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2008年02月26日

『ワインと外交』西川恵(新潮新書)

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「ワインから世界が見える!」

 パリに住んでいるせいもあるのかもしれないが、我が家はお客さんが多い。旧生徒、知人、友人、親戚etc 夕食では当然のごとくワインをお出しする。若いお客さんならば、分かりやすい輪郭のはっきりしたワイン、年配の方には、落着いた滋味深いワイン、詳しい方には、日本では飲めないような珍しいワイン。価格ももちろん様々だ。だが、裏を返すと、どのようなワインを出したかで、お客さんをどのような存在として受け止めていたかを判断できる。

 我が家の話では世界に何の影響も出ないが、これが国家間で行われると、大変な事になる。その面白さを教えてくれるのが西川恵の『ワインと外交』だ。氏は以前『エリゼ宮の食卓』で、フランスにおけるワイン外交について、非常に興味深い現実を披露してくれた。今回の作品はその世界版とでも言えようか。

 例えばイギリスでは、2003年にブッシュ大統領の訪問時に、女王主催の歓迎晩餐会が開かれた。その時に出されたワインは、白がピュリニー・モンラッシェ1996年、赤がシャトー・グリュオ・ラローズ1985年。ワインに詳しい方はお分かりだろうが、「ただの」ピュリニー・モンラッシェなのである。グラン・クリュでもなければプルミエ・クリュでもなく、村名ワインである。ボルドーも、良い年で飲み頃になっていただろうが、格付け2級だ。これならば、我が家の方がレヴェルの高い時がある、などと考えてしまう。

 同盟国の大統領に対してこの程度なのか、と不思議に思ったら、何とイギリスでは「予算を抑えるためもあって、最高のワインは大人数の饗宴では避け、女王と国賓だけのプライベートな饗宴のときに出される。」ということなのだ。なるほど、イギリスらしいなどと変に納得してしまう。

 2005年にモロッコのモハメド六世国王が来日した際には、シャブリのグラン・クリュやシャトー・マルゴーが出されたが、イスラム圏のマナーを守り、先方にワインは注がず、カンパイもなかったとの事。日本は相手国のプロトコールをできる限り尊重するらしい。日本側の招待客だけが、この最高級のワインを味わえたのである。

 しかし、これがフランスとなると事情が変わってくる。1999年にイランのハタミ大統領が、フランス訪問を予定していた時、エリゼ宮の晩餐会でワインのボトルを見るのも不快なので、ボトルも出さないで欲しいとイラン側が申し入れた。フランス側の返答は「何を飲むかは本人が選択すればいいことだが、饗宴にワインを出すのはプロトコールで決まっている」であった。その結果、この訪問は中止になったのだ!

 2004年にエリザベス女王がフランスを訪問した時には、ドン・ぺリニョン1995年、シャトー・ディケム1990年、シャトー・ムートン・ロートシルト1988年という素晴らしいワインが出されている。エリゼ宮ではボトル1本あたり3人分で計算するそうだ。このときの招待客は240人。作者の計算では、ワイン代だけで3,000万円は越えているようだ。

 このように、面白く興味深い内容となっている。今クローズアップされている中国の対応なども、非常に興味深いものがあるが、その辺りは是非ご一読を願う。さて、今夜の拙宅のお客様にはどのワインをお出ししようか……


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2008年02月18日

『個人的な体験』大江健三郎(新潮文庫)

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「「弱者」と「強者」」

 フランスはご存知のようにカトリックの国なので、多くのチャリティー活動が行われている。バイク事故で突然逝ってしまった、喜劇俳優のコリューシュが始めた「Les Restos du coeur」(心のレストラン)などはその代表的なものだ。毎年数多くの社会的弱者が、この活動のおかげで飢えをしのいでいる。

 しかし「弱者」とは何者だろうか。私たちは社会的弱者として、老人、幼児、病人、そして障害者等を考えるだろう。だが大江健三郎の『個人的な体験』を読むと、はたして障害者は「弱者」なのかどうか、分からなくなってくる。なぜならこの作品では、障害者(障害を持った赤ちゃん)が彼の父親を救うからだ。第二期作品群と言われる、大江の障害児とその父親の物語では、父親は障害児によって助けられる事が多い。

 主人公のバード(鳥)は27歳と4ヶ月という年齢でありながら、体力は40歳という、既に青春とは縁のない青年である。バードは大学院の時に、国立大学の英文学科の主任教授の娘と結婚したので、前途洋洋の未来が開けていたはずだ。しかし、その夏4週間もの間ウィスキーを飲み続け、エリート階段から転げ落ちてしまう。

 冒頭のシーンでは、予備校に職を得たバードが本屋でアフリカの地図を眺めている。彼の妻は産婦人科で今まさに彼らの子供を産み落とそうとしているのに、バードはアフリカへ行くという非現実的な夢の中に埋没している。赤ちゃんを迎える精神的な準備はできていなく、赤ちゃんは自分を夢の実現から遠ざけるものとして認識されている。

 そんなバードであるから、例え健康な赤ちゃんであったとしても、安定した生活が待っているわけではない。そして生まれてきたのは、頭に大きな瘤を持った赤ちゃんだった。脳ヘルニアと診断された赤ちゃんを、バードはあらゆる手段で「排除」しようとする。罪の意識が無いわけではないが、その軽減を考えるだけで、根本的な解決法を考えようとはしない。

 紆余曲折がありながらも、最終的にバードは赤ちゃんとの共生を決意する。その成長したバードの姿は、一度彼と出会った若者たちが見分けられないほど変化している。バードは言う。「現実生活を生きるということは、結局、正統的に生きるべく強制されることのようです。」この言葉は重い。「個人的な体験」を通して、バードが「社会的人間」になった瞬間である。

 そこに気づかせてくれたのは、障害を持った赤ちゃんだ。彼のおかげでバードは成長した。これが普通の赤ちゃんであったら、バードの成長は望めなかっただろう。障害者であるからこそ、父を救う事ができたのだ。誰かを救う事のできる存在は、決して「弱者」ではない。弱者はむしろバードの方であろう。

 私たちは、普通とは違う存在を排斥したがる。それは自分たちの正当性を信じたいが為であろう。だが、私たちの本当の姿を知るためには、良く似てはいても違った存在が必要なのだ。皆が同じになってしまったら、成長は止まる。違いが有るからこそ、学ぶ事ができる。バードは自分の息子が異形の存在であるからこそ、自己を知ることができた。その意味において『個人的な体験』は、弱者と強者の逆転だけではなく、人類が生き延びる道を示唆している作品であると言えるし、それ故のノーベル賞受賞であるのだろう。


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