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2008年11月26日

『指揮者、この瞬間』松尾葉子(樹立社)

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「元気のでる一冊!」

 松尾葉子さんは明るく元気な人だ。いつもエネルギッシュで、パワーがこちらにも伝わってくる。パリに来られると、良く我が家で一緒にグラスを傾ける友人でもある。元々ワインはボルドーがお好みだが、最近は私の好みでブルゴーニュも出すので、こちらにも開眼しつつある。

 彼女がパリに来るのは「充電」のためである。日本では、東京藝大の指揮科で教え、オーケストラで指揮をし、合唱団の指導をし、各種イヴェントを企画し、子供たちのジュニア・オーケストラの育成にも努めているという、まさに寝る暇も無いほどの忙しさだ。音楽は芸術であるから、自分の中にあるものをどんどん外に出して表現する事になる。だから時々はエネルギー補給、充電が必要となる。松尾さんはパリに来ると連日演奏会に行っている。そこで元気の元を蓄積し、得た感激を仕事に活かしているのだ。

 そんなヨーコさんの、ここ10年余りの活動の軌跡が『指揮者、この瞬間』だ。内容は……とにかく面白い。細かいところは気にせず、素直な感情が溢れていて、多少の障害など物ともしない。彼女の性格そのものだ。序章は演奏会の三日前に、階段から滑り落ちて肩を脱臼する所から始まる。彼女はめげない。ワインの栓抜きもボトルを回す工夫で何とかし、左手がどんどんたくましくなっていったそうだ。これを「新鮮な感覚の日々」と書く。

 彼女のもう一つの特色は、発想の面白さだ、そしてそれを実現してしまう実行力が凄い。オペラの『ドン・ジョヴァンニ』を能、狂言の様式で上演する。『カルメン』を文楽仕立てにする。何と柔らかい発想である事か。これはパリという磁場そのもののような気がする。パリは昔から東西の音楽家、作家、画家たちが集まり、出会い、新たなものを想像していく場であった。そんなパリそのものが、松尾さんの中で息づいている。

 墨田区のトリフォニーホールを舞台とするジュニア・オーケストラの話も素晴らしい。コンサートに行くと、中には地面に足がつかない小さな子供も混じっている。彼らは何と楽しそうに演奏することだろうか。演奏会が終わった後も、演奏者である子供たちは興奮して皆で色々な話をしている。子供たちの熱気で、こちらの心も温かくなる。そんなオーケストラの成長裏話は楽しい。

 松尾さんは大変な「雨女」でもある。パリのシャンゼリゼ劇場で彼女が指揮をした時は、何と11月だというのに大雪になってしまった! パリに26年住んでいる私も、あんな経験は滅多にない。だが、雨でも台風でも演奏会は大入りで、いつも支障なく行われるようだ。ヨーコさんは不思議な女性である。このパワーがどこから出てくるかは分からないが、少なくとも本を通して触れ合うだけで、元気が出てくること間違い無しである。元気が欲しい時、お勧めの一冊である。


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2008年11月20日

『オキーフの恋人 オズワルドの追憶』辻仁成(新潮文庫)

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「記憶はどこまで信用できるのか?」

 日常生活の中で、自分の記憶違いという場面に出会った事のない人はいないだろう。普通は歳と共にその頻度も増えていくはずだ。しかし、その記憶が他者の意志によって刷り込まれたものならば……恐ろしい話だ。人は誰しも自分の記憶に頼って生きているのだから。そんな恐ろしさが見事に描かれている「オズワルドの追憶」は、劇中劇のような形で登場する。

 現実では、その小説を担当する編集者の小林が、作家の代理人である榛名潤子と関わる事によって、マインドコントロールと悪魔崇拝の世界に引きずり込まれていく。これが「オキーフの恋人」のモチーフであり、二つの作品はパラレルワールドのように平行して描かれていく。そして、最後に複雑な形で繋がる事になる。

 インナーチャイルド、神と悪魔、テロ、多重人格、マインドコントロール、現実と非現実等、数多くの要素が盛り込まれている作品が辻人成の『オキーフの恋人 オズワルドの追憶』だ。オキーフはアメリカの伝説的女性画家ジョージア・オキーフであり、オズワルドは1963年にアメリカ大統領のジョン・F・ケネディを暗殺した人物である。今でも解決したとは言えない謎の事件となっているが、オズワルドがマインドコントロールされていたという説がある。

 長い夢(実際はそれほどの時間ではないのだろう)から覚めた時に、一瞬自分のいる場所が分らなくなる時がある。そんな時、夢の中の世界が本当なのか、現実だと「思っている」世界が本物なのか、自信がなくなる。すでにデカルトが「我思う、故に我あり」と解決している問題であっても。

文学ではジョージ・オーウェルの『1984年』、漫画では吉田秋生の傑作『バナナフィッシュ』、現実ではオウム真理教等、マインドコントロールにまつわる話題は多い。大脳生理学が発達していくと、人の心を操る事が可能になるのだろうか。それともそれは心理学の分野なのだろうか。

パリは歴史のある街である。散歩していると至る所に歴史の影が落ちている。コンコルド広場を歩く時、断頭台の露と消えていった人たちを思わずにはいられない。広場や街角、教会等で多くの墓碑銘に出会う度に、その人の人生に思いを馳せる事になる。彼らは私たちの記憶に生きている。たとえそれが時間的に遠い、直接会った事のない人でも。

多くの記憶が私たちを生かしてもいる。その意味で、一冊の本との出会いは、作者を含む人々との出会いである。彼らから多くのものを学ぶ事もよくある。晩秋の一日、「記憶」とは何であるかを考えながら、辻人成と対話してみるのも一興ではないだろうか。


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