« 2008年08月 | メイン | 2008年10月 »

2008年09月27日

『レトリックのすすめ』野内良三(大修館書店)

レトリックのすすめ →bookwebで購入

「レトリック的読書の勧め」

 国際バカロレア(International Baccalaureate)という世界共通の大学入学資格試験がある。その日本語学科を私は担当しているが、重要な筆記試験の一つにコメンタリーというものがある。問題文はこうなっている「次の1(a)の文章と1(b)の詩のうち、どちらか一つを選んでコメンタリー(解説文)を書きなさい。」。昨年度は1(a)の文に水上勉の『停車場有情』からの抜粋が、1(b)の詩には村野四郎の『体操詩集』から飛込(一)、(二)が出題された。

 この問いに2時間で答えるのだが、決して簡単ではない。果たして日本の現役大学生のどの位がまともな答案を書けるであろうか。最も大切なのは、問題文に表れているメッセージをきちんと読み取る事だ。そのためには使用されているレトリック(修辞法)の分析が必須となる。

 そのために、レトリック関係の本は色々と目を通しているが、野内良三の『レトリックのすすめ』は楽しい。レトリックの解説本などというと、いかにもしかつめらしい内容で、硬く、睡眠導入剤代わりという印象があるかもしれない。しかし、この本は違う。ベッドで読んでいても面白くて目が冴えてくる。その理由は例文の引用方法にある。

 大抵のレトリック本は、レトリックが使用されたその部分だけか、せいぜい数行を引用する。だが野内は前後関係が分かるようにかなりのスペースを割いて、例文を引用している。しかも、小説の場合はストーリーがある程度わかるように、解説で説明している。そのおかげで、私たちは例として出される作品そのものを、きちんと全て「読みたい」と思ってしまう。

 その意味において、『レトリックのすすめ』は、レトリックの解説書というより、レトリックという視点から見た読書の勧め、と言った方が当たっているだろう。例えば殆どの人が名前も知らないだろうと思われる明治時代の作家、鹽井雨江の『美文韻文花紅葉』を誇張法の例として挙げる。リズミカルで迫力のある文体は、その中にしばらく浸っていたい感を持たせる。

 省略法の例として引かれた石川淳の『普賢』は、作家の抜群のセンスの良さに、数行で作家の世界に引き込まれていく。抵抗できないほどの、麻薬のような世界である(麻薬の経験は無いが)。と思えば、村上春樹の『海辺のカフカ』が転置法の例として出てくる。数多い春樹フアンにしてみれば、彼の独特の世界の秘密が一つここで明らかにされる楽しみがある。

 逆説法の一例である斎藤緑雨の『眼前口頭』にある「それが何うした。唯この一句に、大方の議論は果てぬべきものなり。政治といはず、文学といはず。」という文には笑ってしまった。かつてフランスの故ミッテラン大統領が、愛人とその子供との関係について新聞記者に質問された時、ミッテランの答えは一言「Et alors?(それがどうしたのかね?)」であった。記者は絶句し、それ以上追求する事はできなかった。さすがフランス人。レトリックの使い方を心得ている。

 『枕草子』から現代作家まで、幅広い例文が取り上げられているが、多くの人にとって新たな読書の契機となるに違いない。もちろん、レトリックの解説そのものも、説得力をもって(作者のレトリックの力か?)書かれている事は言うまでも無い。


→bookwebで購入

2008年09月24日

『最高学府はバカだらけ』石渡嶺司(光文社新書)

最高学府はバカだらけ →bookwebで購入

「アホ大学、バカ学生の真相」

 私の学校はパリにあるインターナショナル・スクールだが、毎年十数名の日本人高校生が卒業していく。その8~9割が日本の大学に進む。大した数ではないが、やはり進路指導には気を使う。特に最近、大学の変化が激しいからである。かつてのイメージとは随分違ってしまった大学も多い。昔は早慶の特色に大きな違いがあったが、今はそれほどでもない。そんな時本音で語ってくれる人の情報はありがたい。

 『最高学府はバカだらけ』とタイトルも挑発的であるが、確かに内容もかなり刺激的だ。アホ大学のバカ学生として例に出てくるのが、名も無い大学ではなく、東大、慶應、早稲田、一橋等の難関校だ。読むと確かにそのバカさ加減にあきれてしまう。就職の面接時に志望動機は「よくコマーシャルを流している」、「大手だから潰れなさそう」、筆者が取材に行くと「ライター」と「フリーター」を混同している。私の教えている高校生の方が増しに見えてしまう。

 講義の出席率は以前より良くなったらしいが、学力は上がっていないどころか落ちている。講義に出ていても、インターネットで遊んでいる。大学をネットカフェと勘違いしているらしい。何かを調べさせると「ネットにありませんでした。」で終わる、ある教師は参考文献にマンガを載せた。新聞記者を希望していながら、新聞を読んでいない。バカ学生の実例が延々と続くのである。

 次に筆者はこのような学生を生む原因について考察を進める。大学側の事情、親の事情、どちらにも原因はある。数少ない大学専門のライターを自認するだけあって、分析は鋭く面白い。裏情報もあるし、数字のトリックも我々が知らない事が多い。筆者の創作と思われる第4章の二つの講演は、極端な例であろうが、妙に臨場感がある。続く章で石渡は、超難関校がいかに「ジコチュー」であるか述べ、「崖っぷち大学」のサバイバルについても解説する。なかなか涙ぐましい努力が見える。

 しかし、この本の真骨頂は終章にある。大学や学生の程度の低さを批判するだけでは、テレビの前でニュースに文句をつけている閑居人に過ぎない。バカ学生が大学に入学して、急成長する例を挙げ、このすばらしい「化学反応」が起こる原因を考えているのだ。入学してくる学生のレヴェルがひどいのならば、何とかしてそれを引き上げてやろうという大学の情熱が見えてくる。「入学前教育」にも種々の工夫が見られる。大学選びの大きな指針となる情報である。

 この本は高校生、中学生、その親、大学・高校関係者の必読書かもしれない。今大学は恐ろしいスピードで変革しつつある。その情報を持たないと大学選びに失敗するだろうし、大学側も生き残れないだろう。最近流行のAO入試のからくりも興味深い。それにしても、準難関校の学生ですら「新書を読んだり、レポートを書いたりする習慣が無い」というのは驚きである。私の教え子たち(中高生)は毎週小論文を書き、相当量の読書をさせられ、卒論のミニチュア版を毎年書かされているというのに……



→bookwebで購入