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2008年08月29日

『悩む力』姜尚中(集英社新書)

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「異邦人の視点」

 岡目八目ではないが、離れたところから見ると、ものの本質が良く見えてくることがある。最近、一般的な「日本人」とは違った「異邦人的視点」を持った人々が多く活躍している。リービ英雄、多和田葉子、水村美苗、楊逸、そして姜尚中。

 日本に長く住む外国人であったり、海外に長く住んだ日本人であったり、日本に生まれながら「日本人」である事に常に疑問を持たなくてはいけない立場にいる人たちだが、彼らに共通している事は、ある種の「異邦人」である事によって、日本を客観的に見る目を持っていることだ。


 物事の渦中にいる時、人はなかなかその本質を見抜けない。だが、一旦その場を離れて(時間的または/および空間的に)みると、正体が見えてくる。異端者としての芸術家の価値や、「脱構築」的考え方にも繋がるものがあろう。その意味において、これらの「異邦人」の視点は、私たちが日本や世界を正確に捉えるための指標になる。

 ITや情報産業の発達によってボーダーレス社会が出現し、戸惑い悩む人が増えている。『悩む力』で姜は、この混迷を生き抜くための手がかりに、何と夏目漱石とマックス・ウェーバーを持ってくるのだ。明治の文豪とドイツの社会学者。思いつく共通点は、彼らが同時代に生きていた事くらいだ。

 十九世紀から二十世紀にかけて生きていた彼らは、二十世紀から二十一世紀にかけて生きている私たちと似た状況に置かれていた事を指摘し、二人とも社会(近代と現代の違いはあれど)が人間の営みに与えた影響について表現していると分析する。彼らの時代も、今も、社会の急激な変化についていけずに病む人々が頻出している。その人たち(つまり私たち)を救うヒントが漱石とウェーバーにあるというのである。

 「私」、「金」、「情報通」等の9つのテーマを元に二人の考え方を比較しながら、自分なりの結論をまとめていく。時には自分が「在日」である事から出た悩みと、彼らを結びつける。『こころ』に現れるアイデンティティの問題がヒントとなり、結局は他者との関係性においてしか人は存在し得ない事を理解する。

 インターネットが普及し、誰でも「物知り」になったように錯覚する現在に対し、ウェーバーがこのような「唯脳論的世界」の出現を予言してきた事を示し、「know」と「think」は違うという、根本的問題を提出する。また別の章では、「青春」が恥ずかしいと考えるのは、我々が何かを失ってしまっているからではないかと言い、『三四郎』を分析する。

 『それから』の代助が「最高学府を卒業したのに、遊んでいるのはおかしいじゃないか」と言われる事に対して、姜は「教育制度のほうに何か本質的な問題があって、働く人間を作り出さない代物になっているのではないか」と指摘する。確かに今は代助の子孫が街に溢れている。

 多くの人が自由を得て、グローバリゼーションが進み、その変化についていけるかどうかが生死を分けるような状況になっている。そんな現代を生き抜く方法は「人とつながる」ことであるという。近年多発している無差別殺人を思うと、自己のアイデンティティを長年に渡り模索してきた筆者の主張は、言葉以上の重みを持って私たちの心に響いてくる。


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