂着し、捕われの身になった時、空海の一文で唐側の官吏の態度が劇的に変わる。長安でも空海ほどの名文を書ける者はいないのだ。長安に落着いてからは、20年の予定で来たはずなのに、何と2年未満で必要な全ての知識を手に入れてしまう。

 あの難解なサンスクリット語を学ぶだけでも大変なのに、密教の二つの流派(金剛頂経系と大日経系)を学んだただ一人の高僧恵果から、密教の全てを伝授されるのである。しかも恵果の死ぬ数ヶ月前に。まるで空海の到着を待っていたように、全てを教えて満足して死んでいく恵果。彼には当然膨大な数の自国の弟子がいたのに、小さな異国から来た空海を跡継ぎと選んだのだ。これを何と呼べばいいのだろう。奇跡だろうか。だが、空海の存在は偶然ではなく、歴史はその必然性を示しているようだ。

 空海は日本へ帰国してからも、数々の驚くべき業績を上げる。彼は何者なのだろう。天才という平凡な言葉で(天才の存在は非凡であるにしても)彼を呪縛することは失礼だろう。司馬も空海の姿を捉えるのに非常に苦労している。司馬は少しでも空海の姿をおぼろげに垣間見ることができれば良いと考えていたようだが、私たちにはかずかな空海の姿と、それを追う司馬の姿が共に見えて興味深い。その意味においてこの作品は「空海の風景」であるよりも、むしろ「空海と司馬の見える風景」とでも題すべきであるようだ。


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